ワインに毒を込めて
一番奥、壁際の席へと腰を降ろすウルフ。
メイニヤックも隣の席へと座る。
続けてネラはテーブルを挟んだ手前の席へと座る。
ここなら瞳に映る物はウルフ達と『壁』だけだ。
少し、ほんの少しだけ心が軽くなる。
壁の木目が、森の木肌を思わせる。
その粗い質感に、わずかな安堵が胸を撫でた。
席に着いたネラを見てウルフが口を開いた。
「いい店だろ? ここなら誰にも話は聞かれない。とりあえず、何飲む?」
革の表紙に手書きで綴られた品書きを、そっと押し出してくる。
ネラは迷わず、その一行の文字を口にする。
「赤ワインを。確かに誰にも邪魔されないけど、こんな場所だとはね」
ーー少しの毒をそのワインへと混ぜて。
ウルフは笑みを浮かべたまま口を開く。
「それじゃ、俺も同じ物を頂こうか……どうした、ネラ……? あっちで余興やってるんだからもっと楽しめよ?」
奥する事なく彼は飲み干した。
そして、何事もなかったように、一階の舞台にいる女性を指差す。
それは今、必要ないもの。
「私には刺激が強すぎるわ。研究の話をするんじゃなかったの?」
ーー毒が効かぬなら、冷えた刃を突き刺してみる。
「まぁ、迂闊に他人には聞かれたくない話だろ。酒が運ばれて来るまでは、ちっとは余興を楽しもうぜ」
だが、ウルフは軽やかに刃を避ける。
彼が指を鳴らすと、一つの卓を回る影が彼の元へとやってきた。
ウルフは品書きに指を差しながら、影と一言二言話した。
そして、影は頭を下げ、消えていった。
ウルフが一階席を指差しながら嬉しそうに言う。
「おいおい、ネラ見てみろよ? あの親父、興奮しすぎて面白れぇ事をしてるぞ?」
ーー心が痛い。
彼は敵ではない。それは理解している。
だけどここは森ではない。街。
彼には彼の居場所がある。それはわかっている。
だが、実際の『街のウルフ』
その姿を見ると、胸が痛むのを感じる。
「……やめて」
ネラは小さく呟いた。
私が森の人間だという事はわかっているでしょ。
貴方なら、それを解析出来るはずでしょ。
そんな想いをほのかに込めながら。




