第21話 妹は、未来の義姉に興味津々です
読みに来てくださりありがとうございます。
今回はグランフェル家側のお話です。
セドリックの妹エミリアも登場し、シャロンへの興味が少しずつ家族にも広がっていきます。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
シャロン嬢からの手紙は、午後の訓練を終えた後に届いた。
セドリックはグランフェル家の小書斎で、封筒を前にしていた。
濃い焦げ茶の髪は、訓練後に整え直してある。
だが、手紙へ伸ばす指先だけは、いつもより少し慎重だった。
ベルフォール家の封蝋。
最近、それを見るだけで胸の奥が静かに揺れる。
封を切ると、整った文字が並んでいた。
先日の焼き菓子比較についての礼。
ノエルの記録表が認められたことへの祝意。
市の配置図を見せるなら、春市の話をできる範囲で用意するという返事。
そこまでは、いつものシャロン嬢らしい文面だった。
丁寧で、実務的で、少しだけ距離がある。
だが、次の一文でセドリックは息を止めた。
――ミルディア領の春市は、私にとって、跡継ぎとして学んだ場所であり、大切な記憶の多い場所でもあります。
大切な記憶。
その言葉を、シャロン嬢が書いた。
セドリックは、しばらく便箋を見つめた。
彼女にとってミルディア領は、誇りであり、傷でもあるのだろう。
跡継ぎとして育てられた場所。
そして、その役目を失ったことで、立ち方がわからなくなった場所。
それを、ただ領地の話としてではなく、大切な記憶だと書いてくれた。
さらに続く一文を読んで、胸の奥が熱を持った。
――うまくお話しできるかはわかりませんが、セドリック様になら、少しずつお話ししてもよいのかもしれないと思っています。
「……少しずつ」
声に出してしまった。
少しずつ。
その言葉は、シャロン嬢らしかった。
一度に大きく踏み出すのではなく、逃げ道を残しながら、それでも確かにこちらへ向けて差し出された言葉。
セドリックは便箋を持つ手に、ほんの少し力を込めた。
嬉しい。
その感情が、今ははっきりとわかる。
彼女が大切なものを、少しずつでも話してよいと思ってくれたことが、どうしようもなく嬉しかった。
「兄様?」
扉の方から、軽やかな声がした。
セドリックが顔を上げると、妹のエミリアが立っていた。
明るい栗色の髪を上品に結い、緑の瞳を好奇心で輝かせている。
可憐な伯爵令嬢らしい姿だが、身のこなしは軽く、ただのお人形のような令嬢ではない。
「入ってもよろしいですか?」
「ああ」
エミリアは小書斎に入ると、机の上の手紙を見て、すぐに表情を明るくした。
「ベルフォール家からですね」
「……よくわかったな」
「兄様の顔です」
「最近、そればかり言われる」
「では、皆にわかる顔をなさっているのでは?」
さらりと言われて、返す言葉に困った。
グランフェル家の妹も、母に似てなかなか鋭い。
「シャロン様からですか?」
「ああ」
「まあ」
エミリアは嬉しそうに両手を合わせた。
「どんな方なのですか? 兄様のお話だけだと、凛としていて、賢くて、少し怖くて、でも焼き菓子の比較を真面目にしてくださる方、ということしかわかりません」
「かなり伝わっている気がするが」
「一番大事なところがわかりません」
「一番大事なところ?」
「兄様が、どのくらいその方にお会いしたいと思っているのかです」
セドリックは動きを止めた。
エミリアは、にこりと微笑む。
可憐な笑顔だ。
だが、言っていることはまったく可憐ではない。
「エミリア」
「はい」
「母上に似てきたな」
「褒め言葉として受け取ります」
「半分は警戒だ」
「では、半分だけ受け取ります」
エミリアは楽しそうに笑った。
セドリックは小さく息を吐く。
ごまかしても仕方がない。
この家では、下手な隠しごとはたいてい誰かに見抜かれる。
「会いたいと思っている」
静かに答えると、エミリアは一瞬だけ目を丸くした。
それから、ぱっと花が咲くように笑った。
「まあ!」
「驚くことか」
「兄様がそんなに素直に言うなんて、驚きます」
「そうか」
「はい。でも、とても嬉しいです」
エミリアは椅子に腰かけ、少し身を乗り出した。
「私もお会いしてみたいです、シャロン様に」
「なぜだ」
「兄様がそんな顔をする方だからです」
「顔か」
「はい。顔です」
兄妹そろって、顔を読む家である。
セドリックは手紙へ視線を落とした。
「彼女は、ミルディア領の春市について話してくださるそうだ。大切な記憶が多い場所だと」
エミリアの表情が、少し柔らかくなった。
「それを兄様に話してもいいと思ってくださったのですね」
「ああ。少しずつ、と」
「では、兄様も少しずつ受け取らないといけませんね」
「そうだな」
「でも、少しずつと書いてくださる方は、本当はとても勇気を出している気がします」
セドリックは妹を見た。
エミリアは、先ほどまでの楽しげな表情を少しだけ抑えている。
「私、シャロン様のことはまだ存じ上げません。でも、跡継ぎとして育てられた方が、その場所を大切な記憶と書くのは、きっと簡単ではないと思います」
「……ああ」
「兄様」
「何だ」
「大事に聞いて差し上げてくださいね」
その声は、妹らしい明るさではなく、グランフェル家の娘としての芯を持っていた。
セドリックは静かに頷く。
「もちろんだ」
エミリアは満足そうに微笑んだ。
「それから、焼き菓子の比較は私も参加できますか?」
「急に話が戻ったな」
「大事なことです」
「シャロン嬢が許せば、だな」
「では、まずはお会いして、きちんとご挨拶しなければなりませんね。未来の義姉になるかもしれない方ですもの」
義姉。
その言葉に、セドリックはまた少し動きを止めた。
シャロン嬢が、エミリアの義姉になる。
グランフェル家の一員として、この家で笑う。
その姿を想像してしまい、胸の奥が静かに熱くなる。
「兄様」
「何だ」
「今、想像しましたね」
「……お前も母上に似てきた」
「だから褒め言葉として受け取ります」
エミリアはくすくす笑った。
その時、扉が叩かれ、アメリアが顔を出した。
「あら、二人ともここにいたのね」
「母上」
「エミリア、あなたもシャロン嬢のお手紙が気になったの?」
「はい。兄様のお顔が気になりまして」
「そうでしょうね」
「母上まで」
アメリアは何もかもわかっているように微笑んだ。
セドリックは諦めた。
手紙を机の上に置き、便箋を取り出す。
「返事を書きます」
「ええ」
アメリアが頷く。
「まっすぐにね」
「はい」
エミリアも明るく笑った。
「兄様、焼き菓子のことも忘れずに」
「忘れない」
「あと、私もいつかご挨拶したいと、できればさりげなく」
「それはさりげなく書ける内容か?」
「兄様なら真面目に書いてしまいそうですね」
「……気をつける」
妹と母が同時に笑った。
セドリックはペンを取り、返事を書き始める。
まずは手紙への礼。
ミルディア領の春市について話してくれることへの感謝。
無理に急がなくていいこと。
少しずつ聞かせてもらえるなら、自分も一つずつ大事に聞きたいということ。
そして、迷った末にこう書いた。
――あなたが大切にしてきたものを、私も大切に聞きたいと思っています。
書いてから、少しだけ息を吐く。
これは、踏み込みすぎだろうか。
けれど、消さなかった。
シャロン嬢が差し出してくれた言葉に、自分もきちんと言葉を返したかった。
追伸には、次回の蜂蜜菓子について。
そして、少しだけ迷った後、エミリアのことも添えた。
――妹のエミリアが、いつかシャロン嬢にご挨拶できる日を楽しみにしております。
書いたところで、エミリアが少し離れた席から期待に満ちた目でこちらを見ていた。
「書きましたか?」
「書いた」
「ありがとうございます、兄様」
「まだ返事が来るとは限らない」
「来ます」
「なぜ言い切る」
「シャロン様は、兄様が大切にしている家族を、きっと雑には扱わない方だと思うからです」
セドリックは、手紙を見下ろした。
その通りだと思った。
シャロン嬢は、きっとエミリアにも丁寧に向き合うだろう。
少し警戒しながら。
でも、きちんと見てくれるはずだ。
そう思えることが、また嬉しかった。
小書斎には、穏やかな午後の光が差し込んでいた。
手紙の中で少しずつ近づいていたものが、今度は家族へもつながろうとしている。
セドリックは封をする前に、最後の一文を見直した。
あなたが大切にしてきたものを、私も大切に聞きたい。
それが今の自分にできる、精一杯の約束だった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
今回はエミリアが登場しました。
セドリックの気持ちも少しずつ周囲に見えてきているようです。
次回もよろしくお願いします。




