雅流一仭
死屍累々――とまではいかないが、酷いサマだな。
見渡す限りにララーナ兵の死体が転がってやがる。
相手は相当な訓練を積んだ兵士、ハリボテで実戦経験のない兵士じゃあ、こんなもんか。
「これがアンタのご自慢の部隊ってわけだ」
まったく、訓練された良い兵達だぜ。
元の素質はあれど、ここまで練達させるのにどれだけの修練があったのか。
考えただけでもゾッとする。
だが、今はそのご自慢の部隊も台無しのようだな。
理由はひとつ。
型こそ不恰好だが、こちらには実戦経験だけは豊富な馬鹿達がいる。
それが――
「おいおいっ、どうしたどうした! 死ぬ気で来い、馬鹿野郎共!」
「まだまだですね、次はどちらがお相手を?」
この無法軍団――俺達、Cクラスってわけだ。
「随分と下品な兵士だ。それがあなたの切り札ですか?」
「そんなに良いもんじゃないよ。ただ、実力は見ての通り——後はアンタさえ抑えれば、この場は制せる」
「……決着が有耶無耶になったとはいえ、よくそこまで吠えました。いいでしょう——では今度こそ、その命を散らしてみせましょう」
そう告げるや否や、エンヴィルの剣が閃く。
この型は——雅流一仭が中伝 雫
いつぞや俺の腹を掻っ捌いてくれた偽物で再現するってわけか?
なら——俺も少し見せてやるよ。
「雅流一仭が中伝 雫」
「なに!?」
交差するは剣にあらず、水のように揺るがし相手の虚を衝く殺人術。それが交わればどうなるか……
「ぐぬぁあああ……!!!」
無論、こうやって虚を実に変えた方が勝る。
簡単に言えば、俺の刀がエンヴィルの左腕を薙ぎ、奴の剣は俺には届かなかった。
如何せん——差は歴然だな。
「バ、バカな……いったい何が……」
おかしなことを聞く奴だな。
何がも何も、見ての通りだっていうのに。
「初動において私が有利を取ったにも関わらず、どうして私の剣は届かずあなたの剣だけが実を為す。いかにあなたが優れた剣士とはいえ、ここまでの差はなかったはずです。これではまるで……」
まるで何だ?
「まるで、ババア——いや、お前達の言うヨウキ殿を相手にしているとでも言うつもりか?」
そいつは勘弁願いたいね。
俺とあのババアを一緒にするなよ。
あいつは俺よりさらに深いところにいる奴だ。
「やはりそうか……あなたはヨウキ殿の手ほどきを受け、ここまでの強さを……。しかし、たった数十日でここまで飛躍的に伸びるなど……」
ああ、ああ、それはよく分かる。
アンタだって血眼になって訓練してきた質だ。
付け焼き刃は所詮付け焼き刃。
新兵でもあるまいし、たかがこんな短い期間で何ができるわけでも…………あったんだな、これが。
まさか俺もあの時はこんな事になるなんて露ほども思ってなかった。
そもそもあの日、クロウの館で起きた奇怪な出来事が事の発端だ。
俺はあの時、自分の命を賭けてまで己のもてる全力の一撃を放った。もちろん、それはエンヴィルやネヴィアも同じだったはず——それをあろうことかあのババアは、
「双方そこまでにせい」
の一言とともに、俺たちの力を一刀の元に雲散霧消させやがった。いや、驚きよりも先に呆れることしかできなかったよ。何せ、ババアにはカエラと共にクロウの娘の護衛を頼んだはず……それがどうしてここにいるのかってな。当の本人は「少し本気で駆けただけじゃ」なんて平然とのたまってはいたが、それもババアの正体を知れば本当かどうか。
「まあ、アンタも知っての通りあの日の決闘はババアに水を差される形になった。それから俺はババアに身柄を確保され、行方をくらます事になったわけだが……」
ヤバイな。思い出しただけで汗が滲んできやがる。
あれだけのシゴキを受けたのは倭国でも稀なぐらい——何たって寝食も取らされず、ひたすら同じ型を繰り返させられたんだからな。地獄にもほどがある。まあその見返りとして、
「お陰様でご覧の通り、言うなればあれだ——今更ながらに俺は『侍』の域にまで逹することが出来たらしいよ」
皮肉なもんだ。その『侍』を見限ったが故に倭国を出たって言うのに。
「それとアンタが一番疑問に思ってるだろう短期間での飛躍についてなんだがな、それは俺にも盲点だったよ。まさか俺もアンタと同様、紛い物の雅流一仭を使ってたみたいだなんてな」
長年費やし研鑽してきた自分の剣術が、まさか根本から覆されるとは思ってもみなかった。
確かに俺は倭国にいる頃、師匠から技は盗んで覚えろと厳命されていた。だがまさか、盗み身につけたものが不完全だったなんて、誰が思う?
剣術は型だ。その型を歪めて覚えれば全てが歪む。
「俺がこの数十日を賭したのは型の矯正だよ。剣術の流派には流派毎の型がある。それを何万回と繰り返し矯正した。おかげで自分でも驚くほど剣が軽い。アンタも似たようなものだろ? 何の因果かあのババアの剣術を盗み見たみたいだが、結局は紛い物——本物に太刀打ちできる代物じゃない」
雅流一仭に見合った剣の振るい方——筋のないものに一本筋を通すだけで紛い物は剣術として完成する。
まぁ、その型を叩き込むのも結局は紛い物の経験ありきってわけらしいが。
恨むぜ、師匠。こんな大事なことを黙ってやがって。
危うく大事な奴等を守れないところだった。
「なるほど、まるでそのすべてを見通したかのような言いぶりは、まさにヨウキ殿に通ずる部分がある。あながち嘘だとは言い切れないでしょう。だが——」
「……まあ、そうくるよな」
エンヴィルの剣から焦げるような炎が立ち上る。
「私には魔鉱石という武具がある。剣術としての力量に差があるのは悔しいですが、戦場の戦力としてはまた別の話。あなたの力は不気味すぎます。我が国の繁栄のために、生かしておくわけにはいかない」
「……そこまで大層なものか?」
「ご自身では見えないのでしょう。でも己を研鑽し、己のすべてを剣に捧げてきた私には分かるのです。あなたは紛れもなくあのヨウキ殿に引けを取らない化け物だ」
傷つくようなこと言いやがる。あのババアは倭国ですら化け物認定された傑物だってのに。そんな奴と同括りにされるなんてゾッとしないね。
「名乗りを上げたまえ剣士よ。あなたの剣術は確かに私のそれを上回った。だが、勝利を手にするのは……」
「俺だよ、阿呆。アンタの知らない雅流一仭の真髄——篤その身に味わえ」
腰に下げた鞘へと刀を納刀する。
そして鯉口を下げ——
「雅流一仭が中伝 彩霞律。剣鬼 上泉妖姫の術。剣聖 昌運の刀をもち、いざ尋常に参る」
「素晴らしい。では、この私、リクセン軍が将校 エンヴィル・カナートの全てを持って答えよう」
切っ先が持ち上げられ炎の渦が立ち昇る。
こいつは……触れただけで即死だ。
「消えなさい、あなたは確かに強かった」
ちっ、最後まで好き勝手言ってくれる。
そう簡単に俺が殺せると思ったか?
それに、俺は炎ってやつが大嫌いなんだ。
一足で間合いを詰め、二足目で刃を解き放つ。
その一閃は最速で細心。芯を通したことで俺の剣術は全てが昇華する。
雅流一刃が中伝 無音 焔断
「無形を切り開いてこその剣客。最後の最後に魔鉱石に縋り付いたおまえの――負けだ」
熱風が吹き上げられ、炎が霧散していく。
そして鍔鳴りと共に、背後では奴の斃れる音がした
「……見事」
「上位三傑が一角、エンヴィル・カナート。アンタの名前は忘れない。この勝負、俺の勝ちだ」




