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二節 内偵2

この会話は全てエルフ語で交わされています。

 


 ◇




「──は~い! 注目~~~~~!」


 邪気が無いのが何よりも邪悪。

 そう思えるほどに気安い声音に、一瞬、エルフ達の間に困惑が走った。


 聞き慣れない声、場違いな声。

 にこやかだったはずの場の空気が、たちまち剣呑さを宿してその声の主に降り注いだ。


「に、人間……?!」

「どういう、事だ……?!」


 声の主は、人間だった。


 人間の雌雄くらいしか判別できないエルフにとってみればその人間は、女のように見えた。


 現在、帝国とエルフは睨み合いの真っ最中。

 そんな只中で敵陣の中心に乗り込んでくるなど、真っ当な考えを宿しているとは思えない。この戦争に新たな火種を生むような行為だ。


 だからエルフは何よりもまず、その人間を排除しようと動いた。

 混乱に沸くこの状況下で取るべき行動は、それが最も正しい行動であったから。

 だがしかし、エルフは誰もその場から一歩たりとて動くことは許されなかった。


 それはなぜか。


 人間に注目が注がれると同時に、人間が手に抱えたモノに視線が動いたからであった。


「ら、ライオ……!」

「リンカ!」


 人間の腕の中には戦士長の愛娘である、リンカの姿があったから。


 愛らしくて、天真爛漫。少しばかりやんちゃ過ぎるきらいがあるけれど憎めない。そんな彼女の口癖は「早く戦士になりたい」。リンカは、戦士長ラボルフィッツのみならず、奪還作戦に参加した全てのエルフにとって娘のように可愛がられていた。


 この奪還作戦を死地に定めたエルフ達であっても、リンカだけは逃がして生き延びさせると示し合わせた訳でもないのに誰もが通じ合うほどに思われている娘。


 そんな彼女が、人間の魔の手に囚われてしまったのだ。

 加えて、人間の手には抜き身の刃があり、リンカの透き通るような肌に添えられていた。下手に動けば狂刃がリンカの肉を食い破り、この場に鮮血の花が咲くことになる。


 だから誰一人として、今すぐに彼女を救出しようと動くことすら出来なかった。


「──は、話が違う! 同胞なら、話せば分かってくれると言ったはずだ! なのに、どうしてこんな真似をする!」

「話せば分かる? この期に及んでそんな嘘を信じる馬鹿がどこに居ると思っているんだい? それとも。気が付かなかった、なんて言わせないよ」

「ち、違う、これは……!」


 人間がエルフの神聖な言語を語ったことに眉をひそめるエルフ達。

 そんな状況の中で人間と先に口を利いたのは、この場に人間を連れ込んだ張本人、歴戦の戦士であるライオ。

 しかしそんな彼も、苛立たし気に目を細めた人間を前に二の句を告げなくなってしまう。


「……ライオ。これは、どう言うことだ。説明しろ! ライオ!」

「せ、戦士長!」


 そして、リンカの実父。勇敢なる戦士にしてこの場の長、戦士長ラボルフィッツですら身動きが取れないでいた。

 その理由は愛娘が危険に晒されていることに加え、彼もまた、娘と同じ状況下にあったからだ。


「……」


 ラボルフィッツの斜め後ろに立つ、人間の雄。

 無言で剣を構える男の立ち姿には、一分の隙も見られない。


 気軽い様子でリンカを捕らえる男の方がずっと付け入りやすそうに見えるが、その男の一声でエルフ達は身構えることすら許されなくなる。


「構えを解きなよ。さもなければ、この子の四肢が一つずつ欠けていくよ」

「ヒッ──」

「誰も、大切なエルフの子供を苦しませて殺したくは無いだろう? 君らが構えを解くことは、この子を守ることにも繋がる。さぁ、ほら、早く」


 声の調音を低くして放たれた声に、初めてエルフ達がその人間を雄だと理解した。

 だが雌雄の判別などどうでも良く思えるほどに怒気が滲んだ声に、その場のエルフの誰もが本気だという事を察した。


 指示を仰ぐかのように戦士長ラボルフィッツに目配せを送ると、彼もまた背後の人間を警戒しながら首を横に振ったことで、エルフが続々と構えを解いていく。


 その様子に主立って胸を撫で下ろしたのは、リンカとライオだけだった。


「さて、なんの話だったか。ああ、そうだね、君らエルフは人間とは違って聞く耳を持つ生き物、だったっけ? ハハッ。……ちゃんちゃらおかしい話だ。ライオ君が僕らの入っていた箱を開け放つ瞬間、魔法を放とうとしたエルフは何人いた? 武器を構えたエルフはどれだけいた? 答えられないのなら、答えたくないのなら、僕が答えてあげよう。この子と、君と、戦士長を除くすべてのエルフ達さ。その数の魔法が僕らに殺到したら、たかが木の箱に入った人間がどうなるか想像してごらんよ。想像できないとは言わせないよ? それとも……、君は初めから僕らを騙し討つつもりでここまで連れて来たのかな?」

「っ、そ、れは……」

「ハハハ。いいよ、無理に否定しなくて。エルフの陣地の中心に足を運ぶんだ。これくらいの歓迎は想定の内さ。君も……、そう言う体の方が、都合がいいんだろう?」


 まさに独擅場。

 ライオを飲み込んでいく男の狂気にも似た空気は、彼の言葉が一つ紡がれるごとに周りのエルフをも飲み込んでいく。


 その中でも正気を保っているのは、戦士長ラボルフィッツ。

 エルフが総じて湛える美しさよりも凛々しさを前面に出したラボルは、剣を首元に突き付けられながらも断固として下手に出る素振りは見せずに人間と相対する。


「黙れ、人間風情が! その汚い手で我らが宝に触れる罪の重さを知れ! ここは戦場だ。敵兵を見つけ、始末することの何が悪い!」

「そうだね、その通り。ここは、戦場だ。なら、戦場に足を踏み入れる者は皆戦士。戦士たるもの、戦場で命を散らすことに何の悔いも無いわけだ。それが例え、君らが命をかけてでも守り抜きたいエルフの子供だとしても、ね」

「……貴様を殺すことなど、難しいことではないんだぞ」

「そうだね。それを理解しているから、僕はこうして人質を取っているんだ。でも、少しでも動こうとするなら、少なくとも……二人。二人は道連れだ。君らにとってなくてはならない存在を犠牲にする羽目になる。その二人を犠牲に殺せる人間は、僕と、彼。その犠牲と成果。それが釣り合っていると言うなら、攻撃してみればいい」

「…………」

「あはは、こわ~い! でも安心しなよ。君らが妙な真似を見せない限り、この子の命は保証されている。それだけ理解してくれていれば、十分だから」

「きゃっ──!」


 言いながら、人間はリンカの首に突き付けた刃を、エルフ特有の透き通るような肌に触れさせる。

 不意に触れた刃の冷たさに声を上げたリンカに、周囲のエルフ達がより一層警戒の色を強めるも、人間は涼しい顔を見せる。


 敵地の中心にその身を置きながら、瞬く間に空気を乗っ取った男。ただでさえ異質な存在だと言うのに、森林国家の中でも様々な異名で畏れられる戦士長の憎悪が込められた眼光を前にしても退かないとあっては、周囲のエルフ達にはその男の姿が実際よりも大きく感じられてならず、そう感じてしまったエルフ全員がその場に縛られることとなってしまう。

 実際には刃は寝かされており、よく観察すればその男にリンカを傷付ける意図が薄いことは分かるのだが、「エルフの宝」とも呼ばれるまだ年若い子供に命の危険が迫っているとあって怒りや不安と言った感情に支配されて冷静ではいられなくなったエルフたちの頭では、この場ではただ、その男の言う事に従う他なかった。


「そんな怖い顔で睨まないでくれよ。剣を持つ手が震えちゃうだろ?」

「き、貴様……ッ!」


 ほんの一寸足りとてそんなことなど思っていないようにけらけらと笑う男。

 だけどそれも束の間。瞬き一つした隙に、男は表情を引き締め、エルフ達の非を咎めるかのように目を細めた。


「これが帝国のやり方なのさ。僕ら人間は君らエルフのように、民間人や捕虜から情け容赦なく命を奪ったりは、しない」

「……なにが言いたい?」

「知らないとは言わせないよ? 君らエルフが、どれだけの民間人に被害を出しているのかを。降伏した兵士が、有無を言わさず殺害されていることを」

「それの何が──」

「何がおかしいか、って? そうだね。何もおかしくはない。それが戦争。さっきも言ったけど、戦場に立った者には命を捨てる覚悟がある。だから、殺されても文句は言えない。……でもね、何事にも限度ってものがあるのさ」


 剣を握る手には力が込められ、眉間には皺が寄り、瞳に熱が宿った。

 これまで感情の読めないニヤケ面だった男に、こうも分かりやすく激情が灯ったことにエルフ達がたじろぐのが見えた。

 男の不興を買うことが何を意味するか、分かっているからだ。

 エルフ達が落ち着いてくれ、と願う最中、男はそれらを無視して言葉を続ける。


「君らは無辜の民に手を下し、無力となった兵を無慈悲にも殺した。殺す必要の無い殺しを、行ってきたんだ」

「──黙れ! 何を言うかと思えば、なんと馬鹿なことを宣うか! 貴様ら人間共の方こそ散々、我らの同胞をその手で殺戮してきただろう! 貴様ら人間に捕まった同胞の内、森に帰って来られた同士の数はほんの一握りだ! 貴様らの方こそ人でなしであろう! あろうことか言うに事欠いて我らを叱責するなど、貴様は一体どの立場で物語っているつもりだ?! 神にでもなったつもりか! 思い上がりも甚だしいぞ、人間風情がッ!」


 戦士長ラボルフィッツが激昂すると、同じく男の傲慢な言い分に腹を据えかねたエルフ達が口々に罵声を浴びせ掛ける。


 だが、それも一時のみ。

 男がリンカに添えた剣を俄かに震わせたかと思うと、彼女の苦悶の声と表情に上がり始めた熱は瞬く間に氷点下まで下がらざるを得ない。


「っ、やめろ!」

「学ばないなァ、君らは」


 彼女の肌に、そして男の刃に伝う赤の軌跡を見て、誰もが顔を青くさせる。

 ラボルフィッツが泣くような悲鳴を上げて思わず身を乗り出すのだが、その拍子に彼の首筋にも赤い傷が生まれ、今度はそれまで以上の力で押さえつけられてしまう。


「一つ、勘違いしているようだから教えてあげようか」

「何……?」

「帝国は二十五年余り、捕虜の殺害を行っていない。そしてその間、君らエルフの捕虜を捕らえた数は全部で百七人。これは正式に帝国側に記録されている、れっきとした証拠足り得るものだ。そしてそこにはこうも記されている。その内、九十二人が名誉の死を選んだ、とね。残りのエルフは逃亡さ。君達もよく知るはずだ。これが何を意味しているか、心当たりはあるだろう?」

「……っ、大閃光(オブラス・サクラィル)、か」


 ラボルフィッツが苦々し気に放った言葉に、リンカを除いたその場にいるエルフ達全員の表情が曇る。

 それは、エルフの戦士として戦場に赴く際、身に刻まれる印。

 その刻印は対象の全ての魔力を糧にして放たれる自爆の魔法。エルフの戦士たちは皆、同胞のためであれば命を擲つ覚悟があるという証でもあり、刻印を持つ者にのみ背中を預けることができると考えられていた。


 そしてそれが役目を迎える時、即ち、最期の時。

 この場に居るエルフ達であれば誰しもが思っただろう。


 ──捕虜になるくらいなら、迷わずこの刻印を使う。


 と。


 それは例え、戦士長という地位にあるラボルフィッツですらも同じ考えであり、そうした姿勢こそがエルフの戦士としての誇りですらあった。

 だが、その誇りが今、自ら放った言葉を失言に変えたことに思い至る。


 窮地から抜け出そうと藻掻けば藻掻く程、その誇りが足を引っ張る事態に、エルフの戦士たちは誰もが言葉を失わずにはいられなかったのだ。


「その名誉の死は、至る所で見られた。君らが良かれと思って起こした名誉の死ってやつは、帝国に甚大な被害をもたらした。時には護送中の町の中で。時には兵士たちの休息の中で。これにより、民間人には二百を超える死傷者が。兵士に至っては、被害者総数は千を超えるよ。君らの命一つで、百倍以上もの命を蹴散らせるなんて、見上げた忠誠心だ。……どうだい? これを聞いてどう思った? 君ら同胞の晴れやかな功績だ。誇りに思えたかい?」

「……っ、黙れ! 先に仕掛けたのは貴様ら人間たちだ! その過程で我らは住む土地を奪われ、愛する人たちを失った! 我々には権利がある! 貴様ら人間に復讐する、権利が!」

「うんうん、そうだね。それを言われると、僕らにも立つ瀬がない。言い返すつもりは無いよ。だって、それが事実だからね」

「ならば──」

「でも、それが無辜の民の命を蹴散らしていい理由にはならない。ましてや……、対話を持ち掛けた使者を殺すなんて、あってはならなかったんだ」

「──っ」


 男の発言に、戦士長ラボルフィッツと、ライオの二人だけが息を飲んだ。


 ラボルフィッツの勢いが突如として失われ、男の発言の意図を巡って他のエルフ達が動揺する中、男は更に畳み掛けるように言葉を続けた。


「自ら対話の機会を失っておきながら今更、対話がしたい、だって? そんなの、帝国側が受け入れてくれるわけがない。先に拒んだのは君らの方だ。停戦協定は対話なしには生まれない。対話は平和への第一歩なのだからね」

「貴様、なぜ、そのことを」


 会話を続ける中で、ラボルフィッツはこの二人の男の正体を探り続けていた。

 けれども男たちの正体は、煙に巻かれるどころか尻尾は疎か、その姿すら捉えられずにいた。


 そんな中でポロリと零された、使者と停戦の話。

 両方の事柄について知ることのできる人物は、限られている。

 そう思い誘導を図ろうと思っても、最早この場は男の一人舞台。

 聞き耳を持たずに話進める男を止める手立てなど、この場の誰も持ち得ていないのであった。


「何も、百年前のことを、百年分の確執を水に流そう、って話じゃない。これ以上泥沼の戦いを続ける意味は無い、って話をしたいのさ。子供が宝、なんて素晴らしい思想をお持ちの君らなら、分かっていることだろう。自分達の負債は、自分達で完済するべきだと。そして同時に、対話の難しさも理解しているはずだ」

「……何が言いたい」


 いつの間にか、ラボルフィッツを押さえ込むもう一人の男の手には、ラボルフィッツからの抵抗が感じられなくなっていた。


 戦士長ラボルフィッツは、折れたわけではない。聞く耳を持ったわけではない。

 ただ、男の言い分には通じる一つのモノがあるように思えたからだ。


 ──男には、こちらを害する意図は無い。


 彼の愛する娘を傷付けたことだけは許せないが、殺気立つ同胞を前に、人間が口八丁で立ち回るにはそうする手段しか無かったのもまた事実。


 だから恐らく、ラボルフィッツの問いに男はこう答えるだろう。


「──話をしよう」

「話、だと?」

「あぁ、いい。いいよ、答えは今すぐでなくていいから。答えをまとめるには、時間がかかるだろう? だから、明日の朝、もう一度答えを聞きに来る。それまでに答えをまとめておいてよ。それまで、この子は預かっておくから」

「お父様──ッ!」

「ッ、待て!!」


 矢継ぎ早にそれだけ言い放つと、リンカを盾に遠ざかっていく二人の男たち。


 制止の声など意味をなさず、伸ばした手は決して届かない。


「後を、追いますか?!」

「下手に刺激するのは──」

「せ、戦士長! 奴らの、姿が……!」

「き、消えた……、だと?!」


 そうこうしていると、男たちの姿は露と消え、目の前には収穫を終えた麦畑が虚しく広がるばかり。

 エルフ達は口々に「目を離していなかったのに」、「誰か見ていたか」、と彼らの行方を躍起になって探すが、痕跡も何も残さずに消えた男たちとリンカの行方は分からないままだった。


 恐怖と困惑に満ちる空気の中、同じ感情を宿しながらも胸に秘めた戦士長ラボルフィッツが厳しい顔付きのまま言い放つ。


「……全員を集めてくれ。話がある」

「せ、戦士長?! まさか、人間の言うことに耳を傾けるつもりですか?!」

「ああ、そうだ。リンカを助けるために」

「っ……! それを言われたら、私たちは何も言えませんよ」


 ラボルフィッツの顔を一瞥した後、エルフ達は自分達にとっても娘のように可愛がっていたリンカを思いながら、哨戒任務に当たる同胞たちを呼び集めるため、方々に散っていく。


 チャタ村に残ったのは、戦士長ラボルフィッツと、英雄ライオのみであった。


「……ライオ」

「戦士長」

「お前が様子を見に行った先で、何があった。全て話せ。奴らは、何者だ」

「いえ、それよりも先に、聞かせて下さい。戦士長は、奴らを討つつもりですか」

「……ああ、そのつもりだ。だが、そう尋ねるということは、お前はそれを望んでいないのだな? お前の愛弟子が攫われたと言うのに」

「……はい。この戦争を止められるのであれば、人間の力を借りるのも吝かではない……、いえ。人間の力を借りなければ、きっと、実現は叶いません。あの男がどれだけ胡散臭くとも、言っていることは何一つ間違っていませんでしたから。……俺と、戦士長。人間の使者を殺し、戦争を泥沼化させた責任は果たすべきだ。例え、人柱になったとしても」

「…………」


 農村の、昼下がり。


 だがチャタ村には息が詰まるような空気が滞ったまま、散開していったエルフ達が人を集めて戻ってくるのを、二人は黙したまま待ち続けるのであった。







補足と言う名の、言語解説。


【エルフの戦士】


体の刻印に加えて、エルフの戦士の証明がもう一つ。それが「ラ」の冠。

戦士として認められることで、頭に「ラ」を付けて名乗ることが許される、戦士の敬称。

エルフの言語であれば発音は「ラィ」なのだが、人間には聞き取ることも発声することも難しい小さな音であるため、「ラ」単体で聞こえることが多い。

ライオならイオ、ラボルフィッツならボルフィッツと、戦士でない頃の名前も存在するが、戦士を退いた者には別の敬称が与えられることもある。

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