第19話:私メリーさん今馬車に乗っているの(前編)
ゴトゴトと馬車が揺れる。リマゾンの街から出ている定期馬車だ。
リマゾンの周辺はほとんど魔獣が発生しないため、対魔獣用の傭兵組合の役割はほとんどない。しかし、傭兵に出番が全くないかといえばそうではない。
魔獣が出ないという事はその分、襲撃側にとっても安全ということになる。そのため盗賊による被害は後を絶たない。
乗り合い馬車には数人が乗っている。暇だったのか老夫婦が近くの女性に話しかけていた。
「お嬢さんはどちらへ行くんだい?」
「私はそのまま西のトーラスへ向かう予定なんですよ」
「へぇ、トーラスか。そう言えば闘技大会の時期だったっけ」
「ええ。あ、もちろん参加はしないですよ。服が汚れちゃいます」
「「はははは……」」
ちらりと彼らが目を向ける先にはまた別の女性が2人乗っている。片方は一緒に笑っているが、もう1方は……
やせ細り、髪は伸びっぱなしで艶もない。口も利かないし、旅の服装でもない。どう見ても療養中の身だ。なのに付き添う人も居なければ、咳一つしていなかった。
(獣人はみんな、ああなのだろうか?)
老人の疑問に答えることもなく、彼女はまるで人形のように微動だにしなかった。部屋の中でならわかるが、生憎とここは揺れる馬車の中だ。
表情も同様だ。今の話にも口角一つ変えず真顔を保っている。非常に奇妙で気味が悪い。
ライヘイム王国においては獣人についてとやかく言う人はいない。「珍しい」程度の感想を抱くくらいだろう。
しかし、アスガルド帝国は領土争い中だし、エルフは彼らを未だに恨んでいる。彼らと懇意にしているバルド公国でもあまりいい印象を持たないだろう。
(困りました、王都へ向かう最終便が終わっていたなんて……)
日が落ちるまでには、まだ時間がある。しかし、最近盗賊が出没するらしく1便早く終わったとのことだった。
旅の準備にも時間が掛かったため思った以上に遅くなってしまった。だが、収穫もあった。どうやら聖女は背負い袋1つをどこかに収納できるようだ。
(ですが、あのままリマゾンに居ればロレッタ達が来てしまいます)
メリーがマザー・ロレッタに勝てたのも、彼女が大病に侵されていたからだ。もし、全盛期であれば、逆にメリーが捕えられていたとしてもおかしくはない。
ロレッタの病はメリー自らが治してしまったし、ライラも暗部の卵である。次に会ったときの戦いは厳しいものになるだろう。
(手の内がばれてる次はどうなるかわかりませんね)
一撃必癒のヒールがあるとはいえ、しっかりと対策を練られて捕縛に来られるとどうなるかはわからない。
そして何より、1度癒している以上メリーのやる気が出ない。
だが、まだ捕まるわけにはいかない。
世界には、癒しを求める人がたくさんいるのだから。
(まあいいでしょう、急ぐ旅でもありませんし、聖女のことを調べるのはノイマン先生への敬意と、純粋な興味からです)
* * *
リマゾンの王都周辺は、ニトが拠点としていた場所だ。
神隠れ戦争はライプニャーナの先制攻撃によって始まった。彼はエルフの魔力を結集させて発動した儀式魔法を戦争の狼煙とした。
その時点でニトの神都は霊峰アルナプルナのすぐ東にあった。3800年後の現在においてはアスガルド帝国の西端にあたる。
ニトがいち早く気付き、巫女たちに命じて防御魔法を展開させたため、多くの臣民を助けることはできた。
しかし、神都は崩壊、少なくない犠牲と共に地中深く沈みこんでしまう。これが現在のルーの深穴だ。ライプニャーナの生まれた場所という伝承は後付けによる話だ。
そのままアルナプルナからなだれ込んできたエルフをなんとか退け、ニトと生存者は南下し今のライヘイム王国の首都があった場所へと逃げ延びた。
神は信仰心によって力を得る。
ライプニャーナの陣営は、エルフの信仰心は人間以上だが、数は圧倒的に少なかった。
ドワーフは信仰心はあるが、数は少ない。また、戦争にも消極的で、武器や防具の提供はしてくれるが、自ら武器を持って戦ってくれる人は少なかった。元々動きも遅く電撃作戦には向かない。
マーマンに至っては信仰心が全くない。加護泥棒ここに極まれりだ。しかもあろうことか、海に進出するものはエルフやドワーフであっても攻撃し、輸送すら断る始末だ。
海にしか住めないマーマンにとってはライプニャーナが勝とうが負けようが、まったく興味がなかった。
戦力をエルフに頼りきるしかないライプニャーナは、最初の儀式魔法とその後の奇襲によって短時間で全てを決めるつもりだった。
だが、ニトに感づかれ、思った以上の損害を与えることはできなかった。ライプニャーナの目論見は、この時点で崩れ始めていた。
ニト達が南に逃れ、体勢を立て直すと彼らも一転攻勢に出た。戦いの中心は大陸南西部、現在のバルド公国領へと移っていく。
現在もバルド公国とライヘイム王国の国境には、当時使われたであろうハントナイト要塞とその城壁が鎮座している。驚くことに現役である。
戦争は200年という長期に渡り、子供達は戦争のある世界しか知らない。初代聖女となるニアもまたその一人だった。
ニトはこの後に及んでも自身の持つ聖女の加護を与えることはなかった。聖女がどのようなものかを知っていたからだ。
「争いのない世界を見せて欲しい」
しかし、ニアの願いにニトはついに決断する。
ニアがアルナプルナから聖石を持ち帰ると同時に、ハントナイト要塞が陥落したとの報が届けられた。
エルフの軍勢は一気に攻勢に出た。その攻勢はすざまじく、またたく間にニト陣営は追いつめられた。
しかし、それは戦線の急伸を意味していた。
海が使えない彼等にとって、その魔力の源である果物を届けるためには冷凍魔法が必須であった。
急な人員移動は、獣人の働いていた荘園にも影響を与えることとなった。
ある日、彼らは気付いてしまった。いつも見る顔がいないことに。見張りの人数が減っていることに。
ある夜、見回りをしていたエルフが死んだ。交代した直後だった。しかし、騒ぎは発生しなかった。
エルフ達が目を覚ました時、すでに荘園のあちこちで火の手があがっていた。
彼らは近くの荘園に一気になだれ込むと、次々と荘園に火を放ち獣人達を開放。獣人達の波はドワーフ達の洞窟へと狙いをつけた。
前線にその情報が届いたときには全てが終わったあとだった。攻撃のほぼ全てを膨大な魔力に頼っていたエルフにとってそれは致命的だった。
不利を悟ったライプニャーナは、ニトを封印するため、手勢を率いて強襲を仕掛ける。
ニトがこの事実を知る前に。
信仰の差が覆せなくなる前に。
だが、それは聖女と英雄ルドウィークによって阻まれることとなった。
強襲は失敗に終わり、ライプニャーナは捕えられることとなった。
これが決定打となりエルフ達は総崩れを起こした。信仰を失ったライプニャーナは急速に弱体化し、ついには封印されるに至った。
* * *
「敵襲!!」
その言葉に馬車の中は騒然となる。慌てて布を下ろし採光用の穴を塞ぐ。矢が飛び込むことがあるからだ。
盗賊の使う矢は大抵、先端を削っただけのものなので、曲射はできないし、貫通力も低いので幌をゆったりと掛けておけば、そうそう飛び込んだりはしない。
すぐに戦闘が始まり周囲から剣と剣がぶつかる音がする。車内の客が騒然として騒ぐ中、メリーも俯いて肩を抱いていた。
怒声にまぎれて時おり響いてくるうめき声。
(だめです、笑ってはいけません……)
ロレッタ達に行方を掴まれるのはまずい。ここで癒してしまえばリマゾンからどの方向へ向かったのか一目瞭然だ。さらに足を失ってしまう。
(ですが)
苦しそうな呻き声が聞こえるたびにメリーは口角が上がっていくのを抑えられない。
メリーにとって争い事などどうでもいい。
だが、苦しむ声を聴けば癒したくなる。
だが、捕まるわけにもいかない。
苦悶の声に引き寄せられる。
この先多くの人を救う使命がある。
この先多くの病魔を殺す喜びがある。
(少しだけ、ちょっとだけなら……)
両肩を抱きながら俯くことで笑顔は隠せる。しかし、歓喜の震えは隠せない。それを見た老夫婦達が恐怖で震えているのかと勘違いして寄ってくる。
「大丈夫だよ、護衛の人達は強いから……」
「そうです、大丈夫ですよ」
(だめです、そんなに年老いた体でくっつかないでください。あちこちガタがきた体が、あっ、ちょっと風邪まで、あぁ! いけませんいけません! これ以上は!!)
「ぎゃああああぁぁぁ!!」
しかし、メリーの葛藤を嘲笑うかのように断末魔の悲鳴が上がる。
盗賊か、護衛か、それとも御者か。
ぶわりと何かが膨れるような感覚。老夫婦も、他の乗客も、胸の奥がじんわりと温まるような心地よい感覚を覚える。
驚く乗客をよそにメリーは立ち上がる。姿はすっかり聖女に戻ってしまっている。メリーは美しい笑顔で周りを見渡すと、チェーンソーを握るのだった……
「あは♪」
――――――――――
補足
『もしこの世がどうにもならんなってもうたら、聖石を手ぇに取るとええ。聖女の力を授けたる』
ニト教はこれをニトの言葉と認めている。
しかし、ニト自身が聖女のもたらす影響を理解していた以上、本当にこの言葉を残したのかについては学者達の間でも意見が分かれている。
聖女ニアベルがニトの言葉として残したという説もある。
アルナプルナを経由した侵攻ルート:
初回の奇襲以来使われた記録は無い。ニト勢が厳重に警戒していたからという説と、儀式魔法の残留魔力によって魔獣の巣窟と化したためという説がある。
前者には疑問も残る。200年に及ぶ戦争の中で、一度も再利用されなかった理由としては弱いからだ。
しかし、後者であるとどのようにしてニアは聖石を持って帰ったのかという謎が残る。
加えて、当時のアルナプルナ周辺はエルフによって封鎖されていたという記録も存在する。
抜け穴説、逆侵攻に利用されたため、エルフ側が自ら封鎖したという説、時間経過による消滅説など諸説あるが、それらを裏付ける痕跡は現在に至るまで発見されていない。




