第31話 かなり良い評価は、思ったより胸に残ります
読みに来てくださりありがとうございます。
今回は茶会後のグランフェル家側のお話です。
エミリアとフローラの出会い、ノエルの記録表、そしてセドリックの気持ちを少し追いかけます。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
ベルフォール家から戻る馬車の中で、エミリアはずっと機嫌がよかった。
窓の外を眺めているようでいて、口元がゆるんでいる。
膝の上に置いた手も、落ち着いているようで、時々小さく動いていた。
セドリックは向かいの席から妹を見る。
「楽しかったか?」
そう尋ねると、エミリアはぱっと顔を上げた。
「はい。とても!」
少し、ではないらしい。
「フローラ様は、やはり面白い方でした」
「そうか」
「静かな方なのに、言葉がまっすぐなのです。けれど、強く押してくるわけではなくて、すっと本質だけを置いていく感じで」
「かなり気に入ったようだな」
「はい」
エミリアは迷わず頷いた。
「またお話ししたいです。本の話も途中でしたし、騎士物語の兵站についても、もう少し意見を伺いたいです」
「令嬢同士の茶会で、その話題は一般的なのか?」
「一般的ではないかもしれませんが、楽しかったです」
「なら、よかった」
セドリックは小さく笑った。
フローラ嬢は、確かに静かな令嬢だった。
だが、ただ大人しいわけではない。
こちらの言葉を聞き、目立たぬように観察し、必要な時だけ短く返す。
その短い言葉が、不思議と核心に近い。
シャロン嬢の妹だと思った。
似ているわけではない。
シャロン嬢の方がずっと前へ出る強さを持っている。
フローラ嬢は静かに見て、静かに刺す。
けれど、二人とも物事を曖昧に流さないところがある。
「シャロン様も、今日はよく笑っていらっしゃいました」
エミリアが言った。
セドリックは視線を向ける。
「そう見えたか」
「はい。ご本人は隠しているつもりかもしれませんが、蜂蜜の焼き菓子の時と、フローラ様のお話をされていた時は特に」
「……そうか」
「兄様も嬉しそうでした」
「私もか?」
「はい」
エミリアはにこりと笑った。
「シャロン様が、かなり良い評価です、とおっしゃった時の兄様は、見ていて少し微笑ましかったです」
セドリックは言葉に詰まった。
あの言葉は、確かに胸に残っている。
悪くない時間だった。
判断材料としては、かなり良い評価です。
シャロン嬢らしい言い方だった。
大きく甘い言葉ではない。
けれど、彼女が逃げずに差し出してくれた言葉だとわかった。
だから、嬉しかった。
「……嬉しかった」
セドリックが静かに答えると、エミリアは満足そうに微笑んだ。
「よろしいと思います」
「お前は母上のようなことを言うな」
「母上の娘ですので」
「それはそうだな」
馬車がグランフェル家へ到着すると、玄関広間にはノエルが待っていた。
彼はいつもより少し緊張した様子で、手を前に揃えている。
「兄上、姉上。お帰りなさい」
「ああ、ただいま」
「茶会は、いかがでしたか?」
ノエルの視線は、セドリックの手元に向いていた。
記録表の写しを持ち帰ったかどうか、気になっているのだろう。
セドリックは穏やかに言った。
「シャロン嬢が、記録表をよく整理されていると褒めてくださった」
ノエルは一瞬、動きを止めた。
「本当ですか…!」
「本当だ。丁寧な方なのですね、ともおっしゃっていた」
ノエルの頬に、ほんのり赤みが差した。
「……そう、ですか」
「ああ」
「よかったわね、ノエル」
エミリアが笑う。
「シャロン様は、きちんと見てくださる方でしょう?」
「はい」
ノエルは小さく頷いた。
まだ直接会ってはいない。
それでも、シャロン嬢の言葉は確かに届いている。
セドリックは、それを嬉しく思った。
「配置図の方は?」
奥からギルバートの低い声がした。
父は玄関広間の奥に立っていた。
おそらく、帰りを待っていたのだろう。
「概要だけ見ていただきました。情報量が多いため、次回までに気になる点を整理してくださるそうです」
「そうか」
ギルバートは頷いた。
「急がせるな」
「はい」
「彼女は考えることに慣れている分、求められれば深く入るだろう。こちらが節度を持て」
「心得ています」
父の言葉は厳しいようで、どこかシャロンを気遣っていた。
セドリックは、そのこともまた嬉しかった。
自分の家族が、彼女をただ便利な助言者として見ていない。
縁談相手としてだけでもなく、ひとりの人として気遣おうとしている。
それは、シャロン嬢が少しずつこちらへ家族を見せてくれていることへの返事のように思えた。
小サロンへ移ると、アメリアが待っていた。
「お帰りなさい。どうだった?」
エミリアは席につく前から話し始めた。
「フローラ様、とても面白い方でした!」
「まあ」
アメリアの目が楽しそうに細まる。
「やっぱり合ったのね」
「はい。静かで、鋭くて、本のお話もできて、それからシャロン様のことをよく見ていらっしゃいます」
「それは心強いわね」
「でも、兄様とシャロン様のことも観察されそうです」
「それは避けられないでしょうね」
「母上」
セドリックが思わず声をかけると、アメリアは微笑んだ。
「いいじゃない。見守ってくださる方が増えるのは」
「見守る、だけならよいのですが」
「おそらく、少し刺されるわね」
「やはりそう思われますか」
「ええ」
母は楽しそうだった。
セドリックは軽く息を吐いた。
フローラ嬢とエミリア。
二人が並ぶと、確かに頼もしい。
だが同時に、自分とシャロン嬢の逃げ場が少し減った気もする。
それでも、不思議と嫌ではなかった。
「蜂蜜の焼き菓子はどうだったの?」
アメリアが尋ねる。
「前回のものが総合評価では上でした」
「まあ。やっぱり」
「新しい候補も悪くないとのことでした。甘さを控えたい方には向いているそうです」
「シャロン嬢らしい評価ね」
「はい」
セドリックは思い出して、少し口元を緩めた。
焼き菓子を前に真剣に考えるシャロン嬢。
配置図を見て一瞬で仕事の顔になるシャロン嬢。
フローラ嬢を誇らしそうに語るシャロン嬢。
今日だけで、いくつもの表情を見た。
どれも、以前より少し近いところで見られた気がする。
「兄様」
エミリアが言った。
「次は、フローラ様と手紙を交わしてもよいでしょうか」
「手紙?」
「はい。今日話した本の題名をお伝えしたいのです。それから、フローラ様がおっしゃっていた旅行記の題名も教えていただきたくて」
セドリックは少し考えた。
「シャロン嬢を通して確認するのがよいだろうな」
「もちろんです。急に送るのは失礼ですもの」
「そうだな」
「でも、もし許可をいただけたら、嬉しいです」
エミリアの声は弾んでいた。
母アメリアがにこにこと見守っている。
「良いお友達になれるといいわね」
「はい」
エミリアは素直に頷いた。
その表情を見て、セドリックは思った。
シャロン嬢との縁が、自分だけではなく、家族にも広がっている。
エミリアに新しい友人ができるかもしれない。
ノエルは自分の得意なことで認められた。
父も母も、ベルフォール家とのつながりを大切に見ている。
それは家同士の縁談として自然なことなのかもしれない。
だが、セドリックにとっては、それ以上の意味があった。
シャロン嬢が少しずつ自分の家族へ近づいている。
そして、自分の家族も彼女へ近づこうとしている。
その中心に、彼女がいる。
役目としてではなく。
条件としてでもなく。
シャロン・ベルフォールという人として。
その夜、セドリックは自室で手紙を書いた。
今日の茶会への礼。
焼き菓子の評価への感謝。
配置図について、急がず見てもらえればよいこと。
ノエルが、記録表を褒められてとても嬉しそうにしていたこと。
そして、少し迷ってから、こう書いた。
――本日、シャロン嬢がフローラ嬢のことを誇らしそうに話されていたのが印象に残っています。
――ご家族を大切に思われていることが伝わり、私も嬉しくなりました。
そこまで書いて、手を止める。
踏み込みすぎだろうか。
だが、これは本当に感じたことだった。
シャロン嬢は、自分の家族との距離にまだ迷いがある。
けれど、フローラ嬢のことを語った時の声には、確かに誇りがあった。
それを伝えたかった。
さらに、エミリアのことも書き添える。
――エミリアは、フローラ嬢とまた本の話をしたいと申しております。
――もしご迷惑でなければ、いずれ手紙で本の題名を伺ってもよいか、フローラ嬢にご確認いただけますでしょうか。
最後に、少し考えてから追伸を書く。
――なお、蜂蜜の焼き菓子については、前回のものがしばらく王座を守りそうです。
――ただし、挑戦者を探す努力は続けます。
書き終えた後、セドリックは自分の文面を見て、少しだけ笑った。
焼き菓子に王座。
以前の自分なら、こんな書き方はしなかった。
シャロン嬢との手紙は、少しずつ自分の言葉を変えている。
堅すぎるだけではなく。
礼儀だけでもなく。
少しだけ、遊び心を乗せるようになっている。
それが悪くないと思えることに、また驚く。
かなり良い評価は、思ったより胸に残ります。
そしてその評価に見合う相手でありたいと、セドリックは静かに思った。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
シャロンの「かなり良い評価」は、セドリックの中にしっかり残ったようです。
エミリアとフローラの交流も、少しずつ続いていきそうです。
次回もよろしくお願いします。




