結末に向けて
「ふぅ……」
残心を終え息を吐く。
戦場とは思えないほどの静けさが辺りに満ちる中、まず最初に感じたのは、
「そこに直れ」
と背中から首筋に向けて突きつけられた銀の細剣の冷たさ。
「ん。御用」
ご丁寧に前からも短剣を突きつけられる始末だ。
だがこの俺の窮地を見ても、誰も援軍は来ない。
敵将を討ち取ったことにより敵軍そのものが瓦解しているにも関わらずこの有様。別に英雄を気取るわけじゃないが、お前ら、もう少し俺のことも考えていいんじゃないか?
阿呆みたいに浮かれてるだけじゃなくさあ。
「沈黙を保つつもりか?」
「ん。それは愚作」
っと、とはいえ、どうやらいよいよヤバそうだな。
こいつらはあれだ、普段は冷静なくせに恐ろしく直情的になる時がある。それが何のタイミングなのかは知らないが、大体碌なことにならないのも事実。ここは培った俺の危機管理能力の見せ場、速やかに軽やかに——この窮地を乗り切ってみせる。
「あー……ええーっとなんだ。久しぶりだな、おまえらも、よくここまで「無駄口を叩くな」……おう」
怖えよ! 完全に目が据わっていらっしゃる。
ってか、なんでここまで怒る必要があるんだ?
確かに行方をくらましたのも、参戦が遅れたのも俺に非があるわけだが、ここまで怒る必要があるか?
「……死んだと聞いていた」
「はぁ?」
「私達はキサマが戦死したと聞いていたのだ。それが何だ、いきなり現れては敵軍将校を討ち、何事もなかったかのように澄ました顔をしおって! 思い出してみろ、私達を仲間だと呼んだのはキサマじゃないか。その仲間を失ったと考えた私達の気持ちがお前に……」
「おいおい、待てよ。死んだも何も俺は別に……」
「ん。言い訳は聞きたくない。でも、生きててくれて良かったと思う以上に私も感情が制御できない」
普段は口数が少ないカエラまでもこの始末。
ってか、少し行方をくらましただけで訃報を流すだなんて、そんな無茶苦茶な真似……ああ、なるほど、一人だけ、そんな無茶苦茶なことを言う奴に心当たりがある。
ヴィンセント・ロータス。
あいつならそれぐらいはやってのけるだろう。
何を目的にしたのかは知らないが、あの野郎ならその程度は普通にでっち上げてくれるはず。
まったく……アイツが絡むと本当に碌なことにならないな。
今度会ったら、ぶん殴ってやろうか。
「彩霞律。何故、何も言わない?」
「ん。沈黙は愚策って言った。刺すよ?」
「待て待て待て、兎にも角にも少し落ち着け。お前達が怒る理由もそれとなく「それとなく?」‥‥いや、全面的に俺が悪いみたいだが、ここがどこだか忘れたか?」
危ねぇ、今のフェリアの目は本気の殺意を孕んでた。
「ともかくはこの戦争が終わってからだ。聞きたいことや、恨み辛みはその後に聞く。だから今は抑えてくれ」
Cクラスの連中を連れ出した時、右翼にはクロウの姿が見えた。
約定通り、あいつもこっち側に付いてくれたんだろう。
なら、右翼は心配しなくてもいい。あの男は今更向こうに戻るような武人じゃないはずだからな。
それに右翼にはライアスやアルゴもいる。
残るは本隊……ここにはヴィンを筆頭にした本国の精鋭が集まっているはずだが……
「急ぎ本隊に合流する必要がある」
「……よかろう、道理は弁える。ただし、戦が終わった暁には……」
「ん。覚悟してて」
「助かるよ」
まぁ、戦が終わった後が怖いけどな。
「じゃあ、急ぐとしようか。この巫山戯た茶番を終わらすために」
「……おっと、オレは夢でも見てるのかな?」
俺達が掛けつけた時、中央の本隊はすでにリクセン国の部隊を追いやり、城下町まで侵攻していた。
そして俺が本隊に合流したとたん、これだ。
まぁ、これだけぞろぞろといきなりやって来たら目立つのも当然。
そうなればもちろん、指揮系統まで連絡がいくわけで、
「おまえのせいで無駄に女神に祈ったよ。この責任はとってくれるんだろうな?」
ヴィンの言葉にもやっぱり悪態が目立つ。
何を好き勝手言いやがって、元はと言えばお前がフェリア達に……やっぱり一発ぶん殴って……
「この大馬鹿野郎!」
「ぐわっ……」
って、先に殴んのかよ!
何だその行動、まったくもって予想もしてなかった。
「オレがどれだけお前のことを心配したと思っているんだ。もう二度と会えないと思っていた友と、まさか戦地で会えるだなんて幸運に恵まれたオレの気持ちがお前にわかるとでも言うのか?」
「いや……それは分からないけどよ」
ってか、ニヤケ顔が透けて見えるんだが……お前ひょっとして……
「聞いてくれ! ここにオレの友が、かつて戦地で名を馳せた黒の剣士が帰ってきてくれた! 同志達よ、今こそ我が軍に追い風あり。一目散に城へと掛けよ!」
「「うおぉぉおおおおお!!!」」
文字通り、本隊の兵士達が怒号をあげながら城門まで走り去っていく。おいおい、釣られてCクラスの連中まで走って行きやがった。まぁ、あいつ等は単に暴れたいだけなんだろうから仕方がないか。それで後に残ったのが。
「やれやれ、これで最後まで兵士達の士気は保つだろう。ああ、律、どうしたんだ? そんなところで尻餅ついて」
この大馬鹿司令官と俺、フェリア、カエラだけってわけだ。
「テメー、相変わらずエゲつない真似を……」
「利用できるものは利用しているだけさ。それに、あながち全てが嘘というわけでもない」
「ああ? 何だその手は」
「掴めよ、オレが男を助け起こすなんて滅多にないことだぞ?」
「……気持ち悪いことを」
と言いながらも、俺はヴィンの手を掴み立ち上がる。そしてその勢いのまま引き寄せられ、
「感謝する、よく生きていてくれた」
「……わるいな、遅くなったみたいだ」
「いや、構わんよ。それに、フェリアのことも感謝する。お前が助けてくれたんだろ?」
「仲間を助けるのに礼はいらない」
「ふっ、本当にお前という男は」
そこでようやくヴィンは俺から離れ、
「フェリア、大事ないか?」
「ええ、問題ありません。私はまだ、闘えます」
血を分けた妹とそんな会話を交わしだす。
まあ、心配ではあったんだろうな。立場上、コイツは戦場に私情を挟めない。
良かったよ、本当に間に合って。
「ん。そろそろいい?」
「おっと、すまないなカエラ君。やれやれ、これでは指揮官失格だ。——では、終わらせにいくとしようか。ついて来てくれるな、律」
「……御意に」
「では行こう。敵は本城、国王を落とせばこの戦は我々の勝利だ」