第24話 未来の義妹候補は、可憐で率直でした
読みに来てくださりありがとうございます。
今回はシャロンとエミリアの初対面のお話です。
可憐だけれど率直なエミリアとのやり取りを楽しんでいただけたら嬉しいです。
グランフェル伯爵家の令嬢、エミリア様と会うことになった。
そう聞いた時、私はまず姿勢を正した。
緊張していない。
もちろん、緊張などしていない。
ただ、相手はセドリック様の妹君である。
失礼があってはならない。
それだけだ。
「お姉様」
小サロンで支度を整えていると、リディアがにこにことこちらを覗き込んできた。
「緊張していますね」
「していないわ」
「では、どうして扇を三回開閉したんですか?」
「確認よ」
「何の?」
「開き具合の」
「扇の開き具合をそんなに確認する令嬢、なかなかいないと思います」
リディアは楽しそうに笑った。
その隣で、フローラが本を片手に静かに言う。
「今日は、相手がセドリック様ではなく妹君ですからね」
「だから何かしら」
「お姉様は、セドリック様ご本人より、そのご家族に会う方が緊張しているように見えます」
「……そう見える?」
「はい」
否定しようとして、少しだけ言葉に詰まった。
セドリック様と話すことには、少しずつ慣れてきた。
もちろん、完全に気を許しているわけではない。
けれど、彼が私の言葉を雑に扱わない人だということは、わかり始めている。
だが、彼の家族となると話は別だ。
アメリア様とは庭園で少し話した。
ギルバート伯爵とも何度か顔を合わせた。
けれど、エミリア様とは初対面である。
セドリック様の妹。
グランフェル家の長女。
そして、もし縁談が進めば、私の義妹になるかもしれない人。
そう考えると、扇の開き具合くらい確認したくもなる。
「お姉様、顔が少し真剣です」
リディアが言った。
「当然でしょう。初対面なのだから」
「エミリア様、きっと素敵な方ですよ」
「あなたは会う前から人を素敵にしすぎよ」
「だってセドリック様の妹君ですもの」
「根拠として弱いわ」
「でも、お手紙の感じでは、お兄様思いの方なのでしょう?」
そこは否定できなかった。
セドリック様の手紙からは、エミリア様がこちらに興味を持っていることが伝わってきた。
それも、ただ好奇心だけではない。
兄が大切にしている相手に、きちんと挨拶をしたいという気持ちがあるように思えた。
だからこそ、こちらも適当に受けるわけにはいかない。
「お姉様」
フローラが本を閉じた。
「完璧に対応しようとしなくてもよいのでは?」
「どういう意味?」
「エミリア様は、お姉様を品評しに来るわけではないでしょう」
「わかっているわ」
「なら、少しくらい不器用でもよいと思います」
「不器用前提なのね」
「観察結果です」
私はため息をついた。
本当に、妹たちは遠慮がない。
けれど、その遠慮のなさが最近は少しだけありがたい。
やがて、グランフェル家の馬車が到着したと知らせが入った。
応接室へ向かうと、父と母がすでに待っていた。
今日の茶会は、形式上は家同士の親睦である。
セドリック様も同席するが、主な目的は私とエミリア様の顔合わせだ。
私は深く息を吸った。
扉が開く。
最初に入ってきたのは、セドリック様だった。
焦げ茶の髪を整え、落ち着いた深緑の上着を着ている。
いつも通り穏やかな表情で、私と目が合うと静かに礼をした。
その後ろから、明るい栗色の髪の令嬢が入ってくる。
緑の瞳。
可憐な顔立ち。
ふわりとした淡い緑のドレス。
立ち居振る舞いは上品で、まさに伯爵令嬢という印象だった。
だが、目が合った瞬間、私は思った。
この方、可憐なだけではない。
瞳の奥に、はっきりとした好奇心と芯がある。
「エミリア・グランフェルでございます。本日はお招きいただき、ありがとうございます」
エミリア様は丁寧に礼をした。
「シャロン・ベルフォールです。こちらこそ、お会いできて嬉しく思います」
私も礼を返す。
セドリック様は父と母にも挨拶し、エミリア様も続いて丁寧に言葉を交わした。
その後、父と母が席を勧め、茶が用意される。
最初は穏やかな会話だった。
天気の話。
王都の庭園の話。
先日の茶会の礼。
エミリア様は受け答えがとても自然だった。
笑顔は可憐で、声も柔らかい。
けれど、こちらを見ている目はよく動いている。
私を見ている。
ただ眺めているのではなく、ちゃんと知ろうとしている。
その視線は、少しだけセドリック様に似ていた。
「シャロン様」
茶を一口飲んだ後、エミリア様がにこりと微笑んだ。
「兄から、たくさんお話を伺っております」
来た。
私は扇を持つ手に力を込めた。
「たくさん、ですか」
「はい。焼き菓子と、地図と、記録表のお話を」
「……それは、令嬢の紹介として正しいのでしょうか」
思わずそう返してしまった。
エミリア様は一瞬きょとんとし、それから口元を押さえて笑った。
「私も少し疑問でした」
「エミリア」
セドリック様が静かに妹を呼ぶ。
エミリア様は悪びれずに微笑んだ。
「でも、兄がとても楽しそうに話すので、きっとシャロン様は素敵な方なのだろうと思っておりました」
「楽しそうに?」
私はセドリック様を見た。
彼は少しだけ視線をそらした。
「……有意義な話でしたので」
「兄様はいつもそうおっしゃいます」
エミリア様がすかさず言う。
「けれど、有意義という言葉だけでは説明できない顔をしておりました」
「顔ですか」
「はい。兄様は、嬉しい時に少しだけ目元が柔らかくなります」
セドリック様が咳払いをした。
「エミリア」
「事実です」
「ここで報告する必要はない」
「シャロン様には必要かと思いまして」
「なぜ」
「兄様は自分ではなかなか言わないので」
私は扇で口元を隠した。
危ない。
笑いそうになった。
グランフェル家の妹君は、可憐な見た目に反して、かなり率直らしい。
「エミリア様は、お兄様と仲がよろしいのですね」
私がそう言うと、エミリア様は少しだけ表情を柔らかくした。
「はい。兄様は真面目すぎるところがありますが、とても優しい方です」
「存じております」
自然にそう答えてしまった。
言ってから、少しだけ固まる。
エミリア様の目が輝いた。
セドリック様は静かにこちらを見る。
父と母は何も言わない。
ただ、母の口元が少しだけ柔らかい。
しまった。
今のは、少し素直すぎた。
「……少なくとも、焼き菓子の申告に関しては誠実な方だと思っております」
私は慌てて付け足した。
エミリア様は楽しそうに笑った。
「兄様、焼き菓子の話でも信用を得ていますよ」
「信用の種類としては、少し複雑だな」
セドリック様が困ったように答える。
そのやり取りが、少しだけ家族らしくて、胸の奥が温かくなった。
私とリディアやフローラの会話とは違う。
けれど、どこか似ている。
遠慮なく言い合える空気。
それでも相手を傷つけない距離。
グランフェル家は、温かい家なのだと改めて思う。
「シャロン様」
エミリア様は、少し姿勢を正した。
「今日は、きちんとご挨拶をしたかったのです」
「ご挨拶、ですか」
「はい。兄様が大切に思っている方に、失礼のないようにしたかったので」
大切に思っている方。
その言葉が、急に胸の中へ落ちてきた。
セドリック様が何か言いかけたようだったが、エミリア様は続けた。
「もちろん、まだ何も決まっていないことはわかっています。けれど、もしシャロン様がいつか私たちの家族になってくださるなら、私はその日を楽しみにしていると思います」
まっすぐだった。
可憐な声なのに、言葉には揺らぎがなかった。
私は、すぐには返事ができなかった。
家族。
その言葉は、私にとって軽いものではない。
ベルフォール家の中でさえ、私は長い間、自分の居場所を役目と結びつけてきた。
グランフェル家に入るかもしれないという未来は、まだ怖い。
けれど、エミリア様の言葉に押しつけがましさはなかった。
歓迎したい。
そう素直に言われているだけだった。
「……ありがとうございます」
私はゆっくり答えた。
「まだ、私にはわからないことが多いです。ですが、そう言っていただけることは、嬉しく思います」
言えた。
逃げずに言えた。
エミリア様は、ぱっと笑顔になった。
「よかったです」
「よかった、ですか」
「はい。兄様があまりに慎重なので、私が少し踏み込みすぎたかもしれないと心配していました」
「その自覚はあったのですね」
「少しだけ」
エミリア様は悪戯っぽく笑った。
その表情は、年相応の少女らしくて可愛らしかった。
「ですが、兄様が大切にしている方ですから、私も大切にしたかったのです」
その言葉に、また胸が揺れる。
セドリック様は、何も言わずに茶杯を置いた。
けれど、その横顔はどこか柔らかかった。
私は少し視線を落とす。
大切にされることに、まだ慣れていない。
けれど、嫌ではない。
最近、その答えばかりが増えていく。
嫌ではない。
嬉しい。
少し楽しみ。
話してみたい。
どれも、以前の私ならすぐに隠していた言葉だ。
茶会の途中、エミリア様はふと焼き菓子の皿へ視線を向けた。
「ところで、シャロン様」
「はい」
「蜂蜜の焼き菓子は、本当にお好きですか?」
私は瞬きをした。
セドリック様もわずかに動きを止める。
「なぜそれを」
「兄様が、シャロン様は蜂蜜がお好きかもしれないと、少し嬉しそうに話していたので」
「エミリア」
「兄様、これは大事な確認です」
「何の確認だ」
「次のお茶会の菓子選びです」
真面目な顔で言うものだから、私は思わず笑ってしまった。
扇で隠すのが少し遅れた。
エミリア様の目が嬉しそうに細まる。
「あ、笑ってくださいました」
「今のは不意打ちです」
「では成功ですね」
「成功なのですか」
「はい」
セドリック様が小さく息を吐いた。
「妹が失礼を」
「いいえ」
私は首を横に振った。
「率直な方なのですね」
「はい。母譲りです」
エミリア様は胸を張った。
確かに、アメリア様の娘だ。
柔らかいのに、必要なことを真っ直ぐ言う。
「蜂蜜の焼き菓子は、美味しいと思います」
私は答えた。
「特に、先日のものは香りが良くて、甘さもくどくありませんでした」
「では、兄様と同じですね」
「……そうなりますね」
「兄様、よかったですね」
エミリア様が嬉しそうに言う。
セドリック様は静かに頷いた。
「はい」
否定しない。
そういうところだ。
私は扇で口元を隠す。
胸の奥が、また少し落ち着かなくなった。
茶会が終わる頃には、最初の緊張はだいぶ薄れていた。
エミリア様は可憐で、礼儀正しく、そして思った以上に率直だった。
私を試すようなところはない。
ただ、知ろうとしてくる。
それは兄であるセドリック様と少し似ていた。
帰り際、玄関広間で見送る時、エミリア様が私の前に立った。
「シャロン様、本日はありがとうございました」
「こちらこそ、お会いできて嬉しかったです」
「またお話ししていただけますか?」
その問いは、真っ直ぐだった。
私は少しだけ迷った。
けれど、答えはすぐ出た。
「はい。私でよろしければ」
エミリア様の顔が明るくなる。
「嬉しいです」
その笑顔に、私は少しだけ目を細めた。
セドリック様が、隣で静かにこちらを見ていた。
「シャロン嬢」
「はい」
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ」
少しだけ間が空いた。
何か言いたいことがあるように見えて、私は待った。
セドリック様は、静かに言った。
「妹と話してくださって、嬉しかったです」
胸の奥が、温かくなる。
「……エミリア様は、素敵な方ですね」
そう答えると、セドリック様の表情が柔らかくなった。
「ありがとうございます」
「ただし、少し率直です」
「否定はできません」
「でも、嫌ではありませんでした」
言ってから、私は小さく息を吸った。
嫌ではない。
また、その言葉だ。
けれど今は、それで十分な気がした。
セドリック様は、まるでその言葉を大事に受け取るように頷いた。
「それなら、よかったです」
馬車が去っていく。
私は玄関広間で、その後ろ姿を見送った。
隣にいた母が、静かに言う。
「良い方だったわね」
「はい」
私は素直に頷いた。
「可憐で、率直で……少し、アメリア様に似ていました」
「そうね」
母が微笑む。
「グランフェル家らしい方だったわ」
私は何も言わなかった。
ただ、思った。
セドリック様だけではなく、その家族も少しずつ私の中に入ってきている。
怖くないわけではない。
けれど、今日会ったエミリア様の笑顔は、思っていたよりも温かかった。
未来の義妹候補は、可憐で率直でした。
そして私は、その率直さを、少しだけ嫌ではないと思ってしまった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
エミリアとの初対面で、シャロンも少しだけグランフェル家の温かさに触れました。
少しずつですが、家族同士の距離も近づいています。
次回もよろしくお願いします。




