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元跡継ぎ令嬢はお見合い結婚した騎士伯爵と恋をします  作者: 影道AIKA


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第100話 盾のある茶会で、最初の一歩を

読みに来てくださりありがとうございます。

今回はハーディ夫人の茶会当日のお話です。

シャロンは盾のある場所で最初の社交に臨み、自分で小さく線を引きます。

楽しんでいただけたら嬉しいです。

 ハーディ夫人の茶会の日、私は朝から何度も同じ確認をしていた。


 招待客は六名。

 ハーディ夫人。

 お母様。

 アメリア様。

 私。

 そして、ハーディ夫人が信頼できると選んでくださった二人の夫人。


 ベリス夫人は招かれていない。


 セドリック様は開始時の挨拶に同席し、その後はいったん退席する。

 そして、茶会が終わる頃に迎えに来てくださる。


 何度確認しても、胸は落ち着かなかった。


 けれど、確認できる形があることは、ありがたい。


 以前なら、私は緊張していることを隠したと思う。

 大丈夫です。

 問題ありません。

 その場に相応しく振る舞います。


 そう言って、自分の中の怖さを整えようとした。


 でも今日は違う。


 怖い。

 緊張している。

 少し嬉しい。

 少し恥ずかしい。


 全部ある。


 全部持ったまま、行く。


 身支度を整える部屋で、母が私の髪飾りを確認してくれた。


 今日のドレスは、淡い青灰色だった。

 正式な婚約の席よりも柔らかく、けれど子どもっぽくはない。

 母が「最初の茶会には、硬すぎず、軽すぎない方がいいわ」と選んでくれたものだ。


「よく似合っているわ」


「ありがとうございます」


 私は練習した通り、そこで止めた。


 母が少し笑う。


「説明を足さなかったわね」


「訓練の成果です」


「リディアとフローラのおかげかしら」


「不本意ですが、少し」


 そのリディアとフローラは、扉の近くで待ち構えていた。


 リディアは今日も泣きそうで、フローラは妙に冷静な顔をしている。

 ただし、手にしている本はまた上下が逆だった。


「フローラ」


「はい」


「本が逆よ」


 フローラは静かに本を閉じた。


「今日は読書の日ではありません」


「前にも聞いたわ」


「再確認です」


 リディアが私の前に立つ。


「お姉様」


「何?」


「ご無事で」


「戦場に行くわけではないわ」


「でも、王都社交です」


「否定しづらい言い方をしないで」


 リディアは真剣だった。


「嫌なことを言われたら、お母様を見るのですよ」


「ええ」


「アメリア様もいます」


「ええ」


「ハーディ夫人もいます」


「ええ」


「セドリック様は最初と最後です」


「確認済みよ」


「そして、帰ってきたら報告会です」


「それも確認済みなのね」


 フローラが頷く。


「本日の最重要予定の一つです」


「茶会より?」


「茶会の後処理ですので、同等です」


 思わず笑ってしまった。


 その笑いで、少しだけ肩の力が抜ける。


 玄関前には、父も待っていた。


 茶会そのものには同席しない。

 けれど、ハーディ家まで私たちを送り、必要なら別の用向きとして近くに控えることになっている。


 父は私を見て、静かに頷いた。


「無理に強く見せようとしなくていい」


「はい」


「だが、下を向き続ける必要もない」


「はい」


「お前は正式に婚約した令嬢として行く。それだけだ」


 それだけ。


 けれど、その言葉が胸に残る。


 私は深く礼をした。


「行ってまいります」


 馬車はベルフォール家を出て、王都のハーディ伯爵家へ向かった。


 窓の外の景色が流れていく。

 私は膝の上で指先を重ねていた。


 母が隣に座り、静かに言う。


「避難文は覚えている?」


「はい」


「言ってみて」


「その点については、両家で確認しながら進めております」


「よいわ」


「でも、言わずに済むなら、それが一番です」


「ええ。でも、持っているだけで助けになる言葉もあるのよ」


 確かにそうだ。


 剣を抜かなくても、帯びているだけで歩き方が変わることがあるのかもしれない。


 私は剣を持っていない。

 けれど、今日はいくつかの言葉を持っている。


 ハーディ伯爵家へ到着すると、門前で馬車が止まった。


 屋敷は品よく整えられており、威圧感はなかった。

 けれど、王都の社交の家だという空気はある。


 胸が少し強張る。


 馬車の扉が開く前に、母が小さく言った。


「シャロン」


「はい」


「あなたは一人ではないわ」


「はい」


 短く答えて、私は馬車を降りた。


 玄関前には、ハーディ夫人が自ら出迎えてくださっていた。


 五十代半ばの穏やかな夫人。

 けれど、目には静かな強さがある。


「ようこそ、ベルフォール子爵夫人。シャロン嬢」


 母が礼を取り、私も続いた。


「本日はお招きいただきありがとうございます」


「こちらこそ、お越しくださって嬉しいわ」


 ハーディ夫人は私を見て、柔らかく微笑んだ。


「今日は、無理に強く振る舞わなくて結構です。ただ、あなたが正式な婚約者として紹介される場を、どうぞ受け取ってください」


 文でいただいた言葉と同じだった。


 実際に声で聞くと、胸の奥がまた温かくなる。


「ありがとうございます。緊張しておりますが、伺えてよかったと思っております」


「それで十分です」


 その時、もう一台の馬車が到着した。


 グランフェル家の紋章がある馬車。


 アメリア様だった。


 少し遅れて、馬で到着したセドリック様が、門前で馬を降りる。


 王都屋敷から来たのだろう。

 騎士団の務めは今日は調整していると聞いている。


 セドリック様は外套を預け、こちらへ歩いてきた。


「ハーディ夫人、本日はお世話になります」


「ようこそ、セドリック様。今日は開始のご挨拶まで、ですね」


「はい。茶会の場を乱さぬ範囲で、ご挨拶だけさせていただきます」


 ハーディ夫人は満足そうに頷いた。


「よろしいと思います」


 セドリック様は私へ視線を向けた。


「シャロン嬢」


「はい」


「本日は、よろしくお願いいたします」


「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 いつもの挨拶。


 けれど今日は、いつもより少しだけ心強かった。


 アメリア様も私のそばへ来る。


「シャロン嬢、今日の装い、とても素敵よ」


「ありがとうございます」


 そこで止める。


 説明しない。


 アメリア様が目を細めた。


「上手に受け取られましたね」


「訓練の成果です」


「まあ」


 母が小さく笑い、セドリック様が少し不思議そうにこちらを見る。


 詳しく説明すると長くなるので、私は目を逸らした。


 茶会の部屋へ案内されると、すでに二人の夫人が到着していた。


 一人は、ルクレール夫人。

 落ち着いた年頃の侯爵家縁者で、母とは何度か面識があるという。


 もう一人は、エヴァンズ夫人。

 商務に強い伯爵家の夫人で、領地運営に関する話題にも理解がある方だと、事前に聞いていた。


 二人とも、立ち上がって丁寧に挨拶してくださった。


「シャロン嬢、ご婚約おめでとうございます」


 ルクレール夫人が穏やかに言う。


 私は胸の内で一度息を吸った。


「ありがとうございます」


 そこで止めた。


 夫人は微笑む。


「セドリック様も、おめでとうございます」


 セドリック様が礼を取る。


「ありがとうございます」


 エヴァンズ夫人も私へ向き直った。


「正式なご発表を拝見しました。とても丁寧な文面でしたわ」


「ありがとうございます」


「ご本人の意思を重んじられた婚約とのこと。よい形だと思います」


 その言葉に、少しだけ胸が緩む。


 探りではない。

 少なくとも、今のところは。


 ハーディ夫人が場を整えるように微笑んだ。


「本日は、シャロン嬢が正式に婚約者として最初にお越しくださる茶会です。堅苦しすぎず、けれど不確かな噂を持ち込まない場にいたしましょう」


 はっきり言った。


 部屋の空気が一瞬だけ引き締まる。


 ルクレール夫人もエヴァンズ夫人も、静かに頷いた。


 セドリック様が一歩前へ出た。


「本日は、シャロン嬢がこちらへ伺う最初の場を整えてくださり、ありがとうございます」


 声は穏やかだった。


「私は開始のご挨拶までで退席いたしますが、正式な婚約者として、シャロン嬢がこの場に迎えられることを嬉しく思っております」


 正式な婚約者。


 その言葉に、また胸が跳ねる。


 けれど、顔には出しすぎないようにした。


 たぶん少し出た。


 セドリック様は続けた。


「茶会の終わる頃に、改めてお迎えに参ります」


 迎えに。


 その言葉は、部屋の中で静かに落ちた。


 私が選んだ支え方。

 それを、皆の前で自然な形にしてくれた。


 ハーディ夫人が頷く。


「承知しました。では、その頃にお声がけいたします」


「お願いいたします」


 セドリック様は私を見る。


「シャロン嬢」


「はい」


「後ほど、迎えに参ります」


 心臓が一拍、強く鳴った。


「はい。お待ちしております」


 言えた。


 言ってから、少し恥ずかしくなった。


 けれど、消せない言葉だ。


 セドリック様は静かに礼を取り、部屋を出ていった。


 扉が閉じる。


 その瞬間、私は少しだけ息を吐いた。


 近くに控え続けているわけではない。

 でも、終わる頃に迎えに来てくださる。


 その約束がある。


 私は椅子に座った。


 茶会が始まる。


 最初は、穏やかな話題だった。


 季節の花。

 ハーディ家の庭。

 婚約発表の文面。

 ベルフォール領の今年の天候。


 私は無理に多く話さず、聞かれたことに答えた。


 お母様とアメリア様が、自然に会話を支えてくださる。

 ハーディ夫人は、時折話題が尖りそうになる前に、さりげなく別の方向へ向けていた。


 盾のある場所。


 本当にそうだと思った。


 けれど、完全に無風ではなかった。


 茶が二杯目に移った頃、エヴァンズ夫人が私へ穏やかに尋ねた。


「シャロン嬢は、ハイレン領の市についてもご覧になったと伺いました。ずいぶん熱心に領地のことを学んでいらっしゃるのですね」


 悪意は感じなかった。


 だが、胸の奥が少しだけ強張る。


 領地のこと。

 市。

 助言。

 便利な令嬢。


 言葉がつながりそうになる。


 私は膝の上で指先を軽く重ねた。


 完璧に返さなくていい。

 論破しなくていい。


 でも、必要な線は引く。


「はい。ハイレン領の市は、以前拝見しました」


 私はゆっくり答えた。


「ただ、婚約のお話は、領地について助言するために進んでいるものではありません。市を見たことも含め、互いを知るための確認の一つでした」


 部屋が静かになる。


 私は続ける。


「今後のことは、両家で確認しながら進めております」


 避難文。


 フローラがくれた言葉を、少しだけ形を変えて使った。


 言えた。


 声は少し硬かったかもしれない。

 でも、崩れはしなかった。


 エヴァンズ夫人は、すぐに頷いた。


「失礼しました。嫌な意味で申し上げたのではありませんの。けれど、今のようにお聞きできてよかったわ」


 ハーディ夫人が穏やかに口を添える。


「そうですわね。才や経験は人を測るための道具ではなく、その方が歩んできたものですもの」


 アメリア様も静かに頷いた。


「シャロン嬢が領地を見る目をお持ちなのは事実です。けれど、それを便利という言葉で扱うことは、私どもは望んでおりません」


 便利。


 その言葉が出た瞬間、胸が一瞬痛んだ。


 だが、アメリア様は逃げなかった。


 言葉にして、線を引いてくれた。


 ルクレール夫人が静かに言った。


「当然のことですわ。婚約者を道具のように語るなど、あってはなりません」


 その一言で、部屋の空気が少し変わった。


 守られている。


 でも、私が何も言わなかったわけではない。


 最初の言葉は、私が返した。


 それだけで、胸の奥に小さな熱が灯る。


「ありがとうございます」


 私は短く言った。


 説明は足さなかった。


 それで十分だった。


 その後の茶会は、大きく荒れなかった。


 エヴァンズ夫人は先ほどの問いを気にしたのか、今度は自分の領地での市の話をしてくれた。

 それは純粋に興味深かった。


 馬車の通り道を変えただけで、小さな商人の場所取りが変わること。

 雨の日の市場では、荷を置く高さが重要になること。

 婦人たちが好む品と、実際に家で必要とされる品が違うこと。


 私は思わず聞き入ってしまった。


 領地の話は、嫌いではない。


 それを思い出す。


 便利だからではなく。

 役目だからでもなく。


 私は、こういう話を考えるのが好きなのだ。


「シャロン嬢」


 エヴァンズ夫人が微笑む。


「今、少し楽しそうなお顔をなさいましたね」


 私は少し驚いた。


「……失礼しました」


「失礼ではありませんわ。市の話がお好きなのですね」


 どう答えるか、一瞬迷った。


 好きです、と言っていいのだろうか。


 領地に役立つからではなく。

 自分が興味を持っているから。


 それを、言ってもいいのだろうか。


 私は息を吸った。


「はい。好きです」


 言った。


 母の目が少し柔らかくなる。

 アメリア様も嬉しそうに微笑んだ。


「市の配置や、人の流れを考えるのは、面白いです」


 言ってから、少し恥ずかしくなった。


 けれど、エヴァンズ夫人は楽しそうに頷いた。


「それはよいことですわ。好きで見ている方の目は、時に帳簿だけでは見えないものを拾いますもの」


 好きで見ている方の目。


 その言葉が、胸に残った。


 茶会の終わりが近づいた頃、侍女が静かにハーディ夫人へ耳打ちした。


 ハーディ夫人が私を見る。


「シャロン嬢」


「はい」


「セドリック様がお迎えにいらっしゃいました」


 その瞬間、胸の奥がふっと軽くなった。


 ほっとした。


 本当に、ほっとした。


 私はそのことに少し驚く。


 茶会は大きく荒れなかった。

 母もアメリア様も、ハーディ夫人もいてくださった。

 私は自分で一度線を引けた。


 それでも、迎えに来てくださったと聞いた瞬間、力が抜けた。


 自分で選んだ支えは、やはり必要だったのだ。


「ありがとうございます」


 私は小さく言った。


 ハーディ夫人が微笑む。


「では、最後のご挨拶をいたしましょう」


 茶会は穏やかに締めくくられた。


 ルクレール夫人もエヴァンズ夫人も、丁寧に祝意を述べてくれた。


「本日はありがとうございました」


 私は礼を取る。


「ご婚約、おめでとうございます」


「ありがとうございます」


 そこで止める。


 もう少しだけ、自然に言えた気がした。


 部屋を出ると、玄関近くの控えの間にセドリック様がいた。


 約束通り。


 茶会が終わる頃に。


 セドリック様は私を見ると、静かに礼を取った。


「お迎えに参りました」


 胸の奥が、温かくなる。


「ありがとうございます」


 私は答えた。


「少し、ほっとしました」


 言ってから、今度は消さなかった。


 セドリック様は、ほんの少しだけ目を細めた。


「それなら、よかったです」


 母とアメリア様が少し離れたところで見守っている。

 ハーディ夫人も、穏やかな顔でこちらを見ていた。


「茶会は」


 セドリック様が尋ねかけて、止める。


 今ここで細かく聞くより、まず私の様子を見るべきだと思ったのかもしれない。


 私は小さく頷いた。


「怖かったです。でも、出られました」


「はい」


「一度、少し線を引きました」


「そうですか」


「詳しくは、後で報告します」


 私が言うと、セドリック様は真面目に頷いた。


「お待ちしています」


 報告。


 婚約者との会話として、これでよいのかはわからない。


 でも、私たちらしい気がした。


 ハーディ家を出る時、私は玄関で一度だけ振り返った。


 盾のある茶会。


 無風ではなかった。

 小さな探りもあった。

 胸が痛む瞬間もあった。


 けれど、私は座っていられた。

 祝意を受け取れた。

 市の話を、好きだと言えた。


 そして、終わる頃にセドリック様が迎えに来てくれた。


 最初の一歩としては、十分だったのかもしれない。


 馬車に乗る前、リディアとフローラへの報告会のことを思い出す。


 きっと、たくさん聞かれる。


 でも今日は、答えられる気がした。


 怖かった。

 嬉しかった。

 少し傷ついた。

 でも、好きな話もできた。

 そして、ほっとした。


 その全部を、私は持ち帰る。


 茶会の終わりに迎えに来てくれた婚約者とともに。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

初めての茶会は無風ではありませんでしたが、シャロンは祝意を受け取り、自分の言葉で一歩を踏み出しました。

約束通り迎えに来たセドリックの存在も、シャロンにとって大切な支えになっています。

次回もよろしくお願いします。

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