第11話:私メリーさん今貧民街にいるの
与覇野信二は真っ白な空間にいた。目の前には両手両足に鎖が巻き付いた綺麗な女の人がいる。
(助けなきゃ)
何がなんだかわからない、いまだ頭は混乱している。それでも前の女性が苦しそうだったので助けるために近寄る。しかし……
「あかん! 来たらあかん!」
その声と共に僕は謎の衝撃波に飛ばされて尻もちをついた。
「え!? え!? え!?」
意味が解らずに立つことも出来ずに呆然としていると、その女性が話しかけてくる。
「うちは女神ニト、光と癒しの女神と呼ばれとる。まずあんさんがどーなったんか説明するとな――……」
こちらが質問する余地なく始まった説明によると自分は死んで、女神を助けるべく魂がこの世界に呼ばれたらしい。
話を聞いているうちに思い出してきた、僕は生前医者だった。難病に侵された子を助けようと頑張ったが、助けることが出来なかった……
そして、逆上した母親に刺されて僕は死んだ。
「さて、あんさんに頼み事する前にコイツについて説明しとこか。気になってしゃーないやろ?」
僕の心情を知ってか知らずか、勝手に自分の説明を始めている。さすがに気になりませんとは言えず女神を見る。
「この鎖はうちを縛るのではなく、うちが縛っとるんや。後ろ見てみ」
女神の後ろを見たとき信二は息を飲んだ、2m近いローブ姿の男性が巨大な棺に納められ、それを彼女から伸びた鎖がぐるぐる巻きにしていた。
何故かその男性を見ていると言いようの無い不安感が沸き上がってくる。
「あんさんに頼みたいのは、この鎖をどーにかして欲しいんや」
彼女が右腕を上げて揺らす先には1本の千切れた鎖が揺れていた。他の3本は奥の棺へと繋がっている。
「うちは長いこと、このあんぽんたんが再び悪させんように封印してきたんやけどな、どーにも限界がきてもーて1本がぶっちーっていってもーたんよ。ちゅーわけで、頼まれてくれるか?」
「え、えっと助けるって僕は何をしたら……」
(というかなんで関西弁?)
「頼まれてくれるか! おーきにな! あんじょー助かるわ、ほななー」
「ちょっ、ちょっとまっ――」
返事もしない内に彼の真下に光の円が広がった。
「うわぁぁぁ!」
それがなんなのかを認識するよりも先に、彼は光の穴に落ちるように消えていくのだった。
……
「いたたた、ここは?」
落下の衝撃で打ったお尻をさすりながら当たりを見回すとそこは森の中だった。近くに湖がある。
湖の傍らにしゃがみこんで湖に自分の姿を映してみる。そこには茶髪の青年の顔が映し出されていた。
「これは、若返ってる? 大学生くらいかな?」
『こんにちは!』
「うわぁぁぁ!」
湖で自分の顔を見ていると唐突に話しかけられた。あわてて当たりを見回すが小鳥の声が聞こえるだけで声の主の姿は何処にも見えない。
「え? え? 誰!? どこに居るの!?」
『私はテト、ニト様からあなたのサポートを仰せつかったわ。あ、私の姿は見えないわよ、あなたの脳内に直接話しかけてるの』
「そ、そうなんだ。えっと……それで僕はどうしたらいいの?」
『まず結論から言うとね最終的には魔王を倒して欲しいの』
「ええええ! 魔王!?」
『ええ、ニト様の右手の鎖が千切れているのは見たでしょう?』
「うん」
『ニト様は己の全てを掛けてライプニャーナを封印したわ、でも長い年月のせいで綻びが出てしまったの』
「綻び……でもそれと魔王とどういう繋がりが?」
頭の中に思い出されるのは先程の棺桶に入った男性だ。あれがライプニャーナなのだろう。
『綻びからライプニャーナの力が漏れてしまってね、それがこちらの世界に溜まって魔王を形成してしまったの』
「なるほど……」
『魔王の目的はライプニャーナの封印を解く事』
「どうやって?」
『あの棺の形をした結界は封じ込めるためのものなの。だから内側からの攻撃にはとても頑丈な反面、外からの衝撃にはすごく弱いの。だから魔王がすることは……』
「外から結界を破壊しようとする?」
『ええ。とは言っても今すぐって話じゃないわ、ニト様のいる神界に飛ぶだけの力をつけるためにはそれ相応の時間がかかるはず。それまでの間に魔王討伐の準備を整えてほしいの』
「整えるって……?」
『ステータスオープンって言ってみて』
「ステータスオープン」
彼の前に半透明のウィンドウが現れる。なんか、小説で読んだことがあるな。そう思いながら書かれている内容を見る。
――――――――――
名前:ヨハン
聖力:100
魔力:130
魔術ポイント:1000
――――――――――
『あなたは、ヨハンね。よろしくね』
「あれ!? いや僕は与覇野信二なんだけど……」
『長いから私が縮めたわ、聞いたことないかしら、「贅沢な名前だねぇ」って』
「えええええ」
『「自分で縮めておいて、確認ってなんだよ!」って突っ込みを入れないのはいただけないわね。つっこみが無ければ漫才は成立しないわよ、漫才師として恥ずかしくないの?』
「いや、ぼく医者……」
『まぁいいわ。これからのことだけど、腰にある鞄にお金も入ってるわ。それで街に行きましょう。頑張って集めてきたんだから、ありがたがりなさい』
「あ、ありがとう」
『いいのよ、お布施から拝借したものだから』
「えっ!? 盗んだの!?」
『人聞きの悪いこと言わないでよ! 元々ニト様にお供えされたものなのよ、だから何の問題もないわ。さすがに1か所から取ると怪しまれるから色々な箇所からちょっとずつだけど』
「え~~……」
* * *
ガイアは、必死に逃げていた。
酔いなんかとっくに醒めている、1秒でも早く、1歩でも遠く、がむしゃらに走る。
目は見開かれているがなにも見えていない、建物や荷物を碌に確認もせずに反射で避ける、とにかく壁にぶつからないことだけ考えながら必死に走る。
これだけ必死に逃げたのは魔獣に追いかけまわされたとき以来だろうか? あのときはエルフの冒険者が助けてくれたが彼は今いない、いや、居ても真っ先に逃げただろう。
その冒険者に酒をおごったときに聞いたのだ、一番恐ろしい体験は何かと。
彼は即答した、聖女に追いかけまわされヒールされたときだと。
男でさえ美しいと思った彼の顔が酷く恐怖に歪んでいた。どんな経験をしたらこんな顔になるんだろうという程に。
こんなに走っているのに、汗は全て冷や汗だ、体は暖まるどころかどんどん冷えていく。
荒い息をはきながら、人気の無い方へ人気の無い方へと逃げていくうち、気が付くと貧民街でもさらに人が通らない細道にいた。
所々に麻袋や木箱が詰まれている、何が入っているかもわからない。置いた人すら覚えているのか怪しい物ばかりだ。
俺がいったい何をした? こんな所に住んでいるんだ、自分が真っ当な人間でないことはわかっている。
多少悪いことはしているが、人を殺したことは一度もない、それなのにこんな仕打ちはないだろう。
ついにいうことを聞かなくなった足がもつれ無様に転がる、その拍子に巻き込んだ荷物が派手な音をだしながら転がった。
途中でなにかに引っ掛けたのか体中が打撲やすり傷だらけだ。
どこをどう走ったのかも覚えていない。足は震え、喉はからからに乾いている、心臓はいつ破裂してもおかしく無いほど激しく脈打っている。
立ちあがろうとするが力が入らず、壁に体を預けるようにずるずるとへたってしまう。
自然と耳を澄ませて音を探ろうとするが、周囲からは何も聞こえない。
体内から響くうるさい心音が、その邪魔をする。
口から漏れる短い呼吸音が、その邪魔をする。
抑えようとしても止まらない、息苦しい、汗が止まらない。
ハァハァハァ……
ハァハァハァ……
ハァハァ……
ガタリ! 唐突に大きな音がする。
弾かれたように音の方向に目を向ける。
「にゃ~」
箱の上に黒猫が飛び乗っていた。
「……脅かすなよぉ」
想像以上に情けない声が出た。
猫が一点を見つめる、ガイアの背後を凝視する。
縦に裂けた瞳で、ガイアの背後を凝視する。
「なんだ……なんだよ、何見ているんだよ……」
猫は答えない、仮に答えたとしたらそれは猫じゃないだろう。そんな当たり前のことすら忘れて話し掛ける、それでも猫の視点は動かない。
……見たらだめだ
どうしたらいいんだ?
……見たら終わる
俺が何をしたんだ?
……今にも聖女の手が伸びてきそうで
どこから間違えたんだ?
……振り向いたら輝蝶が見えそうで
何を間違えたんだ?
……コツリ。
「×〇■◇◎!×~N∀!!!」
足音のような音が聞こえたときには再び走り出していた、声にならない叫び声を上げながら疾走していた。
……
……
……
どれだけ酒を飲んでも、ここまでひどくはならないだろう足取りで走る。本人は走っているつもりだが、その速度は歩くよりも遅かった。
気が付いたら見知った場所に出ていた。
なんのことはない、やみくもに走っても足は勝手になじみの店を目指していたようだ。飯はうまくないし酒も薄い。
それでも我慢できる値段のなじみの店だ、用心棒をしている友人のオルデガが腕を組んで壁によりかかっている。
正直ほっとした。馬鹿だし博打好きな困った奴だがそれでも友人と呼べる数少ない存在だ。
近づくとこちらに気が付いたのか顔を向けて驚いている。
「よぉ、どうしたんだ? そんなに必死こいて。店はまだ開いてないぜ」
「ハァハァハァ……せっ……」
喉が渇きすぎて声が出ない、必死に声を出そうとするが何も無い肺からは音のない咳しかでない。
両手を膝につき必死につばを飲んで喉を潤そうとするが、うまくいかない。
「せっ?」
風が抜けるような音をさせながら必死に声を出す。
「…ヒー……ヒー……せい…しょ…が」
「聖書ぉ? おいおい、そんなもんがここに落ちてるわけねぇだろ」
「ちっ、ちがっ、聖女が……」
「あぁ? 聖女だぁ?」
「本当だ! 聖女だ! 聖女が出たんだよ!」
信じようとしないオルデガに食ってかかるガイア。
友人に会ってすこしだけ冷静な思考が戻ったガイアの脳にふと何か違和感がひっかかる。
「聖女ねぇ」
「なんでそんなに冷静なんだよ! お前だってさっき聖女に…………?」
自分は今何を言った?
おまえだって?
違和感の正体に気が付き恐る恐るオルデガを見上げるガイア、自然と後ずさる。
「俺が、聖女にどうしたって? 言ってみろよ」
眉毛の無い悪い顔で、にやりと笑顔を作るオルデガ。
「……お、お前誰だよ」
「見ての通りだろ。ほら、近寄ってよく見ろよ」
ガイアが1歩下がるとオルデガが2歩近づく。
「ほら、ほら、ほら」
4歩下がった所でついに肩を掴まれる。
「こんな顔だよ、ほら、ほらぁ、ほ~ら~ぁぁ」
オルデガの顔が溶けるかのようにぐにゃりと歪んでいく。
「聖女ってのぁ……こ~んな顔でしたかぁ?」
もはやガイアは息をしていない。顔色は青を通り越して土気色になり、口からは泡を吹いている。意識はとっくに途切れていた。
「気絶してもだ~め♪」
無理やり覚醒する意識、それと同時に襲う激痛。
痛い!痛い!身体がばらばらになる
痛い!痛い!心がねじきれる
痛い!痛い!魂が潰れる
痛い!痛い!
痛い!
…
助けて……
人生において最も苦しい時間が終わると同時に倒れ伏すとき、ガイアはあのエルフの男があんな顔になった理由を理解した。
ガイアはとても健康になった! ヤッタネ!




