第22話:私メリーさん今宿屋にいるの
ジョージの報告を聞き、キャミィは他の衛兵達と同じように頭を抱えた。彼女はここの宿場街に駐屯する部隊長である。
報告と同時に宿屋の方から騒がしい音がする。
「くっ、行くぞ!」
「はいっ」
キャミィは貴族の娘だった。本来ならお茶会に出席し、淑女として暮らしていてもおかしくない。
だが、彼女は優雅な茶杯(ティーカップ)ではなく剣を握り、このような小さな宿場町で衛兵をやっている。
彼女の人生が変わるような事件があったのではない。なにも起きなかったからこそ、彼女はここにいる。
彼女は男爵家の第5子にして3女だった。領地は狭く、これといった産業もない。縁を結びたがる貴族がいるわけもなく、かといって社交界で名を知られるほどの美貌も才能もない。
上の娘たちには苦労して嫁ぎ先を探してやれた両親も、彼女には何も用意できなかった。貰える土地も才覚もない彼女が手にできたのは剣だけだった。
キャミィと一緒にジョージが門の傍に戻ってくると、他の衛兵の姿は無かった。
「あいつら逃げやがった!」
「しょうがない私達だけで行くぞ!」
ノイスの話を聞く限り、今回の聖女は伝え聞く聖女とは違う。自暴自棄に暴れているのなら酔っ払いを取り押さえるのと同じだ。
だが、その力を明確な意思を持って振るうようになったら……
「聖女って罪に問えるのでしょうか?」
「結論を言えば無理だ。人を傷つけているわけでもないし、むしろ逆だ」
「はい……癒しを罪にしてしまえば全ての治療師を捕まえなければいけなくなりますし、聖女だけとしてしまえばそれはニト様を否定することになります」
「それに身分で言えば聖女は女神の化身。国王すら彼女にかしずかなければならない」
「どうしたらいいでしょう?」
「騒ぎがあったので、その場にいた人物をとりあえず取り押さえた。まさか聖女様とは思わなかった。これで行くしかないだろう」
「通じるのでしょうか」
「問題ない。それを裁くのも結局はこちら側だ。聖女に元気に暴れ回ってほしい人間なんていないだろう? 『なら仕方がない』の一言を引き出せればそれでいい」
「わかりました」
「では、行くぞ」
「はい」
キャミィは無言で鎧を外し始める。
「えっ? あの?」
「なにを勘違いしている。鎧のままでは音が鳴る。聖女に気付かれるぞ」
「あ! そ、そうですよね。す、すみません!」
左右に別れて壁に背を付けながら宿屋の扉を開く。誰も飛び出してくる様子はないので2人してなだれ込む。
いつでも切りつけられるように剣を構えながら各自視界を探る。
室内には夥しい数の客が倒れ、周囲床や壁、天井までもまるで塗料をぶちまけたかの如く赤一色に染まっていた。
「た、隊長! 血が……」
キャミィは顔をしかめたが、すぐに首を傾げる。
「……いや、血痕にしてはおかしい。嗅いでみろ」
「……匂いが……ない」
「これだけ派手にぶちまけられて、臭い一つしないのはおかしい……多分聖血というものだろう」
聖剣は聖女が使う聖術の中で最も有名な聖術だろう。当然聖血についても知られている。
「これが聖女……」
「いくぞ……」
屋内は静まり返っていた。物音一つしない。2人の足音が響いていないか心配になる。
倒れている人が酒場中に散らばっている。比較的右側には少ない印象だ。左側も木製の器が散らばっているが、右側は机の上から動いていない。
多分最初に聞こえたのは宿泊客同士の喧嘩の声だろう。そして右側にいる宿屋の親子と冒険者を聖女が嬉々として癒したのだろう。
左側の先にあるのは勝手口だ。ジョージが足早に近づき確認するが、閂は掛けられたまま、開けられた形跡は無い。
……まだ室内に居る。
戦慄するジョージに不意に何かが当たった。驚きのあまりあやうく剣を落とすところだった。
慌てて確認するとキャミィの顔がすぐ近くにあった。
思わず声を上げそうになるジョージに、キャミィが口に指を当て静かにするように制す。
思わず目が向いた唇には妙な色気があって、別の意味で心拍数が上がってしまう。こんな時だというのに……
キャミィが静かに共同部屋を指さす。どうやら先にそちらを調べるようだ。
共同部屋はお金を節約したい人に貸し出される何もない大部屋だ。柱以外には就寝時用の藁が積まれているが、既に大分使われている。
入口同様に壁にはりついて静かに扉を開ける。中には同じように倒れる人、人、人。格好から見て、一足先に休んでいた旅人だろう。
聖女の姿は……無い。
キャミィが部屋の中を調べている間、ジョージは入口の傍で外を警戒していた。そのジョージの耳にカサカサカサと小さな衣擦れのような音が聞こえた。
「残りは個室か……どうした?」
天井を見上げていた彼が、キャミィの方を見る。
「いえ、上から何か音が聞こえた気がしました。隊長には聞こえませんでしたか?」
「いや、特になにも?」
「そうですか、気を詰めすぎたようです。個室はどうしましょうか? 一緒に回りますか?」
個室は上下に4部屋ずつあり、どちらも行き止まりだ。
「分断はまずいが、もし調べていない方に聖女がいれば逃げられる。私が下を見る。ジョージは上へ行け」
「わかりました」
部屋に鍵は掛かっていなかった。入るときに外から個室側をみたが光が灯った部屋は無かったので酒場か寝ていたのだろう。
扉を小さく開けると、一気に飛び込み正面を瞬時に確認すると反転し扉の死角を確認する。
……誰もいない。
……下から聞こえるかすかな音は隊長だろうか?
……それとも、聖女だろうか?
普段なら気にも留めない音にも敏感に反応してしまう。良くないと解ってはいても止めることが出来ない。
静寂が怖い。気を張り詰めるのは良くないと思いつつも体は強張ってしまう。
ゆっくりと音を立てないように一つ一つ確認する。扉を開けたときに聖女が飛び出してくるかもしれない。到底人が隠れられそうもないわずかな影すら気になってしまう。
剣の柄に置く手が離れない。頭では動きにくいからやめろと命令しているのに、手は勝手に柄へ向かう。
感じた視線に思わず剣を抜いてしまう。
……幻覚だったようだ。
「ふぅー……」
自分の生を実感しながら剣を鞘に納める。本当に生きているのだろうか? 恐怖の圧力に意識が遠のくが、キャミィのことを考えて意識を保つ。
彼女も恐怖に立ち向かっているのだ。自分だけ根を上げるわけにはいかない。
次の部屋の扉に手をかけたときに、唐突に階下から大きな音が響く。思わず呼吸がとまり直立不動になるが、すぐに踵を返して走る。
自分が階段を下り切ったところでキャミィと鉢合わせそうになった。
「聖女を見たか!?」
「いえ見てません! 何がありました!?」
いきなりの発言だが、すぐに返答を返すところに普段の関係が窺い知れる。
「襲撃があった」
「大丈夫ですか!?」
「見ての通りだ……」
肩をすくめて身の安全を示して見せる。
「逃げられましたか」
「……まて、お前は聖女か?」
剣をすぐに抜けるように構えながら詰問する。
「な、何を言っているんですか!?」
「だいじなことだ、答えてくれ、お前は聖女か?」
念を押されて怪訝になりながらも答える。
「いいえ、違います」
「そうか」
そこまで聞いて安心したのかやっと剣から手を放す。
「いったいどうしたんですか?」
「知らないのか? 聖女は嘘を付けない」
「そうなんですか!?」
「割と有名だと思うぞ、女神の化身にして御使いたる聖女は、他者を傷つけることは勿論、虚言や窃盗もできないとされている」
「知りませんでした」
「はぐらかしたりすることはあるからな、『聖女か?』と他に逃げ道の無い質問をするのがコツだ。覚えておくと良い」
「わかりました……隊長は聖女ですか?」
意趣返しのつもりか、今度はジョージがキャミィに問いかける。
「ああ、そうだ」
「え?」
ジョージが呆けているすきに鞘が顔の左1cmのところにあった。キャミィはにやりと笑う。
「衛兵でも軍人なら想定外も想定しておきなさい」
「……すみません」
敵わないな、とジョージは苦笑いを返すしかなかった。
「一つ朗報だ、多分聖女はまともな剣術は学んだことは無い。元々は村娘だろう」
「本当ですか!?」
「ああ、剣は素人だ。身体強化はしているだろうから、気を抜くことは出来ないがな」
「わかりました」
「さて、となると聖女はどこにいったか……外に逃げたか?」
「いえ、扉が開くような音は聞こえませんでした」
「とすると……」
2人は同時に倒れている人の山に目をむける。
「隠れているか、倒れた誰かに紛れている、化けているのでしょうか?」
「可能性はあるな……まずは隠れられそうなところから探そう。気を抜くなよ、いきなり飛び掛かってくる可能性もある」
「はい」
炊事場や宿屋の家族の部屋など隠れられそうな場所を調べる。だが聖女の装いの端すら見つからなかった。
「やはり彼らの中に隠れている可能性が高いですね」
「そうだな、手分けして調べるか?」
「いえ、急に起き上がって攻撃してくるかもしれません、自分が調べるので援護お願いします」
「わかった」
倒れている客に向かって注意深く近づく。
成り代わっている以上同じ顔が2つあっては困る。元となる人を隠さなければならないし、そんな時間は無かったはずだ。
1歩、1歩と『血の海に沈んでいる』人達に近づく。実際の血ではないと分かっていても気持ちの良い物ではない。
鞘にいれた剣でつついてみるが反応はない。
少し強めに突いてみる。やはり反応はなかった。
次は積み重なるように倒れた3人だ。時間的に一番下に潜り込めるような時間はないので、あるとすれば一番の上の人だろう。
再び鞘でつついてみる。少し動いたように見えた。
一気に飛びのいて剣を構える!
「いたか!?」
…………
「…………いえ、勘違いだったようです」
「疲れているなら変わるか?」
「いえ、まだいけます」
「わかった。無理はするなよ」
注意深く他も確かめていく。しかし、特に反応が無い状況が続く。こうなると段々と大胆になっていく。
今までは慎重に遠くから鞘で突いていたが、近寄って手で揺すってみたりする。だが、どれも死人のようにまったく反応は無かった。
一つのグループが終わり次のグループへと近づく。魔術師風の男と、屈強な男。軽く小突いてみる……
……反応は無い。
しゃがんで揺すってみる……
やはり反応はない……
「擬態ではなさそうですね」
「はい。そうですね」
あれ、と思った。声も口調も違う。返事が早すぎる。
それに――すぐ後ろ、息がかかる距離から聞こえる。
振り返ったジョージの目に入ったのは白だった。
純白の聖女がこちらに手を伸ばしていた。がっちりと首を掴まれる。
「いつから……?」
「想定外も想定しておきなさい」
世界が白く染まり、痛みがジョージを支配した。
(聖力の回復ついででしたが、少しからかいすぎましたか)




