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オルテンシアの魔法博物館 〜出戻り魔法使い、博物館の経営始めます!〜  作者: 雪嶺さとり


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22.アルバの本心(1)

 それからオルテンシアは、すぐに魔法学院へと向かった。

 魔法学院の門をくぐるのは実に久しぶりのことだった。

 今の時間帯は講義も少ないため、学生の姿もほとんど見かけなかった。

 アルバに面会したいと言えばすんなり通してもらえた。


 アルバが事前に来客予定を入れていてくれたのかは分からないが、博物館の制服姿のままだったおかげで怪しまれることもなかった。


(誰にも会わないといいけど……)


 首席で卒業しておきながら卒業式後すぐに行方不明になってしまった生徒なんて、学院の恥だろう。

 お世話になった教授たちには申し訳なかった。

 

「やっぱり来てくれたんだね。ようこそ、僕の研究室へ」


 アルバの研究室は、魔法薬学の実験器具で溢れていた。

 薬品の匂いがする部屋の中で、白衣をまとった彼は実に様になっている。

 講義の関係で教授の研究室にお邪魔したことも何度かあったが、アルバは研究熱心なようで棚は資料で溢れていた。


「ずいぶんたくさんの実験器具がありますね」

「さすが魔法学院って感じだよね。予算もなかなかだし、隣の部屋も実験室にしてて入り切らない道具はあっちにあるんだ」


 魔法学院の教授たちには著名な研究者も多い。

 だからこそこの職に憧れる学生も少なくは無い。


「それより、座ってよ。紅茶でいいかな?」

「はい。ありがとうございます」

 

 促され椅子に座ると、アルバはすぐにお茶の用意をしてくれる。


「昔から好きだったもんね。僕、君がよく飲んでいた茶葉、まだ買い続けてるんだよ」


 ティーカップからは懐かしい香りがした。一口飲んで少し違うように感じたのは、オルテンシアが歳をとったからなのだろうか。

 

「それで、答えは出たかな」


 アルバは優しい笑みを浮かべたまま、すぐに本題に入る。

 

「はい」


 オルテンシアは意を決して口を開いた。


「アルバさんとは結婚できません。ごめんなさい。会うのもこれきりにしましょう」


 きっぱりとオルテンシアは断った。

 アルバは少しの間、沈黙している。怒るだろうか。不安に思ったが、違ったようだ。


「そう……残念だな。君ならきっと、僕と一緒になってくれると思っていたのに」


 アルバの表情は、オルテンシアが思っていたより穏やかなものだった。

 まるで、オルテンシアが断るのを予想していたかのように。

 

「私は、誰かに心を埋めて貰わなくても生きていけるようになったんです。あなたはあの頃から私が変わっていないと思っているようですけれど、私は変わりました。間違いなく」

「確かにそうみたいだ。この前と全然違う顔をしてるよ」


 学生時代のオルテンシアだったら、きっと有り得なかったことだろう。


「僕は君に自分の理想を押し付けすぎていたみたいだ。離れていた数年で、君は変わった。未練があるのは僕だけだったんだね」

「アルバさんは優しい方ですから、良い出会いは沢山ありますよ」


 オルテンシアがそう言うと、アルバは苦笑しながら首を振る。


「どうかな。君よりも素晴らしい人なんて、この世界にいるとは思えないよ」


 それから、少し間を開けてアルバは微笑んでくれた。


「分かった。君がそう言うのなら仕方ない。結婚とは本来、双方の気持ちがあってこそ成り立つものだからね」

「ええ。それでは、私は失礼します」


 これで話は終わった。

 決着を付けたつもりで、オルテンシアは立ち上がろうとする。

 

「だから……」


 ――――ぐらりと、視界が傾いた。


「違う方法で君を手に入れるしかないよね」


 オルテンシアが膝から崩れ落ちたのは、その言葉と同時だった。

 一瞬、自分の身に何が起きたのか理解できなかった。

 手足に力が入らない。それどころか、舌もまともに動かない。


「な、……」


 アルバがゆっくりと近づいてきて、オルテンシアを抱き起こす。

 アルバの腕の中で、オルテンシアは両腕を投げ出して身を委ねるしかない。


「残念だよ、本当に。君より素晴らしい魔力の持ち主なんてこの世界のどこを探したっていないのに」


 アルバの笑顔が、不気味で恐ろしい。


「……あ、や……」

「即効性は良いけれど、もう少し強くした方が良かったかな。君は一口が小さいからね。安心して、ちょっとの間体が動かなくなるだけだから」


 先程の紅茶に薬を入れられたのだ。味に感じた違和感はそれだった。

 アルバは魔法薬学の学者なのだから、薬物を混入させることなんて容易いことだろう。


 最初から、オルテンシアが断ると分かっていて仕込んだのだ。


「オルテンシア、君は僕が君の家の名前ばかり気にしていると思っていたようだけれど、本当に違うんだ。僕が欲しかったのは、君だよ。君のその高純度の魔力が欲しかったんだ」


 アルバの声がだんだんと低くなっていく。

 魔力が欲しかった、とはどういうことなのだ。


「学生時代からいくら頑張っても君には勝てなかった。たかが運良く拾われただけの小娘に、この僕が、なんにも勝てないんだよ。それなのに、君はいつも自分を卑下してばかりで、気が狂うかと思ったね」


 驚いた。

 まさか、学生時代にオルテンシアより上位になれなかったから、これほどまでに執着されるなんて想像すらしなかった。

 

「せめて君が偉そうに鼻につく振る舞いでもしてくれれば良かったのに、試験で一位を取っても大したことないなんて言ってさ。僕が二位を取るのにどれだけの努力をしたのか知りもしないで」


 謙遜も過ぎれば……いつかシグルズに言われたことが、今更オルテンシアの首を絞めている。


「君と婚約しても結局は君の人生の添え物にされるだけで、その位置に取って代わることさえできない。君を孤立させて囲いこんで、僕の思うように操ってきたのに、君は僕の存在なんか最初から無かったみたいにどこか遠くへ逃げて行った。僕が欲しくてたまらない全てを、見せつけるみたいに壊して捨てて。つくづく恐ろしい女だよ」


 冷たい目で見下ろされる。


「その澄ました顔をずっとぐちゃぐちゃにしてあげたかった。君にはその方が似合うよ」


 アルバの手がオルテンシアの髪を撫でる。

 視界がだんだんとぼやけてきて、喋ることもできない。

 隣の実験室に運ばれていくのは分かった。この先、自分がどうなるのか。


 殺されてしまうのだろうか。きっと無事では済まないだろう。

 だが、恐怖よりも今のオルテンシアの心には後悔ばかりがあった。


(私、アルバさんの気持ちを、ずっと知らなかった……)


 

 ――――オルテンシアの本当の名前は、オルテンシア・アルクメオン。

 

 クラヴィス随一の名門であり多くの資産を有し政界にも繋がりのある名家、それがアルクメオン家だ。

 

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