第14話:私メリーさん今孤児院にいるの(後編)
「さて、取引を致しましょう。この子を癒されたくなければ、そちらの風邪の子2人を癒させなさい」
メリーの手に癒しの光が灯る、見ているだけで癒される優しい光だ。それをリックに近づけていく。
優しい光だというのにリックは歯をガチガチ鳴らしながら涙を流している。
それでも泣き叫ばない精神力には賞賛を送るべきだろう。そして一滴も漏らしていない膀胱にも。
「さぁ、その子達を渡しなさい。彼が癒されてもいいのかしら?」
御覧の会話は正常です。
「ひぃっ」
さらに近づく優しい癒しの光についにリックから悲鳴が漏れる。それでもリックは気丈に叫ぶ。
「おっ、俺に構わず逃げろ!」
「黙りなさい。早くしないとその子の風邪が悪化してしまいます」
「お……お姉ちゃん、ごほっ、ごほごほっ、私が行けば皆助けてくれる?」
ヒューヒューと苦しそうな息をしながらもクラウが歩みでる。
「ええ、私は聖女です。病気や怪我で苦しむ人々を癒すのが私の使命です。そもそも健康な人にはあまり興味はありません」
クラウが1歩、2歩と歩き出す。彼女が近づくたびにメリーの笑みが深くなる。
「だめだクラウ! こっちへ来るな」
「そうよ! 行っちゃだめ! 聖女様、人質なら私が代わります! だからみんなにヒールするのは辞めてください!」
サーナがクラウに抱きついて再び引き離す。
「サーナ姉ちゃん! ごほっごほっ! 風邪がうつっちゃうよ」
しかし、メリーからは笑顔が消える。
「黙りなさい。私の人質になりたいなら、この子みたいに切り傷や打ち身を作ってから言いなさい」
「なら私が怪我をすれば!」
「ふざけるな! せっかく持っている健康を軽々しく捨てるな! その子もその子もこの子だってそうです!」
クラウ、リナ、そして人質にしているリックを目線で指して言う。
「みんな病気になりたくてなるわけでは無いし、怪我をしたくてしているわけでは無いんです。軽々しく健康を手放すような真似はやめなさい!」
メリーはぐるりと周りを見回す。
ルリはリナを抱き寄せる。怯えた目で見る孤児達。
「……なるほど」
メリーは一度、視線を落とした。
「理解しました」
メリーはリックを突き放す、ホールドしていたときもそうだが、かなり乱暴にしているがリックにはなんの痛みもない。
聖女は物理的に人を傷つけられない。殴る蹴るはもちろん、武器を使っても同じだ。さらには聖女に崖から突き落とされても無傷になる。
聖女は誰も傷つけない優しい存在なのだ。
(進展しないことを理解できました。出来れば病気の子だけ癒したいのですが、いいでしょう)
「聖剣」
メリーの手にチェーンソーが現れる。
聖剣は維持に大きな聖力を必要とせず、相手の聖力を利用する。出現させる消費はヒールよりも大きいが、費用対効果は聖剣の方が高い。
聖術も魔術も同系統の熟練度の影響を強く受ける。それは聖女聖術も変わらない。ヒールを極めたメリーにとっては、手でヒールのと大差はなかった。
驚くジークへ一瞬で迫ると、無慈悲に聖女の慈悲たるチェーンソーを突き刺した。それも悲鳴を上げられないように喉にだ。
「!?!?!?」
「ジーク!!」
「ハハハハハハハ!」
メリーの笑い声をバックにジークが喉から血を吹き出しながら腹に向けて切り裂かれる。大量に噴き出している血のように赤い液体は血ではない、聖血だ!
聖剣に込められた過剰な癒しがジークの持つ聖力と反応して赤色の液体となって噴き出しているのだ!
聖血は血ではないため時間と共に跡形もなく消える、聖剣もヒールであるため切り裂かれたように見えるが傷はすぐに治る。
それどころか全身の傷も病気も毒も呪いも治る。
何度も言おう! メリーは癒しを与えるだけの無害で、優しい、笑顔が素敵な、少女なのだ!!
「ヒヒヒヒヒヒ! ヒャハハハハハハハ!!」
笑顔が素敵な少女なのだ!!
「ハハッ」
チェーンソーが肉を切る不快な音と噴水のようにジークから零れだす聖血。
白い聖衣だけでなく顔まで赤く染め、倒れるジークの横で笑うメリー。
「これでわかったでしょう。私も健康な人を癒すのは、少し気が引けます――ですから、2人を渡しなさい」
ジークからチェーンソーを引き抜くと聖血が宙を舞った。
だというのに彼の傷は跡形もなく消えるばかりか、着ていた服まで綺麗になる。
べちゃり
ジークは再び聖血にそまる。そのそばでメリーは微笑んでいる。
誰も動けなかった。
みせしめ
渡せば助かる。だが、渡せばその子は……
「……」
顔を真っ青にしたクラウが緩んだサーナの拘束から抜け1歩2歩とメリーに向け歩き出す。
「あ……」
サーナがクラウに向かって手を伸ばす……だが体が動かなかった。
「待ちなさい!」
シアの声にクラウが止まる。
「私では……私ではだめですか!?」
「お……おか…………シアさん」
「……あなたですか」
メリーは、ゆっくりとシアを見る。品定めをするように……
「残念ですが……」
「くしゅん!」
それはクラウでもリナでもない別の子のくしゃみだった。
その瞬間メリーが動いた。
「なんということでしょう! すでに感染っている子もいましたか! さすがは病、小賢しい」
「だめー!!」
サーナがクラウに飛びつくようにして自分の下に庇う。しかし、メリーは躊躇なくチェーンソーを突き刺す。
「サーナーーー!!」
そこにリックが割って入り、サーナを庇うように覆いかぶさる
「!!!!!!」
「リック!!」
声にならない悲鳴を上げるリック。
リックから吹き出した生暖かい聖血が背中からかかる、全身を真っ赤に染めながら声にならない悲鳴を上げるサーナ。
「ウフフフ……ヒヒ、アハハ! 無駄無駄無駄無駄ァ!」
チェーンソーの背中を乱暴に踏みつける。鎖刃がリックの体を突き抜けサーナに突き刺さる。
「ガハッ」
「いつまで耐えれるか見ものですね! ほらっ! ほらっ! ほらっ!! さっさと子供諸共癒されなさい! 健康になりなさい! 元気になりなさい!!」
それでも懸命に子供を護ろうと四つん這いになって耐え忍ぶ、リックはすでに動くことも出来ず、サーナの上でチェーンソーに串刺しにされながら力なく揺れていた。
メリーはそんなことなど気にも留めずに何度も何度もチェーンソーを押し込む。すでに痛みに囚われたサーナに意識はない。それでも半ば本能で子供を庇い続ける。
だが……サーナに女神は微笑まなかった。いや、微笑んだ。子供を癒せと微笑んだ! ニトは癒しの女神だから!
癒しと慈悲の塊であるチェーンソーがついにサーナを貫通しクラウのお腹にめり込んで行く。腹から勢いよく飛び散る赤い聖血。
「ああああ!!!」
「アハハハハハハハ!! ヒャハハハハハハハ!!!」
チェーンソーの刃がだんだんと頭に向かって上がっていく、自分の体をえぐりながら腹から胸へと上がってくる刃、死ぬことも気絶することも出来ないこの世の地獄をクラウは幼くして味わった。
クラウの目線の先には生気なくだらりと垂れ下がるサーナとリックの顔が見える、目を開いているが明らかにクラウを見ていない。
リックもサーナも、クラウも逃れようのない苦しみを恐怖を黙って受け入れるしかなかった。
「あぁ、あぁ、聞こえます。心地よい病魔の苦しむ声が……素晴らしい」
メリーは間違えていない。聖剣は癒しだから。膿を出すために、わざと肌を裂くことだってある。それと同じことだから。
メリーは間違えていない。笑顔は人に健康を取り戻した証だから。子供に健康を取り戻して嬉しくならない人はいないから。
メリーは間違えていない。彼女の目的は復讐だから。復讐対象(病魔)の断末魔を聞いて気が晴れない人はいないから。
メリーは間違えていない。良薬は苦いから。嫌がって逃げていては、いつまでも治らないから。
メリーは間違えていない。癒しは老若男女貴貧善悪を問わないから。誰にでも等しく癒しを受ける権利はあるのだから。
そう、メリーは何の勘違いも、何の間違いも犯していない。
病魔撲滅の快感に酔いしれていたメリーの顔が、ぎょろりともう一人の子供の方へ向く。
「次はあなたの番です」
乱暴にチェーンソーを引き抜き全身を赤く染めたメリーが笑う。
「だめぇ!!」
ルリが通さないとばかりに両手を開いて立ちふさがるが、メリーは乱暴に蹴っ飛ばす。
派手に吹き飛ばされ椅子を巻き込みながら転がっていくが、当然痛みはない、そして椅子も無事だ。
「うふふふふ、思い出しました。あなた、ドリューの子ルリですね」
「…………え?」
「あらあら、私の顔に見覚え無いですか? 私ですよ、馬の娘メリー、食い逃げメリー」
「っ!!!!」
ルリの目が限界まで見開かれる。メリーとはあの晩以降会っていない、てっきり死んだものと思っていた……まさかこのような形で再会するとは思ってもみなかった。
幼い頃から治療魔法の素質が高かったメリーは周りから大事にされ、何かあったら一大事と他の子とあまり一緒に遊ぶことが出来なかった。
集落では収穫が終わると皆で露店を出し合い祭りを行う、メリーはそのとき必ず食い逃げをする。
当然食い逃げをされた所の子はメリーを捕まえようと追う、しかしメリーは俊足でつかまらない。
取り逃がした後に、メリーが親にこっぴどく怒られて一緒に謝りにくるまでが恒例だった。
「……ごめんなさい」
メリーは笑う、親にしかられ罰が悪そうに。だけど少しだけ嬉しそうにしながら。
「ありがとう。風邪の子の近くにいてくれて」
メリーは嗤う、泣き叫ぶ子供の胸へチェーンソーを沈めながら。
「はいっ、もう大丈夫だよ!」
メリーは笑う、火傷をした手を跡も残さず癒しながら。
「大丈夫ですか? まだ痛みますか?」
メリーは嗤う、泣き叫ぶリナを容赦なく頭から縦に切り裂きながら。
「大丈夫、絶対大丈夫だから」
メリーは笑う、病気に苦しむ父よりも死にそうな顔色をしながら。
「大丈夫ですよ。絶対に。だいじょうぶ」
メリーは嗤う、チェーンソーで子供2人を貫きながら。
メリーは呆然とする。死体の前で、忌火に照らされながら。
メリーは恍惚とする。癒体の前で、聖血に染めながら。
「どうですかルリ、私は手に入れましたよ。皆を救う力を、誰も死なせない力を」
「ルリ、逃げなさい、あなただけでも!」
シアは激しく後悔していた、あのときルリと同じに追い返していればと。だが、今更なかったことにはできない。
「ごめんなさい、シア……お母さん!」
シアはルリの出て行った扉の前に手を広げて立ちふさがるが、無慈悲にチェーンソーが突き刺さる。
それでもシアは笑顔だった。
「あらあら、鬼ごっこですか? 懐かしいですね」
『聖女メリーベルの癒しレベルが上がったで! 保有聖力量あっぷや、聖力の回復量も上がったで!』




