第23話:私メリーさん今ノームの洞窟にいるの
メリーが酒場で暴れている頃、洞窟の中で盗賊の頭、ガルドは酒をあおっていた。
「……あいつら、まだ戻らねぇのか」
「そっすね、遅すぎますね」
ガルドは舌打ちする。
「しくじったか。ノームに様子を見に行かせろ、何かあれば宿泊所の衛兵どもが騒いでるだろ」
「あいつら、逃げませんか?」
「逃げねえさ、なぁ?」
膝に乗せたノームの子供を可愛がる。
(あら?)
起きている者のいない宿屋の中でかすかな音をメリーは捉えた。そっと壁際に寄り添い耳を傾ける。
「もう帰ろうよピグ」
「でも今帰ったってあいつらに殴られるだけだぞ」
「でもおかしいよ、扉も空きっぱなしだし、誰もいないし気味悪いよ」
彼らはノームと呼ばれる希少な種族だ、ほとんど人前に顔を出さないがれっきとした魔族の末裔である。
彼らは地中にアリの巣のような住居を作り、国を持たず部落ごとに固まって暮らしている。
体は小さく、成人していても人間の膝上くらいまでの身長にしかならない。顔もモグラのような顔をしている。
彼らはエルフと同じように魔術の才能を持つ者しか生まれないばかりか、才能のある魔術も決まっている不思議な種族だ。
女性は『送風』、男性は『門』の魔術だけだ。
地下で暮らすノームは魔気の問題が常につきまとう。女性の『送風』は空気を循環させ聖気を保たせて魔気貯まりを作らないようにしている。
男性は空間を歪めて出入口を作る魔術のみ使える。これを使い、色々なところに出入口を作り、人気がない場所に畑を作り食料を生産している。
非常に臆病であり、人前に出ることはない。存在は知られているものの、見かけただけで幸運が訪れると言われるほどだ。
エルフやドワーフですら交流が無いものと思われる。門の魔術は戦略的に重要なためもし彼らが参戦していたらライプニャーナが負けることはなかっただろう。
メリーはできる限り音を立てずに宿屋の扉に手を掛けたが……
「誰か来た! 逃げろ!」
「ま、待って!」
地中で暮らすからなのか彼らは非常に音、振動に敏感ですぐに気付かれる。小さい影が走り去っていく、四つ足で逃げるそれはかなりのスピードだ。
通常の人間なら追いつくことは難しいスピードだ、しかし相手はメリーだ、聖女の力に加えて『食い逃げメリー』である。
2人のうち、遅かった方に追いつき背後から捕まえる。
「あら、ノームですか珍しい……ふむ、殴られた跡がありますね」
「離せ、離せよ!」
捕まったノームは無茶苦茶にもがく、彼らにも聖女の恐ろしさは知られている。
「大丈夫ですよ」
「ひぃぃぃ」
もがいたノームがメリーの腕をひっかくが、メリーは気にした様子もない。聖女はいかなる傷もつけることはできないが、傷つけられることもない。
メリーは優しくノームを宥める。しかし、腕はがっちりと彼を固定し離さず、どんなに藻掻いてもその手からは逃れることはできなかった。
「ね、怖くない」
「いやぁぁぁぁぁ」
さらにノームが噛み付くが、それでもメリーは気にした様子もなく撫で続ける。
「ひひ……大丈夫、大丈夫。怖くないですよ」
「いゃぁぁぁぁ」
悲鳴にもう一人がさらにスピードを上げて逃げていく。逃げた先は不思議と地面が盛り上がりそこに洞窟が開いていた。
「あそこがあなたの住処ですか? あらあら、ではあなたは用済みですね」
後ろから大きな悲鳴が響くなか、逃げたもう一人のノームは奥の部屋に向かって全力で疾走する。どうせ聖女に癒される、だったら……
(お前達も道連れだ!)
今、このノームの部落は危機的状態にあった。なるべく人目のない場所に入口を作るのだが、運悪くその入口をガルド達に見つけられてしまったのだ。
元々好戦的ではないうえ、大した攻撃方法もないノームは彼らに降伏するしかなかった。
以来彼らに好き勝手されてきた。求めるがままに入口を作らされ、彼らの仕事を手伝わされ、時には盗みまでさせられた、彼らの希望にそぐわなければ殴られた。
ノーム達にとって、ガルド達は地獄そのものであった。
ガルドはアスガルド帝国の生まれだ。国の名前の、かつての英雄ルドウィークの一部を付けられ親からは立派な帝国の騎士になることを望まれた。
しかし、そんな両親の望み空しく、いや、その重圧から逃れるように、道場で学んだ剣は、いつしか人を守るためのものではなく、人を傷つけるためのものになった。
やがて彼は同じ道場のはぐれ者と徒党を組み盗賊となった。
物を奪うことよりも人を傷つけ殺すことを楽しむ彼は、いつしか『赤牙のガルド』と恐れられるようになる。
だが、多くの人に恐れられれば当然目を付けられる。剣に覚えがあっても、正規の兵士となれば別だ。
ガルドも腕に自信はあるが、所詮は半端者だ。本職である兵士と正面からぶつかれば無傷とはいかない。
帝国での盗賊行為がやりにくくなったガルド達に、偶然発見されてしまったのがこのノームの部落だ。
「なんだか騒がしいな、お前見てこい」
「あーん? あいつらが帰って来たんじゃないっすか?」
「だったらもっと騒がしいはずだ」
「ヒック、それもそっすね」
盗賊の一人が部屋を出て見回すと、突然ピグが飛び掛かってきた。
「なんだぁ?」
「うあああぁぁ!」
ピグは盗賊の顔を思いっきり引っかいた。
「あ”! 痛ってぇ! 何しやがる! ぶっ殺すぞ!」
ノームをはたき落として、何度も何度も蹴りつける、酒が入っているからか普段よりも容赦がない。
「うぐっ、ぐぅっ」
「死ねっ!!」
ぼろぼろのノームを思い切り蹴り上げる。宙を舞ったノームは、地面に叩きつけられることなく誰かに抱き留められた。
「あらあらあら」
「あぁん?」
山賊の男が見上げると純白の聖衣に身を包んだ女性が立っていた。
「ふひゃっ。おい来てみろよ! 女がいるぜ!!」
「あぁ? 女だぁ?」
「おうよ、貴族みたいな服に、光る蝶まで飛んでよ、まるでおとぎ話の聖女みたいな女だ!」
「あぁ?」
「大丈夫ですか……ふふ。酷い怪我ですね。今、癒してあげますから」
メリーの手に強い緑色の光が灯ると、抱きしめられたノームが今まで見たこともない表情で、狂ったようにもがき、苦しみ、痙攣する。
「はぇ……」
盗賊はその光景を呆然と見ていた。ノームはあそこまで酷い顔が出来るのかと、先程蹴られた方がまだ、まだ、まだ、マシな痛がり方だった。
その癒しの光とノームの癒死顔は、それを見た盗賊達に戦慄と恐怖を呼び起こすには充分すぎる効果を発揮した。
一瞬で酒が冷める。
「お顔の傷は大丈夫ですか? 痛いですか?」
「ほ、本物だっ……」
傷は全然大したことない、みみずばれにすらなっていない、ちょっと赤くなった程度だ。
「すぐ治療しないといけませんね。ええ、ええ、誰かに取られる前に! ひゃは」
その言葉に盗賊からの返答は無い。既に彼の腹にはチェーンソーが突き入れられていたのだから。
「アハハハハハハハハ!!」
メリーは刺した盗賊ごとチェーンソーを持ち上げる。そうとうな重さがあるだろうに彼女は軽々と持ち上げて見せる。
メリーが歩くたびに持ち上げられた盗賊がゆれる。その度に聖血が彼女に降りかかるが、彼女は気にしない。逆に降りかかるほどに笑みは深くなる。
――赤い液体をまき散らしながらゆっくりと近づいてくる。
死が近づいてくる。
笑いながら近づいてくる。
体が動かない。
誰か助けて。
……ああ、俺はその言葉に手を差し伸べたことはなかった。
「どうしましたか? 顔色が悪いですよ、もしかして飲み過ぎですか?」
ぽたり、ぽたりと、聖女から聖血が落ちる。
飲みかけの盃を満たしていく。
赤い死が満たしていく。
「や……やめ……やめてくだ…………」
盗賊の手から盃が転がりおちる。
「いやです」
落ち着いた声がすぐそこから聞こえてくる。
吐息が顔に降りかかる。
聖血が顔に降りかかる。
盗賊を直接赤く染めていく。
「ひ、ひっ、ひっ……」
ゆっくりと聖女の手が伸びる。白かったはずの手袋は、見る影もない。
恐怖は思考を麻痺させ「逃げる」そんな原始的手段すら発想させない。
指の隙間から見える聖女の目はこちらを捉えて離さない。
震える口から出るのは不協和音ばかりで、まともな言葉は出てこない。
聖女の手が盗賊の顔にへばりつく。べっとりと。
聖血を擦り込むかのように硬く、固く。
「あ……あっ、アァ、あっあっあああ。ア”ーーーー!」
「ひゃは、はは、ははははははは」
メリーの笑い声がピタリと止まり、こっそり逃げようとしていたガルドに顔を向ける、その化け物の口角は上がり、その目は喜びにあふれている。
「……どちらへおいでですか?」
そこには、かつて赤牙と恐れられたガルドの姿はなかった。
幾多の血を吸ったその牙も、より赤く、より昏い聖女の前では、ただ色を失っていた。
「ま、まて、金ならやる、好きなだけやる。だから見逃してくれ」
「あら、ありがとうございます。でもいやです、癒します」
メリーの目はガルドの古傷に釘付けだ。古傷はどうなんだろう、傷は死んでいるのだろうか? でも、古傷がうずくと聞く。では生きてるのか? 興味は尽きない。
「な、なんでもする、これからは心も入れ替える。ここからも出て行く。だから……」
「いやです、癒します」
「こ、こいつがどうなってもいいのか!?」
ガルドは抱えていたノームの子供にナイフを突きつける。しかし、慌てていたため突きつけたつもりが子供の毛を赤く染める。
「うっ!」
目を上げると聖女の笑みがすぐ近くにあった。
「なんて酷い傷でしょう。早く癒さないといけませんね」
聖女のチェーンソーが子供の頭に突き刺さる、あっさりと、躊躇もなく。否、癒すことに躊躇する必要など必要だろうか? いや、無い。
子供は頭から赤い癒しを引き出しながらもがき苦しみ痙攣している。
「ぴぎゃぁぁぁあぁぁ」
「どうなるんですか?」
「え……あ……」
「どうなるんですか? おしえて」
「うああああああああ!」
そのままチェーンソーを深く、深く突き刺し、子供ごとガルドをえぐり癒す。
「ははははは! ハハハハハハハハハ!」
ガルドの悲鳴とメリーの笑い声が洞窟内に響きわたった。
「子供を傷つけようなんて、とんでもない人がいたものです」
喋る者のいなくなった室内に佇む聖女に、おずおずと一人のノームが近づいてくる。奥にはたくさんのノームが見守っている。
「……あ、あの、この里の危機をお救いくださりありがとうございました」
「あなたは?」
「この里の長老です。聖女様が倒したくださった盗賊には随分と苦しめられておりまして。助かりました」
「人聞きが悪いですね。私は悪酔いした方を癒しただけですよ。癒しはいいですね。人を傷つけるものを殺せます」
メリーの目が怪しく光る。
「ひぃっ……と、とりあえず助かったことには変わりありませんので、何かお礼をしたいのですが」
「では癒し」
「癒し以外でお願いします!」
無理にでも癒すことはやぶさかではないが、今日はもう充分癒した。最後の古傷が微妙だったのが少し残念だが、目の前の長老も概ね健康に見える。あまり良い悲鳴が聞こえそうにない。
「盗賊達の財宝は要りますか?」
「いえ、我々が持っても使い道はないので差し上げます」
「そうですか、くれると言ってましたのでありがたく頂いておきましょう」
「それはそれとして他にお礼はいりませんかな?」
「では癒し」
「癒し以外でお願いします!」
「……まぁいいでしょう。ノームは遠く離れた場所にも門を開くことができるのでしたっけ?」
「は、はい。できます」
「それでは王都の近くに扉を開けてもらえませんか?」
「それくらいでしたらお安い御用です」
長老が呼ぶとノームの職人が集まってくる。どうやら入り口は数人掛りで開けるようだ。
ノームが黙々と作業しているのを聖女は観ている。
「……本当に癒しはいりませんか?」
「「いりません!」」
「……そうおっしゃらずに」
「「いりません!」」
「そうですか……」
洞窟の一端を掘り進め、ある程度掘った所で親方と思われるノームが魔法陣を爪で掘っていく。
「儀式魔法ですか」
「はい。一人だと魔力が足りないので」
魔法陣を脳内ではなく、直接起動させるのが儀式魔法と呼ばれる技術だ。
複数人の魔力を合わせることが出来るので大きな魔法を発動させることが出来る。人間界ではすでに失われた技術だ。
「……ところで、怪我をする予定はないですか?」
「「ありません!!」」
「……病気をする予定は?」
「「ありません!!」」
「……毒林檎とかたべる予定は?」
「「ありません!!」」
「……呪われる予定は?」
「「ありません!!」」
「……怪我とかしたら是非言ってくださいね!」
「「ありません!!」」
ここまで来ても、メリーの未練は駄々洩れだ。
メリーが悲しみに暮れるなか、ノーム達の魔法陣が書きあがる。皆で揃って魔術を発動すると、空間が歪み転移門が出来上がる。
「まあ! ありがとうございます。本当に助かりました」
聖女は手を差し出す。
「いやいや」
ノームの親方も手を差し出して握手する。
聖女がニコリと笑う。
ノームの親方は、顔がひきつる。
「ヒール♪」
ほかのノームに向かって手を伸ばすと、ノーム達は蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。
(まぁいいでしょう)
倒れ伏すノームの癒体をあとに彼女はノームの部落から出て行った。
「行ってくれたか」
長老はノームの親方と、最初のノーム2人、最後にガルドの人質となっていたノームの子供に向き直る。
「君達の尊い犠牲は忘れない」
他のノーム達も長老に習い彼らの死を尊ぶ。数日後に目覚めた彼らが幽霊扱いされるのは別のお話。
「それと今のうちに盗賊どもを外へ放り出せ」
「「「はいっ」」」
「あと、聖女が戻ってこないように門をすぐに閉じろ!」
「「「「「「はいっ!!!」」」」」」
* * *
(う~ん、ここは? あれは、村でしょうか……それにこれは、祈り?)
メリーが出た場所は森の中のようだった、遠くに木製の壁と門が見える。少なくとも王都を護る城壁には見えない。
臆病な彼らにとって近くの概念は人間のそれとは異なる。
そんなことよりも、メリーにとっての興味は村から聞こえてくるニトへの祈りだ、多くの人からの祈りがざわめきのようにメリーに届く。
メリーは少し考えたあと、ごろりと地面に寝転がる。聖女の衣は土の上に寝転んでも、汚れないのが素晴らしい。
(明日はとても楽しくなりそうです)
第一章 完
本編としての第一章はここで一区切りです。次回から閑話を2話挟み、その後第二章へ入ります。
第二章のプロットは決まっているのですが、細かい内容が決まっていないので間が空く予定です。
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