表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元跡継ぎ令嬢はお見合い結婚した騎士伯爵と恋をします  作者: 影道AIKA


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/58

第21話 妹は、未来の義姉に興味津々です

読みに来てくださりありがとうございます。

今回はグランフェル家側のお話です。

セドリックの妹エミリアも登場し、シャロンへの興味が少しずつ家族にも広がっていきます。

楽しんでいただけたら嬉しいです。

シャロン嬢からの手紙は、午後の訓練を終えた後に届いた。


 セドリックはグランフェル家の小書斎で、封筒を前にしていた。


 濃い焦げ茶の髪は、訓練後に整え直してある。

 だが、手紙へ伸ばす指先だけは、いつもより少し慎重だった。


 ベルフォール家の封蝋。


 最近、それを見るだけで胸の奥が静かに揺れる。


 封を切ると、整った文字が並んでいた。


 先日の焼き菓子比較についての礼。

 ノエルの記録表が認められたことへの祝意。

 市の配置図を見せるなら、春市の話をできる範囲で用意するという返事。


 そこまでは、いつものシャロン嬢らしい文面だった。


 丁寧で、実務的で、少しだけ距離がある。


 だが、次の一文でセドリックは息を止めた。


 ――ミルディア領の春市は、私にとって、跡継ぎとして学んだ場所であり、大切な記憶の多い場所でもあります。


 大切な記憶。


 その言葉を、シャロン嬢が書いた。


 セドリックは、しばらく便箋を見つめた。


 彼女にとってミルディア領は、誇りであり、傷でもあるのだろう。

 跡継ぎとして育てられた場所。

 そして、その役目を失ったことで、立ち方がわからなくなった場所。


 それを、ただ領地の話としてではなく、大切な記憶だと書いてくれた。


 さらに続く一文を読んで、胸の奥が熱を持った。


 ――うまくお話しできるかはわかりませんが、セドリック様になら、少しずつお話ししてもよいのかもしれないと思っています。


「……少しずつ」


 声に出してしまった。


 少しずつ。


 その言葉は、シャロン嬢らしかった。

 一度に大きく踏み出すのではなく、逃げ道を残しながら、それでも確かにこちらへ向けて差し出された言葉。


 セドリックは便箋を持つ手に、ほんの少し力を込めた。


 嬉しい。


 その感情が、今ははっきりとわかる。


 彼女が大切なものを、少しずつでも話してよいと思ってくれたことが、どうしようもなく嬉しかった。


「兄様?」


 扉の方から、軽やかな声がした。


 セドリックが顔を上げると、妹のエミリアが立っていた。


 明るい栗色の髪を上品に結い、緑の瞳を好奇心で輝かせている。

 可憐な伯爵令嬢らしい姿だが、身のこなしは軽く、ただのお人形のような令嬢ではない。


「入ってもよろしいですか?」


「ああ」


 エミリアは小書斎に入ると、机の上の手紙を見て、すぐに表情を明るくした。


「ベルフォール家からですね」


「……よくわかったな」


「兄様の顔です」


「最近、そればかり言われる」


「では、皆にわかる顔をなさっているのでは?」


 さらりと言われて、返す言葉に困った。


 グランフェル家の妹も、母に似てなかなか鋭い。


「シャロン様からですか?」


「ああ」


「まあ」


 エミリアは嬉しそうに両手を合わせた。


「どんな方なのですか? 兄様のお話だけだと、凛としていて、賢くて、少し怖くて、でも焼き菓子の比較を真面目にしてくださる方、ということしかわかりません」


「かなり伝わっている気がするが」


「一番大事なところがわかりません」


「一番大事なところ?」


「兄様が、どのくらいその方にお会いしたいと思っているのかです」


 セドリックは動きを止めた。


 エミリアは、にこりと微笑む。


 可憐な笑顔だ。

 だが、言っていることはまったく可憐ではない。


「エミリア」


「はい」


「母上に似てきたな」


「褒め言葉として受け取ります」


「半分は警戒だ」


「では、半分だけ受け取ります」


 エミリアは楽しそうに笑った。


 セドリックは小さく息を吐く。


 ごまかしても仕方がない。

 この家では、下手な隠しごとはたいてい誰かに見抜かれる。


「会いたいと思っている」


 静かに答えると、エミリアは一瞬だけ目を丸くした。


 それから、ぱっと花が咲くように笑った。


「まあ!」


「驚くことか」


「兄様がそんなに素直に言うなんて、驚きます」


「そうか」


「はい。でも、とても嬉しいです」


 エミリアは椅子に腰かけ、少し身を乗り出した。


「私もお会いしてみたいです、シャロン様に」


「なぜだ」


「兄様がそんな顔をする方だからです」


「顔か」


「はい。顔です」


 兄妹そろって、顔を読む家である。


 セドリックは手紙へ視線を落とした。


「彼女は、ミルディア領の春市について話してくださるそうだ。大切な記憶が多い場所だと」


 エミリアの表情が、少し柔らかくなった。


「それを兄様に話してもいいと思ってくださったのですね」


「ああ。少しずつ、と」


「では、兄様も少しずつ受け取らないといけませんね」


「そうだな」


「でも、少しずつと書いてくださる方は、本当はとても勇気を出している気がします」


 セドリックは妹を見た。


 エミリアは、先ほどまでの楽しげな表情を少しだけ抑えている。


「私、シャロン様のことはまだ存じ上げません。でも、跡継ぎとして育てられた方が、その場所を大切な記憶と書くのは、きっと簡単ではないと思います」


「……ああ」


「兄様」


「何だ」


「大事に聞いて差し上げてくださいね」


 その声は、妹らしい明るさではなく、グランフェル家の娘としての芯を持っていた。


 セドリックは静かに頷く。


「もちろんだ」


 エミリアは満足そうに微笑んだ。


「それから、焼き菓子の比較は私も参加できますか?」


「急に話が戻ったな」


「大事なことです」


「シャロン嬢が許せば、だな」


「では、まずはお会いして、きちんとご挨拶しなければなりませんね。未来の義姉になるかもしれない方ですもの」


 義姉。


 その言葉に、セドリックはまた少し動きを止めた。


 シャロン嬢が、エミリアの義姉になる。


 グランフェル家の一員として、この家で笑う。


 その姿を想像してしまい、胸の奥が静かに熱くなる。


「兄様」


「何だ」


「今、想像しましたね」


「……お前も母上に似てきた」


「だから褒め言葉として受け取ります」


 エミリアはくすくす笑った。


 その時、扉が叩かれ、アメリアが顔を出した。


「あら、二人ともここにいたのね」


「母上」


「エミリア、あなたもシャロン嬢のお手紙が気になったの?」


「はい。兄様のお顔が気になりまして」


「そうでしょうね」


「母上まで」


 アメリアは何もかもわかっているように微笑んだ。


 セドリックは諦めた。


 手紙を机の上に置き、便箋を取り出す。


「返事を書きます」


「ええ」


 アメリアが頷く。


「まっすぐにね」


「はい」


 エミリアも明るく笑った。


「兄様、焼き菓子のことも忘れずに」


「忘れない」


「あと、私もいつかご挨拶したいと、できればさりげなく」


「それはさりげなく書ける内容か?」


「兄様なら真面目に書いてしまいそうですね」


「……気をつける」


 妹と母が同時に笑った。


 セドリックはペンを取り、返事を書き始める。


 まずは手紙への礼。

 ミルディア領の春市について話してくれることへの感謝。

 無理に急がなくていいこと。

 少しずつ聞かせてもらえるなら、自分も一つずつ大事に聞きたいということ。


 そして、迷った末にこう書いた。


 ――あなたが大切にしてきたものを、私も大切に聞きたいと思っています。


 書いてから、少しだけ息を吐く。


 これは、踏み込みすぎだろうか。


 けれど、消さなかった。


 シャロン嬢が差し出してくれた言葉に、自分もきちんと言葉を返したかった。


 追伸には、次回の蜂蜜菓子について。

 そして、少しだけ迷った後、エミリアのことも添えた。


 ――妹のエミリアが、いつかシャロン嬢にご挨拶できる日を楽しみにしております。


 書いたところで、エミリアが少し離れた席から期待に満ちた目でこちらを見ていた。


「書きましたか?」


「書いた」


「ありがとうございます、兄様」


「まだ返事が来るとは限らない」


「来ます」


「なぜ言い切る」


「シャロン様は、兄様が大切にしている家族を、きっと雑には扱わない方だと思うからです」


 セドリックは、手紙を見下ろした。


 その通りだと思った。


 シャロン嬢は、きっとエミリアにも丁寧に向き合うだろう。

 少し警戒しながら。

 でも、きちんと見てくれるはずだ。


 そう思えることが、また嬉しかった。


 小書斎には、穏やかな午後の光が差し込んでいた。


 手紙の中で少しずつ近づいていたものが、今度は家族へもつながろうとしている。


 セドリックは封をする前に、最後の一文を見直した。


 あなたが大切にしてきたものを、私も大切に聞きたい。


 それが今の自分にできる、精一杯の約束だった。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

今回はエミリアが登場しました。

セドリックの気持ちも少しずつ周囲に見えてきているようです。

次回もよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ