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オルテンシアの魔法博物館 〜出戻り魔法使い、博物館の経営始めます!〜  作者: 雪嶺さとり


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20/29

20.恋に落ちるには(1)

「館長さんは、どうしてここで働いてるの?」


 先日の学生は本当に博物館を気に入ってくれたようで、再び訪れてくれた。

 閉館近い時間で急ぎの仕事もなかったので、オルテンシアが直接彼らを案内していると、ふとそんな質問をされた。

 

「どうして、ですか?」

「理由、聞きたいと思ったんです。だって館長さん、すごく楽しそうにしてたから」


 少年が言うと、一緒に来ていた学生の少女も手を挙げる。

 

「私もそう思いました! 展示品を語っている時の館長さん、とっても楽しそうだったんです。好きなことを仕事にするってこんな感じなんだなあって思いました」

「俺たちまだ十六で、将来のこととか全然分かんないけど、館長さんみたいな大人になりたいって思ったんです」

 

 彼らの若さがあまりにも眩しい。学生たちに目標として貰えるのは嬉しいことだった。

 閉館時間になり、学生たちを見送ってから改めて展示室に戻る。

 一番目の展示室に足を踏み入れれば、初めてここを訪れた日を鮮明に思い出す。


(私、この博物館のことが大好きなんだ……)


 赤紫色の魔石の前に立ち、じっとその姿を見つめる。

 まるでシグルズの瞳のようだと感じたが、今でもそう思う。

 ルゥス公国がシグルズの出身地であると知った今では、なおのことだった。


 アルバはオルテンシアの心を埋められるのは自分だけだと言っていたが、本当にそうなのだろうか。

 魔石を見つめていると、両肩に乗っていた重苦しかったものが溶けていくような気がする。

 今のオルテンシアの心の中は、魔法博物館のことで埋め尽くされている。

 シグルズのことを考えてしまうのも、結局はこの博物館が好きで、ここでの居場所を失いたくないからこそ、シグルズを拒絶してしまうのだ。


「人は変わるものよ。オルテンシアも、同じ。あなたが気づいていないだけで、あなたはずっと成長したわ」


 突然聞こえた声に振り返る。

 

「イヴェッタさん! びっくりしました」

「驚かせてごめんなさいね」


 相変わらずイヴェッタは神出鬼没だ。驚くオルテンシアを見てくすくすと笑っている。


「でも、あなたがずっと悩んでいるみたいだから気になってしまって」


 イヴェッタはオルテンシアの隣に並ぶと、ディスプレイケースの中の魔石を見る。


「とっても綺麗ねぇ……」

「そうですよね。私もこの魔石、大好きです」

「悩んでいること、私に相談する気はない?」


 先日のシグルズとのやりとりはイヴェッタは見ていなかったはずだ。

 リーナから聞いたのだろうか。


「いえ、個人的なことですから。それに、仕事に支障はありません」

「本当にそう?」


 イヴェッタは優しい口調でオルテンシアに問いただす。


「妖精にはいろいろな力があるけれど、心の声が聞こえる、というのは知っているかしら」

「聞いたことはありますが……まさか」


 イヴェッタの顔を見れば、彼女はいたずらっぽく笑った。


「うふふ。びっくりした? 隠してたつもりはないんだけれど、あなたたちがあんまりにもじれったいものだから」


 まさかイヴェッタにずっと心を覗かれていたとは思いもよらなかった。

 もしや、リーナもそうなのだろうか。

 変なことを考えたりしていなかったかと焦るが、これもイヴェッタに聞かれているのか。


「何でもかんでも聞いたりしないから安心して」

「聞こえてるんじゃないですか!」


 そう言うと、またイヴェッタは誤魔化すようにうふふと笑う。

 可愛い仕草だが、それで流されるわけにはいかない。


「イヴェッタさん、仕事に私情は挟みませんので、どうか誰に言わないでください」

「そうじゃないのよ、もう、意地っ張りな子なんだから」


 イヴェッタは優しくオルテンシアに微笑みかける。

 

「あなたの心がなんて言ってるか、私はもうずっと聞かされているわ。本当は自分がどうしたいのか、あなただってもう分かっているんでしょう? だったらその心に従うだけでいいの」

「自分が、どうしたいのか……」


 イヴェッタの言葉が、オルテンシアの心にゆっくりと染み渡っていく。

 オルテンシアの背中をそっと優しく支えてくれるような、そんな暖かさを感じていた。


「シグルズは今、収蔵庫にエドアルドといるみたいよ。それじゃあ、私はもう行くわね」


 オルテンシアの返事を待たず、今度はハイヒールの音を立てながら、イヴェッタは去っていった。

 きっとイヴェッタは、オルテンシアがこの後どうするのか、もう分かっているのだろう。



 閉館後の博物館はしんと静まっていて、いつもとちょっと違う雰囲気がある。

 廊下の窓から夕日が差し込んでいて、オルテンシアは眩しさに少し目を細めた。

 収蔵庫の方へ、いつもより遅い足取りで向かっていく。


「――――それ以上は許した覚えはありませんよ」


 エドアルドの声だ。収蔵庫の前で二人で話しをしているみたいだ。エドアルドの声は、いつもより険しい。

 まさかと思うが、エドアルドとシグルズが言い争いでもしているのか。

 不安になり、廊下の角に立ち止まって様子をうかがおうとする。


「彼女は依頼人の娘です。忘れたとは言わせません」


 エドアルドは、今、なんと言っただろうか。

 

(――――え?)


 依頼人の娘。誰のことを話しているのだろう。


「分かってる」

「分かってないです。ぐずぐず文句を言う前に、自分でなんとかしてくださいね」

「オルテンシアには何も言うな」

「ええ、僕は何も言いません。そこにいるお嬢さんに、自分で直接言えばいいんじゃないですか?」


 突然名指しされ、びくりと驚いてしまう。

 姿は見られていないはずなのに、エドアルドには気づかれていた。

 盗み聞きしていたと思われたくないのと、気まずいさで、逃げようとしてしまう。


(あ、まずい)


 焦るあまり足がもつれて転びそうになった。


「……っ!」

「オルテンシア!」


 抱きとめてくれたのはシグルズだった。


「大丈夫か? 怪我は無い?」

「は、はい。すみません、ありがとうございます」


 シグルズと密着していることに気づき、オルテンシアは慌てて離れる。

 余計に心臓はドキドキしていた。

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