第27話 静かな妹にも、準備が必要なようです
読みに来てくださりありがとうございます。
今回はセドリックからの手紙を受け取ったベルフォール家側のお話です。
フローラとエミリアの対面も、少しずつ近づいてきました。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
セドリック様からの返事は、翌日の午後に届いた。
私は小サロンで、母とリディア、フローラと一緒に茶を飲んでいた。
レオンは少し離れた長椅子の上で、侍女に見守られながら布の小さな玩具を握っている。
時折、意味のない声を上げては、リディアが「可愛い」と言って振り返っていた。
そこへ、侍女がグランフェル家の封筒を運んできた。
リディアの目が、当然のように輝く。
「セドリック様からですね!」
「まだ差出人を確認していないわ」
「でも、その封蝋はグランフェル家です」
「……そうね」
否定できない。
母は微笑み、フローラは本を閉じた。
「読んでもよろしいのでは?」
「なぜあなたたち全員がいる前で、読む前提なの」
「お姉様が読まない理由がないからです」
フローラは淡々と言った。
確かに、読まない理由はない。
私は封を切った。
手紙の書き出しは、いつも通り丁寧だった。
エミリア様と会ったことへの礼。
私がエミリア様を可憐で率直な方だと書いたことを、エミリア様が喜んでいたこと。
そして、私がフローラの話を書いたことで、エミリア様もぜひ会ってみたいとおっしゃっていること。
そこまで読んだところで、フローラが静かにこちらを見た。
「私のことですか?」
「ええ」
「何と?」
「エミリア様は、あなたが同い年で読書が好きだと知って、ぜひご挨拶したいそうよ」
フローラは、ほんの少しだけ瞬きをした。
大きく表情を変えたわけではない。
けれど、長年妹を見てきた私にはわかる。
興味を持っている顔だ。
「そうですか」
「嬉しそうね」
「そう見えますか」
「少し」
「では、少し嬉しいのだと思います」
正直でよろしい。
そう言いかけて、私は口を閉じた。
最近、誰かの言葉が移りすぎている気がする。
リディアは嬉しそうに身を乗り出した。
「やっぱり! フローラ、エミリア様に会うの楽しみなんでしょう?」
「楽しみというより、興味があります」
「それ、フローラにとってはかなり楽しみってことよね」
「リディアお姉様の解釈は、時々勢いが強すぎます」
「でも当たっているでしょう?」
「……少し」
フローラが小さく認めると、リディアはぱっと笑った。
母がその様子を穏やかに見ている。
「同い年ですものね。良いお友達になれるかもしれないわ」
「お母様まで、話が早いです」
フローラが言った。
「まだお会いしてもいません」
「そうね。でも、会う前から少し楽しみにできる相手がいるのは、悪いことではないでしょう?」
母の言葉に、フローラは少しだけ目を伏せた。
「……それは、そうかもしれません」
私は手紙へ視線を戻した。
続きには、ノエル様のことも書かれていた。
記録表をさらに整理していること。
まだ私に会うのは緊張していること。
けれど、いつか本人から礼を伝えたいと思っていること。
その一文を読んで、私は少し口元を緩めた。
「ノエル様は、まだお会いするのは緊張されるそうよ」
「まあ」
リディアが柔らかく笑った。
「真面目な方なのですね」
「ええ。セドリック様の弟君らしいわ」
そう言ってから、自分で少し驚いた。
セドリック様の弟君らしい。
私はまだノエル様に会ったことがない。
それなのに、手紙の中の言葉だけで、彼の輪郭を少し知った気になっている。
セドリック様を通して、グランフェル家の人々が少しずつ見えてくる。
エミリア様。
ノエル様。
アメリア様。
ギルバート伯爵。
その全員が、私の未来に関わるかもしれない人たちだ。
そう考えると、胸の奥が少しだけ落ち着かなくなる。
でも、不思議と嫌ではなかった。
「お姉様」
フローラが静かに呼んだ。
「何?」
「また少し遠いところを見ています」
「そんな顔をしていた?」
「はい」
「あなた、本当に人の顔をよく見るわね」
「本も人も、行間が大事ですので」
「人に行間を作らないでちょうだい」
フローラは少しだけ笑った。
私は手紙の最後を読んだ。
――エミリアは、フローラ嬢が同い年で読書を好まれる方だと知り、ぜひご挨拶したいと申しております。
――もちろん、フローラ嬢のご負担でなければ、という前提です。
――私自身も、シャロン嬢のご家族に少しずつご挨拶できることを嬉しく思っています。
少しずつ。
また、その言葉だ。
セドリック様は、急がない。
けれど、遠ざかりもしない。
こちらが差し出した小さな言葉を、ちゃんと受け取って、同じくらいの歩幅で返してくる。
だから困る。
逃げづらいのに、怖くない。
「……次にお会いする時、エミリア様も同席されるかもしれないわ」
私が言うと、フローラは静かに頷いた。
「わかりました」
「本当にいいの?」
「はい」
「無理はしなくていいのよ」
「無理ではありません。興味があります」
フローラはそこで少し言葉を切った。
「それに、エミリア様が可憐なだけではない方なら、一度お話ししてみたいです」
リディアが嬉しそうに笑った。
「きっと仲良くなれるわ!」
「リディアお姉様、その言葉は少し早いです」
「早くてもいいの」
「よくはありません」
「でも楽しみでしょう?」
「……少し」
リディアは満足そうに頷いた。
母も微笑んでいる。
私はそんな二人を見ながら、少しだけ不思議な気持ちになった。
私の縁談のはずだった。
それがいつの間にか、リディアがセドリック様を気に入り、フローラがエミリア様に興味を持ち、レオンが私の膝に座るようになり、家族全体が少しずつグランフェル家へ近づいている。
縁談とは、こういうものだっただろうか。
いや、たぶん違う。
けれど、悪くない。
「お姉様」
リディアが首を傾げる。
「今、少し笑いました?」
「笑っていないわ」
「笑いました」
「見間違いよ」
「では、そういうことにしておきます」
まったく、妹は油断ならない。
その時、長椅子の上のレオンが「あー」と声を上げた。
私がそちらを見ると、レオンは手に持っていた布の玩具をこちらへ差し出すように揺らしている。
「レオンも参加したいのかしら」
母が楽しそうに言った。
「赤子を縁談会議に参加させないでください」
「でも、あなたのことを見ているわ」
言われて見ると、レオンは確かに私の方を見ていた。
何も知らない青灰色の瞳。
私は少し立ち上がり、レオンのそばへ行った。
小さな手が私の指を掴む。
やはり、離さない。
「あなたは、何もわかっていない顔をしているわね」
「あー」
「返事だけは一人前ね」
リディアがくすくす笑った。
フローラも静かに見ている。
レオンは私の指を握ったまま、ふにゃっと笑った。
胸の奥が、少しだけやわらかくなる。
グランフェル家の人たちと近づくこと。
家族がその中に巻き込まれていくこと。
それは怖い。
けれど、ベルフォール家の中で私が少しずつ息をしやすくなっているのも事実だった。
この小さな弟の手を、以前より自然に握り返せるようになったことも。
その変化を、私は否定できない。
夕方、私は返事を書くために机へ向かった。
フローラは同じ小サロンの窓辺で本を読んでいる。
リディアはレオンの相手をしていた。
「フローラ」
「はい」
「エミリア様に、次回ご挨拶できればと書いてもいい?」
「構いません」
「本当に?」
「はい。ただし、リディアお姉様が言うように、すぐ親友になれるとは限りません」
「それはそうね」
「ですが」
フローラは本から顔を上げた。
「少し楽しみにしています」
その言葉に、私は微笑みそうになった。
「そう」
「お姉様、今少し嬉しそうです」
「あなたもそういうことを言うのね」
「言います」
「そうだったわね」
私はペンを取った。
まずは手紙への礼。
エミリア様がフローラにも挨拶したいと言ってくださったことへの感謝。
フローラも、次に会う機会があれば挨拶したいと話していること。
そこまで書いてから、少し考えた。
そして、もう一文を加える。
――私の家族にも、少しずつ向き合ってくださることを、嬉しく思います。
書いてから、胸が少し熱くなった。
また、嬉しいと書いてしまった。
けれど、これは本当だ。
セドリック様は、私だけを急かすのではなく、私の家族にも丁寧に向き合おうとしてくれている。
それが嬉しい。
怖さが消えたわけではない。
けれど、それでも嬉しい。
私はその一文を消さなかった。
続けて、蜂蜜の焼き菓子についても書いた。
――蜂蜜の焼き菓子の再比較については、候補が二つに絞られたとのこと、承知いたしました。
――前回のものを超えられるかどうか、厳正に確認いたします。
書き終えると、リディアが離れた場所から声を上げた。
「お姉様、今ちょっと楽しそうです!」
「離れていても顔を読まないで」
「顔ではなく、雰囲気です!」
「余計に困るわ」
フローラが静かに言う。
「姉妹ですから」
「その言葉で何でも許されると思わないで」
そう言いながらも、私は手紙を丁寧に折った。
静かな妹にも、準備が必要なようです。
そして私もまた、少しずつ準備をしているのだと思う。
誰かと家族になるかもしれない未来を、すぐに受け入れるためではなく。
怖がりながらでも、逃げずに見つめるために。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
フローラも少しずつエミリアとの対面を楽しみにし始めているようです。
シャロン自身も、家族同士の距離が近づいていくことを少しずつ受け止め始めています。
次回もよろしくお願いします。




