稀に見る縁
当面の目的地と難易度を理解した俺たちは、情報を整理するために酒場へと足を向けていた。木を隠すなら森の中と言った具合に、やましい話を口にするなら喧騒に紛れていたほうが都合良い。時刻はまだ昼過ぎ、何をするにしても、まだ早すぎるということもある。
「ん。どうする?」
向かいに座ったカエラが、神妙な面持ちで問い掛けてくる。
あいつ等の会話内容からすると、クロウの娘が上位三傑と近しい関係にあるのは間違いない。カエラはそのことを指して、今後の行動指針を決めようと言っているんだろう。
「二つ……選択肢がある」
俺は付近の気配に気を配りながら、声を潜めてカエラに告げる。
「まず俺たちが調べないといけないのは、クロウの娘が何処にいるのかっていうことだ。それが王城なのか、それとも、この街の何処かにいるのかっていうことで、この後の難易度は大きく変わってくる」
この考えに異論はないようで、カエラも黙ったまま、先を促してくる。
「一つは、このまま街の住人に聞き込みを続け、クロウの娘の居場所を探る」
だが、これは運を天に任せるような案であり、実行性はともかく成功率に乏しい。
それに、あまり派手に聞き込みをし過ぎると、衛兵に通報される可能性まで出てきてしまう。
「二つ目は、クロウの娘と近しい存在――お姫様や上位三傑と交渉し、クロウの娘の居場所を聞き出す」
上手くやればこれほど確実な情報が手に入る案はないが、危険度でいうとこれを越える選択肢はない。それに、成功率も低すぎる。
カエラもそんな俺の考えを汲み取ったのか、無言のままに否定の意思を伝えてくる。
「……となるとやっぱり、一の案でいくしかないな」
俺はため息を付きながら、目の前の料理を口に運んだ。
何とも固い肉質が、より一層、俺の心情を苦々しくしてくれる。
「ん。私とあなたの顔は上位三傑たちに覚えられた。少し、やりづらくなりそう」
「ああ、まったくだ。どうしてこうも悪運ばかり降りかかってくるのか……。いっそのこと、この調子でクロウの娘も、自分から名乗り出てきてくれれば楽なんだがな」
両手を頭に回し、多少なりともやさぐれた感じで椅子に体重をかける。すると、
「くくっ、中々に面白いことを考える少年じゃ」
いつの間にそこにいたのか、一人の妖艶な姿をした人物が、面白そうに俺のことを見下ろしていた。
「浅はかな考えと言わざるを得んが、豪胆とも言えるかもしれん。ほんに愉快な少年じゃて」
俺はここにいるあいだ、一切気を抜いた覚えはない。
周りの気配はもちろん、会話内容にまで気をかけていたというのに、この女はいとも容易くそれを掻い潜った。
それも当然、この女は俺がこの国に来て初めてまともに負けた相手であり、心中では手本にすらしていたほどの武芸者だ。
「冗談だろ……? どうしてあんたが此処に……」
予期せぬ出会いに愕然とする俺を見て、女は愉悦に顔を歪める。
「久方ぶりじゃな、少年。どれ、その話、少しは妾にも聞かせてみせよ」
そこにあったのはかつて、俺とカエラが『特務』において出会った、和装束を着崩した女剣士の姿だった。
「……して、どのような経緯でお主たちは蛮行に及ぼうと?」
説明を求めつつ、彼女は強引に俺たちの席へと押し入ってくる。
「ふざけるなよ。あんた一体何のつもりだ」
「そう怖い顔を見せるな。妾は良かれと思うて言うておるのに……」
「いい迷惑だ。とっとと消えろ」
「少年は心が狭くて難儀する。少しは大らかな心を持ってじゃな――おっと、店員殿、酒のおかわりを頂けるかのう」
「その態度がイラつくって言ってんだよ。……あんたこそ、どうしてこの国に……」
「野暮は言いっこなしじゃ。少年、覚えておけ? ――乙女の素性は、隠してこそ輝く」
「何だそのキメ顔は!? いい加減にしろよ、こっちはあんたに構ってる暇なんて……」
「だからそれを話せと言うておるのじゃ。一端の戦士が人さらいの真似事など、大層な理由でもなければ引受けはせんじゃろうて」
「だから、どうしてあんたにいちいちそれを……」
「ん。話が進まない。少し黙って」
押し問答を繰り広げていた俺たちに、カエラの冷たい視線が突き刺ささってくる。
表情にこそ出てはいないが、さすがに我慢の限界だったらしい。
「ほら、うちのパートナーもお怒りだ。あんたもさっさと……」
「ん。黙っててって言った」
……どうやら、怒られていたのは俺の方だったようだ。
何とも理不尽極まりない展開だが、カエラは俺のことを無視して、女と話を進め出している。
「貴女の目的はなに? 私たちはこれでも極秘で動いている。邪魔をするなら容赦はしない」
「吠えるのう、少女。さりとて、妙案があるわけでも無いんじゃろう?」
「ん。確かに突破口は見当たらない。――でも、貴女の意思も不明瞭。それに、話を聞かれたからには、今度こそ逃すわけにはいかない」
「んんーん。酒のつまみにうってつけの啖呵じゃ」
「一つだけ教えて。貴方の目的はなに?」
「目的……目的のう……」
女は顎に手をやり、悩ましげに首を傾げると、
「云うてみれば『世直し』じゃな。この腐った世界を叩き直すのが妾の目標よ」
と、得意げに胸を張ってくる。
無論、俺はそんな戯言を真に受けるような純粋さを持ち合わせていないし、そもそも所詮は酔っ払いの戯言だ。真面目に受け取るつもりもない。
「阿呆か。でっち上げるんなら、もっとまともな……」
「いやいや、少年。お主の望む大切なものすべてを守ってみせるというのと、妾のそれはそう大差ないと思うんじゃがな?」
「!?」
「ましてや、敵将の娘を攫ってまで情愛を貫くお主の考えは、妾のそれを超えておるとも考えられるわ」
すぐさま俺は席から立ち上がり、女の胸ぐらを掴みあげる。
「あんた……本気で何者だ?」
「だから云うておろうに、妾は単なる『世直し者』じゃ」
「おまえっ……!」
「ん!」
すると、カエラが突然、目の前にあった女の酒を奪い取り、一気にそれを飲み干してしまう。
「お、おい……カエラ?」
カエラは勢いに任せてコップを叩きつけると、剣呑な目で俺たちのことを睨みだす。
「ん。私だけ分からないことだらけ。……説明を求める」
「説明って何を……」
「あなたにはきっと、あなたの思惑があって今回の任務を承服した。でも、それを私は聞かされてない。そこの女に先を越されてしまうのは、パートナーとしてひどく不愉快」
目が座り、いつも以上に無表情に鋭さが増している。
「そこの女の意図は分からない。けど、私にはあなたの意図も分からない。一切合切吐き出して」
それだけを告げると、カエラは俺の前にぐいっと空のコップを差出してきた。
もちろん、その盃に拒否権はなく、俺は成り行きのままそれを受け取ってしまう。
「……良い相棒をもったようじゃのう、少年。嫉妬とは信頼の証じゃぞ?」
「黙れ、あんたには関係のない話だ」
俺は確かにこの女の言う通り、今回の『特務』において、戦争勝利以外の目的を持っている。
俺自身は冷徹に任務を遂行しようとしていたつもりだったが、どうやらパートナーはそれがお気に召さなかったらしい。
「まったく、少女の言うとおりじゃ。お主は良かれと思うてか、一切合切の業を己の内に秘めてしまうきらいがありおる。どうせ此度の人攫いについても、己の罪としてのみ受け入れるつもりじゃったんじゃろうて。ほんに呆れた考えじゃ――よいか、よく聞け」
女は人差し指をピンと立ち上げると、俺の目を覗き込み、
「実は、妾はお主たちの探し人と面識がある。そして妾にも、ネネの奴を助けたいと思う気持ちがあるんじゃ。どれ、ここはひとつ、前みたく手を結んでみんかのう? ――ついでにその性根、叩き直してくれようぞ」
と、どこか愉快な様子で告げてきた。




