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追放聖女は無慈悲に慈悲を施す  作者: ふすま
第1章:メリー聖女になる
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第12話:私メリーさん今空き家にいるの


 貧民街にマウロという少年がいる。


 元は商家の子だったが、両親を山賊に殺され、家も番頭(ばんとう)に奪われ、孤児院を飛び出した末に、ここに流れ着いた。



 暖かい寝床も、腹いっぱいの飯も今は無く、日雇いでその日の小銭を稼ぎ、物取りに怯えながら眠る。


 昔の裕福な暮らしから比べれば耐えがたい屈辱だ。



 昨日、いくつかある寝床候補から酒場前の廃屋を選んだのは、たまたまだった。


 不満な点は外が騒がしいこと、これについては目の前に酒場があるから仕方ない。逆に酒場の近くだから安全ともいえる。


 静かに眠りたい奴は遠くに行くし、物取りもそれにつられて離れる。



 また客同士の怒鳴り声が響く。



「――あなたに任せたままじゃ、この店は潰れる!」


(ちっ、なにが親父への恩だ……番頭のやろう、全部てめぇがかっさらいやがって)



 マウロは酒場に背を向けるように寝返りをうった。



 ……



 外の騒がしさに目が覚めた。昨夜は怒鳴り合いがそのまま乱闘に発展し、なかなか寝付けなかった。それに、あんなことまで思い出してしまった。



「……ちっ」



 自然に舌打ちが漏れた。


 ずいぶん寝過ごしたらしい。


 頭が重い。


 顔をしかめながら起き上がり、かつては窓があった場所から静かに外を覗く。



 目に飛び込んできたのは信じられない光景だった。


 もじゃもじゃ頭の男が美しい女性に肩を掴まれ、その手から眩い緑がかった光がほとばしっていた。



 緑の光は、癒しの光のはずだ。昔、風邪を引いたときに母に治療院に連れて行ってもらったことがある。


 あそこまで眩くはなかったが、それでもヒールを掛けられている人は、みな心地よさそうにしていた。



 だが、目の前の男は白目をむき、地面をのたうち、痙攣し、地獄の苦しみを味わっている。


 その傍らで、彼女の周りを小さな光が舞っていた。蝶の形をした、輝く光だ。



(なんだあれ!? なんだよあれ!? まさかあれが伝説の聖女か!?)



 寝起きの気だるさなんか吹き飛び、今起きている光景を凝視する。


 マウロも幼い頃は、「良い子にしないと聖女が来るぞ」と両親から言われて育った。そんな童話めいた悪夢が、本から抜け出して目の前に現れている。



(逃げなきゃ……! でも、今出て行ったら確実に見つかる。隠れる? どこへ!?)



 どうしたらいいか考えがまとまらない。


 頭は逃げろと言っているのに、体はいうことを聞いてくれない。






 最悪だ……







 こんな時に腹が……鳴った……





 頭を抱えてしゃがみ込む。震えが止まらない。





(やばい、やばい、やばい──)





 慌てて部屋を見回す。だが、ここは廃屋だ。隠れられるものは何もない。



 逃げる……どこへ!?



 隠れる……どこに……





 ……コツリ






「ひっ……」




 足が、勝手に部屋の隅へ向かう。


 『自分以外何も頼れない』ここでの常識だ。


 懐の中の短剣に、手が伸びる。





 コツ……コツ……コツ





 それでも――




(来るな! 来るな! 来るな!)




 目には涙が貯まり、胸がうるさく鳴り続ける。




「ハー… ハー…」 




 構えた短剣の切っ先は激しくぶれ、焦点は定まらない。




 コツ、コツ……




 足音が、止まる。奇妙な静寂が訪れる。だが、いる。




 ……




 カタカタと震える音だけが聞こえる。


 ついに静寂に耐えられなくなったマウロが叫ぶ。



「だ! だだだだ……だれだ! 出てこいっ!!」



 部屋の向こうで誰かが動く気配がする。


 ゆっくりと出てきた顔は……





 もじゃもじゃ頭の男、ガイアだった。


 マウロはガイアを知っている、この地域は(ろく)な人間は居ないが、それでも知り合いには優しい奴はいる。


 マウロも金に困っていたとき、ガイアにパンをおごってもらったこともある、あの時は丸1日何も食べておらず、硬かったけれどむしゃぶりつくように夢中で食べた。



「な、なんだガイアかよ」



 ガイアはきょとんとした顔をしたあと、おどけて両手を挙げる。



「なんだよ、俺だと何か不都合でもあるのか?」



 気の抜けた会話にマウロも緊張の糸がきれたのか力がぬけてへたりこんでしまう。



「お、おい、まじでどうした!?」



 マウロの反応に焦ったガイアが周りを見回す。



「何もいねーじゃねーか、なんか悪いもんでも食ったのかよ? それとも盗みでもして追われてるのか?」


「いや……変なものを見た」


「変なもの~? 魔獣でも出たか?」



 リマゾン周辺は魔獣が出ることは滅多にないが、穴掘りが得意な小動物が多く生息する。それらが魔獣化すると城壁などを掘り抜けて街に侵入してくることがある。



「いや、そんなんじゃなくて、その……聖女が」


「はぁ~? 聖女ぉ~? やっぱおめぇへんなもん食っただろ」


「違う、本当だよ! さっきそこの酒場の前で!」


「酒場の前ねぇ……」



 ガイアは窓から酒場の方を見るが、何もないのか首を傾げてマウロの方を見る。



「聖女なんてどこにも見えないぜ、おまえも見てみろよ」


「なっ! さっき見たんだって、聖女がガイアに……」



 言ってて「あれ?」と思った。



(なんでだ! どうなってる!? 見間違いだった? でも確かにあれはガイアだった。じゃあ目の前にいるこれ(ガイア)はなんだ?)



 いないはずのガイアが目の前にいる。その事実が、マウロの背中に氷柱を突き立てたような感覚を呼び起こす。体中が総毛立つ(そうけだつ)


 しかし目の前のガイアは顔色一つ変えない。



「そりゃぁ大変だ、あのガイア様が!? どうしたって? うん?」



 皮肉たっぷりの笑顔でマウロを見ていた。


 まるで他人事のように自分の名を呼び、手をやれやれと広げる様は、マウロの心情とは対照的で真剣に取り合う気はまったく感じられなかった。



「もういい! 自分で確かめる!」



 憤慨(ふんがい)したマウロは先ほどの感覚も忘れてガイアを押しのけるようにして自分も窓から外を見た。



 ……そこは見慣れた酒場の光景。あと少しすれば騒がしくなるだろう。


 ……しかし、いつもと違うものがあった。


 ……倒れている男、もじゃもじゃ頭の男。


 ……見間違いならよかった。


 ……見間違いなら日常に戻れた。

 

 ……寝坊したいつもの日常。


 ……ガイアにからかわれたいつもの日常。


 ……だが何度瞬きしてもその光景は変わらない。



 落ち着いたはずの呼吸が、再び荒くなる。震えが止まらない。


 止まったはずの冷汗が、また噴き出す。目の前が真っ暗になる。


 頭は逃げろと警告を出す。だが足は、石化したように動かない。


 今まで話していた人間は誰だ? 後ろにいるのは誰だ?


 確かめることはできない。


 だが、誰か(・・)は待ってはくれなかった。



「ね、酒場の前(・・・・)に聖女なんていないでしょう?」



 囁くように後ろから声が聞こえる。明らかに声が違う、女の声だ。


 ガイアじゃない……


 そっと首筋に手が置かれる。手は暖かいのに、奇妙な重圧がのしかかる。絞められたわけでもないのに、息ができない。



「……っ、……っ、……っ」



 声を出そうとも声がでない、歯がガチガチ鳴り、舌はもつれ、唇は動きを止めた。


 呼吸を忘れた肺からは何も出てこなかった……




 一瞬、眩い光が廃屋から漏れたあと、何事も無かったように再び周辺(あたり)は静寂を取り戻した。



「ははははははははははは……あ!」



 そうだった、自分は呼ばれて貧民街に足を踏み入れたのだ。

 


「なんということでしょう、本当に困っている人をほっておいてまだ余裕のある人を優先させるとか……」



 外を見れば日はもう傾いている。



「申し訳ありません、明日までお待ちください。必ず、必ず癒して差し上げますから」



 虚空に向かってメリーは謝罪する。



「あぁ、でも明日は典礼が、明後日? いえ、それではロレッタ達が起きてしまいます。典礼が終わったあとすぐに癒してそれから馬車に……


 って、そうでした。オリビアの姿を捨ててしまいました! あぁぁ、どうしましょう?


 聖女のままではもちろん、この少年の姿でも、礼拝客としてなら行けても、手伝いなんかさせてはくれないでしょう。


 お腹も空きましたし……あ! 孤児院! 一晩くらいなら行けそうです……場所がわかりません……あぁいえ、この少年の姿で尋ねれば1人くらいは答えてくれそうですね」



 メリーは1人うなづくとマウロの姿に己を変え街に出るのだった。



 ■マウロの敗因:寝すぎ。


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