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新たな可能性

お久しぶりです。

前回までのあらすじを簡単に書いておきます。


主人公、色々あって逃亡生活中。


 



 ◇




「──傾斜角、良し。充填、不足なし。準備、完了しております。いつでも、放てます」

「では、実行を」

「投射、開始!」


 オリア帝国、首都オーレリア。


 帝国の栄華の極みがここにあり、と謳われ、別名『眠らない街』とも呼ばれる帝都のとある施設の中で、とある実験が行われていた。


「ンフフ、遂に最終段階ですよ。論文通りに、上手く行くと良いのですがねぇ」

「恐らく、問題無いかと。そしてこれが成功すれば……」

「ええ……。ですが今は、目の前の実験に集中しましょうか」


 ここは、研究塔。


 常軌を逸した者達の集いとも呼ばれる研究塔には、常識や倫理と言ったものが、存在していない。

 知的探求心を満たすためであれば、彼らは喜んで人の道から外れていく。だって、知識が呼んでいるのだから。そのための犠牲など、犠牲とすら思っていないような、常軌を逸した知的探求が行われているのが、ここ、研究塔であった。

 そんな研究塔は今、世界を動かす研究に注力していた。

 長い、長い研究の成果を確かめるため、実験室にて大勢の研究員と共に最後の実証実験へと動いているのだった。


 実験室は、外部の干渉を防ぐためか窓は無く、扉は厳重に管理された部屋の中に、白衣に袖を通した複数の研究員が集っている。

 そんな彼らの期待と不安に満ちた眼差しは、まるで我が子の成長を見守る親のような心持ちで、ある機械に注がれていた。


 その機械は、とにかく巨大だった。


 天井も床面積も広いはずの実験室。高さで言えば三分の一を埋め、接地面積で言えば実験室の四分の一を埋める巨大な機械である。その骨組みには大小様々なチューブが無数に繋がれ、項垂れた頭部のような、これもまた巨大な物が付いている。

 それを一目見て抱く印象は、絢爛に咲き誇り一生を終えたような萎れた花。

 もしくは、鎖に繋がれた大罪人、だろうか。

 それは、大陸各地の遺跡から発掘されるアーティファクトのように洗練された機能的なフォルムではなく、ただただ一つの機能を実行させるためだけの武骨なデザインであった。


 そんな機会が、合図一つ、ボタン一つで動き出す。


 繋がった無数のチューブから、機械の頭に向けて大量の何かが流れ込んでいく。

 音を立てて持ち上がっていく、機械の頭。

 それが光を透過させるためのガラス構造であることに気が付いたのは、機械の頭部に大陸の人々であれば忌み嫌う象徴とも言うべき、紫の光が宿ったからだ。

 機械の頭にじわじわと光が集積していく。

 そして、その頭が向く先には、幾人かの人影が見えた。


「おい、出せよ! っつうか、ここはどこなんだよ?!」

「な、なんだよ、アレ!」

「こ、こっち、向いてる……!」

「紫の、光……っ?!」

「やだ! 助けてよ! あんた達、男でしょ?!」

「黙れよ! こんな状況、男も女も関係ねぇ──」


 男女問わずこの場所に連れて来られた数名が慌てふためくが、彼らは一定の場所から動くことは叶わない。何故なら、彼らは頑丈な檻の中に入れられているから。

 そして、動き出した機械に止まる気配は無い。機械の傍で何かを記入する研究員もまた、機械が生み出す数値と情報に魅入られているかのように彼らに一切の興味を示さない。彼らに研究員の興味が向けられる時があるとすれば、それは結果が起こった後の事だ。一瞬の過程すら見逃さないとばかりに音を立てる機械に夢中な研究員ら。

 そんな彼らに助けを求めたのも束の間。


 一切の容赦も慈悲も無く、()()()が彼らを照らした。




「嫌ッ、たすけ──」




 直後、外と隔絶された部屋の中に響き渡る、断末魔が如き絶叫。


 そんな悲鳴すら掻き消すように、紫の極光が轟々と音を立てて照射される。


 光の照射が止んだのは、それからしばらくしての事だった。


「……時間と、エネルギー消費量は?」

「八分二十六秒。エネルギー残量、十八パーセントです!」

「ンフフ。許容範囲内、ですねぇ?」

「と、言う事は、つまり……!」

「ええ。我々の理論は完璧だったと証明されたのです!」


 すっかり丸くなった背筋でも、隣の研究員からすれば見上げる程の上背の持ち主が、満足気に、そして誇らしげにこの実験の成功を称えるよう声高に叫んだ途端、研究員たちの間から歓声が上がる。


「やったぞ! これでエネルギー問題は解決に──」

「いやいや、まずは安定した兵器利用からだろう! 理論上では完成された物がいくつもある! 一生かかっても退屈などしないぞ──」

「このエネルギーさえあればアーティファクトも──」

「アーティファクト? それは今この瞬間をもって過去の遺物に成り果てる! それすらも凌駕する研究を──」


 ブゥン、と尻窄んでいくような音を立てて再び頭を萎びさせる巨大な機械。光の照射によって生まれた高熱に耐え切れなかったのか、チューブが何本か溶け落ちて千切れていく様子を尻目に、猫背の男は檻へと近づいていく。


 だが、しかし。


 複数の男女がひしめき合っていたはずの檻の中には、




 ──()()()()()()()姿()()()、残っていなかった。




 誰もが狭い檻の中を逃げ惑い、絶望の表情を浮かべながら石に変えられている様を見て、男は悲観に暮れる訳でも、恐怖する訳でもなく、ただ、満足げに笑った。


「ンフフ、完璧な紫水晶(オージア)ですね。これだけあれば、もっと研究が捗りそうですよ」

「所長! こちら、今回の実験のデータと、改善点です。チューブの素材に不安点が見られたので、次回の実験には別の素材で試そうと思うのですが」

「ええ、そちらで進行をお願いしますよ。私はまた、彼らでより効率よくエネルギーを取り出す方法を模索しますので」


 所長。そう呼ばれた猫背の男こそが、研究塔のトップに立つ男。

 研究塔の誰よりも知的探求心が強く、それを単なる好奇心で留まらせない頭脳を持ち合わせる男。

 男の名は、ピラー。


 彼の功績を知る者は彼をプロフェッサーと呼び、彼の狂気を知る者は無謀者(ボル・レイ)と呼ばれていた。

 ピラーは誰よりも狂気に近く、誰よりも狂気を理解していた。

 ゆえに、変人奇人ばかりの研究塔の塔主として所長として、彼らの上に立てる唯一の人物であった。


「ですが、一つ問題が。紫水晶(オージア)の供給が不足していて……。やはり、秘密裏に研究を続けるには限度が……」

「ふむ。彼らのような犯罪者を集めて、その都度、紫水晶(オージア)を回収するにしては、効率が悪いですよね?」

「はい」

「ならいっそ冒険者……だと、足が付きますね。ならば、裏稼業を生業にする人たちに声を掛けて下さい。報酬に糸目は付けず、盛大に」

「よろしいので?」

「ええ。この研究が実を結べば、金など幾らでも手に入りますから。それに、こうして身を潜めるようなやり方は今だけです。そう遠くない内に、誰もが石化した人間を資源だと思うようになる日が来ます。動かなくなった者を生者だなんだと論じるのが、馬鹿らしくなる日々が到来するのです。我々が、未来を創るのですよ」

「それは素晴らしい! もしや、早速、出番が?」

「ええ、とある御仁に目を付けられまして──」


 と、ピラーを含む研究員が実験成功の高揚に包まれている中、実験室の分厚い扉をガンガン、と鳴らす音が響いた。


 鉄板を何枚も重ねているはずの分厚い扉を叩いてこうも音を響かすなど常人には考え難い、と思いつつも、ピラーにはそれを成す人物に心当たりがあった。だからピラーは扉の向こうの人物を招き入れるのだった。


「──所長! これは、一体……! どう言う事ですか?!」

「どう言う事とは、どう言う事ですか? いつも質問は常に具体的に、と申しつけているはずですよ、()()()()。それとも、論文の読み方から教えてあげないといけませんか?」

「異なことを……っ! 俺の言いたいことなど分かっているはずだ! ──ッ、その、人達は……もしやっ?!」


 バッカス、と呼ばれた男は、研究塔に属する研究員とはどれも毛色が異なる。彼の研究は主にフィールドワークが研究の礎であるため、細身で小柄な他の研究員とはまるで異なる戦士と見紛う程の巨躯の持ち主であった。そんな彼に間近で凄まれても尚、ピラーが顔色一つ変えずに淡々と相対していると、バッカスはピラーの背にある檻の中身と巨大な機械を目にして、激しい怒りを表情に宿す。

 バッカスは触れれば火傷してしまいかねないほどの剣幕でピラーに迫った。


「一体、いつから……! 一体、どれだけの人を、犠牲にしたと言うのですか?! あんなものを、生み出すためだけに!」


 研究塔において、バッカスは数少ない……否、唯一。フィールドワークと称して外の世界の人間と関わりを持つために、常識や倫理、モラルと秩序を保っていた。それゆえに彼は研究員の誰からも共感を得られず、研究塔では孤立気味であった。

 曰く、常識を捨て去れなければ、本懐を達成し得ない。

 そして研究塔に長く在籍する者であればあるほど、常識を捨て去ることに何の躊躇も持たなくなる。


 それを証明するかのように、ピラーを含むその場の誰もが、バッカスの言葉の意味を理解できない様子で彼を見た。


「人? はて、君は何を言っているのやら。もしや、前提条件から話せとでも言うのですか? ンフフ、実に度し難い。理解できないのであれば理解しなくていいと、いつも言っているでしょう? ……石化した人間は、生者ではない。もちろん、死者ですら、ありません。()()は、物ですよ。ただの、石。それを私たちは、有効活用しようとしているだけです。資源を有効に活用する。何がおかしいのでしょう? そもそも、()()を生者だと思い込む世間一般の方が気が狂っていると、私たちは思いますがね」

「ッ……! もしや、石化した研究塔の仲間たちの姿が見えなかったのは……」

「ええ、もちろん。使いましたとも。身近にあんな可能性に満ちた魅力的なものがあって研究しないなど、研究者として名折れですよ。いやあ、しかし、紫水晶(オージア)は奇跡のコランダムです。どうです? バッカスも研究する気になりませんか? ああもしや、礼を失していることに腹を立てているのですか? 実は、彼らを解体するに当たってあなたの研究成果も実に役立ったのですからね。もちろん、参考文献として君の名も後世に残るようにしてありますとも。私は、研究の成果には正当な評価を下す者。人間の部位と言うものに君の論文ほど精通しているものはありませんでしたからね」


 素直に、そして正直に答えるピラーに、バッカスは体中の血管を浮かび上がらせ、全身を震えさせながら激昂する。


「──ッ、そんな、もののために、俺は解剖学を探求し続けてきたわけではない! あんなものに加担したなど、俺の生涯における屈辱だ! お前達に常識も、倫理も欠如していることは分かっていたが、この一線だけは、超えてはならなかった! この事態には、国を挙げて解決に向かわねばならないと言うのに、お前達はあんなものを作って得意げにしている! 恥ずかしくないのか!」


 堂々たる口振りは、全くもっての正論である。

 だが、正論が響くのは真っ当な精神を持ち合わせた相手だけであり、生憎とこの場に真っ当な精神の持ち主は不在であった。


「あんなもの、だなんて。アレには、『オルゴーン』と言う立派な名前がついているというのに」

「魔眼の悪魔の名を付けるだなんて……! なんて非常識な」

「ンフフ。それは私たちにとって褒め言葉だよ、バッカス」


 ピラー相手では押し問答にすらならないと判断付いたのか、バッカスは苦虫を嚙み潰したような顔でピラーから距離を取る。そして、宣言する。


「理解も、共感も、信頼も、お前達からは程遠い言葉だ。……メアの言う通りだ。お前達は、人の言葉を理解するだけの別の生き物だ。このことは、帝国貴族に通達させてもらう。彼らは今も、石化した人間を人だと訴え続けている。それが正当な帝国の、国としての姿勢である。所長も知っているはずだ。帝国貴族は、足並みをずらそうとする奴らに容赦はしない。彼らは、お前達を徹底的に追い詰めることだろう」


 バッカスは言いながら、扉の方へと向かって歩いていく。ピラーの内心では、「それは不味い」と言う思いが浮かぶ。


 石化した人間の是非において向かい風が吹く新皇帝を味方にしたところで、帝国貴族が徒党を組んでいる限り、いかに研究塔と言えど太刀打ちができる勢力ではない。帝国貴族は数が多く、強大であるから。いかに頭脳がこちらにあるとしても、数と金の力の前では知恵や勇気など、無力だからだ。パトロンを失った芸術家ほど、脆い存在はないとも言う。

 帝国貴族と事を構えるのは、段階を踏んだ後。そう決めていたピラーは、ぽつぽつと言葉を並べていく。


「メア、メア……。ああ、ガルメア・エディクレスですか。彼はとても優秀なだけに、我々を理解しようとしてくれなかった。彼が居れば、帝国は今より五十年は時が進んでいたでしょうね。それだけに、惜しい存在でした。そして、バッカス。あなたも、私たちにとっては欠かせない存在。何せ、あなたの研究成果が無ければ、人体に新たな臓器が生成されていることに気付きもしなかった」

「……俺は、帝国のために研究塔に入った。だが、これはいくらなんでも俺に対する裏切り行為も甚だしい」


 ピラーは溜め息を吐く。

 扉に近付いていくバッカスを、もう止めるつもりは無いようだった。




「研究塔は、未来を創る場所だと思っていたか──ら、ッ……?!」




 なぜなら、止める必要が、無くなったから。


「──かぁ~、良くない。良くないっすよ、ピラーさん。俺はあくまでも護衛。外からの敵を排除するのが仕事なんす。内輪揉めの仲裁なんて、俺の仕事じゃないんすから」

「所、長……っ、貴様……!」


 それは、バッカスが分厚い扉を僅かに開けた瞬間だった。


 剣の一本が通る幅が生まれた隙を縫って、バッカスの腹に突き立てられたのだ。


 人体の構造に詳しいバッカスには分かる。

 脾臓が損傷し、腹部大動脈が裂けている。自分は間もなく死ぬだろう、と。


「自分を殺した者の名を知らずに逝くのは可哀想っすからね。自己紹介させてもらいます。自分、レッドレイ・シルバーって言います。こう見えても、近衛騎士やってまーす。そんじゃ、ピラーさん、チップ、弾んでくださいよ? これから先、お金がいっぱい入って来るんでしょう? 聞こえてましたから」

「……ンフフ。ええ、そのように」


 近衛騎士隊隊長モーリス・ローガンが送って来た研究塔の護衛と言う名目の若い男騎士。レッドレイ・シルバー。

 彼は筒抜けだ、と言ったが、そんな訳がない。何せ、この実験室の扉と壁の厚さは、音も熱も通さないはずなのだ。それなのに聞こえていたということは、バッカスとのやり取りも聞かれていた訳だ。

 ピラーにはレッドレイ・シルバーがただの金にがめつい騎士だとばかり思っていたが、圧倒的なまでの実力に加えて、人の枠を外れた聴力まで持っているとすれば、これ程厄介な諜報員は他に居ない。


 研究塔の実験内容が漏れているのだとすれば、なぜ近衛騎士隊は動かないのか。血の跡を引き摺って去って行くレッドレイ・シルバーと、バッカスだったもの。


 しかし、いくら考えようとしても興味の向かない思考には一向に食指が動かない。ずば抜けた頭脳を抱えていようと、知的探求心がそそられなければそれも活きない。だがピラーの知的探求心が働かない、ということはつまり、思考するに値しないものだということでもある。


 そう結論付けて、ピラーは研究の続きへと振り返る。



「さあ、研究の続きをしましょう。今回のフィードバックは──」



 ピラーの言葉に、研究員の誰もが研究資料を片手に論議を交わし始める。そこには誰も、バッカスの身を案じる者など居ないのであった。






 ここは、研究塔。

 常識も倫理も、モラルも秩序も無い場所。


 新たな可能性を秘めた紫水晶(オージア)の研究が、進んでいく──。







補完と言う名の、言語解説。


紫水晶(オージア)


紫晶災害によって新たに人類にもたらされた鉱物の名。

色も形も同じ宝石であるアメジストと区別するために「紫水晶(オージア)」と呼ばれる。

紫水晶(オージア)の性質は個体によって様々であり、その際たる特徴は、宝石自体が魔力を帯びていると言う点。元より宝石は魔法具の媒体として使われることもあるほどに魔力と親密であるが、人が細工しない限り魔力と結びつくことは無かった。その点、紫水晶(オージア)は魔力を帯び、その魔力の濃度によって性質の個体差が生じると言う可能性に満ちた素材だった。

ただ、紫水晶(オージア)は生物にしか生成されない。自然には生まれない以上物質と呼べるものであった。

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