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ひとかけの名残と紫苑の刃  作者: 紫木
大決戦
92/111

左翼崩壊

 ——何が起きた?


 戦況は我が軍が優勢、このまま推し進めば左翼はおろか、中央で拮抗している本軍への合流も可能だったはず。

 それほどまでに圧倒的な勝利を収めていたはずなのに、どうして……

「ぐわぁああ!……」

「ひっ……来るな、来るな、うわぁあああ!……」

 どうして我が軍はここまで瓦解してしまったのだ。

「フェリア・ロータス副指揮官! 隊列の再編を! これは敵の戦力を見誤った軍師である私の落ち度! あの部隊は戦力が桁違いです! このままでは……」

 このままでは……何だ?

 いま目の前で繰り広げられているこの惨劇が続くばかりだとでも言うつもりか? 

 そんなことは百も承知している。我が軍の左翼最高指揮官、モリア大尉が一撃で屠られた時より、そんなことは百も承知していることだ。

「この程度ですか……所詮は騎士道という名にかぶれた雑兵」

 リクセン軍が上位三傑——エンヴィル・カナートは何の感情も浮かべず、そう口する。

 馬鹿な、モリア大尉の采配に間違いなどなかったはずだ。

 少数で囲い込むように敵を殲滅し、決して一人にならず隊を成す。

 戦場の基本にして、必勝の布陣。

 それを誰がどうして、たった一人の男の手(・・・・・・・・・)によって覆されると思う。

「……化け物め」

 だが、これは物語じゃなく現実だ。

 指揮官を失った我が軍は瓦解するばかり。

 正騎士達は戦死し、今ここに残っているのは、もはや私と同様、貴族という立場を利用して仮初の官位を与えられた人間達だけ。

 敵軍を倒すなら、まずは指揮官を潰すべき。

 奴は恐ろしいまでの武力をもってそれをやりのけ、戦況を覆した。

 ——完敗だな。

 ここからどう足掻こうが、我が部隊に勝ち目などありえない。

 そもそも、私達貴族連中は戦場に立つことさえ想定されていなかったのだから。

 とはいえ、私も何の因果か、この部隊の副指揮官を任されている身だ。

 それが例え仮初の立場だとはいえ、戦士として、貴族として、私には仲間を守る義務がある。

 何処かの誰かには甘い考えだと笑われるかもしれないが、私にはこれ以上、同国の士が蹂躙されるのを黙って見てはいられない。

「リクセン軍の将校、エンヴィル・カナートよ! 私は貴様に一騎打ちを申し込む」

 だから、これしか方法が思いつかなかった。

「名乗りを……」

 ここで――この名を戦地に掲げよう。

「フェリア・ロータス準騎士見習い。不肖、弱卒なれど、この名に恥じぬ戦いをすると誓う」

 例えこの身が果てるとも、この名に恥じぬ戦いを。

「ふむ……粋の良い方がいるのは結構です。死して誇りなさい、貴方は武人として誉れある選択をした」

 武人から送られた賛辞に、少し頬が緩んでしまう。

 そんな良いものではないさ。

 私とて、所詮はまだまだひよっこなのだ。

 膝だってほら、こんなに震えてしまっている。

 でも仕方がないじゃないか。

 誰かがこうして前に出ないと、どんどんと死者は増えるばかり。

 ほんの少しでも彼等が逃げられる時間を稼げれば良い。

 大丈夫だ。

 後はきっと、兄様の部隊や右翼の部隊が我が国を勝利へと導いてくれるはず。

 ——だから、これ以上、我が部隊を蹂躙させてなるものか。

「私は誇りを胸に剣を振るう。――いざ、尋常に……勝負!」

 発破とともに最短距離を掛ける。

 構えた刃は八相――まずは斬り上げ!

「甘い……」

 もちろん、この程度の小技が通用するわけもなく、いとも容易く捌ききられてしまうが……

「まだまだあ!」

 正中線の突き、これを囮とし、横薙ぎへ繋ぐ連撃。

 躱されては繰り出し、捌かれては繰り出す。

 ――ここに私の全てを出し切る!

「はあぁああああ!」

 全身全霊、この身が果てるまで連撃を繰り出す。

「……剣の振りは良い。型通りの真面目な剣筋、ぶれぬ体幹、申し分ないほど修練をこなしてきたのでしょう」

 でも……と、ここで初めて奴の剣が振りかぶられる。

「貴方の剣筋には、絶望的に実戦力が欠けている」

「なに!?」

 打ち下ろされた一撃は雷鳴の如き威力を備え、私の剣を粉々にしてなお、大地を切り裂く。

 そして……

「勝負ありましたね。貴方の気迫は素晴らしかった――ですが、それだけです」

 それだけ――たったそれだけを告げて、男は剣を天にかざした。

「や……やめろ……」

 震える、身体が動かない。

 だが、何としてもそれだけは……それだけは止めないと……

「総員、この場にいる全ての敵を討ち取れ――皆殺しです」

 号令とともに敵兵が我が軍に一気呵成と迫り来る。

「やめろぉおお!」

 私は無様な姿勢のまま、叫び声を上げることしか出来ない。

 これが戦場の常、戦場の在り方だというのに、彼等の死を直視できない。

 彼等には、もとより戦死する覚悟なんてないのだから。

「……やめろ、やめろ、頼むから……誰か……誰か彼等を助けてくれ……」

 私は女神エルファリアに願った。

 私の命を捨ててでも良いからと、彼等の命を懇願した。

 そして……





「イヤッハア! 戦場一番乗りぃ!」





 …………え? 






「相変わらず行儀の悪い人です。気持ちは分からなくもありませんが、もっとスマートに――こう!」

「へへっ、生まれも育ちも悪いもんでね。そういうテメーだって、エゲツイ殺り方してんじゃねえか」

 今まさに蹂躙されようとしていた仲間達の前に、二人の男が立っていた。

 いや――二人じゃない。

「オラオラッ! リクセン軍ってのはこんなもんか?」

「ん。油断しないで」

 カエラまでも……まさかこれは――Cクラスの連中か?

 どうして彼らが此処にいる? 

 彼等の持ち場は右翼のはず。

 分からない、いったい何が起こっているというんだ。

「ん。呆けてる場合じゃない。フェリア、前を向いて」

 傍まで来たカエラが私を守るように前に立つ。

 そんなことを言われても、まずは状況の説明をしてくれ。

 どうしてお前達がここにいて、どうして……!!!

 その時、私は気付いてしまった。

 カエラの視線の先、私が成すすべも無く敗れた男の前に立つ、あの男の姿を……

「あぁ…ああ…」

 と声にならない声が出る。

「遅いわ……この大馬鹿者が……」

 そう言いながらも、私の視界はどんどん涙で滲んでいく。

 黒い外套・黒い首巻、そして……左手に下げた黒い刀

 見間違えるはずもない……あれは……


「わるい、辛い思いをさせたな」

 奴はこちらを振り返らない。振り返らないまま、言葉を紡ぎだす。

 そして、

「あとは任せろ。この場は俺が引き受けた」

 ようやく奴は――彩霞律は私の方へと振り返った。

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