戦士の集い
◇
「遅かったな、ライオ。お前の身に何かあったのではないかと皆、心配したぞ」
「……なに、アンバーの羽休めのついでに何か使えそうなものは無いかと物色していたら時間を忘れてしまってね」
ここは暫定帝国領の一部、チャタ村。
帝国領東都アルザスの隣に位置する比較的大きな農村であった。
チャタ村以東の帝国領は現在森林国家に占領されており、チャタ村はここ一か月余り、森林国家による奪還の結果、帝国の東端に変わったアルザスと睨み合い小競り合う日々が続いていた。
東都と呼ばれる街と隣接している村。これまで奪還してきた中で最も裕福な村の中心に、エルフが三十数名、集められていた。
今現在アルザスとの間で哨戒任務に当たる面子を除けば、奪還作戦に身を投じたエルフ全員がこの場に集まっていると言っていいものであった。
「せめて調査のついでと言え、馬鹿者」
「ああ、そう言えばそうでした。失礼、戦士長ラボルフィッツ殿」
「ラボルで良いと言っているだろう」
「ライオ! 帰ったら魔法の稽古をしてくれる約束でしたでしょう?!」
「……っ、リンカ。お前は、哨戒部隊のはずでは?」
「ライオが調査に出たと聞いて、戻って来るまで待機と、お父様が!」
「ここでは戦士長と呼べと、何度言ったら……」
「まあまあ戦士長。可愛い愛娘を戦場に出すのが憚られるんですよね。戦士長の気持ち、痛いほど分かりますよ。うちの息子も早く戦場に連れて行けとうるさくて。ですが、どこの人の親が子を戦場に出したがるものですか、と」
「親の心、子知らずとは良く言ったものだ」
「ライヴァン! それを言うなら、子の心も親は分かっていませんから!」
「ええい! 静かにせんか! ライオの報告がまだ終わっていないだろうが!」
雷の如き怒号が響き渡ると、たちまち静まり返るチャタ村。
ラボルフィッツと呼ばれた戦士長を名乗るエルフに視線が集中する最中、ライオは全体に視線を巡らせる。
額に薄らと浮かべた脂汗をさりげない仕草で拭う一方で、彼の背中にはぐっしょりと嫌な汗が滲んでいた。
「さぁ、ライオよ。話せ」
「……え、ええ。報告の続き、でしたね。物色、もとい調査の結果、異変は、何も見つかりませんでした。……人間共の不始末で、小屋の一つが燃えていただけでした」
「ほう? だが、別の何かは見つけたのだろう? 帝国の動向を見張らせているメンバー以外を集めて、一体何を披露しようと言うのだ?」
この場所に彼らを集めたのは、ライオの仕業であった。
敵地の真ん中と言う気が抜けない環境の中、彼の一声でこれだけの錚々たるメンバーを集められると言うのは、偏に彼の人徳のお陰である。
まさかそれを恨めしく思う日が来るとは、ライオ本人も思ってすらいなかっただろう。
「まさか……、奴らの言うアーティファクト……神時代の遺物ではあるまいな?」
「っ、あんなもの、悍ましいだけだ!」
「奴らはアレが何なのかも知らずに闇雲に封を解いている! 早急に封を施さなければ、神獣様がお目覚めになってしまう!」
アーティファクトの名を聞いただけで、エルフの戦士たちは総じて強い拒否反応を示す。
ライオはひそやかに愛竜、アンバーの首元に目を向けた後、表情を取り繕いながら話進める。
「は、ハハハッ、戦士長、ご冗談を。俺を含め、ここにいる誰もが禁忌を理解している。ですが、村の立地が辺境のせいか、神時代の遺物らしきものは見当たらず、俺たちとそう大差ない暮らしぶりのようでした。あちこちに紫水晶の人型が転がっていたのは他の町や村と変わりませんでしたが、そんな中で見つけてきたのは、こちらです──」
そう言ってライオが指し示したのは、大きな箱。
そう言えば彼の騎竜であるアンバーが何かをぶら下げていたな、と思い至ったエルフ達の視線が注がれた先で、ライオは息を飲む。
この箱の中身が人間だと知った時、仲間達は何を思うだろうか。
一族は家族同然のように手を取り合って長い月日をかけて育んできた関係が崩れることを恐れて、ライオの手が、震えた。
弟だと言って面倒を見てくれたラボルフィッツに、どんな目を向けられるのか。
慕ってくれるリンカには、恨まれるだろうか。
だが、今のライオにはそうしなければならない理由があった。
「アンバー……、くっ……!」
彼は今、相棒とも伴侶とも呼べる大事な大事な飛竜を人質に取られる立場にあったからだ。
エルフにとって飛竜とは、出生と同時に与えられた卵から孵る、言わば半身のような存在である。
エルフは、約三千人が住まう森林国家全体で、一年の間に子供が数十人ほどしか生まれない程の少子化社会。ゆえに、子供の数自体が少ないため、子供たちに兄弟のような感覚を教え込むための存在として飛竜を多数飼っていた。
彼らが成人する頃に孵り、再び長い時間をかけて育成していくワイバーンの子。
それは野生環境よりも成長は遅いが、知能、運動能力共に優れた性質を持つワイバーンが育ちやすく、それに跨ることがエルフの子が夢見る光景であった。
そんなワイバーンを、ライオは人間に人質ならぬ竜質に取られていた。
──妙な真似をしたら、ワイバーンの首を斬り落とす。
と。
人間の言う事を聞くなど、エルフである彼にとっては屈辱以外のなにものでもない。
だが、彼の愛するワイバーンの命を守るためであれば、従わざるを得なかった。
「──こちら、鹵獲した人間共であります!」
言って、箱を開け放つ。
途端に、エルフ達の視線が強張った。
中には武器を構えた者すらいる。当然の反応だ。
しかしライオは脅されているとは言え、この人間たちの言い分に断固として反対する気はなかった。彼らの言葉に耳を傾ける価値はあると、少なからず思っていた。
現在森林国家が奪還したチャタ村以東の土地。
それら全ては数十年前に帝国によって奪われた森の一部。既に切り拓かれているとは言え、森の加護は僅かに残っているのを肌身に感じている。
だからこれ以上の侵攻をする意図はなく、帝国側に停戦を求めているのだが、人間側は一切聞く耳を持たない。
このままでは、自分を含むここまで出張ってきたエルフたちは二度とあの緑豊かな土地に戻れぬまま、ここで延々と小競り合いを続けることになる。
いつ帝国の主力部隊、我々飛竜部隊を脅かすカラクリ仕掛けの飛竜擬きの軍隊がやって来るかも分からない状況でそれを続けることにエルフ側にメリットはない。だが、帝国はそれを待っているのか、こちら側の停戦協定に聞く耳すら持たずに蹴ってばかりいる。
だから人間の協力を得ることは必ずしもマイナスになるとは限らない。
しかも、ライオが話した相手はとてもよく頭が切れる男だった。
男の言っていることが本当であれば、男の手を取るのが賢い選択だと言うのが分かるため、ライオは人間をここまで運んできた。
もしもこれが実現性の欠片も無い、ただ理想論を振りかざすだけの能無しであれば命を賭してでも止めるべきだったのだが、彼の言っていることには尋常ならざる説得力があった。エルフの現状を理解していることも含めて、信用に値するとも思ったのだ。
だから、話が通じる人間たちの中で三人もの人間をここまで連れてきたのだ。
本来であれば、エルフの前に姿を見せることすら罪深いと言われる人間を、三人も。
下手をすれば仲間たちから裏切り者の謗りを受けるかもしれない。それでも、この現状を変えられるなら、と一抹の期待と多分な不安を抱えて、箱を開けた。
箱から出た後はその男が自分で話すといったから、運んできた。
──だが、しかし。
「…………ライオよ。どこに、人間なんぞがおる?」
「は?」
人間、と聞いて場が騒然としたのも束の間。
戦士長ラボルフィッツが開け放たれた箱の中身を覗いて放った言葉に、ライオは耳と目と、それから自分自身を疑わざるを得なくなる。
「──は?」
箱の中身は、空っぽだった。
何かが入っていた形跡すらない。
正真正銘の、空。
ライオは一瞬にして混乱に陥ってしまう。
「おいおい、ライオ! 妖精に悪戯でもされたか?」
「連日の戦いで、疲れてるんだよ。今日は労わる意味でも宴をだな……」
「何かと理由を付けて酒を飲もうとするな!」
「なんの! 酒は百薬の長! ロン・リッダが良い塩梅に浸かってる! 飲み頃なんだぞ!」
「そ、それは、飲みたいが……! いいや、駄目だ!」
「酒は人間の方が美味いものを作るよな。何本か持って帰りたい」
「中には木片が入った酒まである。どういう意図で入れたのか、気になるな」
やいのやいのと騒ぎ出したエルフ達を他所に、ライオは空っぽの箱の中を確かめるように覗き込む。時には叩き、時には触って。
だが、どこにも人間たちが入っていたような跡はどこにもない。
ライオはパニックに陥る。
確かに入れたはず。
確かに運んだはず。
確かに三人いたはずなんだ。
そうやって自分に言い聞かせるが、まさか失敗したか、と慌ててアンバーの方を見ると、アンバーは無事。今も変わらず呑気に欠伸をしている。
加えて、不細工な首輪も健在だ。アレがある限り、ライオはまともに動けない。
「ライオ……? どうか、したのか? さっきから、様子が──」
呼吸を荒げるライオの様子を伺いにやって来た、リンカ。
だが、戦士長の愛娘である彼女が慕うライオを心配する言葉は、最後まで紡がれることは無かった。
「──は~い! 注目~~~~~!」
チャタ村の中心に、エルフ達の中心に、何処か気の抜けたような、けれどもその声の主を知るライオのような人物にとっては悍ましさすら宿っているように感じられる子供のような声が響き渡った。
補足と言う名の、言語解説。
【ロン・リッダの酒】
ロン・リッダと言う果実を、森林国家で作られる酒精の薄い酒に浸けて作るお酒。名をリェーダと言う。
発酵を促進させる糖類が豊富な果実で、製造の過程で言えばワインによく似たお酒と言える。森林国家には葡萄酒も存在するが、土地柄や気候も含めて絶対量が多く作られないため、酒好きなエルフには作った傍から飲み干されてしまう。そのため、個人間でのロン・リッダを栽培、収穫して作るリェーダは各家庭の味とも呼べる品である。




