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純然たる近衛騎士

 


 ◇




 帝国東部に位置するフォルダー領、その領都、アルザスの街。

 ここは東部最大の街にして、帝国と隣り合う森林国家との最前線の街。


 数か月前まではメトロジア大森林の外周に沿ってこの街より東にいくつもの村々が広がり、東部地域一帯は帝国の領土拡大における最大の成果をもたらしていた。中には時を経ればいずれ第二の東都へと発展するだろうと言われていた町すらも中にはあった。

 だが、それが今では、このアルザスの街を最後の砦として、人間は帝国中央部に向かって撤退せざるを得ない状況にあった。


 それも全ては、紫晶災害によって帝国の機能が半分以上停止した状態で、森林国家による攻撃を受けたからである。


 アルザスが奪還の最後の砦として今も健在であるのは、森林国家にとってはアルザス以東の地が帝国によって奪われたものであるから。森林国家は、極少数の精鋭のみで奪還作戦を完遂したのであった。よって、森林国家はアルザス以西の土地に刃を向けるつもりは無いようで、彼らの奪還作戦はそこまでで止まっている。


 ここアルザスには避難民も大勢押しかけ、今では紫晶災害以前と遜色ない人の数で溢れていた。


 しかし、紫晶災害に加えて新天地を奪われたことによる被害は甚大であり、経済都市と呼ばれる程のアルザスに以前のような活気は戻っていない。


「──ヴェルモンド様、私たちは何処へ向かわれるのですか?」

「目的とその意図、全ての説明を求む」


 そんな湿気込んだアルザスの街に、様々な思惑を背負った三人の影があった。


 彼らの肩には風によってはためく紅のぺリース。グリフォンと剣の紋章は、近衛騎士のもの。


 その筆頭は、クレミア・ジェネヴァレッタと分かれて逃亡犯の確保を任ぜられたのは一人の男。名を、ヴェルモンド・トーラスと言う。


 恵まれた体格、恵まれた顔立ち。

 貴族特有の高い魔力を示す、燃える鉄のように赤々とした長髪。それとは正反対に、見る者に凍えそうな程に冷徹な印象を与えるコバルトグリーンの瞳を湛える、目尻に切れ込みが入ったかのような眼。しかし、誰もが彼を見た時に抱く印象は、恐怖ではなく、その美しさによって圧倒される感動だろう。現に今も、待ちゆく女性の誰もが彼に目を奪われいる。しかし、ヴェルモンド・トーラスはそれら一つ一つを見下しながら街を闊歩する。


 そんな彼の後ろを付いて歩くのは、近衛騎士隊の新入隊員。

 同じ貴族爵を有するジャクリーン・モルトロと、システィナ・カイベリン。その二人だけだった。


「せめて、ヴェルモンド様の騎士団を動かさない理由を説明していただけませんか? たった三人では、余りにも……」

「無謀、だと?」

「っ、はい……!」


 ジャクリーンの言い渋るような言葉に、少女の倍はあろうかと思われる巨躯が突如として足を止めて振り返るものだから、彼女は思わず肩を跳ねさせる。それ以上に、『不死の貴公子』とも呼ばれる美貌が少女の眼前に見えたことで、胸を高鳴らせずにはいられなかった。


 本来、「近衛」の称号と役職を持つ者には、国軍の精鋭たる騎士の集団やその下、一個師団を動かすだけの権限があり、その管理も担わなければならない。ジャクリーンやシスティナも近衛騎士としての格とも呼ぶべきその権限が与えられているものの、彼女たちが持てる騎士の一団は存在していなかった。


 なぜなら帝国には現在、紫晶災害によって人口そのものが減少したことで貴重な騎士団の戦力を、いかに近衛騎士とは言え新人に回して無駄に出来るほどの人的余裕が無いからである。


 そして、人員が不足しているとなれば優秀な者に仕事が集まるのは自明の理であって、現在近衛の職務は多忙を極める真っ只中。誰もが自由に動ける身ではない上に、任務には常に事欠かない程に帝国領内の治安は悪化の一途を辿っていた。

 常に人手が足りない近衛騎士隊は現在、皇帝陛下のとある勅命を受け、ただでさえ少ない人手を半分割いてでも職務に当たらざるを得ない状況にあった。


 人を惹き付ける魅力に溢れたクレミアや、兄妹揃って実力者なロマンセス、人心掌握に長けたレッドレイなど、同じ近衛でも彼らの傍には副官や騎士隊が補佐として必ず傍についている。

 だと言うのに、このヴェルモンド・トーラスの傍には新人二人を除いて誰の影も見えない。


 近衛騎士隊に任ぜられたのは、広義の意味では人探し。であれば人海戦術が最も適しているはずで、ジャクリーンやシスティナの頭には騎士のみならず、その下部組織である兵士達をも駆り立てて捜索に回るべきだと最適な答えが導き出されていた。だが新人でも思い付く策を弄さないヴェルモンドに疑問を抱くのは当然であった。


 しかし、二人が付いているのはあの近衛騎士隊隊長、モーリス・ローガンの右腕と評される人物である。


 一概に間違いだと取れる行動にも何かしらの意図が含まれているのではないかと勘繰らずにはいられない。なぜ単独行動なのか。どこに向かっているのか。それを尋ねた二人に返って来た答えは、見蕩れるほど静かな、そして、妖しい笑みだった。


「……」

「──っ! ぶ、無礼なことを尋ねました! し、失礼しました!」

「訂正。リンが謝罪する必要はない」

「ちょ、ちょっとティナ!」

「ヴェルモンド様は言葉が足りていない。隊長の思惑も、知っていたなら教えてくれればあのような齟齬は起きなかった。だから、作戦の概要を聞いているだけ。そして今、私たちはヴェルモンド様の旗下にある。つまりヴェルモンド様は、部下である私たちに通達する義務がある。怠っているのは、ヴェルモンド様の方」

「ほう……?」


 システィナが「あのような齟齬」と言ったのは、ハリス・ロック・フロレンシアの後を継いたモーリス・ローガンが、隊長としてあるべき姿に悩んでいたことだ。

 貴族や帝国の優勢思想に濃く染まった新入隊員である彼女たちからは、モーリス・ローガンは日和見主義の軟な男だと思われ舐められていた印象が様変わりした一件である。あれ以来、モーリス・ローガンは隊長として、四人の新入隊員からは畏怖の対象として見られるようになった。


 それが起こるまでは新入隊員から恐怖の象徴と畏れられていたヴェルモンド・トーラスは、「そんなこともあったな」、と言いながら柔和な笑みを湛えていた目を静かに開いて鋭い眼光を露わにする。


 ヴェルモンドが恐れられていた理由は、その甘いマスクとは裏腹に尋常ならざる厳しい訓練を課す鬼のような性根が原因であった。その厳しさは自分達を導こうとするがゆえの厳しさ……。即ち、愛であるとジャクリーンやシスティナを含む四人の新入隊員は捉えていた。


 しかし、その感覚に違和感を覚える要因となったのが、直後に訪れたあの一件だ。


 ジャクリーンのように面食いであれば貴公子と言う呼び名に相応しい見目に加え、その年にして独身を貫く彼に魅力を感じずにはいられないだろうが、彼女とは仲が良くとも趣味嗜好の異なるシスティナは彼に疑念の目を向けざるを得なかった。


 ヴェルモンドの行動に、違和感を抱かずにはいられなかったのだ。


 あの行動は彼の責任感の強さを真っ向から否定するような無責任さの表れにも思えたから。


 だからシスティナは彼に抗議する。

 明確な実力差はあれど同じ近衛騎士である以上、彼の大柄な体躯から放たれる圧を前に怯むほど、システィナもまた、軟な精神性を宿していなかった。


「あの程度、近衛に選ばれたのなら読み取って当然だ。むしろ、モーリスを勝手に弱者の枠に当てはめて物事を自分達に都合よく解釈したのはお前達の方だ。その責任まで、俺に押し付けるのか?」

「それは、あなたが……っ!」

「俺が……、なんだ? まさか俺のことを教育係か何かだと思っていたのか? お前たちの面倒を見ていたのはモーリスからの頼みだったからだ。つまり、仕事の範疇。そこにはお前達への愛も、思い入れも何も無い。モーリス……。あの男こそが右も左も分からないお前達にとって唯一の良心であったにもかかわらず、それを足蹴にしたのは他ならぬお前達だ。それをモーリスが取り払った以上、お前たちは奴の求めた最低限の基準すらクリアできていないと判断されたに過ぎないということだ。それすら理解できずに尚も居丈高に振舞うお前達の精神性は、俺の思惑を理解できるとは思えない。お前達はせいぜい俺に使われる程度で十分だ。……それに、だ。自分達は優れているなどという思考は捨てろと、そう何度も忠告したはずだ。もう忘れたのか?」


 あくまでも淡々と。

 声に熱を迸らせたシスティナと違い、ヴェルモンドの口から放たれる言葉はどれも正論で、彼の言葉を浴びた二人の脳裏には、正確無比な攻撃によって訓練で心も体も滅多打ちにされた記憶が蘇る。


 騎士とは、帝国を代表する剣であり、盾である。

 その中でも近衛に選ばれる騎士はさらに限られている。

 皇帝の盾となり剣となれる名誉はこの世のどんな勲章と比較しても比べることのできないほどの輝きを放つ。

 近衛を近衛たらしめているのは、実力と誇りのみ。

 それ即ち、近衛に選ばれる人間は尊ばれる存在でなければならない。右に並ぶ者は同じ近衛でなければならない程に実力、精神、思想も充実していなければならない。非凡程度では到底手の届かない存在で無ければならない。

 それは誰かが言った理想の話ではない。新入隊員を除く全ての近衛騎士はそれを理解し、実現せしめているのが現実であった。近衛騎士として近衛の品格を落とすことだけは絶対にしてはならないことだと、誰もが胸に誓っている。


 だがしかし、それが四人の貴族の思惑によって挿し込まれた不純物とも呼ぶべき四人の新入隊員によって、近衛騎士の価値が下がっていくばかりの現状をヴェルモンドだけでなく、残された近衛騎士全員が抱く不満として、今こうやって彼が代表をして二人に告げているだけだった。


 その現実を他ならぬヴェルモンドより叩き込まれたことを思い出したシスティナは、苦い顔をする。ヴェルモンドの口調は腹立たしく、言葉は厳しいものであったが、彼女たちには言い返す言葉など無かった。


「……っ、訂正。私の言い分が、間違っていた。だけど、この行動の意図が不理解のままでは作戦に支障がきたす可能性が高い。ゆえに、説明を求める」


 それでも尚も引き下がろうとはしないシスティナに対して、ヴェルモンドは面倒くさそうに頭を掻いた。

 溜め息を吐いて辺りを見回した後、彼は一言。「言っても無駄だろうがな」と聞こえるように呟き、目線の先にあった店を指差して、言った。


「……分かった。人目の無い場所を選ぼう」


 話せば長くなる、と示したヴェルモンドに、二人は無言で頷き返すのだった。






「──まず、前提として、俺はレオポルド陛下に忠誠を誓ってなどいない」

「ブフッ──?!」


 高級店の個室に移動した途端放たれたヴェルモンドの第一声に、緊張を隠せない面持ちのまま息を飲んだシスティナに反して、気ままに紅茶を嗜んでいたジャクリーンがそれを噴き出した。


 始まったのは、近衛騎士とは言え身分は貴族である以上、話題にするのは余りにも憚られる内容で、聞き間違いかと己の耳を疑うもジャクリーンは自身が敬愛するヴェルモンドの目に一切の陰りが見えないことから、今しがた聞こえた内容が嘘では無かったことに彼女の体が芯まで凍り付く。


 冗談であればどれだけよかったか。

 けれどもヴェルモンドと言う男が冗談を口にするような人間でないことは近衛に就任してから嫌と言うほど思い知っている二人は、額の汗を静かに拭った。


「お前たちがロウリィ公爵の手の者だということは理解している。あの狸爺のことだ、レオポルド陛下など傀儡にしか思っていないということもな」

「……っ、それは、私の口からは……」

「それが答えのようなものだがな。肩の力は抜いて結構。これはお前達を処断するために聞いているわけではない。ただの確認だからな」


 皇帝を頂点にする近衛騎士として、この場にいる三人は誰もがあってはならない思想を抱いている。

 ヴェルモンドの言葉を受けて素直に胸を撫で下ろしたのは、ジャクリーンただ一人のみ。


 常に神経を研ぎ澄ませているシスティナは、ジャクリーンからの目配せに応じるので精一杯であった。


「……お言葉の通り、私たちが忠誠を向ける先は、ロウリィ公爵です。公爵のお陰で、今の私たちがあります。その恩に報いるため、私たちは近衛として公爵の剣となり、盾となるのです」

「…………右に同じ。そして、忠誠を誓う公爵はレオポルド陛下に忠誠を誓っている。これは近衛としての心構えに即している。よって、説法を説きたかったのだろうけれど、私たちの考えは否定されるべきものではないと断言できる」


 ヴェルモンドの反応を窺うように言葉を発したジャクリーンと、表情に緊張を走らせながらも堂々と胸を張って言い切ったシスティナ。


 それを口にするのに、どれだけ覚悟がいったことか。

 心に決めているとは言え、それは近衛騎士として以前に帝国人として明確な裏切りを表明したようなもの。ここがもし帝都から離れていなければ、個室でなければ、即刻で二人は縛り首にあっていたに違いない。

 それゆえに胸を張って答えるには覚悟が必要だった。


 対比する二人の表情を眺めたヴェルモンドが二人の答えにどのような反応を示すのかと待ち構えるのを他所に、ヴェルモンドは紅茶を一口含み、ゆったりとカップを置いた後、答えた。




「そうか」




 二人の回答になど一切興味を見せない、冷淡とした声音で、一言だけ。

 その答えに不満を爆発させたのは、システィナだった。


「っ、そうか、だと? 私たちを舐めるのも、大概に──……っ?!」


 ただでさえヴェルモンドに対して不信感を募らせていたシスティナ。

 近衛騎士たるもの、その上に立つ皇帝陛下に忠誠を誓うのが当然である中、上官の計らいがあったとは言え、近衛の定義を崩すような、ともすれば不敬罪が適応されかねない発言を引き出しておいて、ヴェルモンドのその軽い返答に、システィナは自分達の尊厳を守るべく立ち上がったのだ。


 ヴェルモンドの問いに答えることにはそれだけの覚悟が要ったにも関わらず、とシスティナが憤慨した様子でテーブルを叩き、勢いよく腰を浮かした──その刹那だった。


「ティ、ティナ……っ!」

「──ッ、……う、くっ!」

「よく止まれたなぁ? 流石は、新入隊員の中で実力はトップなだけある」


 立ち上がったシスティナの首には、ケーキセットのカトラリーとして付随したナイフが突きつけられていた。怒りのままにあとほんの数センチでも上官に向かって手を伸ばしていれば、彼女の頸動脈はそれこそ、ケーキを切り分けるかの如くさっくりと切り裂かれていたに違いない。


 カトラリーは、ケーキセットを注文したジャクリーンの前にしか置かれていない。

 それをヴェルモンドがいつ手に取り、いつ差し出したのか、ジャクリーンには認識できていなかった。

 ヴェルモンドの試すような視線に晒され、喉が鳴る。


「言ったはずだ。これは、ただの確認であると。それに、お前たちがあの公爵の手先だろうと玩具だろうと俺にはどうでもいいことだ。ただ、何かしら感想が欲しいのであれば答えてやろう。お前達如きに帝国の根幹を揺るがすことなど不可能である、とな。俺はお前たちの薄弱な意思を確認できればそれで十分だ。そこに深い意図もなければ、理由もない。……分かったのなら、早く席に着け。紅茶は、温かい内に飲んだ方がいい」


 それだけ言うと、ヴェルモンドは目の前にいるはずの二人から興味を失ったかのように視線を外し、まだ湯気の立つ紅茶の香りを嗜む。

 腰を下ろさざるを得ないジャクリーンの敵意が滲む視線すらも肩で透かすヴェルモンドに対して、彼女は留飲を下げることが出来ずにいた。


「……疑問。そうまで言うあなたは、レオポルド陛下の信奉者だと?」

「同じことを二度言わせるな。誰があのような愚者に跪くものか。その点で言えば、モーリスには悪いことをしたな」

「……畢竟。近衛としての身構えに欠けるあなたは、やはり私たちの上に立つ者として信用できない」

「陛下に忠誠を誓わぬと言ったその舌で、新入り風情が近衛を語るか」


 とんだ二枚舌だ、と笑うヴェルモンド。

 ヴェルモンドに対する不信感を拭えないがために発した失言に歯噛みするシスティナに対して、フッと息を吐いたヴェルモンドは背もたれに体を預ける。


「俺が忠誠を誓うのは、ただ一人だけだ」

「それは……?」

「唯一絶対にして無二の主。我が主君はロベルト陛下ただお一人のみ」

「っ?!」

「かの名君以外に、俺が首を垂れることはない。ロベリア陛下とハリス様によって召し上げられたこの身は、我が王のためだけに使う。ただそれだけだ」


 ヴェルモンドが口にしたのは、もしもここが帝城であったならば二人が皇帝ではなく公爵に忠誠を誓うと宣言した以上に、彼の近衛としての身分が危ぶまれる発言であった。


 ロベリア陛下は石化し、その息子であるレオポルド新皇帝はロベリア陛下は「死んだ」と喧伝している。

 そんなロベリア陛下を、まだ生きている、とでも言わんばかりに言い切ったヴェルモンドに二人は顔を顰めるばかり。

 しかし、それだけの危険性を孕んでいるせいか、ヴェルモンドの言葉には聞く者を震え上がらせるほどの気迫が込められていた。

 彼に憧憬の眼差しを向けるジャクリーンは疎か、彼に懐疑的な視線を向けるシスティナでさえも、彼の真意に慄かざるを得ない。


「……そのくせ、隊長の言うことは聞くんですね。やはりあなたも──」

「お前たちの目から見て、モーリスはどう見えている? 軟弱か? それとも、レオポルド陛下に頭を下げることしか出来ない能無し、とでも映っているのか?」

「……」


 現皇帝を蔑むどころか、近衛騎士隊の隊長すらも貶める発言は不用意だと判断して、システィナはそこで言葉に詰まる様子を見せる。冷静さを取り戻すには遅すぎると言わざるを得ない状況だが、そこで言葉に詰まること自体、ヴェルモンドの指摘が図星であると言っているようなものであった。


 近衛と呼ぶには青二才が過ぎる新入隊員の二人に対して、ヴェルモンドはみるみる興味と言うものを失っていく。怒りなどとうに通り越して、虚しさすら感じずにはいられない。それが翻って、目の前の二人の新入隊員のことを哀れむ感情すら抱いていた。


「モーリスは、あの男は言うなれば……、凡人だ。非凡ですらないただの凡人。そんな男が、近衛騎士隊の副隊長。今では、隊長にまでのし上がった。お前達は少なくとも近衛に推薦されるくらいの実力は有しているのだろう? この意味が分からないとは言わせん」

「否定ッ! かの『鬼人』の後釜に適当に宛がわれただけの人に実力など──」


 あの一件。あの瞬間。

 モーリス・ローガンが取り繕うのを止めた刹那、無礼な態度を崩さなかったトラカル・コンクスをその手で捕らえた動きと言うのは、システィナやジャクリーンの目には捉えることが出来ていた。

 実際、あの後でトラカルは言っていた。


『──意表を突かれただけだ。あの程度、実戦ならば捕まるはずもない』


 と。

 だから今しがた目で捉えることも出来なかったヴェルモンドの動きと比較すれば、どちらの実力が上かなどは明白である。

 であれば、最も優れている人物を頭に据えるべきだと考えるのが妥当である。ヴェルモンドは人間性と言う面で明らかに問題があるとは言え、新入隊員の彼らを指導していたヴェルモンドの実力を新入隊員の四人はよく理解しているし、正しく評価もしていた。

 上官として認められないだけで、彼の腕は帝国でも随一だとその身で理解している。だからこそ、ヴェルモンド・トーラスと言う男が恐怖の対象でもあった。


 彼には現状、どれだけ手を尽くしても勝てないからこそ、当時は揃って彼こそが隊長に相応しいと思っていた。その上、近衛騎士隊には彼以外にも名のある騎士が存在する。その筆頭が、『舞踏剣姫』の名で知られるクレミア・ジェネヴァレッタ。彼女もまた、同じように敬うべき対象であった。


 だからこそ、実力を認められて近衛騎士の座を得たと思い込んでいる彼女たちにとって、モーリス・ローガンは騎士隊長の格に相応しくないと言い切れるのだった。


 しかし、何故か自分達が認めたヴェルモンドがモーリスを認めている。

 あまつさえ今は亡きロベルト陛下に忠誠を誓うなどという妄言を口にするヴェルモンドの言葉を、帝国の主義主張たる実力主義の恩恵をその身に受けたシスティナとジャクリーンは、彼の考えを否定しないわけにはいかなかった。


 しかし、幾度目の再演か。


 彼と手合わせをした時のように、否定の言葉もまた、ヴェルモンドには決して届かない。


「帝国には、何人もの天才がひしめいている。例えば……ハリス・ロック・フロレンシア。ファリオン・エムズ・ジャガーノート。帝国に生きる者であれば必ずと言っていいほど耳にする名だ。ましてや帝国には、知る人ぞ知る強者たる非凡の才を持つ者でありふれている。ありとあらゆる方面で頭角を現す者が溢れ返ったこの帝国で、あの男は凡人にしてあの地位にまで辿り着いたのだ」

「こ、近衛の中でも、あの人だけ、実力に明確な開きがあると──」

「実力に、開きだと? 馬鹿を言うな。お前たちは何を見て来たんだ? 俺とモーリスでは、百回戦えば九十九回、俺が負けると言うのに」

「そんな馬鹿な話が」

「あるんだな、それが」


 二人の反応が予想通りであることに、ヴェルモンドの顔には、二人が見たこともない爽やかな笑みが浮かんでいる。

 それはまるで、自分の好きなモノについて語っているかのようで、ジャクリーンに至ってはすっかり見蕩れている節すら感じられた。


「一対一であればハリス・ロック・フロレンシアが最強であるように、一対多であればファリオン・エムズ・ジャガーノートが最強であるように。モーリス・ローガンはそのどちらにおいても二人の後に続く実力の持ち主だ。モーリスは、総合力の化け物だ。だから俺はモーリスを友と呼ぶし、彼をロベルト陛下の次に慕っている」

「ではなぜ、裏切り者のハリスと共に行かず、近衛に残る決断をしたのですか!」

「俺が近衛に残ったのは、単純に優先順位の問題だ。ロベリア陛下の傍にはハリス様が居る。ならば俺は、残された友の傍に居る。ただそれだけだ。だからレオポルド陛下に忠誠なんて無い。俺が遂行すべきは、モーリスからの仕事だけだ。お前たちのお守りは、頼まれてなどいない」


 それだけ言って視線を紅茶に落としたヴェルモンドは、すっかり冷めてしまった紅茶に見向きもしなくなり、席を立つ。


「……と、言うわけだ。お前たちは帰ってくれていい。指名手配犯の捜索など、俺一人で十分だ。むしろ、帰ってくれ。任務の説明も省けて、丁度いいからな」


 それだけを言い残して店を後にしていくヴェルモンドを呼び止めることは、二人には出来なかった。







補足と言う名の、言語解説。


【不死の貴公子】


数多の戦場。その数だけ積み重なる戦功。

それらを乗り越えるために殺して来た敵は無数。死んでいった味方は、数え切れない。

それでもその男だけは必ず生きて帰って来た。ゆえに、不死。

血に塗れ、泥に塗れてもなお屈さず、廃れぬ輝きを放つ。ゆえに、貴公子。

その者の名は、ヴェルモンド・トーラス。

五百人の大隊を率いて向かったノルデン戦域において、彼の部隊は全滅。しかし、彼だけは生き残った。一人生き残り、敵将の首を持ち帰ってきたその姿を見た者が、敬意と畏怖を込めて呼んだ。


──不死の貴公子、と。

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