モフラン・オブリル
「坊っちゃま! あまり馬の上で暴れてはなりませんぞ!」
「分かってるわ、爺や。いつまでも子ども扱いしないでくれ給え」
ここは僕の晴れ舞台、一斉一台の晴れ舞台、ここで殊勲を上げなくてはオブリル家の名が泣く。
「この戦で僕は騎士になる!」
「…………」
はっ、どうやら爺やも僕の成長に開いた口が塞がらないらしい。
それともあまりの成長っぷりに声も出せなくなってしまったのかな?
僕も罪深い男だ……
「……そんなことより坊ちゃま。本当に宜しかったんですか? このような蛮行、ライアス中将に知られましたら……」
「黙りたまえ、この部隊の指揮官は爺や——もといノズッチ大将軍のものだ。その大尉が許可を出して、誰が異議を唱えるというのか」
「し……しかしこれは……」
「構わん、要は勝てばいいんだよ、勝てば。勝てさえすれば、誰もが僕を認めざるを得なくなる」
これは野心だ。僕の中に眠る獣が叫んでいる。
――必ず勝利をもぎ取れと――お前の手でもぎ取れと
ふふっ、何だろうこの高揚感は。
今まで感じたことの無い気分だ。すこぶる調子が良い。
僕は時代の寵児となる!
——気張りすぎだ阿呆。誰がお前にそこまで求める?
……うるさいなぁ。大丈夫だよ、キミがそこまで心配することじゃない。
でも、僕にも僕の意地があるんだ。
やりきってみせるよ。
例えそれで、友から見放されることになろうとも……
それにね、また一つやり遂げたいことが出来たんだ。
「坊ちゃま! もっとお下がりなられたほうが……」
「いいや、今は下がれん! 推せ! 進め! 我が部隊は非道なるリクセン軍を……」
「キャハハハハッ! 良い度胸、良い度胸、されど脆い脆い脆い脆過ぎるよぉ~!」
「は……?」
「キャハハハハハハハハハッ!」
「はいぃいいいい!?」
ナニかがこっちに向かってくる。
僕の精鋭達をいとも容易く吹き飛ばしながら。
あれは何だい? どうして人間があんなに簡単に宙に浮く?
「理解が……不能だ」
「坊ちゃま! 呆けておる場合では御座いません!」
爺や、何をそんなに慌ててるんだい? 大丈夫、僕の前にはあんなにもたくさんの聖騎士が……聖騎士が……
「くふっ、こんにちわぁ~」
いつの間にここまで……
僕の目の前には、とても脅威とは判断できそうにない小柄な女が仁王立ちしていた。
ゾクッと背筋に冷たいものが走り抜ける。
今まで感じたことの無い感覚――体がぴくりとも動かない。
「退けい! 貴様の相手はワシが成す!」
「くふっ、お爺ちゃん気張りすぎぃ。そんなだから、ほら」
「! な……なんと」
何が起こったのか僕にはまったく分からなかった。
分かったのは爺やが大剣を振りかざした瞬間、爺やの背中から血が噴出したっていうことだけだ。
「坊ちゃま……お逃げ下さい……こやつは……」
何だ……何なんだこれは……
あの爺やが成すすべも無く膝をつかされている。
たった一瞬の邂逅で、大将軍たる爺やがまさかの敗北。
――普通じゃない
「ひあぁぁ」
何たるザマだ。自分の口からこんなにも弱弱しい声が出るなんて……
「くふっ、敵将討ち取ったり〜って感じ? きひひっ、他愛ない他愛ない他愛ない……これじゃあ、あのサムライ坊やの方がよっぽど骨があったね〜」
こいつは狂っている。
女子というのはこう、もっとお淑やかにだね…………うん? 今こいつ、何と……
「それじゃあバイバイ。右翼の大将、このネヴィアが‥‥」
「ちょっと待ってくれ給え」
僕は右手を前に差し出し、制止の合図を送る。
まずは頭の整理だ。
……うん、やはり間違いない。僕の部隊、いや、その他部隊を含めてもサムライなどと呼べる人物には思い当たる節がない。
僕の知っているサムライといえば……
「くふっ、何? 命乞い? あまりの不運に頭が狂っちゃった? どうしてそんなに笑うのさ」
ああ……そうか、僕は今笑っているのか。
それならば、この舞台に拍手を——またとない機会を与えてくれた女神に感謝を。
民のためにとこの道を選んだ。
例え友に罵られようともこの道を選んだ。
何も言わなくても、何も知らずとも、彼だけは信じてくれたんだ。
最後まで僕のことを信じようと疑いもしなかった。
ありがとう。
「バカ者、僕は幸運だよ。僕の友が君程度に負けるとは思いもしないが、何ら関係もないとは考え難い」
そう、僕には民のため以外にもう一つやりたいことが出来たんだ。
「モフランだ、この名前を覚えておき給え」
「くふっ、死人の名前なんて覚えてられないね〜」
「バカを言い給え、これは君を倒す武人の名前だよ」