第26話 静かな令嬢の名前が、手紙にありました
読みに来てくださりありがとうございます。
今回はグランフェル家側のお話です。
シャロンからの手紙にフローラの名前が出て、エミリアも少しそわそわし始めます。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
シャロン嬢からの礼状は、午後の小サロンに届いた。
その時、セドリックは母アメリアと妹エミリアとともに、先日の茶会について話していた。
正確には、エミリアが話していた。
「シャロン様は、とても素敵な方でした」
これで、今日だけで三度目である。
アメリアは楽しそうに紅茶を飲み、セドリックは黙って聞いていた。
「可憐な方、ではないのです。もちろん美しい方ですけれど、それより凛としていて、言葉をひとつひとつ選ぶ方でしたわ」
「そうね」
アメリアが穏やかに相槌を打つ。
「それに、兄様が楽しそうに話す理由も少しわかりました」
そこでセドリックは顔を上げた。
「楽しそうに、とは」
「兄様はシャロン様のお話をする時、いつもより少しだけ目元が柔らかいです」
「また顔の話か」
「はい。大事です」
エミリアは胸を張った。
母に似た深い観察眼と、武門の娘らしい率直さがある。
セドリックは諦めて、茶杯を手に取った。
その時、使用人が封筒を運んできた。
「ベルフォール子爵家より、お手紙でございます」
エミリアの顔がぱっと明るくなる。
「シャロン様からですね!」
「私宛てだ」
「わかっています。でも、少し気になります」
「少しで済むのか」
「努力します」
その返しに、アメリアが小さく笑った。
セドリックは封筒を受け取り、封を切る。
手紙には、エミリアとの茶会への礼が丁寧に綴られていた。
エミリアは可憐で率直な方だったこと。
また話せれば嬉しいこと。
そして、グランフェル家の温かさに少し触れた気がしたこと。
セドリックは、その一文で静かに指を止めた。
グランフェル家の温かさ。
シャロン嬢が、そう書いてくれた。
彼女が自分だけでなく、家族の空気を受け取ってくれたことが、胸に残る。
「兄様」
エミリアがそわそわと見ている。
「シャロン様は、何と?」
「エミリアとまた話せれば嬉しい、と」
「本当ですか!」
「ああ」
エミリアは両手を胸の前で合わせた。
「よかったです。少し踏み込みすぎたかと心配していました」
「自覚はあったのだな」
「少しだけ」
「少しではなかった気もする」
「でも、シャロン様は嫌ではなかったのでしょう?」
セドリックは手紙へ視線を落とした。
「そう書いてくださっている」
「なら、よかったです」
エミリアは安心したように笑った。
セドリックはさらに読み進める。
そして、途中で少し目を留めた。
「フローラ嬢のことが書かれている」
そう言うと、エミリアがすぐに顔を上げた。
「シャロン様の妹君ですね」
「ああ。三女のフローラ嬢だ」
「どのようなことが書かれているのですか?」
エミリアに尋ねられ、セドリックは手紙へ視線を戻した。
「エミリアの話を聞いて、フローラ嬢も少し興味を持ってくださったそうだ。もし次に会う機会があれば、顔を合わせることがあるかもしれない、と」
そこまで伝えると、エミリアの緑の瞳がぱっと輝いた。
「まあ。そうなのですか」
「ああ」
「おいくつですか?」
「たしか、エミリアと同じ十六歳だったはずだ」
「同い年なのですね」
「そうだな」
「お会いしたいです」
「早いな」
「シャロン様の妹君で、しかも私に興味を持ってくださったのでしょう? それなら、私もお会いしてみたいです」
エミリアは迷いなく言った。
アメリアがにこりと微笑む。
「フローラ嬢は、どんな方なのかしら」
「シャロン嬢のお話では、読書が好きで、静かだが観察眼の鋭い方だと」
「まあ」
アメリアの笑みが深くなる。
「それは、エミリアと合いそうね」
「母上もそう思われますか?」
「ええ。あなたは可憐に見えて率直でしょう? フローラ嬢は静かに見えて鋭いのでしょう? きっとお互いに気づくことがあるわ」
エミリアは嬉しそうに頷いた。
「お会いしたら、まず何をお話ししましょう」
「普通は、天気や本の話から入るのではないか」
セドリックがそう言うと、エミリアは少し考え込んだ。
「では、本の話にします。兄様のお話ばかりでは、シャロン様に申し訳ありませんし」
「私の話をする前提だったのか」
「少しだけです」
「その少しは信用できない」
「兄様がシャロン様のお話をなさる時も、少しだけと言いながら長いです」
アメリアが楽しそうに笑った。
セドリックは反論できなかった。
事実だったからだ。
「でも、不思議ですね」
エミリアは紅茶の水面を見つめながら言った。
「王都の催しで、もしかするとお見かけしたことくらいはあるのかもしれません。でも、正式にご紹介いただいたことはありませんでした」
「若い令嬢同士なら、珍しいことではないわ」
アメリアが静かに言う。
「昼の茶会や親同伴の集まりならともかく、本格的な夜会や晩餐会は、成人済みか社交デビュー後の方が中心ですもの。家格が近くても、正式に言葉を交わさないまま名前だけ知っていることはよくあるわ」
「そうですね」
エミリアは頷いた。
「私も、グランフェル家の令嬢として最低限の場には出ていますが、華やかな夜会ばかりではありませんし」
「フローラ嬢も、まだ本格的に社交へ出る前だろう」
セドリックが言うと、アメリアは頷いた。
「きっとそうね。ベルフォール家の三女なら、家族同伴の茶会くらいでしょう」
「同い年の令嬢と新しく知り合うのは、少し楽しみです」
「少し?」
セドリックが尋ねると、エミリアはにこりと笑った。
「とても、です」
「正直でよろしい」
「シャロン様なら、そう言いそうですね」
エミリアがそう返した瞬間、セドリックは少しだけ目を瞬いた。
確かに、シャロン嬢なら言いそうだった。
虚偽申告は減点です。
正直でよろしい。
判断材料として受領いたしました。
そんな言葉が自然に浮かぶようになっている自分に気づき、セドリックは少しだけ口元を緩めた。
「兄様」
「何だ」
「今、シャロン様を思い出しましたね」
「……本当に、顔で読むのはやめてくれ」
「無理です」
「努力は?」
「しません」
妹は強かった。
その時、扉が軽く叩かれ、ノエルが顔を出した。
「母上、兄上。少しよろしいですか」
「どうした」
セドリックが尋ねると、ノエルは手元の紙を見せた。
「記録表の写しをもう一度整理したのですが……」
そこで彼は、部屋の空気に気づいたらしい。
「お話し中でしたか?」
「シャロン様からお手紙が届いたの」
エミリアが言うと、ノエルは少し緊張したように背筋を伸ばした。
「シャロン嬢から」
「ああ。記録表の件も、引き続き気にかけてくださっている」
「そうですか」
ノエルは少しほっとしたように笑った。
だが、すぐに表情を引き締める。
「失礼のないものにしたいです」
「お前は十分丁寧に作っている」
「でも、シャロン嬢に見ていただくなら、もう少し……」
そこでノエルは言葉を止めた。
自分で言って、少し恥ずかしくなったらしい。
エミリアが優しく笑う。
「ノエルは、まだシャロン様にお会いするのは緊張する?」
「はい」
ノエルは素直に頷いた。
「ですが、いつかお礼は申し上げたいです」
「それでいい」
セドリックは言った。
「急がなくていい。だが、きちんと形にしていれば、会った時に話せることができる」
「はい」
ノエルは紙を抱え直した。
アメリアが柔らかく微笑む。
「少しずつね」
「はい、母上」
その言葉に、セドリックはまたシャロンの手紙を思い出した。
少しずつ。
最近、その言葉がこの家の中にも増えている。
急がず。
けれど、止まらず。
誰かの方へ歩いていくには、それくらいがちょうどいいのかもしれない。
「それで、兄様」
エミリアが改めて言った。
「次のお茶会では、フローラ様にもお会いできるようにお返事してくださいますか?」
「まだシャロン嬢とフローラ嬢の都合もある」
「もちろんです。無理のない範囲で、と書いてください」
「わかった」
「あと、私が楽しみにしていることも」
「それも書く」
「それから、兄様が楽しみにしていることも」
「なぜ私のことまで」
「隠す必要がありますか?」
アメリアが満足そうに頷いた。
「エミリアの言う通りね」
「母上まで」
「あなたは、楽しいなら楽しいと書きなさい」
セドリックは小さく息を吐いた。
この家では、逃げ道があまりない。
だが、その逃げ道のなさが、最近は少しありがたい。
自分一人なら、きっとまた無難な言葉だけを選んでしまうから。
その日の夜、セドリックは返事を書いた。
エミリアと会ってくれたことへの礼。
シャロンがエミリアを可憐で率直だと評してくれたことを、妹が喜んでいたこと。
フローラ嬢の話を聞き、エミリアがぜひ会ってみたいと目を輝かせていたこと。
そして、社交の場で正式な紹介がないまま名前だけ知っていることは珍しくないが、こうして家族を通じて縁がつながるのは嬉しい、と。
少し考えてから、もう一文を添えた。
――エミリアは、フローラ嬢が同い年で読書を好まれる方だと知り、ぜひご挨拶したいと申しております。
――もちろん、フローラ嬢のご負担でなければ、という前提です。
――私自身も、シャロン嬢のご家族に少しずつご挨拶できることを嬉しく思っています。
書いてから、少し手を止める。
少しずつ。
またその言葉だ。
けれど、今はそれが一番合っている気がした。
追伸には、蜂蜜の焼き菓子のことを書く。
――蜂蜜の焼き菓子の再比較については、候補を二つに絞りました。
――前回のものを超えられるかは、正直なところ難しいかもしれません。
虚偽申告ではない。
そう心の中で付け加えて、セドリックは封をした。
静かな令嬢の名前が、手紙にありました。
その名前が、今度はエミリアの楽しみになっている。
人と人の距離は、こうして少しずつ近づくのだろう。
シャロン嬢と自分が、そうだったように。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
フローラとエミリアの対面も少しずつ近づいてきました。
ノエルはまだ緊張気味ですが、彼なりに準備を進めているようです。
次回もよろしくお願いします。




