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三節 諜報6




 俺たちは揃って、酔い潰れていたかと思えば聖職者に向かって躊躇いなく剣を抜く程に強い憤りを抱く女の話に耳を傾ける。


「……本官は、帝国軍第十三大隊所属統括騎士でした。アルザスには上官の、近衛騎士に選抜され配属されることになりましたが、ここで受けた任務は信じがたいことに……、呪い人(ネビリム)の排除だったのです。本官は、決して呪い人(ネビリム)を受け入れた訳ではありませんが、徹底的に排除するのは違うと思った次第であります。それまで本官が配属されていた港都ゼプスでは、彼らを嫌っていようと、街の外に追い出そうとまではしていませんでした。だから、今すぐに共生は無理でも、お互いの生活圏を侵さないで住み分けることくらいは容認してもいいのではないかと思ったのであります。彼ら自身、彼らの身に何が起こったのか分かっていないのだから、手を差し伸べるのが本官のすべきこと。本官が信じ、夢見た帝国軍人のあるべき姿とは、弱き者に手を差し伸べることだと思っていたからであります。本官は、そうしたいがために軍人と言う道を選んだのでありますから。それに何より、彼らまだ、生きている……! 姿形が変わろうとも、彼らは庇護すべき帝国の人民なのです! それを切り捨てるなど……! ましてや、我々の手で始末を付けようなど、有り得ない……! 有り得てはならないのであります! そのことを指揮官に提言しようとしても、指揮官は本官の声に聞く耳を持ってはくれませんでした。そして、本官の制止の声も虚しく──」


 感情的になりながらも訥々と話していく女は、そこで思い出したのか、感極まって言葉を途切れさせる。


 帝国軍第十三大隊。

 その名を聞いて身を強張らせたのは、俺だけではないはず。ましてや、この華奢なお嬢さんとも呼べるような年若い彼女の肩書きが「統括騎士」ともなれば、尚更。


 港都ゼプスはジェネヴァレッタ伯爵家の領都であり、第十三大隊は近衛騎士の一人、舞踏剣姫との呼び声高いクレミア・ジェネヴァレッタが管理する部隊である。

 通常、近衛騎士が管理を任される部隊は当人の管轄能力にもよるが、複数に渡る。それらをまとめて『帝国大師団』と呼び、近衛の数だけ師団が存在する帝国の強大な兵力の象徴とも呼べるものだった。

 その中でも最も大きい師団を擁するのが、現在の近衛騎士隊隊長、モーリス・ローガンである。彼は帝国領の四方に散らばる、第三から第七までの計六部隊を編成、及び管理しており、その師団規模は約一万人にも及ぶと言われていた。

 その中でもクレミア・ジェネヴァレッタが管理していたのは第十三大隊ただ一つだけ。師団規模は帝国最小ではあるが、それはかの「舞踏剣姫」の管理能力に難があるというわけではない。それが意味するところは、第十三大隊の戦果を見れば明らかである。

 港都ゼプス周辺は海の魔物の影響もあってか、強大な魔物の出現が頻発する。時には海の魔物が群れを成して襲い来るようなことも。それが年に数回あり、帝国にとって外国との玄関口であるゼプスを守るにあたっての最大の悩みの種であった。

 だがそれも、クレミア・ジェネヴァレッタの近衛任命から第十三大隊の配備がされた六年前から、年々と被害を減少させていき、僅か三年でゼプス近郊の魔物被害をゼロに押し止めたのは全て、クレミア・ジェネヴァレッタ率いる第十三大隊の功績であった。

 それゆえに第十三大隊は帝国軍きっての武力大隊とも呼ばれ、十三大隊に所属する騎士及び兵士は、他部隊から畏怖と尊敬の対象でもあった。


 そんな部隊の、しかも統括騎士だ。

 近衛の下に付く人物の登場に、俺はコンラッドが大司教だと知った時と同等かそれ以上の衝撃を受けた。


 そして、そんな人物がアルザスに引っ張り出されているという事実。

 アルザスでは今、一体何が起こっているのか。

 そして、エルフとの戦争で何を企んでいるのか。


 統括騎士の話によって、今まで視界を遮っていた靄が俄かに晴れたような気がする。隠された全貌の中で、輪郭だけは掴めたような気がするのだ。

 此度の戦争。十三大隊の統括騎士を引っ張って来られるだけの人物だとすると、戦線を率いているのは、クレミア・ジェネヴァレッタか、もしくはそれに連なる人物となるわけで。


「……第十三大隊、統括騎士」


 激情的に語っていく統括騎士。

 彼女の話は実に興味深いところだ。まさか酔い潰れていただけの女がこんなにも情報を抱えているとは思いもしなかった。


 加えて、呪い人(ネビリム)に一定の理解を示そうとしてくれている人がいると言う事実だけでも、俺は胸が締め付けられる思いだった。彼女のような存在が半分でもいてくれれば、呪い人(ネビリム)の立場は今とは大きく違っていたかもしれない。だが、彼女のような意見を持つ人は、実際はほんの一握りにすら及ばないのだろう。だから彼女は異端として弾かれた。栄えある第十三大隊に所属していながら、なお。


 嬉しい誤算で得られた統括騎士の話を聞いて俺が考え事に耽っていると、視線を感じて頭を上げる。その先では、長々と紫煙をくゆらせるアノニムが訝しんでいた。目が合っただけで切り裂かれるような目と視線が交差するなり、俺は逃げるように視線を逸らして、続く統括騎士の言葉を待った。


「──ある時、指揮官が言ったのであります。呪い人(ネビリム)の掃討が間もなく完了する、と。本官は出来る限りの制止を、考え直すよう提言していたつもりでしたが、本官の知らぬところで作戦は既に動いており、本官の努力が全て無駄に終わったと知って絶望しました。指揮官の言う『掃討』。それは、『駆除』とは異なる、徹底的な掃討なのであります。害虫や、害獣と同じ。殺すと同意なのであります。ですが、いくら本官が落ち込んでいても呪い人(ネビリム)の彼らは救われない。このままでは、彼らに危険が迫っているのを知っていながら見殺しにするようなものでありました。だから本官は、上官の指令を無視してでも動かずにはいられなかったのであります。アルザスの呪い人(ネビリム)の多くは、難民区に隠れ潜んでいる。エルフの侵攻により難民が雪崩れ込んできたからでしょうか。難民の中にも呪い人(ネビリム)は大勢いましたから。そのことを、本官含め、アルザスの兵たちは皆知っていたであります。だから本官は走りました。……その先で、悲劇が待っているとも知らずに」

「紫晶災害以前から難民区の存在は明らかでした。ゆえに、ここアルザスでは難民区はどの地区であろうと聖神教の管轄。それは、エルフの侵攻によって増加した難民区もまた同じであるはずです。いかに帝国軍であろうと、そこでの横暴を聖神教が許すはずが……。いえ、そんな、まさか──ッ!」


 コンラッドが最悪を予期して机を叩いて立ち上がる。

 統括騎士の口は、止まることなく回り続けた。


「……彼らにここではないどこかに逃げてもらうべきだと言いたかった。ですが、本官が駆け付けた頃にはもう、全ては後悔の海に沈んで行ったであります。難民区は一様に静まり返っていました。難民区の人々は皆、呪い人(ネビリム)も、そうでない者も区別なく、苦しみに喘いでいたであります。本官は、手が届く限り、彼らを医者の元へ、教会へと連れて行こうとしたのであります。ですが、本官の前に立ちはだかったのは、他ならぬ聖神教でありました。帝国軍と共に、本官に投降するよう、立ちはだかったのです。……本官は、彼らに剣を抜くことすら叶いませんでした。本官の肩で苦しみ喘ぎ、息絶えていく人を抱きながら、本官には何も出来なかったのであります。……仲間を、聖神教を前に、本官は、どこまでも無力だったのです……!」


 ボロボロと泣き崩れる統括騎士。俺はその気持ちが、痛い程よく分かった。

 死んでいく者を前にしてどうしようもない無力感と言うのは、胸をズタズタに切り裂かれるくらい、痛いし、辛い。

 それを前にして力に訴えようとしなかったこの女性は、俺と比べるのも烏滸がましいくらい、高潔だと思えた。


「……大勢が死んでいく中を、聖神教の聖職者たちはただ見ているだけでした。それを怪しんだ本官が調べたところによると、難民区の虐殺を主導したのは帝国軍ですが、聖神教もまた、呪い人(ネビリム)を囲い込むために協力したと判明したのであります。ゆえに、本官は本官の正義を執行すべく、軍を抜け、悪しき聖神教を討つべく動いているのであります。が、しかし。……本官に悪事の才はなく──」


 統括騎士は言いながら肩を落として語り出す。

 そこには正面切って悪事を話せを教会に乗り込んだり、帝国軍の兵舎の前でデモ行為を行おうとしたりと、とにかく猪突猛進。

 それでは上手くいかずに自棄になって酒を呷ることだろう、と思う傍ら、後半の話には興味を示さないでコンラッドとアノニムは会話を交わしていた。


「アノニム」

「……分かってるよ」


 俺たちが踏み入った難民区。あそこも、夜が明ける前の暗闇だったから分からなかっただけで、俺達が目にした以上の死体が転がっていたのかもしれない。呪い人(ネビリム)も、そうでない者まで。


 統括騎士の話を聞いて、今まで柔和な笑みを浮かべていたコンラッドの表情が初めて曇る。その碧眼で怪しい未来でも捉えたのか。眉間に皺を寄せてアノニムの名を呼ぶ様は、無関係の俺にまで緊張が走る気迫を漂わせていた。

 二人の纏う空気が変わったことにも気付かず、統括騎士は滾々と湧き出る憎悪を吐き出さんばかりに口を動かし続ける。


「彼らが何か、罪を犯したのですか? それとも彼らが何か、神の逆鱗に触れるようなことをしたのですか? なにゆえあのような残虐な行為が取れるのですか? 本官には、気が触れたとしか思えません。ましてや、神の威光を借る聖職者が、無力にして弱き民を手にかけるなど、あってはならない。聖職者は常に、弱き者の味方であり、救いでなければならないのに。どうしてあんな真似が出来るのか。そして、それを指示した指揮官もまた、本官には理解しがたい……否、理解出来ぬ存在でありました。ゆえに、本官は悪しき聖職者を許せぬのであります」


 何度も何度も涙を流し、繰り返し語った統括騎士。口では「敵はアルザス中央にあり!」と笑ってはいるが、彼女の顔に浮かぶ暗い影を俺は知っている。


 彼女は、全てに失望したのだ。信じていたもの、全てに。


 俺はその先を知っている。

 人ひとりが知れる「全て」なんてものは、たかが知れている。精神の持ちよう、環境の変化、狭窄した視野。それで見て、感じ取れる「全て」は全てではないということを。


 だが、俺と彼女で決定的に違う点が一つある。

 彼女には、光がある。

 己の信ずる「光」が、正義と言う名の光が確かに存在している。ゆえに、彼女はブレない。そんな揺るがぬ強さの一端を、俺は、彼女のそれでも消えない笑みに垣間見たような気がした。


「統括騎士殿」

「統括騎士は元、であります。今はただの流浪人。本官の名前は、エッダと言うであります」

「エッダ。良い名前ですね。……エッダ、私たちと共に、来ていただけますか?」

「……本官の話を聞いて、あなた達には不安も焦燥も浮かばなかった。それだけで、信用に値します。ですが、それだけで本官が心より信用するとは思わないでください」

「ええ、ええ。分かっていますとも。何を隠そう、私たちもまた、あなたの憎む悪しき聖職者を追う立場ですので。ポラス様もこう仰っています。──『争いは常に、誰かのためであれ』、と。第三者を慈しめるエッダならば、私たちの同志足り得る。一人より二人。二人より三人。志を同じくする仲間をこうして増やしていけることは、あなたにとっても悪くないことだと思いませんか?」


 コンラッドは再び、冷静さを促すような、こちらの感情の揺らぎを制御するような声音で彼女を誘う。

 彼の言っていることは、尤もだ。だが、間違っていないことが常に正しいことだとは限らない。


 エッダにとって必要なこと。それは、兎にも角にも、復讐だろう。

 彼女が本当の意味で笑顔を湛えるためには、彼女の心を配った呪い人(ネビリム)や難民区の人々を一切の慈悲なく虐殺に及んだ人物を討つのが、最も手っ取り早い。


 彼女の本懐は、既に目に見えていた。


「……ええ。こちらこそ、よろしくお願いするであります」


 なんてことを思いながら、コンラッドの手を取るエッダ、二人の姿を眺める。


 コンラッドとアノニムは、聖職者。いわゆる、救済の本職だ。俺が余計な口を出さずとも、そんなこと分かり切っているはず。その上で二人がエッダのためにどんな道を行こうとするのか、俺は純粋に興味があった。

 だが、彼らの行方は俺達の向かうべき道とは逸れた道。

 それは二重の意味で喜ばしいものでもあった。


 彼らが席を立ったのを皮切りに、俺もさっさと退散しようと、残ったエールを飲み干そうとしていると不意に、肩に手が掛かった。紫煙の香りを纏わせた、手練れの手指である。


「──エド。……いいや、こう呼んだ方がいいか? セナ村の、ウェイド?」

「……誰の、話だ?」

「……動揺が隠せていないな? だけど、安心しろよ。オレはお前が何者であるかなんて興味が無い。オレが知りたいのは、お前が強者か否か、ってだけだ。……お前、強いんだろ?」

「だから、何の話──ふごっ?!」


 言葉を紡ぐより先に、俺の口には吸いかけの煙草が咥えさせられる。


「次に会えたら、存分にヤり合おうぜ。黙ってやる駄賃は……、これで勘弁してやる」

「──ッ、ゲホッ! ごホッ! おい、アノニム、お前っ!」


 慣れない煙に噎せ返る俺を見て笑ったアノニムは、最後に首飾りを俺の胸元から引っ張り出して、引き千切った。煙草の煙と、突然の出来事に慌てふためく俺の耳元で、アノニムは囁く。




「……オレの名は、ミーナスだ。次に会うまで、忘れるなよ」




 その名前に思わず固まってしまった俺が振り返った頃には、既にアノニム──ミーナスはコンラッドの下におり、一纏めにしてある強盗たちを軽々と担いで酒場を後にしていく。


 そして酒場の壊れた木の戸に並び立つコンラッドは、エッダを連れて振り返り目を細めて言った。


「では、皆さま。お世話になりました。あぁ、くれぐれも、今夜ここで聞いた話はどうかご内密に。聖神教の目と耳は、どこにでもありますからね」


 それだけ言い残して棺桶を鎖と共に担ぎ上げたかと思うと深々と礼をする。そしてそのまま、振り返ることなく彼らは去って行くのであった。


 最後に放つのが脅し文句とは、コンラッドは人好きのする笑みを浮かべる見た目や柔和な態度からは想像できない程に、食えない男なのだろう。大司教の肩書きに相応しい人間味である。

 彼らが去った後、残されたのは俺達と酒場の旦那だけ。旦那が恐る恐ると言った様子でカウンターから身を乗り出してくる。


「……なあ、兄ちゃん。俺はこの後、どうすればいいと思う?」

「今夜はすぐに店仕舞いにした方がいい。それから、少なくとも三日は店を開けない方がいい。三日あれば、あいつらなら全部片付くだろうから」

「に、兄ちゃんは──……。ああ、いや、いい。きっとここじゃ、何も聞かないのが正解なんだろうよ」

「よく分かってるじゃないか。俺ももう帰るとするよ。美味い酒と飯をご馳走になった。これはその礼と、迷惑料だ」

「に、兄ちゃんからはいただけねぇよ!」

「俺じゃ無かったら、誰に請求するんだ? 生憎と、あの連中は権力は持っているが、金は無さそうだったぞ?」

「……確かにな」

「そう言うわけだ。美味かったよ。次にアルザスに来た時、まだ店が残っていたら寄ることにしよう」

「縁起でもねぇことを言わないでくれ。次に来た時は、顔見知りだ。俺の奢りにしてやるよ」


 嵐に次ぐ嵐。天変地異の全てを味わったのではないかと思える長いようで短かった夜の時間。その困難を共に乗り越えた俺と酒場の旦那の間には奇妙な連帯感が生まれており、過ぎ去った後の静けさの中で交わした軽口は、戦いを終えた戦場に立つ同士と会話しているかのように懐かしさを覚えた。


 俺は「また来るよ」、とだけ告げて、酔いが回ったラクロロと、変わらず厳格な様子のサンドラを連れて宿に戻るのだった。









補完と言う名の、言語解説。


【帝国大師団】


第一から第十三まである大隊をまとめる大師団。

第一、第二をハリス。第三から第七をモーリス。第八をジルヴァリウス。第九、第十をロマンセス、第十一、第十二をダンテ。第十三をクレミア。

それ以外の近衛騎士は中央勤めと言って主に帝都周辺の管理や、時に各大隊のヘルプに入ったりすることがあった。

また、噂によると第0大隊と呼ばれる諜報部も存在し、レッドレイがその部隊を管理していると言われていた。

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