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オルテンシアの魔法博物館 〜出戻り魔法使い、博物館の経営始めます!〜  作者: 雪嶺さとり


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19.変われない自分

 あれからシグルズとは平静を装って接しているものの、内心は気まずくて仕方がなかった。

 なんとか日々を乗り気り、ようやく休日になったが、家の中にいてもシグルズのことばかり考えてしまう。

 壁一枚隔てた向こう側にいるのに、顔を合わせることも出来やしない。

 この壁の向こう側でも、シグルズは同じようにしているのだろうか。

 

(なんて、そんなはずないのに。そもそも、部屋にいるかも分からないのに、何を考えてるのかしら……)


 殺風景だった部屋も、それなりに彩りが増えてきた。

 イヴェッタから貰った花、シグルズにお勧めしてもらった小説、カフェの青年に教えてもらったお洒落な食器。

 机の上には、次の企画展のアイディアを書き連ねたメモ用紙が散らばっている。

 どれもシグルズとのことばかり思い出してしまう。


(少し、気分転換でもしようかな……)


 思いつくなり、オルテンシアは身なりを整えて出かける準備をする。

 家の中にいても息が詰まるだけなら、外を出歩いてみればいい。

 そう思っていたのに、街中でばったり出会ってしまったのはこれまた考えたくない相手だった。


「オルテンシア、こんなところで会えるなんて! 今日は一人? 俺もちょうど一人なんだ。良かったらお茶でもどうかな」

「アルバさん……ええと、では、そうしましょうか」


 シグルズのことを考えたくないと外に出れば、今度はアルバに遭遇するなんて。

 断りづらく承諾してしまったが、アルバといる方がよほど息が詰まりそうだった。


 通りにあった近くのカフェにアルバと入る。向かいの席ではカップルが仲睦まじく会話をしていた。

 自分たちも周りからそう見えているのだろうかと、少し複雑な気持ちなった。


「それで、どうして急に消えたりしたのか、俺には教えてくれないのかな」


 他愛もない世間話をしてから、ようやくアルバは本題に入った。

 

「もう、昔のことですから」

「お父上には黙っているよ。他の同級生も、オルテンシアが帰ってきたことさえ知らないさ」


 つまり、誰にも告げ口しないから素直に話せと。

 どうせ、アルバが思うような深刻な理由なんか何も無いのだ。

 せいぜいがっかりすればいい。


「別に、簡単なことですよ。責任と重圧から逃げただけです。あの家にいることに耐えかねただけで」

「それで、わざわざ魔法使いのいない国に逃げたのかな?」

「どこでそれを……いや、あなたはそういう方でしたね。私に気づかれないように調べたんでしょう」

「嫌だった? ごめんね、でも、黙って置いていかれる側だって悲しいんだよ」


 謝りはするが、誠意はない。オルテンシアは昔から、アルバの強引なところは好きじゃなかった。

 

「あの時はごめんなさい。あなたは次期当主になりたかったのに、私があの家から逃げてしまえば叶わなくなるでしょう」

「またそれだ。オルテンシア、君は俺が本当に次期当主なんかどうだっていいんだ。俺は君のことを心から愛している」


 またそれだ、はこっちのセリフだとオルテンシアは内心思う。

 いくら愛していると言われても、今のオルテンシアではアルバに何も与えられない。

 彼が欲しがっていた地位も名誉もどこにもないのだ。

 

「俺たち、ずっと一緒だったじゃないか。学院でずっと肩を並べて競い合ってきた。オルテンシアが一位で俺は二位、君の下だけは他の誰にも譲りたくなくて必死に頑張ってきたんだ」


 アルバはあれこれと、オルテンシアのどこが好きなのかと並べ立てて語る。

 

「君の謙虚な性格も、愛らしい姿も、全部好きだよ。俺は君の憧れで、女神みたいな存在なんだ。それは今の君も変わらない。家の事なんかどうだっていいんだ。君と一緒になれるのなら、俺はなんだって捨てられる」


 実に情熱的で、世の女性であれば大喜びしてくれるだろう。

 

 まだアルバが地位を狙っているだけだと気づく前は、オルテンシアも真に受けて喜んでいた。

 

 家では誰からも愛されなかったオルテンシアを、唯一愛してくれるのはアルバだけだとさえ思っていた。

 けれどそれはまやかしで、アルバがずっと見ていたのはオルテンシアではなくその後ろにある名前だけだったのだ。

 

 ようやく自分に価値を付けてくれる人が現れたと思ったのに、結局違った。あの時の落胆は、今も忘れていない。

 だからこそ、今もシグルズのことを拒絶してしまうのだろう。

 シグルズとアルバは違うと分かっていても、もしオルテンシアの素性を知ってしまえば、シグルズもきっと態度が変わってしまうのだろうという疑いが拭いきれない。


「結婚しよう、オルテンシア」


 アルバは真剣な顔で、オルテンシアを見つめている。

 学生の頃、二人で遅くまで実験をしていて、ふと彼にそう言われたことを思い出す。

 あの時は、疲れているから突飛なことを言い出すんだと笑えば、アルバも笑ってくれた。

 今は、とても笑える雰囲気ではなかった。

 

「気持ちは、ありがたいですけれど……」


 何を言えば、アルバは諦めてくれるだろう。

 結婚したって次期当主にはなれないのに、どうしてこんなに頑ななのだろう。


「返事は今すぐじゃなくていい。次の週末に、俺の研究室においで。俺たちの将来のこと、ちゃんと決めよう」

「将来のことって、そんな勝手に」

「オルテンシアが嫌だと言うのなら、俺は潔く諦めるよ。この先も二度と、オルテンシアとは会わないと約束する。だから、それまでに考えておいて」


 オルテンシアの返事はもうとっくに決まっている。

 それでも、本当に諦めてくれるのであれば、研究室に向かう以外の選択はなかった。

 

「君の心を埋められるのは、俺だけだ」


 アルバの顔を見て、ふと、以前シグルズが言っていたことを思い出す。


『自分の価値は自分で決めるものだ。他人に付けられた値札なんて、求める必要はない』

『誰かに必要とされることだけが、人生ではないよ』


 あの頃からオルテンシアは変わっていない。何ひとつとして。


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