第20話:私メリーさん今馬車に乗っているの(後編)
(今日の便はこれで最後だな。昨日は王都側で盗賊が出たらしい。さすがにこっちにはこんと思うが……)
そんな御者の予想をよそに、馬の鼻先を何かが耳障りな音を響かせて通り過ぎた。突然のことに馬が驚いていななく。
「な、なんだ!?」
慌てて馬を宥めている間に右に2人、さらに後ろからも2人盗賊が押し寄せてきた。護衛は3人。多少は不利な状態だ。
「敵襲!!」
盗賊の一人が『幻影の魔道具』を地面に放り投げる。とたんに魔道具から淡い揺らぎが辺り一帯を覆った。
遠目には、そこに馬車など存在しないかのように見えるだろう。
「幻影機を動かす。とっとと済ませるぞ!」
幻影自体は荒く、近くから見ればすぐに看破されるだろう。だが、街や宿場町からの発見を遅らせるには充分だった。
「くそ! ロッシュ! しばらく時間を稼いでくれ! サーナを助けたらすぐ向かう」
「くっ、さっさとしてくれよ!」
「任せろ!」
盗賊達と戦う3人の傭兵は全員が同じ村の出身で、幼馴染だった。全員農家の産まれで三男や四女、どう転んでも畑を分けてもらうことも出来ない子供達だった。
サーナの方へ駆けるアレクの背中に、矢が放たれる。木を削っただけとはいえ、充分に鋭いそれは革鎧に穴をあけ、血をにじませる。
「ぐはっ」
背後の茂みから現れた盗賊が、動けないアレクの背中へ刃を深々と突き立てた。
「ぎゃぁぁぁぁ!!」
「アレクー!!」
「ははは、おっと、お嬢さん相棒の心配している場合かな?」
「護衛でも女は殺すなよ、商品が減る」
「あいよ」
「よくもっ……よくもぉぉぉ」
盗賊達は凶作に仕方なく武器を持ったような兼業盗賊ではなく、本職の盗賊だった。今回の狙いは女、食料に比べて護衛が薄いからだ。
本職であるだけに手際も周到だ。副業の傭兵で金を稼ぐと共に、傭兵達の顔や能力を調べ、念入りに下調べをしている。
この場所も偶然ではない。幻影の魔道具を用い、数の利を生かして三方から奇襲をかけ、護衛を分散させる。
今回護衛を受けた3人は、運が悪かったとしか言えないだろう……
……盗賊も。
護衛のカーナは劣勢を強いられていた。アレクはもう助からないだろう。それでも護衛だけはと歯を食いしばる。だが、アレクを殺した賊が馬車へと向かう。
「しまった! 逃げて!!」
カーナの叫び声にも馬車からは、なんの反応も起きない。
盗賊が自信満々にホロに手をかけるが、透明な何かに阻まれた。
「あん? なんだ?」
何かの存在をまさぐるように手をかざして見ると、透明な壁のようなものが確かにある。
「結界か?」
少し力を入れて押し込めると、パリンという音がして、急に阻むものが無くなった。
「……ふっ無駄な抵抗だったな」
余裕の笑みで馬車に乗り込む盗賊。人質を一人でも取れば勝ちだ。
……しかし、中は静まりかえり、冷たい空気しか返ってこない。
……おかしい、普通なら悲鳴の1つでも上がるものだ。
……聞こえるのは外の喧噪だけ、ホロの中だけが別世界のように静かすぎる。
……この馬車は街の乗り合い馬車のはずだ、今回の襲撃のために数日かけて調べてある。
(なんだ?)
採光の窓が閉ざされ、薄暗い幌の中へ侵入する。
彼の目に何かの山のような膨らみが飛び込んできた。心なしか周りの幌布も赤黒く見える。
目が慣れてきた瞬間、盗賊は戦慄した。乗客が全員、折り重なるように倒れていた。見ているだけで怨念がにじみ出そうな苦悶の表情で。
(な、なんだ!? どうなってやがる!? 矢は一発たりとも当ててねぇはずだ)
近づきたくもなかった。
だが、目を逸らすわけにもいかない。
倒れているのは彼らの商品になるのだから。
……2、3歩踏み込んだ所で後ろから抱きしめられる。
「なっ!」
うかつだった。異様な光景に目を奪われて入口近くに隠れていた奴を見落としてた。
(くそっ! やられた! 罠だったか!)
藻掻くが、がっちりと拘束されて抜け出せない。だが、こういう時ほど冷静に務めるべきだと自分に言い聞かせる。
頭をフル回転させ状況を整理する、後ろの奴はがっちり拘束しているくせに何もしてこない。
それに前に倒れているやつもだ、罠ならすぐに起き上がってくるはずだ、しかし、あいかわらず倒れたまま微動だにしない。
こいつがやったのか?
何のために?
逃げるためか?
いや、逆に人質にするためか?
目を下にやると上質の服の裾とほっそりとした手が見える。だが、その手袋は赤く染まっていた。
(……女?)
「こんにちは」
やっと聞こえてきた声はやはり女の声だ、護衛ではないだろう。
「何者だ!?」
輝く蝶が彼の視界をひらひらと舞う。
盗賊の目が引き裂かれんばかりに見開かれた。
「私、聖女のメリーベルといいます。次の宿場町まで送ってもらえれば見逃してもいいとおもったのですが……はぁ」
「ひっ」
「あなた方が悪いんですよぉ……こぉんなに怪我なんかしてぇ……癒したくぅ……なっちゃうじゃないですかぁ……」
聖女がしなだれるように後ろから体重を掛け、耳元でささやくように言う。
ただの女だったら鼻の下を伸ばすだろう、だが相手は聖女だ……聖女なのだ。
「うふ、うふふふふふ。もう我慢できません」
「ま、まってぇぇぇ」
情けない悲鳴がでた、だって聖女だ、悲鳴を上げない方がおかしい。だが悲鳴は悲鳴に変わる。
「ぎびぃぃあぁぁあぁぁ!!」
「な、なんだ!? 伏兵か!?」
「な、なに? なにが起きたの?」
「てめぇ、何仕込みやがった!?」
「知らないわよ! あなたこそ何したのよ!?」
「ア”ア”ァァーーー」
馬車から女が降りてくる。
赤い。白い聖衣がまばらに赤く染められている。
聖衣の裾を両手で少し持ち上げながら。
静かに、穏やかに。
「ア”ア”ァァーーー」
だが、うめき声のような声は彼女から漏れている。
「こんにちはぁ」
その女は笑っていた。口が裂けたんじゃないかと思うくらい口角は限界まで上がっていた、目は狂気と歓喜に染まっていた。
「あぁ……だめじゃないですかぁ、あなたたちが悪いんですよぉ♪」
「「「聖女だぁぁぁぁ!!」」」
赤く染まる聖衣の周りを舞う輝蝶を見出した3人は、一斉に悲鳴を上げる。
いち早く逃げようとする盗賊2人に聖女が両手を向けると、その指をパチリと鳴らした。その瞬間光の弾が高速で盗賊2人を撃ち抜いた。
「「ぐぎおげぁぐぇええええ!!」」
光弾が通り過ぎた瞬間、盗賊2人は叫び声をあげながら苦しみ出す、それを青ざめた顔で見る護衛の女性カーナ。
苦しむ盗賊に縦一直線に赤い線が走ると、そこから聖血を噴き出しながら体が真っ二つに裂ける。
呆然とその光景を見るしかないカーナに、裂けた盗賊から噴水のように噴き出した暖かい赤色が降りかかる。
一瞬で彼女は血を浴びたかのように真っ赤に染まった。
「いやぁぁぁぁぁぁ!!」
「ひゃははははははは! いいですね、なかなかいい飛び癒しです。」
体全体を赤く染めたカーナは腰を抜かし、立つことができない。目を見開き細かく震える彼女にメリーはチェーンソーで無駄に地面を癒しながらゆっくりと歩いて近づく。
盗賊は地面に崩れた瞬間元通りである。真っ二つに癒されただけだから当然だ。
「病気や怪我を殺すって気持ちいいですね♪ なぜ、彼らの断末魔はこうも気持ちいいのでしょう? とても不思議だと思いませんか?」
混乱の極致にありながら、人が本来持つ生存本能に突き動かされ、カーナは狂ったように藻掻いて後ずさろうとする。
だが、恐怖で強張った体は、わずかに後ずさることすら叶わなかった。
「いや、いや」
近づくチェーンソーの不気味な唸り声がカーナの正気を削っていく。ばたつく手足が速まるが体まったく動いてくれない。
「ぃゃ――あがががががが!!」
「なんて罪深いのでしょう。後ろのあなたも……なに勝手に死んでいるんですか」
カーナから溢れ出る聖血に濡れながら、メリーはその奥を見つめていた。
* * *
時間は少しだけ巻き戻り、アレクは自らの体が空へと浮かんでいくのを感じていた。抗い難い心地良さだ。
(俺は……そうか、死んだのか……すまないカーナ)
「アレクー!!」
体を包む心地よい浮遊感に身をまかせ空へと昇ってゆく。下からカーナの悲鳴が聞こえる、自分の名を必死に叫ぶ声が聞こえる。
(すまない、どうしようもないんだ)
「護衛でも女は殺すなよ。商品が減る」
盗賊の下賤な会話が聞こえる。しかし、アレクは反応できない。怒りは沸いたし、心配もしたがすぐに心地よい風が吹き抜けるとその心が凪いでゆく。
(カーナ……)
「「「聖女だぁぁぁ」」」
「いやぁぁぁぁぁぁ!!」
「あひゃひゃひゃ♪」
(……はい?)
アレクは下を向いた。そこに見えたのはシスタードレスを纏った聖女がまさに自分の死体にチェーンソーを振り下ろさんとするところだった。
「傷のくせに随分と粋がってましたねぇ。心臓を止めた程度で勝ったと思っているんですかぁ!!」
(え? なに? 聖…!?)
チェーンソーがアレクの死体に突き刺さる。
その瞬間、びくりと体が撥ねると、内側から食い破るかのように灰色の何かが爆ぜた。
それは、手だった。灰色の巨大な手。所々にひび割れ、その奥で炎がちらちらと揺れている。
忌火の燃え跡から這い出したような、炭化した死体を歪に繋ぎ合わせた手が、うめき声にも似た音を立てながらアレクの魂へと絡みつく。
逃がさない
逃がさない
おまえを、逃がさない
絶対に、生き返らせる
ぐちゃりと万力にも匹敵する力で握られたアレクは痛みにもだえる。死んでいるのに、魂なのに。
(ひぐっ、ふぐぇ、あっあっあっあ!ーーーーー)
「ははははははははは!! いい光景です!! 素晴らしい!!」
アレクは体からなにか漏れた。
確実になにか漏れた。
ぐちゃりって音したもん。
異形の手に両手両足だけでなく、顔も胴も掴まれたアレクの魂は、すきまから何かを垂らしながら、無理やり肉体へとねじ込まれていく。
(ぐげぶふへぁ)
絞られる苦しみと引きずられる苦しみ、アレクは死んでなお死の苦しみを味わいながら魂は体に叩きつけられる。
あまりの勢いに、くっつきかけた魂と肉体が再び宙へと撥ねた。
魂が再び分離する、しかし、すぐに変わりの手が掴み再び叩きつける。
まだだ! まだ魂が体に馴染んでいない。
(うわらば!)
何度も何度も叩きつけられる。
アレクの体と魂がくっつくまで!
何度も何度も何度も!
息を吹き返すために!
命の火を灯すために!
希望を捨てるな!
(うげぁっ ひでぶっ ぐげぇっ)
ついに魂が体に帰ってくる。体はすでに修復済だ。
まだだ!
まだ、馴染みきっていない!
今度は魂を刷り込むように魂と体を押さえつけながら転がす。
ごり、ごり、ごり、ごり
アレクが地面を転がされるが仕方が無い。すぐに馴染まないのが悪い。
「あぎゃぁ、うぼべぁ」
あとはとどめのヒール本来の痛みを与えるだけだ! 息を吹き返したアレクがのたうち回る!
「ぐひっ、ぐひっ、ひひひひひひひ! ヒャハハハハハハハ!」
高速で転がるアレクのような何かと聖血の池に沈む3人。その中で楽しそうに全身を赤く染め笑う聖女。
馬車を挟んで戦っていた盗賊2人と護衛の1人は、呆然とその光景を見ていた。もはや賊も衛も関係無い。
「ヒャハ……」
ピタリと聖女の笑い声が止まる。
聖女の顔だけがゆっくりと護衛と盗賊達の方を向く。その美しい顔は、狂気と狂喜を孕んだ満面の笑みだった。
「「「ひっ」」」
「お”か”わ”り”ぃ」
「「ひぃぃぃぃ」」
御者は馬車の影で身を小さくしてうずくまっていた。
近づく足音に御者が恐る恐る顔を上げるとそこには全身を赤く染め上げた聖女が笑っていた。
「……」
交差する御者と聖女の視線。
御者の鼻に輝蝶が止まる。
「まだ残っていました♪」




