黒い影
「おいおい、これはいったい……」
城下町は何の障害も無く通り抜ける事が出来た。
非戦闘区域で得物を振るうほど俺達も馬鹿じゃない。
戦うのはあくまでも兵士と兵士。
そう考えて城門を潜ったはいいんだが……
「全滅だと……?」
俺たちが何をするまでもなく、いたるところにリクセン軍兵士の亡骸が転がっていた。
その数は両手で数え切れるレベルの話じゃない。
戦争で言う殿以上の戦力を温存していたにも関わらず、この有様。
しかも今の状況を思い出せ。
二国は野戦の真っ只中なんだ。
仮に隠密部隊を放とうと、ここまでの被害が出る前に誰かが必ず気付く。
「兵士達に伝えてくれ、正騎士以外、全員この場から動くなと。そして城門を封鎖し、鼠一匹足りとてこの場から逃がすな。これは団長命令だ」
伝令にそう告げると、ヴィンは俺の方へと歩み寄ってくる。
その顔に余裕は無い。今まで予想も出来ない事を予想してきた男が、額に汗を浮かべていた。
「やれやれ、もう終わりだと思っていたらこれだよ。女神はどうも俺たちに試練を与えたいらしい」
「悪いが、俺にも検討はつかないぞ」
「ああ、そうあってくれた方がありがたい」
戦力として残ったのは、ヴィンを含めた正騎士が12人、それと俺だけ。
フェリアとカエラは勿論、血気盛んなCクラスの連中もこの場から撤退させている。
普段なら、いかに団長命令だろうとそんな命令には耳も貸さないあいつらも、流石にこの場所の異常さを肌で感じ取ったのか、
「黒の騎士さんよ、こいつはヤベェぞ。悪いが……」
「ええ、情けない話、私もこれほどまでに異常な空気を感じた覚えがありません。どうかご武運を」
と、大人しくこの場から撤退していく。
誰が何処でどの程度の修羅場を潜ってきたのかは知らないが、それなりの泥を啜ってきたであろうあいつらには分かるんだろうな。
この城に入ってからの、この異常なまでの空気が。
「ヴィン、お前も聖騎士を連れて下がれ」
「……ありがたい忠告だが、それは出来ない相談だな」
軽口を装っているようだが、緊張感がこっちにまで伝わってくる。
やれやれ、分かってるっていうのに行くつもりか。
変なところで責任感の強いやつだ。
「死ぬ気か?」
「まさか、何かあってもオレには「黒の剣士」様がついているからな。そうそう簡単に死にはしないさ」
「勝手に言ってろ」
そうして俺達は城の奥へと歩みを進めて行く。だがその矢先、
「……?」
人の気配を感じたのような気がし、俺は辺りを見回す。
だが勿論、そこには骸が転がるばかりで、誰の姿も見当たらない。
——気のせいか? いや、それにしてはやけに……
「どうした、律?」
「……いや、何でもない。先を急ごう」
俺の挙動に気付いたヴィンにそう告げ、俺は歩みを進める。
ふぅ……どうやら、思った以上に厄介なことになってるみたいだな。
と、内心でそう愚痴ながら。
玉座まで向かう道は一本道だった。
これはリクセン国の国柄なのか、それとも国王のやり方なのかは知らないが、道すがら過多な装飾もなく、極めて質素な石畳が続く。
この国に侵入した時からある程度気付いてはいたが、どうやらこの国の国王は圧政をひいて私腹を肥やすような輩ではなさそうだ。
敵国に感情移入するつもりはないが、戦争を仕掛けられた側からすれば、何とも言えないのも事実。
何がここまでこの国を駆り立てたのか。
一兵士が考えることじゃないが、どうにもキナ臭いものを感じる。
「全隊止まれ」
おっと、考え事に夢中になり過ぎたか。
ヴィンの号令に足を止めると、目の前には見るからに重厚な扉が立ち塞がっていた。
「ここが……」
「ああ、間違いない。リクセン国の玉間だ」
中から気配を感じる。
一つ二つ三つ四つ……親衛隊がいるとしても、やけに数が少ない。
ここまで城内で生きた兵士とかち合うことは無かった。
となれば、この中にいるのは……
「——開けるぞ。全員、配置につけ」
ヴィンが両手で押すように扉を開ける。
そして目の前に飛び込んできた景色は……
「あぁん? 何だ、あんたら?」
黒い衣装を纏った長身の男が振り返る。
その男が片手で持ち上げているのは、おそらく服装からしてこの国の国王に間違いない。
それに続いて、
「何だも何もこの状況を見れば分かるでしょうに。あなたがもう少し真面目に仕事してくれれば、こうやってララーナの兵士に見つかることもなかったはずですわ」
長身の男に説教をしながら、黒い鎧を纏った女がこちらを振り返る。
「……って、あら、お久しぶりですわ。彩霞さん」
その顔を見た途端、凄まじいほどの悪寒が体中を走り抜けた。
どうして——
「逃げろ! ヴィン!」
腰の刀に手をやり、一足飛びで奴らとの間合いを詰める。
「ああ?」
「あら……」
「雅流一刃が中伝 無音 焔断」
まずは男の首を跳ねる。その後に……
「速いな」
男が俺の斬撃に向け、身を動かしたその瞬間——側頭部に鈍器で殴られたかのような衝撃。
「がっ……!」
視界が反転、側転、回転を繰り返し、挙げ句の果てには身体が壁に叩きつけられる。
「あらあら、手厚い歓迎をなさるのね」
「はっ、何だ、よく見りゃ参位の所の坊主か」
口の中に鉄の味が広がる。
だが、今はそんなことを気にしている場合じゃない。
どうしてこいつらが此処にいる。
どうして——倭国の侍が此処に……




