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ヒリつく戦いは趣味じゃない

 



 ◇




 ワイバーンが飛び出してくると同時に、僕は横に飛んだ。

 ウェイドとウォルマンの邪魔にならないよう動いたのだが、案の定、エルフは僕を始末せんと方向を変えて突撃してくる。


 ……人数差の生まれた時点で、あのワイバーンに勝ち目はまず無い。ウェイドなら上手いことやってくれるだろうと早々に意識を切り離して、鬼のような形相で迫り来るエルフに集中する。集中しなければ、僕がやられる。


『──うなれ、雲海。吹けよ、木枯らし』

「【解析魔法】」


 独特な形状の槍を構えて魔法を発動させるエルフ。


 たちまち視界が白に染まっていく中で、それが機竜に乗って雲の中に突っ込んだ時と同じ感覚であることを即座に理解する。となると、エルフが生み出したのは雲。水蒸気を生む魔法とはまた地味な、と思いつつも、警戒をすべく解析を掛ける。


 解析魔法は、物心ついた頃から使い慣れてきた生得魔法。

 発動するのにわざわざ口に出す必要すらないけれど、これも一種の(ブラフ)である。あらゆる情報を誤認させるのも、戦術の内の一つ。


 解析魔法によって僕の脳に直接入り込んでくる情報の量は膨大。けれどその中から必要なものだけを抜き出す作業にもすっかり慣れたもので、僕は欲しい情報だけを選別して身構える。

 僕の魔法によって解析された限りでは、この生み出された雲。これは視界を奪うだけでなく、魔力の発露を拡散させ、あちこちに魔力反応が見て取れる。おおよそ、魔法の発動を検知させないものだということが分かる。

 それ即ち、どこから魔法が飛んでくるか、分からないということでもある。


「……ふぅん。随分と巧みな魔法だこ──とッ?!」


 案の定、放たれた魔法が間近に迫るまで気付けずに、僕は大きく回避することを強制される。誰もがウェイドのようにその身に迫る魔法を軽々と弾けるなんて思ったら大間違いだ。


「行動不能な内に叩き込もうって算段? 汚いね、流石エルフ。汚いよ」

『我らが神聖な言語を、汚物のような下等種族が口にするなッ!』

「ハハッ! 戦い方も下品なら怒り方にも品が無い! 品性は金では買えないと言うが、君は時間をかけても手に入れられなかったようだねえ!」

『地を這うことしか能の無い猿風情が品格を口にするか! 我々とは同じ舞台にすら立てぬ呪われた種族の分際で、ふざけたことを!』


 身を掠める魔法を間一髪で避ける。

 これは、風の魔法か。過去に二度程風使いの魔法士と戦ったことはあるが、これほどまでに濃密で、そして殺意が込められた魔力の塊を放つ相手は居なかった。


 回避に専念しているにもかかわらず、肌が裂かれる感覚を覚える。避けきれない。このままでは傷が増える一方。加えて、もし仮に一発でもまともに食らえば、いかにこの身に身体強化が施されているとは言えただでは済まないことは確実だ。


 だけども、魔法を放つタイミングも、飛んでくる方向も、僕の周囲を取り囲う雲によって事前に察知することは不可能。


 それ即ち、この雲の中はエルフが視界を塞がれた相手を一方的に蹂躙するための場所。彼は看守で、僕は囚人。そのための檻なのだろう。




 ──本来で、あれば。




 そう。迫り来る全ての攻撃は本来、不可視である。目に見えなければ、避けられない。

 ここは、不可避の領域であるはず。

 それなのにすんでのところで僕は回避を続ける。その現状にエルフも焦れてきているのが窺える。あのエルフの中では既に僕は始末されていて、さっさとワイバーンの元へ駆け寄ってウェイド達を皆殺しにする算段だったようだが、殊の外僕がしぶといようで、苛立ちを隠せていない。


 僕が回避することが出来ているのは、解析魔法と、行動を阻害するこの雲のお陰であった。


 僕の生得魔法、【解析】は、周囲の『情報』を食らう魔法。

 常に雲に解析を掛け続け、魔法の出現と共に回避行動を取ると言う、ウェイドの感応魔法の真似事、下位互換であったが、その応用で僕は回避を続ける。雲があるお陰で、疑似的に感応魔法の再現が成されている訳だ。エルフはそれに気付いていない。

 それでも、ウェイドのように無傷で延々と避け続けるなどと言う芸当は到底真似できない。一瞬の油断、一瞬の気の弛みすら許さずに集中を保ち続けるだなんて、人の身には過ぎた芸当だと僕は思っている。あれは、一種の神業に等しかった。同時に、身体強化に加えて常に解析魔法を全方位に発動させているお陰で、僕はゴリゴリと魔力が削られていっている。


 このまま時間だけが経過すれば、僕の魔力と体力が尽きるのが先だ。

 形勢では拮抗しているように見せているが、その実、余裕はハリボテ。そう長くは保たない。


 だが、それを知らないエルフには、僕がつい先程鼻先まで剣を届かせたウェイドのように気味悪く映っていることに違いない。ゆえにこそ、その心理を利用し揺さぶりをかけて勝機を窺う。


 それが、僕の戦い方だ。


「図星かい? そもそもこうして戦っていること自体、君は既に僕らと同じ舞台に立っている。それってつまり、君も僕らと同等。そしてその下等生物に負けるとなれば、君は晴れてエルフの面汚しの仲間入りだ。僕ら以下の存在ってことになるねぇ」

『我らがエルフは誇り高き種族だ! 仮に天地が引っ繰り返ろうとも、貴様ら人間が我らに勝ることなど、万が一にも有り得るものか! ましてや人間に敗れるなど、エルフの名折れ! 貴様は確実に俺が殺す。この未来は確定している!』

「…………アッハハハハハ! これは傑作だ!」


 息つく暇すら与えぬ魔法の乱打。

 一瞬でも気を抜けば魔法が直撃し、全身が切り刻まれそうになる緊迫感の中、言葉の応酬に混じって聞こえた言葉の一部に触れて、僕は思わず腹を抱えて笑うことを止められなかった。


 お陰で肩口に魔法を食らってしまうのだが、最早そんなこと、どうだっていい。彼は自分で言ったじゃないか。


 僕らのことを知りもせずに。


『……なにが言いたい。黙れ。今すぐその臭い口を閉じろ、劣等種』

「閉ざしてみれば? ……君が言ったんだよ? 君が今、高潔なことを口走るご自慢のその口で、言ったんだ。一度吐いた言葉は取り消せない。高潔を語る君達エルフなら尚のことそうだろう?」

『何が言いたいッ!」

「君は今、これまで僕らが殺してきた同胞を。同じ戦士を、君は自ら愚弄したのさ。人間に敗北していった、数多のエルフ達のことをね」

『……貴様、まさか──』

「あぁ。そう言えば、自己紹介がまだだったね──」


 魔法が止んだ白雲の中、僕はある方向を向いて一礼する。




「──僕は第三機竜小隊所属、遊撃部隊隊長、ガルメア・エディクレス。竜騎兵を落とした数は……ええと、数え切れない、かな?」




 言い切ると同時。雲の中に紅く血走った眼がスゥ、と浮かび上がった。


 それは見た者に恐怖を与えること間違いない程に凶悪かつ、狂気に満ちた形相で。

 けれどもそれは、僕の期待した通りの表情でもあって。




『貴、様ぁぁぁぁああああああああああッ!!!』




「意外と気が短いんだね、エルフってのは。君がそうなのか、それともエルフと言う種族がそうなのか。短気は、余裕のない証だよ!」


 これまで防戦一方だった僕は、ようやく攻勢に転じる。


 僕の生得魔法、【解析】の弱点は、とにかく時間が掛かることだ。

 この雲の中、エルフの場所を探るのは困難を極める。手当たり次第に剣を振っても、その後隙を狙われる。


 だから僕は相手に魔法を使っていることを気付せないように言葉を交わして、時間を稼いだ。

 これまで僕は手も足も出せずに逃げ回っていたのではない。ずっと、この瞬間を待っていた。

 解析魔法がエルフの居場所を探り当てる、この決定的な瞬間を。

 加えて、あっさりと激情に身を任せたエルフに勿怪の幸いとばかりに顔が破顔するのを抑えられなかった。


「ハハハッ! 魔法がおざなりになっているよ! そんなので、僕から逃げられるとでも思っているのかい?」

『図に……、乗るなッ!』


 攻防が逆転する。

 相も変わらず雲の中に僕は閉じ込められたままだが、エルフの居場所を的確に捉え、剣を振る。

 雲を裂き、露わになったエルフの体に、剣先が掠る。


 手応えが、あった。剣が、届いた。

 それだけで、エルフの魔法を完全に攻略したと言える。


 この瞬間が何よりも楽しくて、心地良い。

 僕はこの感覚を味わうために生きている。そう言っても過言ではない。

 恐らく今、この瞬間。僕の顔には笑みが浮かんでいることだろう。自分でも頬の弛みを抑えられないのが分かるから。


 それを目の当たりにしたであろう僅かな雲の切れ間から見えたエルフの顔には憎悪がありありと滲んでいる。申し訳ないが、君の憎悪は僕のこの感覚を曇らせるには至らない。むしろ、エルフの表情の中に微かに見えた焦燥が、僕を昂らせてならない。


「逃げ回っているだけじゃ、僕は殺せないよ? 僕ら人間からすると、今の君は恥さらし、って言うんだけど、エルフの間じゃ違うのかなあ?」

『黙れ黙れ黙れ黙れッ!』


 既に、雲の魔法の中に解析魔法は浸透し切っている。

 だからエルフの居場所も分かっているし、エルフが次に何をしようとしているのかも手に取るように分かる。


 こうなればもう、エルフに勝ち目は無い。


 ……いや、実際にはある。


 もしかしたらエルフにはとっておきを隠し持っているかもしれない。この状況をひっくり返し得る術を。

 さらには、魔法を避け切れていない状態も、この雲から抜け出せていない現状も鑑みればとっておきなど無くともエルフが僕の優勢をひっくり返すことだって出来なくはない。


 うん、高揚しているが、頭は冷静なままだ。


 頭に血が上ったエルフにそれを気付かせないのも戦術の一つ。特に、これは僕の得意分野。

 エルフが雲のフィールドに僕を引きずり込んだように、今度は僕の得意なステージにエルフを引きずり込もう。


 後の先。

 言うなれば戦術のカウンターが炸裂したような状況だ。この状況下で僕はそう簡単に有利を譲り渡すつもりは無かった。


「エルフの戦闘技術ってのは、丁寧かつ、型にはまり切ったものだ。全部、これまでの君の同胞から知り得た技術だ。だけども、僕ら人間の方が戦いには貪欲だったらしい。君らから学んだことは何一つ、生かせる技術は無かったよ」

『もういい。聞きたくもない。その腐った口を、閉ざしてくれる!』

「おいおい、何も聞いてなかったのかい? こと白兵戦において、君らは人間の足元にも及ばないって言ってるのに」

(シャア)ぁッ!!!!!』


 エルフは躍起にでもなったのか、雲によって視界が塞がれたアドバンテージを捨ててでも手に持った槍を構えて距離を詰めてくる。


 その戦法を取ったことに酷く落胆する。だが同時に、エルフの男にはその戦法を取るに至るだけの実力を有していると言う事実に、胸が期待に沸く。


 素晴らしいかな、このエルフが振るう槍術であれば帝国でもかなりの上位に食い込めるほどの手練れと言える。

 だが、それだけだ。


 悲しいかな、この程度の実力ではウェイドは疎か、僕にすら届きはしない。


「だからほら、こ~んな簡単に、得物を奪い取られる」


 霞取り、と言う帝国武術の派生技によって突き出された槍をエルフの手から奪い取って無手を誘った、刹那。僕の解析魔法は、槍を取りこぼしたエルフの手元に反応を示した。


『いつまでもそうやって、気持ち悪く語っていればいいさ。──弾けろ、細石(さざれいし)

「へぇ──」


 得物を奪われたにもかかわらず、エルフの顔から闘志が消えなかったことに感心したのも束の間、魔力が渦巻く手の平が僕の体に向けられた。


『これが、エルフの戦い方だ』


 エルフの手の平に産まれた、石の塊。

 それが弾かれて一斉に僕の体に斉射された場合、どれだけの傷を負うのか。それを想像しただけでも鳥肌が立つ。


 僕の手には長物の槍と、剣のみ。全身を覆い隠すような盾はどこにもない。

 即ち、僕の体を守るものは何も無いということになる。

 ならば、僕に為す術は何も無いのか、と言うとそれはまた別の話。


 言ったはずだ。


 エルフが何をしようとしていたのか、それら全ては手に取るように分かるのだと。


「──惜しかったね」

『ぐぅ……ッ?!』


 奪い取った槍から剣に持ち替え、剣先を突き立てるは、発動直前の砂礫。

 エルフの手の平に渦巻いた砂礫を打ち砕いて、男の手をも貫き穿つ。


 魔法と言えど、魔力によって形作られた物は、全て形成物として生成される。

 火の魔法であれば水を、と言ったように、魔法に対抗できるのは魔法のみ、と限られている訳ではない。もしもそうであったなら、魔法で延焼した火が魔法でしか消せないとなると帝都は何年かに一度のペースで全焼していてもおかしくはない。


 だからエルフの作り出した砂礫の塊を貫き、魔法の発動を阻害したのであった。


 もちろんその理論には穴が多い。と言うより、穴しかない。

 ただでさえエルフの魔法は解明されていないことの方が多い。もしこれが人間の魔法理論から遠くかけ離れた別種の魔法であったのなら、僕は無駄な抵抗の後、全身を穴だらけにされていたことだろう。

 それくらい分の悪い賭けに出ざるを得なかったのだが、僕には確証があった。


 僕が確証を得られた理由の一つに、魔法士は魔法の発動における嘘が吐けないというルールがあるから。


 魔法士ではない僕にはその明確なルールは分からないが、これは魔力と魔法の関係上、決して破ってはならない契約のようなものであり、魔法の発動に必須であるトリガーをすり替えての魔法の行使は、絶対に出来ないというのが鉄の掟であった。


 そして第二に、解析魔法によるエルフの行動の掌握。


「君がそうするだろうってのは、全部筒抜けさ。大人しく、負けを認めなよ。ここで命を懸けて死ぬのは、賢い選択ではないと思うけど?」


 それらによってここまで導かれたエルフが堂々と胸を張って「これがエルフの戦い方だ」、などと宣ったが、結局のところ、ここに至るまでの道筋は全て僕が引いたもの。

 彼はただ、その道順をなぞっていたに過ぎない。


 そのことを遠回しに伝え、エルフが諦めるのを期待した。

 だが、しかし。


『──賢い生き方? エルフにとってそれは、誇りを胸に殉じることだ』

「あぁ……、愚か過ぎる──」


 エルフの空いたもう片方の手が、僕の肩に伸びる。

 僕の顔が引き攣るのとエルフが魔法を強制発動させるのは、同時だった。


「ッ!」


 崩したはずの砂礫は完成途中の状態でエルフの手の平の中に再生成されており、エルフはそれを炸裂させたのである。


 中途な魔法を無理やり発動させると、発動主にも危険が迫る。

 本来であれば指向性を伴って炸裂するはずの砂礫の塊はその場で炸裂し、四方八方に飛び散った。


「……だぁっ、クソッ! これだから戦士ってやつは!」


 飛来する砂礫は、容易く防御を食い破って体にダメージを与えてくるのが見て取れた。

 だから僕は逃れるためにエルフから距離を取らざるを得なかった。加えて、飛び退ったと言うのにエルフの魔法の幾つかは僕の身体を傷付け、大地を血で濡らした。


 あの状況において、エルフの男は間違いなく最善の手を打って来た。自分の身に危険が迫ると分かっていながら、迷いなく魔法を発動させた。


 僕は自殺志願者は好きではない。

 お陰で、距離を取った先で思わず悪態を吐かずにはいられなかった。


「せっかく、お風呂入ったのにさぁ!」

『まだ、生きているのか……』

「それは、こっちの台詞だよ!」


 雲が晴れた先、手に突き刺さった剣を抜き捨てたエルフは肩で息をしながら、魔法から逃れた僕を睨む。

 彼の身体には、最も至近距離であの魔法を受けたはずなのに目立った傷は見当たらない。ということは、あの状態でも少なからず魔法を制御した、ということだろうか。

 それがどれだけの離れ業かは、魔法士ではない僕には理解できない。

 けれども、少なくともエルフの男が僕の計算を飛び越えてきた事実には変わりない。褒められることのない最悪の方法で、とは頭に付くが。


『……消し飛ばしてくれる』

「はあ、まったく。話がしたいだけなのに、どうしてこうなるんだか……」


 僕の手には、エルフの手から奪った槍一つ。


 爛々と殺意をその目に漲らせたエルフの男に、僕は溜め息交じりに相対する。

 これはきっと、逃げている場合じゃないと察したから。






『──爆ぜよ、鈍空。輝け、旱星』

「──爆ぜよ、鈍空。輝け、旱星」






 エルフが僕を始末せんと魔法を構える。

 そんな彼に相対する僕が唱えたのは、エルフが唱えたものと全く同じ。一言一句違う事の無い、エルフの魔法。


 僕の生得魔法は、【解析】だ。では、二度目の覚醒、再覚醒を果たしたのかと問われると、それもまた否だと答える。


『なッ──?!』


 案の定、エルフは驚いて目を瞠るが、驚きたいのは僕も同じであった。

 僕はただ、解析魔法が教えてくれた通りに魔法を発動しただけなのだから。


「魔法使いの気分ってのは、こう言う事か」


 手に持った槍を媒介して、行使する魔法にぐんぐんと魔力が吸われていく感覚を覚える。それは今の今まで解析魔法を発動し続けた時とは比べようもない量で、ともすれば枯れてしまいかねないとすら思えてくる。


 嫌な、予感がした。


「あー、これは……、まずいか?」

『──猿真似如き、消し飛ばしてくれる!!』


 途方もない量の魔力が吸われた果てに発動されるは、莫大な光の束。


 互いの発現させた魔法が交差したのは、ほんの一瞬のみ。


 あまりの光量にカッ、と視界が白に染まる。



「──っ!」



 思わず瞼を閉ざしたのも束の間、その光が収まると同時に瞼を開けると、そこに広がっていたのは、焦土だった。


 草花は燃え尽きて灰になり、地面はガラス化さえ始まっていそうな程の高温に熱された状態が一定範囲に広がっている。


 その上を、エルフが悠々と歩いて近付いて来る。


「相殺……! なら、逃げ──っ?! あ、あらら……?」


 態勢を整えなければ、と思う一方で、体は言う事を聞いてくれずに僕の体は地面に倒れ伏す。

 この感覚は……。いわゆる魔力切れだ。


 嫌な予感が、見事に的中したらしい。


『……人の身でありながら、エルフの魔法に手を出した罰だ。呪いに身を委ね、死を受け入れるんだな、劣等種』

「それは、結構な、ことで……」

『──貫け、氷霜』


 間近にやって来たエルフが魔法を発動させる。

 僕の頼みの綱、解析魔法がそのプロセスを解き明かしていくが、分かるのは、それが完成して放たれれば僕の胴体には大きな穴が開くことくらいだ。


 それでも僕は、地面にうつぶせになりながらも頬に土を付けて見上げる顔から、笑みを消すことはなかった。


『死ぬ間際でも笑うか。劣等種と言うのは、どこまでも度し難い生き物だな』

「ハハッ、それはどうも」

『……確かに、貴様は強かった。この俺が警戒しなければならない程に、だ。だがそれは、翻せば残る連中は貴様以下という事になる。すぐに貴様の後を追わせてやる。冥府への道は、一人ではないことに感謝しながら死んでいけ』

「……君はずっと、勘違いをしているようだ」

『何?』

「殺すならさっさと殺せばいいものを。さっきも今も、こうして僕の言葉に耳を傾けている。それはなぜか。教えてあげようか? ……君は、僕らに、恐怖を抱いているからだ」

『ふん、何を馬鹿なことを。劣等種と言う事にすら気付けずにどれだけ自分を高く見積もっているのか。すぐに殺さないのは、俺なりの慈悲を与えてやっているのだ。それを、言うに事欠いて、俺が恐れている、だと? それこそ、勘違いも甚だしい! そんなに死にたいのであれば、疾く、殺してやろう! 穿て、鋭爪──』


 エルフの掲げた手の中に氷柱が生成されていく。

 出会い頭に放ってきた魔法と比べて大きさも精度も低いと言うのに放たれるまでに時間が掛かっているのは、つまるところ、エルフも消耗が激しいと言うのだろう。


「未知は恐怖だ。恐れは無知の証だ。だから君は、話の通じる僕を選んだ。……その点で言えば、確かにエルフは上位種なんだろうね。未知を害あるものとして排除するのではなく、理解しようと努めたところは大いに尊敬に値する。なら、最後も僕の言葉に耳を傾けてくれると、嬉しいな」


 数秒もしない間に放たれそうな魔法を前にしてもまだ笑みを消さない僕に耳を傾けることもなくエルフが魔力を迸らせた。


 僕は、笑って、言った。




「──右に三歩、避けた方がいい」




『死に晒せ! 劣等種──』




 刹那、肉や骨が裂け、砕けるような音を鳴らして、その場に鮮血が飛び散った。




 鮮血を舞わせたのは──エルフの方だった。




『がっ、あ──?! な、ぜ……?!』




 肩から血に塗れた剣先を生やして戸惑いを隠せない、エルフの男。


 その手にあったはずの氷柱は僕の身体数センチ横の地面に突き立っており、僕の身に迫った危機は取り除かれた。

 だが今度は、エルフの身に命の危険が迫る。


「──ウェイド! 殺しちゃ駄目だよ!」

「ッ!」

『神獣様の──ェ、ぐぅ……ッ!』


 エルフの背後に現れたウェイドが、一切の容赦なく肩に突き立てた剣を引き抜き、次にその首を斬り落とそうと動いたのを見て、僕は慌てて声を張り上げた。


 逡巡は、一瞬。

 彼は僅かに瞳を揺らした後に剣を投げ捨て、エルフの細い首に、太い腕で巻き付いた。


『……カッ、ハ──』


 万力のごとく締め付けられた首は瞬く間にエルフの首を締め上げ、滅多な抵抗をする暇すら与えられずにエルフの意識は飛んでいくのだった。


「……ほら、ウェイド。もう、気を失ってるから。さっさと離して」

「──っ! そう、か……。そう、だよな……」


 それでも尚も締め上げていたウェイドの肩を叩いて気付かせると、ハッとした様子で慌ててエルフから離れていく。

 離れたウェイドは息も荒く、焦点もどこか定まっていない。


 森の中でも常に神経を尖らせていたし、ただでさえ強力なドーピングである神の雫(ミューズ・ア・ムール)を何本も飲ませた後遺症だろうか。近頃のウェイドは一度戦い始めると熱が抜けなくなることが頻発するようになっていた。

 そんなになるまで働かせていたことにリリスちゃんが腹を立てていたが、そうでもしなければメトロジア大森林の深部を通って横切るなんて真似は出来なかった。


 だから僕に後悔は無い。

 無い……が、せめて神の雫(ミューズ・ア・ムール)による体調の変化を記録しておきたかったと言うのが僕の本音である。


「ワイバーンはどうしたの? ほら、とりあえずこれでも飲んで」

「なんだ、これは」

「飲むと楽になるよ。それで、ワイバーンは」

「あぁ、ワイバーンならあそこで不貞寝してるよ。相当に賢い魔物だ。中々に手こずった。帝国も真似できないのか、あれ」

「アレ、って。魔物のテイムのこと? 出来なくはないだろうけど……、アーティファクトの方が強いからなあ」

「それも、そうか……。ふぁ──」


 ウェイドが指差す先では、ワイバーンに群がるみんなの姿。あの騒ぎだ。流石に起こしてしまったか。

 リリスちゃんが「ウェイドさーん!」と言って駆け寄って来るのを尻目に、ウェイドは大きなあくびを一つ。


「悪い。俺も、少し。気絶、しそう、だ──」

「はいはい、お休み」


 欠伸を一つしたウェイドが後ろ向きに倒れたところでリリスちゃんが慌てて寄って来る。


 何を飲ませたんだ、と聞かれても、僕が飲ませたのはただの麻痺毒である。

 例の二人の解毒薬を作る過程で生まれた副産物。睡眠薬に近い効果を発揮する優しい毒でもあるからウェイドなら平気だろうと思って飲ませてみたところ、神の雫(ミューズ・ア・ムール)の昂ぶりすらも無視して眠りにつかせることに成功した。てっきり彼の興奮を落ち着かせる程度の効能しか無いと思っていたのだが。これも要解析だね。


 そんな快挙に沸く一方で、惜しむらくはこの麻痺毒がメトロジア大森林の深部でしか取れないキノコを調合した品ということに加えて、魔物ですら卒倒するような強力な毒だということ。

 僕やリリスちゃんに使えば容易く意識を刈り取られるような強力無比な麻痺毒を飲んで平気な顔で寝息を立てるウェイドを見て、分かっていたとは言え僕は若干引かずにはいられなかった。


「さて、後始末といこうか」

「今のメアさん、明らかになんか変なこと考えている顔でしたよ……。この小瓶の中身、オーキッドさんに調べてもらうことだって出来るんですからね」

「チッ」

「舌打ちしたってことは、やっぱりまた勝手にウェイドさんを被検体にしたんですか?!」

「まあまあ。僕の可愛さに免じて許してよ」

「可愛い顔したって、泥まみれの顔じゃ誤魔化されませんよ……。まぁ、メアさんなら危ない真似はしないって分かってますから……」


 信頼されているのか、いないのか。

 むしろ、こっそりウェイドの頭を自分の膝の上に乗せながら寝顔を眺めては、にやにやしているリリスちゃんの方が僕の認識では危ない人だと思うのだけれど、愛は正義であるため、僕は口を噤んだ。


「と言うか、これ、どうするつもりですか? エルフを捕まえておく施設なんて、この村にはありませんよ」

「ああ、それならいいものが荷物にあるよ。それを使えばいい。それよりも、だ」

「はい?」

「リリスちゃん。次からは君に、嫌と言うほど働いてもらうからね?」

「え……冗談、ですよね?」

「僕が冗談言ったこと、ある? それに、ウェイドのためなら、何でもするんでしょ?」

「それは、そうですけど……!」

「それじゃあ、よろしくね? 僕はひとっ風呂浴びてくるからさぁ!」

「ちょ、ちょっと待ってください?! せめて、せめて何をするかだけでも話してって──」

「束の間のご褒美の時間を堪能すると良いさ──」


 通りすがりにワイバーンに群れる同行者達にエルフの拘禁を指示し、僕は蒸し風呂に向かう。

 欲を言えばシャワーと浴室のある風呂がよかったけれど、贅沢は言ってられない。


 それに、闖入者がいたとは言え、今回はまだ森を抜けた後のご褒美の時間は継続している。

 蒸し風呂が再度温まるのを待つ間、村の倉庫から拝借した果物にかじりつきながら、僕は今後の展望を夢想する。


「……エルフの国。楽しみだ──」


 エルフの魔法を放った感触を思い出しながら、僕は愉快にほくそ笑むのであった。









補足と言う名の、言語解説。


【メアの戦い方】


解析魔法で敵の全てを明らかにして、丸裸になったところを攻め立てると言う、実に捻り曲がったメアの性格をこれでもかと表した戦法を好む。そして何よりも、どんな戦い方にも対応できる柔軟さがメアの突出した戦闘スタイルを築く基礎となっている。メアが自分で述べた通り、この戦闘には長い時間が掛かるもので、多対一では不利である。しかし、その場合でもメアが「負けない」ことに注力した場合、ともすれば近衛騎士にも引けを取らない実力を有しているとも言われている。

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