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オルテンシアの魔法博物館 〜出戻り魔法使い、博物館の経営始めます!〜  作者: 雪嶺さとり


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18.再会と不協和音

 あれから一週間、博物館に訪れてきたのは魔法学院の生徒たちだ。教員と一緒に研究グループで来てくれた。


「ねぇ、館長さん。ここって、新卒採用してる? 俺、将来ここで働きたいです」

「あら、本当ですか? もちろんです、いつでもお待ちしていますよ。意欲のある方は大歓迎ですから」


 いかにも好奇心旺盛な学生から目を輝かせて話しかけられ、オルテンシアも笑顔で返す。

 今は十六歳ぐらいだろうから、もう何年かすれば進路に頭を悩ませるようになるだろう。

 

「やった! あっ、教授。聞いてください、俺、館長に将来雇って貰えるって!」


 学生ははしゃぎながら、引率していた教員に駆け寄っていく。

 その人物の顔を見て、オルテンシアは一瞬、表情を曇らせる。

 

「こらこら、気が早いなぁ。君はそれより、この前却下した論文の書き直しを進めるべきだよね」

「うわっ、厳しい……」


 優しい口調ながらも現実に引き戻され、学生はしぶしぶといった様子で友人たちの間に戻っていく。

 静かになり、お互いの視線が自然と合わさった。


「いい先生なんですね。皆さん、アルバさんのことをとっても慕ってるみたいです」

「そう見えるのなら良かった。元々は自分専用の研究室が目当てで教員になったんだけど、案外悪くないよ」


 先日偶然顔を合わせた人物、アルバは魔法学院で教鞭を執っているとのことだった。

 アルバはオルテンシアのかつての同級生であり、あの頃から成績優秀でかなりの秀才ぶりを発揮していた。

 教員としての仕事だけでなく、魔法薬学研究者としても順調らしく、近況を聞いて納得させられたものだ。


「今の仕事がすごく気に入ってるんだね。あの頃より、ずっと楽しそうだった」

「この博物館が、とても好きなので……」


 アルバから見ても、オルテンシアが魔法博物館を大切にしているのは丸わかりのようだった。

 成り行きではあったが、魔法博物館でたくさんのことを経験した今では、大切な居場所であることは間違いない。


「それより、急に生徒たちを連れてきてごめんね。君の話をしたら、皆行ってみたいって騒いじゃってさ」

「いえ、むしろありがたいです。この博物館は若い魔法使いたちの学問のためにという目的もあるので」

「でも、君が博物館の館長になったなんて驚いたよ。……卒業パーティーの日、婚約者の俺に何も言わずに姿を消して、何年も音沙汰のなかった君が」

「それは……すみません」


 アルバはただの学友ではない。かつてオルテンシアは、アルバと婚約していた。

 恋愛関係にあったわけではなく、お互いの家同士の強制的に決められた政略結婚だ。

 それも、オルテンシアが家を勝手に家を出ていき姿を消した今では、とうの昔に破談となっているだろう。

 

「でも、今は元婚約者ですから。私のことはどうか忘れてください」

「いいや、まだ婚約者だ。婚約を解消した覚えは無いよ。俺は今もずっと、君のことを愛している」

「やめてください!」


 思わず大きな声が出てしまい、学生たちに気づかれていないかとあたりを見回してしまう。

 

「……誰かに聞かれたら、誤解されてしまいますよ。私とあなたはもう、なんでもない関係ですから」

「どうしてそんなに意地を張るんだい。俺は怒ったりしていないよ。こうしてまた君に会えただけでも嬉しくて仕方がないぐらいだ」

「だから、本当に何の関係もないんです。私は、あの家の名前は捨てました。今の私といても、あなたの欲しいものは手に入りませんよ」


 アルバがこんなにも熱心なのは、学生時代から変わらない。

 あの頃から、アルバにこうした言葉をかけられるのは苦手で仕方がなかった。

 アルバは三男で、名門一族として名高い彼の実家を継ぐことはできない。

 けれど、オルテンシアと結婚すれば、彼は実家を継ぐよりも遥かに優位な地位を得ることが出来る。

 だからオルテンシアという大切な道具を手放すわけにはいかないと必死なのだ。

 そうでなければ、こんなにもオルテンシアに愛の言葉を伝えたりしない。

 

「俺が欲しいのは、君だけだよ」


 アルバが欲しいのは、肩書きと名誉だ。

 オルテンシアは知っていた。優しい顔をして愛を囁いていても、その目は笑っていない。

 アルバがオルテンシアの肩に触れる。

 嫌だ――――そう思っても、震えてしまって体に力が入らない。


「――――当館の館長に何か?」


 アルバを止めたのはシグルズだった。

 いつから見ていたのか、シグルズはアルバを険しい表情で睨んでいる。


「ああ、なるほど。そういうことか」


 アルバはシグルズを一瞥すると、怒るわけでもなくあっさりと引き下がった。


「騒がしくして悪かったね。オルテンシア、また来るよ。次は二人で会おう」


 にこやかにアルバは生徒たちの元へ去っていく。


 学生たちが帰った後、すぐさまリーナとシグルズがオルテンシアを取り囲んだ。


「あの男とどういう関係なのか、説明してもらってもいいかな?」

「……昔の知り合いです。それ以上話すことはありません」

「婚約者、と言っていたのですが。愛している、という言葉も聞こえたのですが」

「それは……あの人が勝手に言ってるだけです」


 適当にはぐらかそうとしても、かえって追い詰められてしまう。


「オルテンシアとあの男はかつて婚約関係にあり、何らかの形で離別したものの、男の方はまだオルテンシアを愛している、と」


 シグルズの推測の通りだった。

 

「……概ね合っています。でも、あの人が愛しているのは私ではなく、家名ですから」

「家名? オルテンシアさんは、お嬢様なのですか?」

「お嬢様、というか、まあそうですね。それなりに権力のある家の養子だったんです」


 名前は出さずに濁しつつ、簡単に説明をする。


「両親が早くして亡くなり、今の当主様に引き取られ跡継ぎとして育てられてきました。アルバさんとは政略結婚で婚約させられていただけで、私の意思は全く関係ありませんよ。実家を出て行った今では他人です」


「出て行ったということは、オルテンシアさんはその当主様という方とは……」

「もう会っていません。会う理由もないですし、今更帰ったところで私の席はありませんよ」


 リーナがあまりに深刻そうな顔になるものだから、なんてことのない世間話のように軽く流そうとする。

 

「オルテンシアも色々あったってことだ。人生何が起きるか分からないからな」

「そういうものなのですね……」


 シグルズは、この話題にはあまり深入りして欲しくないというオルテンシアの気持ちを察してくれたようだ。

 リーナは難しそうな顔をしてうんうんと唸りながら考え込んでいる。

 

「あの、アルバさんも悪い人ではありませんから、そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ。教授としてはとても良い先生のようですし」

「でも、オルテンシアは嫌がっていた。そうだろ」

「そ……それは、いきなりだったので驚いただけです。私がもう実家と縁を切っていると分かれば、ああいうことも無くなりますから」


 先程は止めてくれて助かったが、同時にアルバと争いになるのではと思いひやひやさせられた。

 アルバがシグルズに悪い印象を抱いてしまうのは本意ではない。

 けれど、シグルズはますます険しい表情になってしまう。

 

「オルテンシアは、あの男のことが好きなのか」

「なっ、何言ってるんですか」


 直接的な表現に、オルテンシアは一瞬たじろいでしまう。

 

「どうなんだ、答えてくれ」


 赤紫の美しい瞳は、静かに怒りを秘めているようにも見えた。

 もちろん、オルテンシアはアルバを恋愛的な意味で好きだと思ったことは無い。


 だがそれを、今ここでシグルズに言うのは何か違う気がしてしまった。

 先程は無闇に干渉しないでくれたのに、アルバのこととなると態度を変えてしまう。オルテンシアがアルバと深い関係にあったとして、それがシグルズにとってなんだと言うのだ。

 

 ――――オルテンシアにとってシグルズが特別な人であっても、シグルズにとってのオルテンシアは特別でないというのに。

 

「どうしてそんなこと、シグルズさんに言わなくちゃいけないんですか」


 つい、言ってしまった。

 オルテンシアがこんな反応をするとは思っていなかったのだろう。

 シグルズは驚いたように目を見開いてから、すぐに表情をいつものものに戻す。


「……そうだな。すまない、無遠慮だったな」

「いえ、いいんです。心配してくださってありがとうございます。でも、自分のことは自分でなんとかしますから。さあ、仕事に戻りましょう」


 お互い、何事も無かったかのように振る舞いながらそれぞれ別の方向へ歩いていく。


 シグルズなら無価値な自分を変えてくれる、シグルズが自分の存在を望んでくれるから価値が得られる。


 そういうひとりよがりな考えはかき消すべきものだった。

 だと言うのに、シグルズはこちらを期待させるような事ばかりする。


 好きでもないのに、特別にしてくれるわけでもないのに、人の心に触らないで欲しかった。


 だから彼を拒絶して線引きした。


 一つとして間違いのない、正しい選択肢だった。


 それなのに、どうしてこんなに苦しいのだろう。

 

「二人とも、思っていることと言ってることがちぐはぐですよ」


 二人がいなくなった後のエントランスで、リーナが不思議そうに呟いた。


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