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元跡継ぎ令嬢はお見合い結婚した騎士伯爵と恋をします  作者: 影道AIKA


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第22話 大切に聞きたいと言われましても

読みに来てくださりありがとうございます。

今回はセドリックからの手紙を受け取ったシャロンのお話です。

エミリアの名前も出てきて、グランフェル家との距離も少しずつ近づいていきます。

楽しんでいただけたら嬉しいです。

セドリック様からの返事は、いつも通り丁寧な文字で書かれていた。


 私はベルフォール家の小サロンで、その便箋を読み進めていた。


 窓の外では、庭の木々が春の光を受けている。

 膝の上には、途中まで読んでいた本。

 机の上には、まだ手をつけていない紅茶。


 そして私の手には、グランフェル家からの手紙。


 最近、この組み合わせにも慣れてきてしまった気がする。


 慣れてきた、というより。

 少し待つようになってしまった、という方が正しいかもしれない。


 その事実は、なかなか認めがたい。


 私は小さく息を吐いて、続きを読んだ。


 市の配置図を次に用意すること。

 ミルディア領の春市の話は、無理に急がなくていいこと。

 少しずつ聞かせてもらえるなら、一つずつ大事に聞きたいということ。


 そこまでは、まだ耐えられた。


 けれど次の一文で、私は指先を止めた。


 ――あなたが大切にしてきたものを、私も大切に聞きたいと思っています。


「……本当に、ずるいわ」


 思わず呟いていた。


 大切に聞きたい。


 ただ聞きたい、ではない。

 知りたい、でもない。


 大切に。


 その言葉が、胸の奥に静かに触れてくる。


 ミルディア領の春市は、私にとって簡単な思い出ではない。

 跡継ぎとして学んだ場所。

 父に認められたくて必死だった場所。

 自分の力が少しだけ領地の役に立つと信じられた場所。


 そして今は、失った未来を思い出させる場所でもある。


 そこを大切に聞きたいと言われると、どうしても逃げづらい。


 扇を手に取ろうとして、私は動きを止めた。


 また守りを固めようとしている。

 フローラに見られたら、きっと指摘されるだろう。


 その時、扉が控えめに叩かれた。


「シャロンお姉様、入ってもいいですか?」


 リディアの声だった。


「どうぞ」


 入ってきたリディアは、私の手元を見るなり、ぱっと表情を明るくした。


「セドリック様からですね」


「最近、確認が早いわね」


「お姉様の顔でわかります」


「また顔」


「はい。少し困っていて、少し嬉しそうです」


「困っているのは認めるわ」


「嬉しい方は?」


「保留」


「保留なんですね」


 リディアは楽しそうに笑った。


 私は手紙を折り直そうとして、追伸があることに気づいた。


 ――妹のエミリアが、いつかシャロン嬢にご挨拶できる日を楽しみにしております。


 エミリア様。


 セドリック様の妹。

 十六歳。

 グランフェル伯爵家の長女。


 話には聞いていた。

 可憐で礼儀正しく、けれど武門の娘らしく護身術も心得ているという令嬢。


 まだ会ったことはない。


「エミリア様が、私に挨拶したいそうよ」


 私がそう言うと、リディアの目が輝いた。


「まあ! 素敵です!」


「あなたは本当に何でも素敵にするわね」


「だって、未来の義妹になるかもしれない方ですよね?」


「リディア」


「まだ決まっていませんね。はい、わかっています」


 わかっている顔ではなかった。


 私は紅茶に手を伸ばす。


 しかし、考えてしまう。


 セドリック様だけではなく、グランフェル家の人たちも、少しずつ私の方へ歩いてきている。


 アメリア様。

 ギルバート伯爵。

 ノエル様。

 そして、エミリア様。


 その輪の中に入るかもしれない未来。


 それは少し怖い。

 けれど、以前のようにただ遠ざけたいとは思わなかった。


「お姉様」


「何」


「お会いするの、嫌ですか?」


 リディアの声は、いつもより少しだけ静かだった。


 私はすぐには答えなかった。


 嫌か。


 そう聞かれれば、答えは案外簡単だった。


「……嫌ではないわ」


 口に出すと、胸の奥が少しだけ軽くなる。


 リディアは、嬉しそうに微笑んだ。


「それなら、いいと思います」


「簡単に言うのね」


「嫌じゃないって、今のお姉様には大事な答えだと思うので」


 私は黙った。


 まったく。

 最近の妹たちは、油断するとすぐ本質を突いてくる。


 そこへ、扉の外から小さな声がした。


「あー」


 リディアが振り返る。


「あ、レオンです」


 侍女に抱かれたレオンが、小サロンの入り口にいた。

 淡い金髪の小さな頭が揺れ、青灰色の瞳がこちらを見る。


 私を見るなり、レオンはまた手を伸ばした。


「最近、よく来るわね」


「シャロンお姉様のところが好きなんですよ」


「また勝手な解釈を」


 そう言いながらも、私はレオンを受け取った。


 レオンは私の袖を握り、にこにこと笑う。


 その無邪気さに、胸の奥の強張りが少しほどける。


 私はこの子を見るたびに、自分の傷も思い出す。

 けれど最近は、それだけではなくなってきた。


 レオンは、ただここにいる。

 私の弟として。


 そして私は、少しずつそれを受け止めている。


「返事を書くのですか?」


 リディアが尋ねた。


「ええ」


「何て?」


「ミルディア領の春市の話を、少しずつならできると。それから、エミリア様にもいつかご挨拶できればと」


「お姉様」


「何」


「今の、とても自然でした」


「何が」


「グランフェル家の方たちに会うことを、前ほど怖がっていない感じがしました」


 私は言葉に詰まった。


 怖くないわけではない。


 けれど、確かに前ほど身構えてはいない。


 セドリック様が私の言葉を雑に扱わないことを、少しずつ知ってきたからだろうか。

 それとも、彼の家族が彼を通して少しずつ見えてきたからだろうか。


 私はレオンを膝に乗せたまま、便箋を広げた。


 書き出しは、いつもの礼から。


 手紙への感謝。

 市の配置図を見せてもらうことへの了承。

 春市について、うまく話せるかわからないが、少しずつなら話してみたいこと。


 そして、迷った末にこう書いた。


 ――大切に聞きたいと言ってくださったことを、嬉しく思いました。

 ――だからこそ、少し緊張もしています。


 書いてから、私は便箋を見つめた。


 緊張している。


 そんなことまで書く必要があっただろうか。


 だが、消す気にはなれなかった。


 嬉しいだけではない。

 怖いだけでもない。

 その両方がある。


 それを、セドリック様になら伝えてもいいのかもしれない。


 続けて、エミリア様への返事を書く。


 ――エミリア様にも、いつかお目にかかれましたら嬉しく思います。

 ――緊張してしまうかもしれませんが、その時はどうぞよろしくお伝えください。


 リディアが横からにこにこと私を見ている。


「見ないで」


「見ていません。お姉様の顔を見ています」


「それもやめなさい」


「でも、今のお姉様は少し優しい顔です」


「また顔」


 私はため息をついた。


 けれど、怒る気にはなれなかった。


 最後に追伸を書く。


 ――蜂蜜の焼き菓子の比較についても、引き続き確認いたします。

 ――ただし、比較の名目で食べ過ぎることは減点対象です。


 書き終えた瞬間、リディアがくすりと笑った。


「お姉様らしいですね」


「読んでいないでしょう?」


「顔です」


「便利すぎるわ、その言葉」


 レオンが膝の上で、小さく声を上げた。


 私はその手をそっと握る。


 大切に聞きたいと言われましても。


 どう話せばいいのか、まだわからない。


 けれど、話してみたいと思っている。


 その気持ちはもう、否定できなかった。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

シャロンも少しずつ、セドリックだけでなくグランフェル家の人たちにも向き合おうとしています。

次回もよろしくお願いします。

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