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オルテンシアの魔法博物館 〜出戻り魔法使い、博物館の経営始めます!〜  作者: 雪嶺さとり


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21.恋に落ちるには(2)

「さっきの、聞こえてたか……」

「少しは。でも、何の話かよく分からなくて」


 依頼、と言っていたがオルテンシアにはなんの事だか分からない。

 エドアルドも愛嬌があって親しみやすく思えて、秘密の多い人物でオルテンシアは彼のフルネームさえ知らないままだった。


「シグルズさん、この前は……」

「悪かった。あんな態度を取るつもりじゃなかったんだ」


 オルテンシアが謝るよりも先に、シグルズがオルテンシアに頭を下げた。


「君をあの男に取られたくなくて、必死だったんだ」


 思わぬ言葉に驚かされる。オルテンシアを見つめるシグルズの視線は、初めて見るような熱のこもったものだった。


「取られたくないって……」

「君が好きだ、オルテンシア」


 思わず呼吸が止まった。

 決定的な一言に、オルテンシアはもう引き返せなくなる。

 良き同僚、良き隣人。それだけで満足していたはずだった。

 シグルズが思わせぶりなことばかり言って優しくしてくれるのに、勘違いしてはいけないといつも自分を諌めていた。どうやら、勘違いではなかったようだ。


「俺はずっと、他人のことが好きじゃなかった。上辺ばかり見て本当の俺の事なんて知ろうともしない奴らばかりで、他人が嫌いだった。でも、オルテンシアに出会って、俺は……」


 言葉を堪えるような表情を見て、オルテンシアも、シグルズの思いを正面から受け止めることを決めた。


「聞かせてくださいますか、どうして私を好きだと思うのか」


 今ここで、彼の思いをちゃんと聞かなければならない。

 これまでお互いの過去をそれとなく避けてきたけれど、今を逃せばシグルズは二度と打ち明けてくれなくなるだろう。

 シグルズに向き合って、彼の言葉に耳を傾ける。

 

「……子どもの頃、俺は魔法が使えない落ちこぼれだった。周りの奴らからも兄弟からも馬鹿にされて見下されてた。十歳になる前に厄介払いとして遠くに住む祖母の所に預けられたんだ」


 シグルズが語り始めたのは、驚くべき内容だった。


「でもあの人だけは俺を見捨てなかった。古代魔法を教えてくれて、俺は魔法が使えるようになり、現代魔法と古代魔法を組み合わせた俺だけの魔法を操るようにもなった。背も高くなって見た目も変わった。俺の才能を見込んで、祖母は俺を外国の魔法学校に通わせることも考えてくれたんだ。でもある日、俺が魔法を使えるようになったと知った親に呼び戻されて、進学は全部白紙になった」


 シグルズの表情が暗くなる。


「俺の親は小さな村の領主だったんだ。跡継ぎにはならなくても、村の利益のために働かせようと思ったんだろう」

「そんな……」

「ルゥス王国では子が親に逆らうことは許されない。俺は従うしか無かった。あんなに俺を馬鹿にしてた連中は、成長した俺を見て態度を変えるようになった。男も女も俺に媚びへつらい、上辺だけの言葉で取り入ろうとする連中ばかりだった」


 だから、シグルズは他人が嫌いだったと。

 シグルズは時々、魔法学院のことを羨ましそうに語ることがあった。

 過去に進学を諦めざるを得なかったからだとようやく分かった。


「こんなことをするために魔法を覚えたわけじゃなかった。自由になりたくて学び続けたはずだったのに、結果俺はちっぽけな田舎に囚われてどこにも行けなくなった。そんな時、やって来たのがアイツ……エドアルドだったんだ。行商人を名乗っていたが、情報屋として来てたんだろうな。アイツは俺の魔法を見て、一緒に来ないかと誘ってくれたんだ。怪しいと思ったけど、ここにいるよりマシな未来があると信じてアイツの手を取った」


 以前教えてくれた、エドアルドとの出会いのことだ。

 そんな背景があったとは思いもよらなかった。

 幼くして周囲に傷つけられ、振り回され、挙句の果てに将来まで奪われた。

 シグルズがどんな思いでエドアルドと王国を出てきたのか、想像しただけでも胸が痛い。


「誰かを、好きになってみたかったんだ。愛とか恋だとか、連中が並べ立てるうわ言が、この世界に本当にあるのなら知りたかった」


 シグルズがオルテンシアを見つめる。


「俺にとっては、オルテンシアがそうだったんだ」


 その赤紫色の瞳は、出会った時のまま、透き通るように美しかった。

 

「あの時の君は、俺に気にいられるためじゃなく、心から展示品を見て感動してくれた。仕事のことだって、この博物館と来館者のことをいつも一番に考えていた。何の肩書きもない、機械いじりが好きな田舎者のただの俺を、好きだと言ってくれたんだ。俺にとってはそれだけで十分だった」


 それだけあれば、恋に落ちるには十分だと――――。

 シグルズは愛おしそうに、けれどどこか切実な声音でオルテンシアのことを語る。

 シグルズは自分を特別にしてくれることなんてないと思っていたけれど、どうやらオルテンシアは大きな思い違いをしていたようだ。


 オルテンシアはもうずっと前から、シグルズにとっての特別であった。知らなかったのは、自分だけだった。


「例えオルテンシアが誰を選んだとしても、俺は変わらず、君を愛し続けるよ」


 アルバのことを指しているのだろう。

 オルテンシアがアルバを選ぶことはない。けれど、オルテンシアの秘密を握っているのも彼だけだ。


「……一日だけ待っていてください。必ず、答えを出します」


 アルバとの関係はまだ終わっていない。

 シグルズが自分の過去を打ち明けてくれたのなら、オルテンシアも、自分のことを明かしたいと思った。

 シグルズの言うように、自分の価値を自分自身で定めに行くのだ。

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