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ひとかけの名残と紫苑の刃  作者: 紫木
大決戦
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90/111

***・*****

「クフッ、どうしてアンタがここにいるんだい?」

 ネヴィアの口の端が吊上がる。

 笑っているのか? この状況で相変わらずだな。

「なあ、答えなよ。どうしてアンタがここにいるんだい? クロウ(・・・)・クリエスト(・・・・・)!」

 押さえつけた大鎌に膂力が注ぎ込まれる。

 感じ取れる感情は殺気と狂気のみ。

 この狂った感じが、いかにもネヴィアらしい。

「……義理のため、祖国を捨てて戦場に馳せ参じた。詫びる気はない。この命はここで散らす覚悟だ」  

 視線は逸らさない。

 大義名分など今の俺には分不相応。

 俺は今、我が娘のために全てを捨て去ったのだから。



 暗い牢の中、俺はライアスから持ちかけられた取引のことをずっと考えていた。

 奴は俺の娘を故国から攫うとのたまった。

 それが現実的に可能な事だとは思わないが、あの男は底が知れん。

 万が一にもそれが叶えられてしまったとすれば、奴は俺に一体何を望む?

 リクセン軍の内部の情報など建前——奴には確実に裏がある。

 それが何なのかは、皆目見当がつかない。

 それだけを考える日々が続く中、再び、ライアスが俺の前に現れた。


 ——二度と会えないとすら思っていた、我が娘を連れて……


「お父さん!」

「ネネ! ネネなのか!?」

「あう、会いたかったです。心配しましたです」

 ライアスに連れられた娘が、俺の身体にしがみついてくる。

 本当に……この男は本当に成し遂げたのか。

 喜びと同時に戦慄が背中を走る。

「ライアス……キサマ、何を考えている?」

「別に……はっきりと申し上げますと、私自身はあなたの処遇などどうでもいい。加えていうなら、あなたの家族にも何ら興味はない」

 ただ、我が主の名に従ったまでです、と奴は顔色一つ変えずにのたまった。

「それで……見返りは何を望む。祖国への謀反に肩を貸せというなら……」

「私の部下が一名、命を落としました」

 俺の声を遮り、ライアスが言葉を投げかけてくる。

 冷静沈着を絵に描いたようなこの男にとっては、珍しく感情を滲ませながら。

「あなたが今後、どのような道を選ぼうと私は一向に構いません。でも、失った部下の代償は払っていただきます。——たとえ、それが鬼道と呼ばれる方法であろうと」  

 その一言で全てを理解した。

 人質にする……ネネを人質にするということか。

 そして、命を落としたのは恐らく……

 懊悩する。

 祖国には今もなお俺と親交のあった部下がいる、兵がいる。

 その全てを敵に回してまで、裏切ってまで……何を悩むことがある。

 俺が出した答えは……



 戦場の灼けた匂いが鼻につく。

「……キミは……誰だい?」

 先の一撃から救った男が、息絶え絶えに俺に問うて来る。

「寝ておけ。キサマが何処の誰だかは知らんが、大将首級を持って行かれるわけにはいかん」

 もとより、この男を救うために戦場に来たわけではない。

 たまたま、俺がたどり着いたのが、この男の窮地だっただけの話。

「クフフッ、キザなやつ」

 ネヴィアの笑みがますます深まる。

 残念だ。かつての戦友よ、その笑みを見るのもこれが最後。

 凶刃と組み合った刃を翻し、そのままの勢いで奴に刺突を繰り出す。

「黙って逝け、ネヴィア」 

「クヒャヒャヒャッ! その程度でアタシを殺れるわけないだろ? クロウ・クリエスト!」

 俺の刺突と力任せに振るわれた刃が豪風を生みだす。

 そして一瞬の静寂。

 我が刃は奴の首先三寸に、奴の刃は俺の胴体に肉薄している。

 千日手、もしくは相討ちか……

「キヒヒッ! やるじゃん、クロウ」

 常人ではとても耐えられない殺気の渦、その中でもネヴィアはなお、笑みを深めていく。

 これがリクセン軍上位三傑と呼ばれた俺達の中で、最も戦闘狂と呼ばれた女。

「……考えが甘すぎたか」

 視線の攻防の末、互いが寸分違いなく身を離す。

「キヒヒッ、極上極上。まさかこんなにも殺しがいのある奴が現れてくれるなんて……これだから戦場は愉しいのさね」  

「ふっ、キサマを愉しませるために此処に来た訳ではない……が、貴様を斃す事も俺の使命の一つだ。――存分に足掻いてみろ」

 槍先に神経を注ぐ。

 かつての愛槍とは違うものの、心技は一体。

 引けを取る言い訳には出来ん。

「はあ!」

 足を大幅に開き、点を穿つ。

「キヒヒッ、少しは余裕持ちなよ。そんなだから、ほら、足元救われちゃうよ?」

「!?」

 砂を巻き上げ——いや、炎を伴った熱砂が吹き荒れる。これは……

「キヒヒッ、魔鉱石も無く、アタシに勝とうなんて思い上がるじゃないのさ。全部全部灰にしてやるよ。——死ね、裏切り者!」

 これがネヴィアの持つ狂気の具現。

 だが、これは想定の範囲内。かつては俺も同じものを使った戦士だ。

 ネヴィアから距離を離し、今一度水平に槍を構える。

「性懲りも無く、バカの一つ覚えかい?」

「……変わらないな。技を昇華させるこそが戦士の務め。我が槍は神速――いかなるものも貫き通す魔槍。かかってこい、魔鉱石に頼り続けるキサマの愚行。ここで引導を下してやる」

 そして、同時に互いが一撃を放つ。

「「ハァアアアアアア!!!」」

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