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元跡継ぎ令嬢はお見合い結婚した騎士伯爵と恋をします  作者: 影道AIKA


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32/60

第32話 誇らしいと言われると、少し照れます

読みに来てくださりありがとうございます。

今回は茶会後のベルフォール家側のお話です。

シャロンがフローラへの気持ちを少し言葉にし、フローラとエミリアの交流も始まりそうです。

楽しんでいただけたら嬉しいです。

セドリック様からの手紙を読んで、私はしばらく便箋を見つめていた。


 小サロンには、午後の柔らかな光が差し込んでいる。

 窓辺ではフローラが本を読んでおり、リディアはレオンの小さな手に布の玩具を握らせていた。


 母は刺繍をしている。

 けれど、きっとこちらの様子は見ている。


 最近、家族のいる場所で手紙を読むことに、少し慣れてきてしまった。


 以前なら考えられなかったことだ。

 誰かに見られるくらいなら、自室でひとり内容を確認していただろう。


 けれど今は、完全に嫌ではない。


 それが少し不思議だった。


 手紙には、先日の茶会への礼が書かれていた。

 蜂蜜の焼き菓子の評価について。

 市の配置図は急がず見てくれればよいこと。

 ノエル様が記録表を褒められて嬉しそうにしていたこと。


 そこまでは、普通に読めた。


 けれど、次の一文で手が止まった。


 ――本日、シャロン嬢がフローラ嬢のことを誇らしそうに話されていたのが印象に残っています。

 ――ご家族を大切に思われていることが伝わり、私も嬉しくなりました。


「……誇らしそう」


 小さく呟いてしまった。


 フローラが本から顔を上げる。


「私のことですか?」


「どうしてわかるの」


「お姉様が私の方を見ました」


「見ていないわ」


「見ました」


 私は反論しようとして、やめた。


 見た気がする。


 見たのだろう。


 リディアがすぐに反応した。


「セドリック様のお手紙ですか?」


「ええ」


「何と?」


「……私が、フローラのことを誇らしそうに話していたと」


 言った瞬間、フローラの薄い灰紫の瞳がわずかに瞬いた。


 リディアはぱっと顔を明るくする。


「素敵です!」


「すぐ素敵と言う」


「だって素敵ですもの。お姉様、フローラのこと大好きですものね」


「リディア」


「はい、少し黙ります」


「少しではなく、かなり黙って」


 リディアは両手で口を押さえた。

 ただし、目は笑っている。


 フローラは本を閉じ、静かにこちらを見る。


「お姉様」


「何」


「誇らしそうだったのですか」


「……セドリック様には、そう見えたそうよ」


「お姉様自身は?」


 逃げられない問いだった。


 私は便箋へ視線を落とす。


 フローラは私の妹だ。


 静かで、観察眼が鋭くて、時々容赦がなくて。

 けれど、必要な時にはちゃんとそばにいてくれる。


 先日の茶会で、エミリア様と並んで話すフローラを見た時、確かに思った。


 この子は、ただ大人しいだけの令嬢ではない。

 自分の目で見て、自分の言葉で話せる子だ。


 それを、私は少し嬉しく思った。


 いや。


 たぶん、誇らしかった。


「……そうね」


 私はゆっくり言った。


「誇らしかったのだと思うわ」


 小サロンが、ほんの少し静かになった。


 リディアが口を押さえたまま、目を輝かせている。

 母が刺繍の手を止めた。

 フローラは、少しだけ目を伏せた。


「そうですか」


 フローラの声はいつも通り静かだった。


 けれど、その耳がほんの少し赤い気がした。


「嬉しそうね」


 私が言うと、フローラは顔を上げた。


「そう見えますか」


「少し」


「では、少し嬉しいのだと思います」


「あなたも、少しで逃げるのね」


「お姉様ほどではありません」


「言うようになったわね」


「昔からです」


「そうだったかしら」


「お姉様が聞く余裕を持ち始めただけです」


 その言葉は、優しい棘のように胸に刺さった。


 けれど、痛いだけではなかった。


 私は少しだけ笑ってしまった。


「そうかもしれないわね」


 今度はフローラが驚いた顔をした。


 リディアが口を押さえたまま、小さく揺れている。

 黙ろうとしているのだろうが、完全に感動している顔だ。


「リディア」


「はい」


「何か言いたい顔ね」


「言ってもいいですか?」


「短くなら」


「お姉様、最近すごく良いです」


「短いけれど意味が広すぎるわ」


「素敵です」


「いつもの言葉に戻ったわね」


 母がそこで、ふふ、と笑った。


「本当に、良いことだと思うわ」


「お母様まで」


「あなたが妹たちのことを、そんなふうに言葉にできるようになったことが」


 胸の奥が少し熱くなる。


 昔の私は、妹たちを見る余裕があまりなかった。


 リディアは自由に笑う子。

 フローラは静かに本を読む子。

 レオンは、私の道を変えた子。


 そうやって、どこか距離を置いていた。


 けれど今は、少し違う。


 リディアは明るく私の腕を引く。

 フローラは静かに私の隠したものを見つける。

 レオンは何も知らずに、私の指を握る。


 家族は、思っていたよりもずっと近くにいたのかもしれない。


 私が見ようとしていなかっただけで。


「それから」


 私は手紙の続きを見た。


「エミリア様が、フローラとまた本の話をしたいそうよ」


 フローラの表情が、ほんの少しだけ変わった。


 ほんの少し。

 けれど、わかる。


 興味がある顔だ。


「手紙で、本の題名を尋ねてもよいかと」


「私に、ですか」


「ええ。あなたが迷惑でなければ」


「迷惑ではありません」


 返事が早かった。


 リディアが両手を離して、ぱっと笑う。


「フローラ、即答だったわ!」


「リディアお姉様、声が大きいです」


「だって嬉しいんだもの。お友達ができそうで」


「まだ、お友達とは限りません」


「でも?」


 リディアが期待に満ちた目で見る。


 フローラは少しだけ目をそらした。


「……また話したい方ではあります」


「それをお友達候補と言います!」


「候補なら、否定しません」


 リディアが嬉しそうに手を叩いた。


 私はそのやり取りを見ながら、少しだけ微笑んだ。


 フローラが誰かにここまで前向きなのは珍しい。

 エミリア様も、きっと喜ぶだろう。


「では、私からセドリック様に返事を書いて、その中でフローラが了承したと伝えるわね」


「お姉様」


「何」


「もしよろしければ、私からも短い一文を添えてもよいですか」


 私は少し驚いた。


「あなたが?」


「はい。エミリア様へ」


「もちろんいいわ」


 そう答えると、フローラは少しだけ頷いた。


「では、あとで書きます」


 リディアがまた目を輝かせる。


「私も何か書きたいです!」


「あなたはなぜ参加しようとするの」


「だって楽しそうです」


「これはフローラとエミリア様の話よ」


「では、応援の一文だけ」


「応援の一文とは何」


「『頑張って仲良くなってください』とか」


「それは圧が強いわ」


 フローラが静かに頷いた。


「リディアお姉様の応援は、時々突風です」


「突風」


「背中を押す力が強すぎます」


「でも進むでしょう?」


「転ぶこともあります」


「気をつけます」


 リディアは素直に頷いた。


 こういうところは、本当に憎めない。


 夕方、私は机に向かい、セドリック様への返事を書き始めた。


 茶会への礼。

 配置図については、次回までに気になる点をまとめること。

 ノエル様の記録表は見やすく、実際に使う人の負担を考えた良い形だと思うこと。


 そして、フローラのこと。


 ――フローラのことを誇らしそうに話していたと書かれて、少し驚きました。

 ――ですが、否定はできません。

 ――妹が自分の言葉で誰かと向き合う姿を、私は確かに誇らしく思っていたのだと思います。


 書いてから、しばらく文字を見つめた。


 恥ずかしい。


 とても恥ずかしい。


 けれど、消さなかった。


 セドリック様は、私が言葉にしきれなかったものに気づいた。

 ならば、それをただ隠すより、少しだけ返してみてもいい気がした。


 続けて、エミリア様の件を書く。


 ――エミリア様が本の題名を尋ねたいとおっしゃってくださったことを、フローラも嬉しく思っているようです。

 ――本人が短い一文を添えたいと申しておりますので、同封いたします。


 そこで、フローラが小さな便箋を持ってきた。


「書けたの?」


「はい」


「見ても?」


「お姉様には見せます。エミリア様へのものですが、同封する以上、確認は必要でしょう」


「そうね」


 私は受け取った。


 そこには、フローラらしい整った字で書かれていた。


 ――エミリア様へ。

 ――先日はお話しできて嬉しく思います。

 ――お尋ねの旅行記は『西辺境紀行』です。

 ――もしよろしければ、次はエミリア様のおすすめの本も教えてください。

 ――フローラ・ベルフォール。


 短い。

 けれど、フローラにしてはかなり前向きだった。


「良いと思うわ」


「ありがとうございます」


「エミリア様、きっと喜ばれるわね」


「そうだとよいのですが」


 フローラは静かに言った。


 その声に、ほんの少しだけ期待が混じっていた。


 私はその便箋を、自分の手紙と一緒に丁寧に封じた。


 最後に追伸を書く。


 ――蜂蜜の焼き菓子の王座については、現時点では前回のものが防衛に成功しております。

 ――ただし、挑戦者の探索は歓迎いたします。


 書いた後で、自分でも少し笑ってしまった。


 焼き菓子の王座。


 こんな言い方をするようになったのは、セドリック様のせいだ。


 いや、私も乗ってしまっているので、人のせいにはできない。


「お姉様」


 リディアが横から覗き込まない距離で言う。


「今、楽しそうでした」


「焼き菓子の王座について考えていただけよ」


「それがもう楽しそうです」


「否定はしないわ」


 自然にそう言ってから、私はまた自分で驚いた。


 リディアがにこにこと笑う。

 フローラも、小さく目を細めた。


 母は何も言わない。

 ただ、穏やかに見守っている。


 誇らしいと言われると、少し照れます。


 けれど、照れながらでも認められることが、少しずつ増えている。


 家族のことも。

 セドリック様とのやり取りも。

 自分が楽しいと思っていることも。


 隠す必要のないものが、少しずつ増えていく気がした。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

シャロンも少しずつ、家族への気持ちを素直に認められるようになってきました。

フローラとエミリアの手紙交流も始まりそうです。

次回もよろしくお願いします。

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