ヴィンセント・ロータス
「戦況報告! 左翼優勢、右翼においては上位三傑ネヴィアの登場により多数の被害が出ている模様!」
「クソッ! どうなっているヴィンセント! 其方の采配では右翼こそが安心かつ最善。戦果を上げられる最上の狩場と宣っていたはずではないか!」
斥候の報告にオブリル卿が激昂する。
うるさい御仁だ。
子を思う親の気持ち言えば分からないでもないが、ここは戦場だ。
あまり私事を大声で宣うのはご遠慮いただきたい。
「報告ご苦労。引き続き戦況の監視を頼む」
すっかりと怯えきってしまった騎士見習いにそう告げ、オレは戦場に目を向け直す。
捲き上る砂塵、飛び交う怒号、まさにここは地獄だ。
ここで見ているしかできない自分に歯がゆさを覚える。
とは言え、オレが陣取っている此処はララーナ軍の総本部。仮にも指揮官として選定された以上、オレはオレで役目を果たす以外にない。
「聞いておるのか、ヴィンセント! 今すぐにでも中央部隊に右翼へ向かうよう指示を出せ! これは其方の失態ぞ!」
やれやれ……何がどう失態なのか‥‥これだから本陣は退屈で窮屈なんだ。
だが相手はこの国の重鎮。この場で下手に反感を買ってもおもしろ話になるはずもなく、
「ご安心ください、オブリル卿。右翼には我が直属の部下——ライアス・ゴア率いる部隊を配置しております。彼がいれば万が一のことなど早々起こりますまい」
適当に部下の名前を出して煙に巻いておくに限る。
今はこの男に構っている暇などないんでね。
「ぐぬっ、其方がそう言うなら、信じようではないか。だが、万が一にでも我が息子に何かあれば、其方にもそれ相応の償いは頂くことになるぞ」
これ以上は聞くに耐えない。
政治と戦争を結びつけるのは勝手だが、自分本位で戦隊を組み、あまつさえ、このように戦場にまで顔を出してくださったのだ。それ相応の覚悟は勝手に持って頂かないと——そうでなければ、この戦争で散った者達が浮かばれなさすぎる。
「良いか、異国人や雑兵の命を幾らかけても構わん。この戦争で生き残り戦果を上げるのは我が国の貴族でなければならんのだ」
反吐が出る。
いっそ、今この場で流れ矢でお亡くなりになって頂けないだろうか。
命の重さを問うつもりはさらさらないが、此処まで血の重みを偏重されると気分が悪い。
「貴族は生き残るべくして生き残り、華々しく戦果を上げ凱旋を行う。その為にどれだけの犠牲が生まれても構わん。それこそがこの国の新たな進む道。元より、その為に異国人をかき集めたのだからな」
ふぅ……頭が痛くなる。
この国がここまでリクセン軍を追い詰め、従来の戦況を覆せたのは、いったい誰の功績があったからだと思っているのか。
いっそのこと、この場で乱戦となり、切り落とされてくれないだろうか。
いやいや、実際そうとなったらオレの責任は免れない。
やれやれ、とんだお荷物だ。
そう言えばフェリアも言ってたな——「オブリル卿の息子? ああ、奴とは気が合わいませんね」と。
お前の言ってた事が良くわかったよ。
オレは自分の立場上、何とも言えない気分だがね。
っと、こんな愚痴ばかり思い浮かべている場合じゃないな。
戦場に意識を戻し、改めて先の報告を吟味する。
右翼に上位三傑ネヴィアが現れた——それ自体に不自然な点はない。オレだって奴等の配置全てを把握できている訳じゃないからな。
それに、右翼に現れてくれたのなら好都合だ。
右翼にはライアスやアルゴ——それにあの男を配置している。
それなりの被害は避けれないが、必ず打ち取れるという算段がある。
オレが気になっているのは右翼のことじゃない。
だが、じゃあ、もう一人の上位三傑は何処に行ったのかということだ。
左翼はもう直に我が軍が勝利を収めるだろう。
それならば、やはり中央の本陣か?
いや、そもそも上位三傑ともあろう武人が、座して待ち受ける側に立ち続けるか?
どうにも嫌な予感がする。
このまま、何事もなく勝利を手に出来れば良いんだが……
「伝令! 伝令! 我が軍内部において、一部兵団が離脱! 作戦を逸脱し、戦地を縦横無尽に駆け回っている模様! 繰り返します! 我が軍において、一部兵団が離脱!」
まあ、そうはいかなさそうだな。




