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二節 内偵4

 


 ◇





「──結果発表~~~~~~っ!」




 ででどん。と胸を反らして声を張り上げるのは、いつになく上機嫌なガルメア・エディクレスこと、メア。

 その声になんだなんだ、と群がるのは、ウォルマンやブランを始めとした廃村からの脱出者たち。被毒して体力の消耗が著しいシルフィとポーラの二人を除いた、全員が集まっている。


 彼らの目には一抹の不安が渦巻いているのが見て取れる。

 それもそのはず。彼らは今朝、突如としてこの場所に引き連れて来られたのだ。困惑も一入と言うものだろう。


「寝起きの癖に元気だな……」


 昨日、メアは早速エルフとの交渉の席に着いた。いや、逆か。エルフがメアの用意した交渉のテーブルに着くことを決め、交渉が始まった。


 交渉はテーブルに着く前に終わっている、と自信満々に放った言葉の通り、結果から言えば、俺たちとエルフの共闘関係が成立した。しかし話はそれだけでは終わらず、今後の計画や腹の探り合いも含めて、なんと休憩時間を二度も挟んでの話し合いに膨れ上がった結果、交渉のテーブルが片付けられたのは、陽が落ちてからしばらくしてのことだった。


 エルフ達の納得いかない目線から逃れるようにして場所を移した後で、メアは「もう無理、限界」と言って爆睡し、つい先程目を覚ました次第なのであった。


 交渉のテーブルで何を話していたのか、何を揉めていたのか。同じ場所に居合わせていたとしても、俺とリリスには高度な会話を聞き取るのは至難の業。ゆえに、俺とリリスも揃ってウォルマン達と同じようにメアの成果発表に耳を傾けるのであった。


「まず言っておかなければならないことは、そうだね……うん、これにしよう」


 寝起きで頭の中を整理しながら話し出すメアの姿は、見ているこちらが不安になりそうになる。

 俺たちが居住として譲渡されたのは、エルフ達が占拠しているチャタ村の一角。そのため、視線を横に動かすとエルフ達が俺たちの動向を監視する姿が目に入るのだが、メアはそんな彼らの視線を意に介すことなく言い放った。


「エルフは、僕らの味方じゃない」


 エルフ達が見ている前で、エルフ達のすぐ傍でそんなことを言うものだから、その場の誰もが総じて息を飲んだ。何せ、エルフを味方に付けると言って出て行った俺たちが、いざ呼び寄せたかと思えばそんなことを言い出すのだから。

 平静を保っていられたのは、あらかじめそれだけは聞かされていた俺とリリスくらいのもので。


「エルフはあくまでも僕らを利用しようとしているだけだ。はっきり言おう。彼らには、僕らに対する仲間意識など、無い。僕らがもしも不要と判断されれば、簡単に切り捨てられる。背中から魔法の餌食にされる。だからくれぐれもエルフ相手に情を持ったりしないように。僕らも彼らを利用してやる、ぐらいの気持ちでいるようにね」

「ま、待てよ! それじゃあなんだ? 俺たちはこれからエルフの側に付いて帝国に立ち向かうんだろ? それだと、背中から撃たれても文句は言うな、ってことかよ?!」

「……ああ、その通りだ」

「ふざっけんな──」


 メアの発言に食って掛かるのは、モンテ族の獣人、エディ。

 彼はただでさえ俺たちを信用していなかった。そんな彼が二週間以上にも渡る過酷な旅路の最中に沈黙を貫いていたのは、自分よりも下の、最年少であるブランでさえ、経験があるがゆえに滅入りそうな空気の中を気丈に振る舞っていたからだ。男としての矜持が彼にはあった訳だ。だがそれも森を抜けて安全圏に踏み入れたことで、その枷も外れたらしい。

 加えて、彼の目には「いつになったら落ち着けるんだ」と言う感情が透けて見える。それは彼らの総意のようでもあり、エディに続きはしないものの、集められた十数人の面々は口々に不安を吐露する。

 それもそのはず。

 従軍経験のあるウォルマンやブランですら音を上げ、俺やリリス、メアでさえも断じて楽とは言い難い道程を踏破してきたのだ。それ以外の漫然と日々を生きることで精一杯だった彼らにとっては、一生分の苦労を味わったと思わずにはいられない、と言ったところか。

 本来ならそんな苦労、覚える必要など無かった。全ての原因が俺にあると自分の罰に自覚的である俺からすれば、これから先彼らには腰を落ち着かせて休んでもらいたいのだが、果たしてメアは彼らをどうするつもりなのか。そう思い、いつ口出しをしようかと悩みながら、続くメアの口ぶりに耳を傾けた。


「だからこそ、だよ。だから、そうならないように対策を打つのさ。エルフ達に、僕らを切ることの損失を知らしめるんだ。そのために僕らはこれから動く」

「それは、どう言う意味でしょうか?」

「決戦は、今より二週間後。帝国は何が何でもエルフ側の訴え……、停戦に聞く耳を持たないだろうからね。だから、否が応でもこちらの訴えに応じる以外の道を潰す。そのために、刃を交わすんだ」

「ですがメア殿。私を除き、ブランでさえも戦場は初めて。まともな戦力に数えられるとは、到底……」

「だから、戦わないと?」

「……」


 ウォルマンの言うことは、もっともだ。

 戦場は、素人が簡単に足を踏み入れて良い場所ではない。その先で待っているのは、永遠に終わらぬ地獄。死と絶望だけの世界だ。

 そんな場所に、彼らを守ると誓った俺たちが「戦場に行け」、なんて言えるはずはないのだが、メアは後ろめたい気持ちなど知ったことかとばかりに口を開く。


「戦わないことは、必ずしも正しいことではない。戦えないことは、戦わない言い訳にはならないよ。……君たちは、いざと言う時に戦えないことの悔しさも、立ち向かう事の出来ない惨めさを、嫌と言うほど思い知っているはずだ。それなのにまだ、君たちは誰かに寄り掛かっていないと生きていけない程か弱いままでいたいのかい?」

「メア様……。ブランやウォルマンさんはともかく、他の皆さんは剣を握ったことすらもなくて……」

「知っているよ、そんなこと。でもね、僕が聞きたいのはそんなことじゃあない。……戦場じゃ、何が起こるか分からない。死んだふりをした敵兵が突然起き上がって襲って来るかもしれない。後方にいたとしても流れ弾が飛んでくるかもしれない。そう言う危険が常に付きまとう。そんな時、常に誰かが守ってくれるわけじゃない。ましてや、今回の場合は特にそれが顕著だ。エルフ達は君達を守ってなどくれないのだから。僕はただ、そんな中で、君達に剣を手に取る覚悟があるかと、聞いているんだ」

「……」


 メアの問いに、先程まで不安に満ちていた空気が一転。誰もがメアの言葉を反芻するように思慮に耽る。

 言い過ぎるようならメアを止める気でいた俺が口を挟む隙すら無い程に完璧な話術に、思わず口が「へ」の字を描く。


 彼らにとって、「何もしなかった」ことは最大の禍根。大きな過ちとして胸に刻まれている。呪い人(ネビリム)のほぼ全ての人が胸に抱く「あの時ああしていれば」と言う苦い味をより濃く知る彼らには、同じ過ちを繰り返さないという覚悟が既に備わっている。そうでなければ、メトロジア大森林を超えることなど出来なかったはずだから。

 メアはそれを分かっていながら、気の緩む彼らにその悔いを思い出させるよう仕向けたのだとすれば、どこまでも意地が悪い男だと言わざるを得ない。けれども、人の上に立ち、人を使うとはつまり、そう言うことなのだろう。


「──私は、やります」

「あ、あたしも!」

「やれるか分からないけど、やらないで後悔は、したくないです!」

「……俺もだ」

「教えて、ください。僕たちに、戦う方法を」

「やる、やってやるぞ」

「メアさんの言う通りだ。もう、何もしないまま後悔はしたくないから」

「そうね。どうせ死ぬのなら、やり切って死んでやるわ」


 案の定、彼らは決意を秘めた眼差しで頷き繰り返し、一人、また一人と、誰一人として例外なく顔を上げた。俺のように、いつまでもウジウジとしているような弱虫はどこにもいなかった。


「……強いな」

「……皆さん、ウェイドさんやメアさんの背中を見ているからですよ、きっと」


 ボソリと呟いた声に、リリスが歯の浮くようなセリフを言ってのける。俺たちの背中なんぞ、真似されても困るだけだ。そう口にしようとしたところで、メアが先に口を開いた。


「君達ならそう言ってくれると信じていたよ! そして、安心してくれていい。君らを無駄死にさせるつもりは無い。これだけは、約束するよ」


 メアの頼もしい声に一同から「おおっ」、と期待に震える声が沸き上がる。

 それに畳み掛けるようにして、メアは言う。


「それから、君らが心配しているシルフィとポーラの二人だけど、症状は安定した。二、三日安静にしていれば、すぐに元気が見られるようになる。良かったね、全員無事だ」


 過酷な旅路、メトロジア大森林を抜けて早くも二日が経過している。これまでの人生で経験したことの無いような達成感に満たされていながらもその間、全員の顔が晴れることはなかった。被毒した二人を思い、誰もが険しい表情をしていたのだ。


 その憂いが今、メアの一声で掻き消え、全員の顔に晴れやかな笑みが取り戻される。一際大きい安堵と歓喜に沸く声が、チャタ村に響くのだった。


「……エルフの知見は凄いね。流石、森の賢者と呼ばれるだけある」

「メアが舌を巻く程か」

「まあね。伊達に長く生きている訳じゃないらし。彼らってば、二人の症状を一目見ただけで毒物の正体を見破って、簡単に調合した特効薬を投与してくれたんだ。その手際と知見の深さは、流石の僕でもお手上げさ。圧倒されたよ」

「メアの知識や技術を凌駕するほどか……」

「技術体系がまるで違うんだろうね。初期の頃からポーションに頼り切りの帝国では、エルフ達のような医学が遅れている。恐らく、発掘品の中には医学書も含まれているのだろうけれど、それを理解できる程の人材が研究塔にすらいないんだと思う」

「メアなら分かるんじゃないのか?」

「読めることと理解できることは全くの別だよ。僕は薬草学くらいしか修めていないからね。解剖学に至っては分野外だ。望みがあるとすればバッカスくらいか。あの分野は人気が無いからね。それに、発掘品は全て研究塔が管理している。帝国情勢のような陛下の管理下にある書類とは扱いが違うんだ。何より……僕は研究塔が嫌いなんだ」

「そう言えば、そうだったな。なら、ここにいる間に学べることは多い、ってわけだ」

「言うまでもないことさ。僕が無償で人に利用されるわけ、無いんだから」


 得意げに言って笑うメアを見ると、こいつはまた何か悪だくみをしているのかと邪推してしまいそうになるが、メアの行動はいつだって先を見据えたものである。己の好奇心を優先して俺たちを危機に陥れるような真似はしないはずだ。

 ……多分。


 寄せ切れぬ信頼の隙を埋めるように顔を見せた不安が影を忍ばせるあまり、無茶はするなよ、と声を掛けようとしたところで、イムさんから声が掛かった。


「──それで、私たちは、何をすればよろしいのでしょうか?」


 鼻息荒く高揚した様子で降り注ぐ、声と視線。その数は一つや二つでは数え切れず、その場の誰もがメアに期待と興奮を注いで次に紡がれる言葉を今か今かと待ち構える。


 俺からすれば押し寄せる期待など重荷でしかないのだが、メアは彼らの士気の高さにいやらしいほどに口端を吊り上げ、一歩前に踏み出して言うのだった。


「僕たちに必要なものは全部で二つだ。一つは、帝国側の情報。まず、これには東都アルザスに潜入作戦を行ってもらう。戦争はつまり、情報戦だ。いかに相手の内情を引き出し、いかにこちらの情報を操作するかで戦争の結果は左右される! だからこれは、必須の行動なのさ。メンバーはウェイドと、リリスちゃん。少数精鋭で臨むつもりだ。でもね……」


 感情たっぷりに、扇情的に語るメアは、この一団の指揮官どころか、一城の主のような貫禄すら見て取れる。一語一語に込められた説得力と言うべきものが形を成して目に見えるかのようですらあり、誰もが息を飲んでメアの言葉に耳を傾ける。


 こちらに意識を向ける彼ら一人ずつの顔を見回した後、メアは更に語気を強めて言い放つ。


「でも生憎と、僕らは生粋の帝都生まれ帝都育ちでね。機竜でこの近辺の空を飛んだことはあっても、アルザスの完璧な地理までは頭に入っていない。だから君らの中の誰かにアルザスの案内役を買って出てもらいたい。もちろん、君らは呪い人(ネビリム)だ。その石に変わった肉体を見られたら、一発で騒ぎの中心になる。今や帝国では呪い人(ネビリム)の排斥運動が過激の一途辿っている。見つかった君らはもれなく、殺されるだろう。そうならないよう僕らも最善を尽くすつもりだ。けれど、東都アルザスに侵入し、情報を持ち帰ることは僕らが勝利を得るためには欠かせない。ブラックボックスとなっているアルザスに踏み込む覚悟と、責任ある役目を買って出てくれる勇敢な者は……、この中にいるかい?」


 この場に居る者は全員、住み慣れた街を、ある日突然、何か悪いことをしたわけでもないのにその身に紫水晶の呪いを受けて右も左も分からない状態で迫害された悲しき過去を持つ。そして迫害された恐怖を、誰もが拭えずにいる。


 メアの話を聞いて、先程までの浮かれた空気が嘘のように鳴りを潜め、静まり返っているではないか。

 メアの呼びかけは、彼らを再びその地獄の釜に突き落とすような真似である。


 地理など分からなくてもいい。多少時間がかかろうとも、俺とリリスだけで出来る限りのことをする。そう言おうと、メアの肩に手を伸ばした、その時だった。


 二つの手が、挙がったのは。


「……僕たちが、行きます」

「私たちなら、アルザスの土地には多少明るいかと」

「トルネ、サンドラ……」

「ふむ……、経歴を聞いても? トルネ・ヴィズマーラ、サンドラ・グレイスカー?」


 赤茶色の髪色が多い集団の中で、くすんだ緑色のトルネと、狐色に近い薄茶の髪色を持つサンドラの二人はある種、特異な二人と言えた。髪色に応じた瞳の色もまた異なるものであった。

 染め粉の痕もない、薄い色素。それらは貴族の証に他ならず、彼らは正真正銘、帝国貴族の末端に位置する子息令嬢であった。


「僕たちはもう家名を捨てた身。ただのトルネとサンドラです」

「私たちは以前、アルザス近隣を治める貴族同士でした。ですから、アルザスにも出入りすることがあり、貴族区にはそれなりに明るいかと」

「加えて、僕らは紫晶災害の直後、住む土地を追われた僕らはアルザスの難民区で出会いました。同じ呪い人(ネビリム)でも、貴族と言うだけで散々な目に逢いましたが、聖神教の神父様に何度か助けてもらったんです」

「へぇ、聖神教が?」

「はい。難民区は聖神教の庇護下にあって、呪い人(ネビリム)達も快く受け入れて下さって……。ですがそれも長くは続かずに追い出される羽目になり、そうして路頭に迷っていた私たちを、ウォルマンさんが見つけて拾い上げて下さったのです」


 だからデゲントールもすっかり受け入れられた、と言うのだが、彼らの話を聞いて常々思う。俺が、彼らの人生を狂わせたのだと。

 貴族が家名を捨てるその重さを、知らない訳じゃない。どれだけ辛い思いをしてきたのか。俺は彼らを「救う」、なんて軽く口にしているが、それがどれだけ果てしなき道にあるのかを、思い知らされる。


 聖神教の名を聞いて口に手を当てて思案に耽っていたメアだが、彼らの返事を待つ視線を浴びて思考を切り上げたのか、俺とリリスの方を一瞥した後、唇を真一文字に引き締めた。


「トルネ、サンドラ。君らの覚悟、しかと受け取ったよ。東都アルザス侵入作戦は、この四名で行うことにする!」

「では、私たちは、何をすれば?」

「情報を集めるのが一、と言っただろう? 君らにはもう一つの役割がある。それは──」

「そ、それは……?」




「──しっかりと休んで、力を蓄えること。さ」




 重大な任務を与えられた二人に対し、今度は自分達に何を要求されるのか。彼らのような危険な任務か、それとも。と複数の期待と不安に満ちた視線に晒される中、メアが言い放ったのは彼らに休息を与える文言で。

 誰もが肩透かしを食らったように呆けるのを見届けた後で、メアは「それじゃ」とだけ言って下がっていく。


「メアのやつ……」


 困惑して近くの者同士でメアの真意を探ろうとするが、その果てには助けを求めるように俺やリリスに目が向いてくる。だが、俺にもメアの真意は読めない。かと言って、思考停止してメアの言うことに従え、と言うのも違う。彼らは俺のようにメアに命を預けられるほど全幅の信頼を寄せている、と言うわけではない。そんな目で見られても、俺には一体何をどうしろと言うのか。


 抽象的な指示に困惑する彼らに見えないよう溜め息を吐いてから、それっぽいことを言うしかないのであった。


「あー、その、なんだ……。これから、戦う術を身に着けてもらうわけだが、今は体力が回復し切っていない。今俺たちがやるべきは、それに備えること……だと、思う」

「──」


 歯切れの悪い回答に、代表して問いかけてくれたウォルマンが口を半開きにしている。相変わらず、俺は人の上に立つ素養が全くない。メアに使われるくらいが丁度良いのだと思い知る最中、ウォルマンは分かりやすく気を遣った態度で「なるほど!」と周囲の仲間たちに同意を示してくれる。


「ウェイド殿の言う通りでありますな!」

「流石、救世主様です……!」


 大多数はウォルマンの意図を汲んでくれたようで、憐憫にも似た同情を向けてくるのだが、ブランだけは本気で信じているかのようで、その期待に満ちた視線がやけに痛い。

 思わず顔を逸らしてしまうのだが、苦い顔は見られていないだろう。


「リリス、後は頼んだ」

「はい、分かりました。美味しいご飯を作るので、待っていて下さいね」


 苦笑するリリスに後は任せ、俺は逃げるようにその場から退散し、メアの背を追うのであった。









補足と言う名の、言語解説。


【エルフとの交渉】


時間にして凡そ七時間にも渡る大会合。メアは後にして語る。「母国語を忘れるかと思った」、と。


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