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追放聖女は無慈悲に慈悲を施す  作者: ふすま
第1章:メリー聖女になる
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第13話:私メリーさん今孤児院にいるの(前編)


 治療師にとって、最も楽なのは怪我の治療だ。


 浅い傷ならヒール一度で足りる。骨折や深い傷であっても、患部を押さえてヒールをかけ続ければ治療できる。少なくとも出血を抑えることはできるだろう。




 一方で病気は厄介だ。


 神官の話では、病とは「悪い何か」が体に入り込むことで起こるらしい。


 それは時間とともに体力を削り、幼い者や年老いた者ほど重く、若くとも疲弊していれば命を脅かす。


 通常のヒールは「傷を癒す」ことと「体力を回復させる」ことしかできない。


 病に対して治療師は、その「悪い何か」が消えるまで、体力を回復し続けるしかない。




 毒は病気とは異なるらしい。


 根本的に治すには高度な聖術『解毒』が必要になる。大聖堂でも3級への昇段試験で必要になる聖術だ。難度が高く、一般の治療師では難しい。


 大聖堂では薬師(くすし)の薬で毒を抑えつつ、ヒールで傷ついた体を癒す方法を教えられた。毒が抜けるまでヒールで耐える方法もあるが、助かる例はほとんど無いという。


 病の場合も、薬との併用が有効と教えられている。


 私の集落にも、薬師(くすし)のエナ婆さんがいた。お年を召していたため、私が7歳の時に死んでしまった。エナ婆さんが生きていれば、何かが変わっていただろうか……



 呪いに至っては、ヒールの出る幕はまったくない。また別の系統の聖術となる。私が1級になったときに学んでみたいと申し出たところ許可された。



* * *



 孤児院の窓からは湯気が立ち昇っていた。日は傾き夜の帳が降り始めている。街灯など無いこの世界では、日が落ちてしまえば頼れるのは月明りのみだ。


 老婆と若い女性が夕餉(ゆうげ)の準備をしているとノックの音が聞こえる。ドアを開けると一人の少年が立っていた。



「あらあら、まぁまぁ、マウロじゃない。いったいどうしたの?」


「すみません、食事をめぐんでくれませんか?」


「ちょっとあなた! いきなり来てなに言ってるのよ」


「ルリ待って頂戴」


(……はて、なにか聞き覚えがあるような?)



 メリーは忘れているが、ルリはメリーの幼馴染だ。当時は6歳だったルリも今では14歳になっている。



「シアさん! だめです! こんな子に与える食事なんてありません!」



(う~ん、どうやらこの子は嫌われているようですね。どおりで道を尋ねても無視されるわけです。


 付け入る先はあの人ですね。多分院長さんでしょう。


 静観……が一番でしょうか。説得してくれそうです。


 ……ここからも女神への祈りが聞こえますね……なるほど子供が風邪ですか。やはり近いとはっきり聞こえるのですね)



 ローラス孤児院


 リマゾンの街にある孤児院。明日に困るほど貧してはいないが決して余裕があるとはいえない孤児院だ。


 元々治療院だった建物を改装したため、患者用の寝台はそのまま孤児達の寝床になっている。


 今は治療師だったローラスが他界し、妻だったシアが院長となり最初の孤児だったルリと一緒に切り盛りしている。



 マウロは一時この孤児院の世話になっていたが、馴染むことが出来ず、他の孤児と大喧嘩になり出て行ったきりだった。


 自分で出て行ったくせにあまりに都合のいい話にルリは憤慨したが、気になることもあった。マウロはこんな殊勝な子供だっただろうか?



「でも、あんなにやつれて……ルリお願い、私はたとえどんな子であってもお腹をすかした子には食べさせてあげたいの」


「シアさん……わかりました。でも1杯だけですよ」



 ため息を吐いて、しぶしぶながらもルリは承諾した。



 ――集落が崩壊したあと、私達は受け入れてくれる村を求めて旅をした。


 ニールさんとタリアさんはすぐに受け入れ先が見つかった。でも、まだ子供だった私はなかなか受け入れてくれなかった。


 ダル叔父さんは最後まで私を見捨てないでくれた。そして病気になった叔父さんの面倒を最後まで見てくれたのがここだった……


 お父さん、お母さんと呼びたかった……


 そう思うたびに苦し気な本当の父と母の顔がちらついて……


 呼んでしまったら父と母を忘れてしまいそうで……


 それが出来ずにいる内にローラスさんが死んでしまった……



 

「ありがとうございます」



 マウロは静かに一番端の椅子に座る。



「シアさん、マウロってあんな子でしたっけ?」


「なにかよほどのことがあったのでしょう」


「そうでしょうか?」


(10点。お婆さんは40点といったところでしょうか。本当にこの街の人は健康的ですね)


「「「ただいま~」」」



 元気な声と共に3人の子供達が帰ってくる。リック、サーナ、ジークは孤児達の中ではルリに次ぐ年長者で、少しでも運営費の足しにと『街役組(まちやくぐみ)』に通っている。



 街役組(まちやくぐみ)とは商人や教会がお金を出し合って運営している組合で、掃除や店の手伝いなど、街の日雇い仕事を斡旋(あっせん)している。


 旅人の路銀(ろぎん)稼ぎや冬の農民の出稼ぎ、リック達のような子供が主な利用者だ。



 街によっては魔獣専門の傭兵組合もあるが、リマゾン周辺は魔獣が発生しにくいため専用の建物は存在しない。


 しかし、完全に発生しないわけではないため、街役組(まちやくぐみ)の一部を間借りして窓口設けられている。


 リックが目ざとくマウロを見つけると、みるみる顔を怒りに染める。


 

「おいマウロ! てめーどの面下げてここにいやがる!」



 マウロの胸ぐらを掴みあげる。普段のマウロだったらここで言い合い、ひどければ殴り合いがはじまるところだ。



(う~ん、30点、この子は結構おっちょこちょいなのでしょうか? 細かい怪我が多いです。向こうの子は10点、女の子は5点ですね)



 争いごとを好まないサーナはおろおろしているし、殴りかからないだけでマウロが嫌いなジークは、静観を決め込んでいる。


 しかし、マウロはされるがまま何もしゃべらない。それどころか表情も変えていない。


 見慣れないマウロの表情に、リックは眉をひそめた。



(なんだこいつ……いつもなら睨み返すくらいはしてくるはずなのに)


「ちょっと! やめて頂戴、マウロは私が許可しました」


「先生……でもこいつ」


「やめて、子供もおびえてるじゃない」



 いつのまにか喧噪(けんそう)を聞きつけて入口から孤児達がこちらを見ている。



(みんなまとめて8点。はぁ……本当にこの街は……素晴らしい限りですね! 健康的なのはとても良いことです!)


「……ちっ、飯食ったらでてけよ」


「そうだ先生聞いて! 今日肉屋でお手伝いしてるとき、子供が2人風邪ひいてるって話したら、お肉少し分けてもらったの」



 険悪になった空気を換えるためサーナが話題をわざとらしく変える。



「あらまぁ、ちゃんとお礼「風邪!!」」



 大声を上げて立ち上がったマウロに全員の視線が集中する。



「おいっ、勝手に来ておいて「伝染(うつ)るから連れてくるな」とか言うんじゃねーだろうな!?」


「いえ、すみません……」


(おっと、つい叫んでしまいました。そうでした、そうでした、風邪を引いた子供がいるんでした)



 リックが再び睨みを利かせるがマウロは静かに座り直す。



 クラウとリナが今風邪を引いている子供達だ。集落にいた頃のルリと同じ6歳で心配はひとしおだ。


 治療のため治療院に連れて行ってやりたいが、出費が重なってしまいなかなか捻出できない。簡易治療院では本格的な風邪の治療は難しい。


 せめて薬をとリック達が普段以上に仕事をしてくれてる。だがそのせいで逆に彼らが体調を崩してしまわないかと、シアの気苦労は絶えない。



「さて、それじゃ夕食にしましょう。ルリ、皆を呼んできてあげてちょうだい」


「あ、私が呼んでくるから、ルリ姉はご飯の用意を手伝ってあげて。リックとジークはクラウとリナ連れてくるの手伝ってくれる?」



 しばらくして、リックとジークに抱えられて2人の子供が連れて来られた。



(いいですね! いいですね! 70点あげちゃいます。もう片方は肺まで悪くしていますね、85点です。高得点ですよ! やる気が上がってきました!)



 マウロはニコニコしている。マウロの笑顔なんか見たことが無いリックが不気味なものを見る目で見ていた。


 ルリもまた同じだ、記憶の中のマウロとどうしても重ならない。怒鳴る顔、ふて腐れた背中、投げやりな態度。あんな顔は見たこと無かった。


 それぞれに暖かい野菜スープと少し硬いパンが置かれ、全員で神へ祈りを捧げる。



「天におられる光と癒しの女神よ」


「「「天におられる光と癒しの女神よ」」」


「皆がすこやかに生きられますように」


「「「皆がすこやかに生きられますように」」」


「「皆が平等に女神に愛されますように


 御心が天に行われる通り、地にも行われますように。


 私達の日々の糧を今日もお与え下さったことに感謝します


 私達の罪が許されますように、私達も人を許します。


 私達が悪の誘惑をはねのけ、正しく生きられますように。


 メイベル」」


「「「「メイベル」」」」」



 シアが先導し聖句(せいく)(つむ)ぎ、皆で復唱し聖印を切る。



 リックは聖句を覚えるのが苦手で今もよく間違える。しかし、マウロは一字一句間違えずに祈りの言葉を(つむ)ぎ、さらに完璧な作法で聖印を切った。



 これにはその場にいる全員がぎょっとした。


 ありえない。マウロはリックと同じで最初から最後まで言えたことは無く、聖句の途中で勝手に食べ出すような奴だった。


 リックは、いつの間にか聖句を唱えるのも忘れてマウロを見ていた。



「お前本当にマウロかよ!?」



 シアもまた同感だ、昔孤児院にいた頃はまったく聖句を紡げなかった。明らかに別人。だが、亡き夫の残した孤児院で争い事は起こしたくない。


 今は静かにしているから事を起こす気はないと思いたい。リックの暴走を心配するが、かといって不審者の肩を持つようなことはできない。



 何事もなくマウロのような何か(・・)が満足して去っていくのを望むことしかできなかった。それは、子供のはずなのに――得体の知れない化け物に見えた。


 マウロはすまし顔でパンをスープにひたして食べている。視線は咳と熱で苦しそうにしている幼児2人に固定されている。



「おい、マウロ」



 リックが自分の席から呼びかけるがマウロは反応しない。



「………」


(あら? なんでしょう?……懐かしい味ですね)



 呼ばれてもマウロは無言で食事を進める。



「おいっ!」


(それよりあの子たち2人ですよ! 素晴らしいですね、周りに伝染(うつ)らないようにする気遣い! 苦しいのに周りに見せないその健気さ!)



 マウロは笑っている。



「おいっ! 返事しろ!」


(いいですね! 調子に乗ってますね! 


 ……いまいましい風邪風情が、子供を狙いやがって……殺してやる)



 3度目でやっとリックの方を向いた。その顔には怒りと歓喜が混ざった気味の悪い笑みが張り付いていた。



「何?」


「お、おまえ、なに笑ってるんだよ、気持ち悪いな!」


「あの子達、風邪ひどいの?」



 やっぱりおかしい、マウロはこんな奴じゃない。


 さっきも言ったように自分で勝手に来たのにも関わらず「風邪が伝染ったら困るからあっちいかせろ」とか言うやつだ。


 だが今のマウロはただ静かにパンを食べ、ニコニコした表情を幼女達にむけている。



 先ほどの街役組はマウロも利用している。しかし、仕事は雑だし、客先と揉め事になり追い出されることさえある始末だ。


 リック達は2日前にマウロと街役組で鉢合わせている。そのときはいつものマウロだった。売り言葉に買い言葉で喧嘩になりかけ、出入り禁止になるところだった。



(絶対におかしい、2日でこんなに変わるなんてありえない)



 食事がひと段落した頃、リックはジークを連れてマウロに近づいた。



「……お前は誰だ? 絶対マウロじゃないだろ」


「なんでそう思う?」


「マウロは絶対聖句なんて言わない」


「聖書を読んで覚えたんだよ」



「嘘つけ、路地裏街のどこに聖書が転がってるんだよ、それじゃ俺と最後に会ったのは何時(いつ)何処(どこ)だ? 言ってみろ」



 本人でなければ答えられない質問をされマウロは言葉につまる。勝ち誇ったように問い詰めようとするリックだが、マウロは再びニコニコと微笑(ほほえみ)む。



「じゃぁ誰だと思う?」


「ジーク! 何かする前にこいつを捕まえるぞ!」


「わかった」



 リックとジークが拘束しようとするが、マウロはジークをひらりと躱し、逆にリックの腕を捕まえる。そのまま引き寄せ、逆の腕で首を押さえ込む。



「な、離せ! 『魔術師』がいったい何の用だ!?」



 リックは暴れて抜け出そうとするが、マウロの拘束は固く、身動きもとれない。



「ちょっと、何をやってるの……リックを離しなさい!」


(あぁやっぱり……恐れていたことが……)



 騒ぎを聞きつけて食器を片していたシアも駆けつける。



「先生! こいつはマウロなんかじゃない!!」


「院長、先ほどはお食事ありがとうございました」



 しかし、その声はマウロの物ではなく女性の声だ。



「……お前なんなんだ?」


「ふふ、うふふふふふふ」



 マウロの姿がリックを拘束したまま変わっていく、背が伸び、服まで変わっていく、ボロ服が広がるように伸び白く荘厳な聖装に、短髪が伸び髪色も薄桃色に変わり身姿も女性らしくなる。


 頭も体同様、荘厳な頭衣から布が流れ、輝蝶が舞う。



 誰もが見とれる美しい姿。


 しかし、その雰囲気は異様。


 純白の悪霊。


 場違いな言葉だが、それが一番ふさわしかった。



 シアは喉の奥が絞められるのを感じた。恐れていたことが起きてしまった。相手がただの魔術師なら、食事のために子供に化けた人間(・・)であればまだよかった……



「初めまして皆さん、聖女のメリーベルと申します」



 メリーは微笑む。見惚れるほど美しい微笑みなのだが、皆からは悪霊の口が三日月に裂けたようにしか見えない。



「さて、取引を致しましょう。この子を癒されたくなければ、そちらの風邪の子2人を癒させなさい」



 ■薬師(くすし)


 薬師は魔法的な何かを持っている人ではなく、薬の知識をもった人です。


 森に近い村人は誰でも簡単な薬草知識は持っています。持っていないとやってけないため、親や先達が教えます。メリーも簡単な調合は親から習っています。


 薬師はその一段上の知識で、この薬とこの薬を混ぜれば副作用を抑えられるとか、この時期の草は薬になる等、体系的な知識をもった人になります。


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