第21話:私メリーさん今宿場町にいるの
馬車はゴトゴト揺れる。
御者はガタガタ震えている。
聖女はニコニコしている。
三者三様? の一行は予定通り宿場町を目指している。幌の中にはメリーの他に護衛と客達。盗賊達はほったらかしにしてある。
全員載せて行きたかったのだが残念ながら重量オーバーだそうだ。御者が泣いて嫌がるのでしょうがなく放ってきた。
言い伝えでは聖女に癒された人間は、ヒールの残渣が残るためか、寝ている間は傷も病も寄せ付けないらしい。
これから向かう宿場町に名前はない。地元では西の宿場町で充分通じるからだ。どうしても必要なときはマルレー西と付けられる。
名前の由来はこのあたりがマルレー平原と呼ばれるからだ。平原と呼ばれているが、林が点在しており疎林というのが正しい。
マルレー平原は、リマゾンの西から北に広がる丘陵の少ない広大な土地を指すため、西以外にも北と南東に同じような宿場町が存在する。
残念ながら肥沃な土地ではないため、草や生命力の強い木々しか育たない。木々も密集せず、成長も遅い。
畑にするにも林業をするにも中途半端な土地だ。牧場はまばらに存在するが、魔獣の被害を恐れて大規模に運営するのは難しい。
馬車はこの宿場町までだ。次の街まではこの宿場町で乗り換える必要がある。
日がだいぶ傾いてからメリー達の乗る馬車が宿場町に辿り着いた。衛兵が門を閉めようとしていたが、馬車を見つけると手を止めて再び門を開いた。
「お疲れ様。随分遅かったじゃないか」
「あ、ああ。その」
「じゃぁ俺はこれで」
「は、はい。お疲れさまでした」
荷馬車から降りた護衛の青年は、挨拶もそこそこに宿屋の方へ歩き出す。
それを見ていた衛兵隊の副隊長ジョージが違和感を覚える。
(あれ? こんな淡泊な男だったか? 3人組だったはずだが……)
「おいちょっ――」
「ま、待ってください」
引き留めようと口を開いた瞬間、御者のノイスが慌てて割って入った。
「どういうつもりですか?」
「あ、いや、なんというか」
ジョージとノイスで押し問答している中、荷台を検分していた衛兵が叫ぶ。
「な、なんだこりゃ!!」
荷台の中には護衛と客達がぎゅうぎゅう詰めにされていた。全員意識はないようだ。
「……一体どういう事なのか説明してもらえますか?」
「あ、いや、その説明は難しくて」
ジョージとノイスは同じリマゾンの出身であり、ノイスはジョージが生まれた時から知っている間柄だ。
「難しくても説明してもらいますよ、こんな時間になったのと関係あるんでしょう?」
「ジョージ……聞くと不幸になる話だけど、いいかい?」
「……それでも説明してもらいます」
* * *
話を聞き終えた全員が、同時に頭を抱えた。
「つまり今行った護衛の残りが……」
「……はい」
「聖女が人に化けるって本当だったんだな……」
聖女は誰もが知る存在だ。だが残る伝承の多くは、どんな被害が起きたか、どんな聖術が使われたかといった記録ばかりだった。
その内容も恐怖や噂によって大きく脚色されており、真偽の怪しいものが少なくない。もはや記録というより、おとぎ話の類だった。
「俺。盗賊運びに行ってくる、帰るのは朝になるだろうな、うん」
「待て、現場の確認は必要だ、俺も行こう」
「待て、夜は危ない、俺も行こう」
「待て、灯り持ちが必要だ。俺も行こう」
「み、道案内で私も行きます!」
「いや、とりあえず倒れてる客を検分してからだ」
「副長、そりゃないぜ? 聖女が来てるんだ、早く逃げた方がいい」
「盗賊とグルになって俺達をここから離れさせる策略だって可能性もあるだろ」
「なっ!? 私を疑うというのですか!? ジョージ! あなたとは知らない仲ではないでしょう!?」
最後に確認された聖女は200年前。話だけで信じろというのは無理がある。
それに計画的に動く聖女など聞いたことも無い。盗賊が聖女の伝承を利用した策略と考える方が現実的だろう。
「解ってるよ、ノイスさん、あんたとは子供の頃からの付き合いだ。だからあんただってわかるだろ。俺が疑り深いって」
「そうでしたね……わかりました。存分に調べてください」
実際に聖女に会っているノイスからすれば1秒でも早くここから出たいが、問答するより見てもらった方が速いと判断した。
ジョージもノイスが盗賊になったとは考えていない。子供の頃からの付き合いだ、そんな人物でないことは知っている。
だが、彼の弱点も知っている。孫を目に入れても痛くないほどかわいがっているのだ。人質でも取られれば従ってしまうかもしれない。
盗賊達の策略はこうだ。聖女の話を持ち出して衛兵達を宿場町から離す。護衛に化けた盗賊の仲間が夜中に門を開けて仲間を引き入れる。
今はトーラスの街での武術大会に向けての移動客が多く、当然この宿場町にも参加者や観客が多い。
盗賊にとっても狙い目ということだ。武術自慢といっても寝首を搔かれたらまともに反撃できないだろう。
「……どうやら本当に聖女か」
乗客は本当に寝ている。ジョージの予測通りなら彼らは狸寝入りしていなければならないはずだ。
とはいえあっさりと検分を許した時点でノイスへの疑いは晴れている。それに寝ている護衛の中に先程見た男そっくりの人間がいた。
「副長、もういいでしょうこれは聖女しかありませんって」
「あぁ、そのようだな。疑って悪かった」
「いえ、解ってもらえればいいのです。さっさと行きましょう」
「とりあえず隊長に報告して判断を仰ぐから待っていてくれ」
「なにを言っているんですか!? 早くいきましょうよ!」
「だが何かあったらだな」
「聖女なんですよ! せ・い・じょ、何もあるわけ無いじゃないですか! 別の意味では何かあるでしょうけれども、怪我人が出る方が難しいですよ!」
「とにかく待機だ、まってろ」
「いっちまった」
宿場町の衛兵は、全部で7名。少なく思えるかもしれないがこれで充分だ。城というわけでもないが、頑丈な柵や櫓もある。落とすのであれば20人は必要になるだろう。
「しょうがねぇ、副長は隊長にホの字だからな。俺らはもう行くぞ」
「副長待たなくていいのかよ!?」
「隊長は絶対残るっていうぞ。お前は副長に怒られるのと、聖女に癒されるのどっちがいいんだ!?」
「……行こう、すぐに行こう」
いつの間にか乗客を降ろしたノイスが馬車を横につける。
「乗ってくかい?」
「「「恩に着るぜ!!」」」
* * *
宿場町には宿屋は1つしかなく、この時期トーラスへ向かう武術自慢達が押し寄せるため非常に込み合っている。
メリーが宿屋に入ると宿屋の娘で給仕のエマが寄って来る。
「ロッシュお待たせ。今日は随分遅かったじゃない」
(どうやらこの人は、この宿屋の娘と知り合いのようですね)
「ああ、ちょっと色々あってね。疲れたから体があったまるものがほしいんだ」
「は~い、じゃぁ豚肉のスープね」
「ありがとう」
注文を母親に知らせながらエマは首を傾げる。
(あれ? ロッシュってこんなんだったっけ?)
届いたパンとスープにお金を払い聖句を唱え静かに食べている。
(おかしい……こんなことする人じゃなかったのに)
「ねぇロッシュ……」
「あんだとぉ!」
エマが疑問を呈す前に、怒気をはらんだ大声が響く。
「俺が弱いって言いたいのか!?」
「ヒック、おうよてめえみたいな筋肉以外に能が無い奴は弱えぇって言ってんだ」
「てめぇ、言わせておけば」
「おいっ、やめろってお互い飲み過ぎだぞ」
「うるせぇっ」
「ふっ、俺は魔術師だぜ。おまえなんか――」
煽った方が、見せつけるように両手を前に突き出す。
突き出した手に風の円盤ができる。
机に置かれた酒がかすかに波打った。
「馬鹿、魔術はやめろ!」
「【風刃】!」
「だめだっ!」
周囲が危機感に身を固くするなか、いち早くヨハンが魔術師に飛びつく。だが、魔術の構築は終わっていた。抑えられたせいで魔術師の腕がぶれ――
風が、エマの首筋を掠めた。
「えっ?……」
エマが首筋に手を当てる……その指の隙間から、止め処なく血が溢れていた。
「エマッ!」
厨房から母親が飛び出し、遅れて父親も駆けてくる。だが、母親が抱き留める前にエマは崩れ落ちた。
「お、おいっ!?」
「ちっ、違う! そいつが抑えたのが悪いんだ!」
魔術師が顔を引きつらせながら、ヨハンを指さして言う。
「ち、違う! す、すぐ治すから!」
ヨハンが走り寄って彼女に向かって手をかざすと、手の平から青い光が漏れ出る。すると彼女の傷が見る見ると癒えていった。
「なんだあれ」
「エ、エマ大丈夫なのかい!?」
「青いヒールだと……」
「よかった……あ……」
『あちゃー』
(しょ、しょうがないよ、僕のせいなんだし……)
呪いとまた言われるのかと身構えているが、それ以上のどよめきが起こった。不思議に思ったヨハンが顔を上げると、そこには顔を覆って泣いている女性がいた。
おかしい、さっきまでこんな女性は居なかったはずだ。まるでドレスと見間違う荘厳さを持つ格好、なにより周りに輝く蝶が飛んでいる……こんな女性を見逃すはずはない。
「しくしくしくしく、ひどい……ひどいです。なんで治してしまったんですか。私が、私が先に癒すつもりだったのに~~~~うっうっうっ」
その女性は本気で泣いていた。
「えっ? えっ? えっ?」
ヨハンは混乱していた。この人は一体どこから出て来たんだろう。
『ちょっとちょっとちょっと、あれ聖女ですよ』
「聖女!?」
「聖女だぁぁぁ」
「ひぃぃぃいぃぃ」
「えぐっえぐっえぐっ、うぇぇぇぇぇぇん」
「え、えっと、あの、な、泣き止んで」
「私が癒したかったのにぃ。うぇぇえーーん」
「え、えっと、じゃぁ僕のこと代わりに癒していいから」
『いいんですか?』
「えっ??」
メリーの涙がぴたりと止まる。ゆっくりと立ち上がりヨハンをじろじろと見る。その目は座っていた。
「健康なあなたなんか癒しても嬉しくもなんともありません。病人も怪我人も代わりなんていません」
代われたのならとっくに代わっている、10歳だったあの時に。
「これは許されないことですよね、ええ許せません、許されていいはずがありません!」
チェーンソーが唐突に彼女の手に現れる。
「え? チェーンソー」
『そんなこと言ってる場合ですか? 早く逃げてください!』
「彼女の怪我の仇ぃぃぃいいい」
チェーンソーがヨハンの頭に突き刺さる。
「ぎゃぁぁあががががが!!」
『あ~あ、だから逃げてといったのに』
傷が治って呆然としているエマとその母親に目を向ける。
「あなたもです! 私というものがありながらぁぁ!!」
「ぐぎゃうぅ!」
エマを理不尽な癒しが襲う、ついでに母親も巻き込まれた。
「……やってしまいました。癒す必要がない人まで癒してしまうなんて、これでは聖女失格じゃないですか。怪我の悲鳴も聞けないし」
メリーが残った彼らに目線を向ける。
「そうでした、そういえば怪我の理由はあなた達……いえお酒、人を狂わす毒のせいですね……」
「ふざけんな!! 意味がわかんねえぞ!!」
「そうだ、聖女は帰れ!!」
「「そうだそうだ」」
「カエレ!」
「「「カエレ! カエレ! カエレ! カエレ!」」」
数人が騒ぎだすと酔った彼らは一気に全員に伝播した。
しかし……
「それがどうかしましたか?」
決して大声だったわけでは無い。威圧感も無い。だがその声は酒場の人達を黙らせるのに充分すぎる効果を発揮した。
「私はあなた達を癒します。あなた達がどう思おうと構いません」
チェーンソーの鎖刃が回転し始める。
「嫌ならば力づくで止めて構いませんよ、私はどのような暴力にも屈しません」
手近な人に、無造作にチェーンソーを振り下ろす。それは胸をえぐり、聖血をまき散らす。
「それに私は皆さんを傷つける意思もありません」
メリーは美しい顔を歪めて笑みをつくる。
「やろおおお!」
殴りかかって来た相手のパンチを避けると、癒しを灯した手で相手の顔を掴む。相手は癒しの痛みにのたうち回った。
「暴力に屈しないからといって、女の子の顔を殴るなんていけませんね♪」
チェーンソーが相手の腹横一文字にえぐって癒す。噴き出した聖血がメリーの笑顔を彩った。
「♪~~~♪~~♪~~」
指を鳴らす、その先にいた人が真っ二つに裂け、聖血が噴水のように噴き出し周りの客に降りかかる。
「♪~~~♪~~♪~~」
聖女の怒りは、いつの間にか歓喜へと変わっていた。
「ぎゃぁぁぁ」
「じぎぃぃぃ」
人々が悲鳴を伴奏に聖女は赤黒い芸術を作る、壁に、床に、天井に、机に椅子に柱に赤黒い池に全てを飲み込んでいく。
「ぎゃははははははは」
「うぎょごれぶしゃ」
「げぼろろろろ」
いつしか聖女は片手で聖衣をつまみ上げ、もう片方の腕を上げながら指を鳴らす。
踊るように。歌い、笑いながら。
「ふふふん♪ ふふ~ん♪ ふふふ~~♪」
悲鳴の合間に聖女の鼻歌が流れている。やがて全ての悲鳴が無くなると聖女は礼をして全てを終える。
「お粗末様でした」
エマの傷が治りました。
ヨハンが治したので、無意味な痛みを与えただけです。ぐすん。
おかみさんの肩こりが治りました。
死ぬほどの痛みと引き換えに。
おやじさんの火傷が治りました。
死ぬほどの痛みと引き換えに。
酒場の人達の病気が、傷が、その他もろもろが治りました。
死ぬほどの痛みと引き換えに。
ヨハンが癒されました。
メリーからヨハンへの心象が「とても悪い」になりました。
聖女は人を助ける、どんなに悪意を持って邪魔されても。
聖女は人を癒し続ける、どんなに心無い言葉を投げかけられても。
聖女は人を見捨てない、どんなに嫌われても。
人を癒すことが聖女の使命だから。
人に仇なす存在を殺すことがメリーの喜びだから。
聖女メリーベルは微笑みを絶やさない。
「はぁ……さすがに少し大人気なかったですか、反省しないといけませんね」
メリーからヨハンへの心象が「悪い」に戻りました。
「おや?」
かすかな音に目を向けると、扉を少しだけ開けこちらを見る子供と目が合った。メリーに嫌らしい笑みが浮かぶ。
「お残しはいけませんね♪」
大部屋に向かうなか、外からこちらに向かってくる話し声が聞こえる。
(衛兵でしょうか? 就寝は遅くなりそうですね)
にやりと笑ったメリーは、閉め忘れた大部屋に突入する。驚きの声と悲鳴が僅かに聞こえるが、外に届く前に不自然に途絶えた。
『聖女メリーベルの癒しレベルが上がったで! 保有聖力量あっぷや、新しいスキル壁張り付きをゲットや』
■壁張り付き: 知名度:E
大聖堂の人間ですら聞いたことが無い聖術。壁や天井に張り付くことができる。
それを利用しての三角飛びなんかも可能。ここまで癒しレベルを高めることが出来た聖女は初代を除けばメリーが初である。




