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「クフッ、どうしてアンタがここにいるんだい?」
ネヴィアの口の端が吊上がる。
笑っているのか? この状況で相変わらずだな。
「なあ、答えなよ。どうしてアンタがここにいるんだい? クロウ・クリエスト!」
押さえつけた大鎌に膂力が注ぎ込まれる。
感じ取れる感情は殺気と狂気のみ。
この狂った感じが、いかにもネヴィアらしい。
「……義理のため、祖国を捨てて戦場に馳せ参じた。詫びる気はない。この命はここで散らす覚悟だ」
視線は逸らさない。
大義名分など今の俺には分不相応。
俺は今、我が娘のために全てを捨て去ったのだから。
暗い牢の中、俺はライアスから持ちかけられた取引のことをずっと考えていた。
奴は俺の娘を故国から攫うとのたまった。
それが現実的に可能な事だとは思わないが、あの男は底が知れん。
万が一にもそれが叶えられてしまったとすれば、奴は俺に一体何を望む?
リクセン軍の内部の情報など建前——奴には確実に裏がある。
それが何なのかは、皆目見当がつかない。
それだけを考える日々が続く中、再び、ライアスが俺の前に現れた。
——二度と会えないとすら思っていた、我が娘を連れて……
「お父さん!」
「ネネ! ネネなのか!?」
「あう、会いたかったです。心配しましたです」
ライアスに連れられた娘が、俺の身体にしがみついてくる。
本当に……この男は本当に成し遂げたのか。
喜びと同時に戦慄が背中を走る。
「ライアス……キサマ、何を考えている?」
「別に……はっきりと申し上げますと、私自身はあなたの処遇などどうでもいい。加えていうなら、あなたの家族にも何ら興味はない」
ただ、我が主の名に従ったまでです、と奴は顔色一つ変えずにのたまった。
「それで……見返りは何を望む。祖国への謀反に肩を貸せというなら……」
「私の部下が一名、命を落としました」
俺の声を遮り、ライアスが言葉を投げかけてくる。
冷静沈着を絵に描いたようなこの男にとっては、珍しく感情を滲ませながら。
「あなたが今後、どのような道を選ぼうと私は一向に構いません。でも、失った部下の代償は払っていただきます。——たとえ、それが鬼道と呼ばれる方法であろうと」
その一言で全てを理解した。
人質にする……ネネを人質にするということか。
そして、命を落としたのは恐らく……
懊悩する。
祖国には今もなお俺と親交のあった部下がいる、兵がいる。
その全てを敵に回してまで、裏切ってまで……何を悩むことがある。
俺が出した答えは……
戦場の灼けた匂いが鼻につく。
「……キミは……誰だい?」
先の一撃から救った男が、息絶え絶えに俺に問うて来る。
「寝ておけ。キサマが何処の誰だかは知らんが、大将首級を持って行かれるわけにはいかん」
もとより、この男を救うために戦場に来たわけではない。
たまたま、俺がたどり着いたのが、この男の窮地だっただけの話。
「クフフッ、キザなやつ」
ネヴィアの笑みがますます深まる。
残念だ。かつての戦友よ、その笑みを見るのもこれが最後。
凶刃と組み合った刃を翻し、そのままの勢いで奴に刺突を繰り出す。
「黙って逝け、ネヴィア」
「クヒャヒャヒャッ! その程度でアタシを殺れるわけないだろ? クロウ・クリエスト!」
俺の刺突と力任せに振るわれた刃が豪風を生みだす。
そして一瞬の静寂。
我が刃は奴の首先三寸に、奴の刃は俺の胴体に肉薄している。
千日手、もしくは相討ちか……
「キヒヒッ! やるじゃん、クロウ」
常人ではとても耐えられない殺気の渦、その中でもネヴィアはなお、笑みを深めていく。
これがリクセン軍上位三傑と呼ばれた俺達の中で、最も戦闘狂と呼ばれた女。
「……考えが甘すぎたか」
視線の攻防の末、互いが寸分違いなく身を離す。
「キヒヒッ、極上極上。まさかこんなにも殺しがいのある奴が現れてくれるなんて……これだから戦場は愉しいのさね」
「ふっ、キサマを愉しませるために此処に来た訳ではない……が、貴様を斃す事も俺の使命の一つだ。――存分に足掻いてみろ」
槍先に神経を注ぐ。
かつての愛槍とは違うものの、心技は一体。
引けを取る言い訳には出来ん。
「はあ!」
足を大幅に開き、点を穿つ。
「キヒヒッ、少しは余裕持ちなよ。そんなだから、ほら、足元救われちゃうよ?」
「!?」
砂を巻き上げ——いや、炎を伴った熱砂が吹き荒れる。これは……
「キヒヒッ、魔鉱石も無く、アタシに勝とうなんて思い上がるじゃないのさ。全部全部灰にしてやるよ。——死ね、裏切り者!」
これがネヴィアの持つ狂気の具現。
だが、これは想定の範囲内。かつては俺も同じものを使った戦士だ。
ネヴィアから距離を離し、今一度水平に槍を構える。
「性懲りも無く、バカの一つ覚えかい?」
「……変わらないな。技を昇華させるこそが戦士の務め。我が槍は神速――いかなるものも貫き通す魔槍。かかってこい、魔鉱石に頼り続けるキサマの愚行。ここで引導を下してやる」
そして、同時に互いが一撃を放つ。
「「ハァアアアアアア!!!」」




