凶運の持ち主
白く煙る町並みを見渡しながら、俺とカエラはひたすらに真っ直ぐ、大通りを歩み続けている。
リクセン国への道程は、比較的穏やかなままに終わりを告げた。
道中での出来事を思い返しても、山賊に出くわすこと三回、国境を越えるために身分偽装を行った程度のことぐらいしか思い当たらない。
――他国への侵入が簡単すぎる。
これは俺のような異国人からは考えもつかないような事だ。
策謀と策略が渦巻く戦争において、これほどまでに甘々な警備は見たことも聞いたこともない。
「ん。騎士道を主とするララーナに闇討ちなんて存在しない。あいつ等はそれをよく知ってるだけ」
「ふーん、なるほど」
カエラは淡々とした口調で、俺の疑問に答えてくれる。
まあ、理由はどうあれ、さしたる障害もなくここまで来ることが出来たんだ。今はそれで良しとしよう。
「それにしても、ずいぶん錆びれた印象の街だな」
「ん。リクセン国はもともと産業が盛んな国。鉄の匂いと錆の色が染みついてる」
カエラが促すように視線を向けた先には、確かに多くの工場が目に付いた。
(さっきから煙っているのは、あそこから出たものか……)
海沿いに建てられたララーナとは違い、この国の周りには多くの鉱山がそびえ立っている。国の発展を考えたなら、これも当然の光景だとは理解が出来る。
そして、この状況こそが、リクセン国がララーナ国へと侵攻を開始した理由に他ならない。
「ん。着いた。ここからが本番。見つかったらミンチにされてもおかしくない」
俺が頭の中で考え事をしている最中、カエラが急に歩みを止める。
その視線の先にはあるのは、この国のシンボルでもある『王城』だ。
門前では行商人たちや傭兵が列をなし、入城のための審査を受けている。
「さすがに王城までは柔くない。それは、門前の土を見れば一目瞭然」
「……なるほど」
目を凝らして見なければ分かりづらいが、門前の土は、一様にどす黒い色へと染まりきっている。あれが何なのかなんてのは考えるまでもない。おおよそ、少しでも怪しい挙動があれば、あの場で斬り伏せられてしまうんだろう。
「さて、お目当ての人物はこの中なのか?」
「ん。知らない。私はあなたが王城に案内しろと言ったから、ここまで連れて来た」
「…………」
「もしもクロウ・クリエストが将校だからって、とりあえず王城へ来たんなら、とんだお角違いかも。現にライアスやアルゴの家族は王城に住んでない」
心持ち冷たい視線が俺の眉間へと突き刺さる。
「どちらにせよ、情報集めは不可欠。可能な限りの範囲で、クロウ・クリエストの娘についてを調べ上げる」
「そうだな。それが重畳か……」
俺はため息混じりに王城に背を向け、街の方へと歩みを戻す。
「ん。大丈夫。あなたの悪運は突出してる。どうせ、ここでも巻き込まれる」
「……縁起でもない。いくら俺だってそうそう凶運には合わないさ。精々、目立たないように……」
「そこのお主、その風体より『侍』かと見受ける」
だが、俺の願いを粉砕するかのように、気高い声が響き渡った。
件の声に振り向けば、そこには身なりの良いお嬢様の姿があり、
「わらわが聞いているのであろうが、早う答えんか」
といった風に、ずいぶんと威高な態度を見せてくる。年の頃は俺やリナと大差ないように見えるのに、その立ち居振る舞いには、眩しいほどの気品と気高さが兼ね備わっていた。
(何だ、この既視感は……)
脳内に浮かび上がったフェリアの姿をかき消しつつ、俺はその問いかけに答えを返す。
「悪いが、俺は『侍』じゃない」
「ほう……、だが、わらわの目は誤魔化せんぞ?」
どうにも嫌な予感が拭えない俺に対し、目の前のお嬢様は懐から颯爽とある物を取り出した。
「お主の腰に下げているもの、それはこれと同じものに間違いあるまい」
お嬢様がこれみよがしに突きつけてきたのは、刀の一部を担う役割をした円形の鍔だ。その鍔には、この距離からでも分かるくらい至極丁寧な彫り物がなされている。
「似ているだけだよ。そんなもの、倭国に行けばいくらでも……」
「ほれ見たことか、やっぱり、お主、『侍』ではないか!」
お嬢様は胸を張り上げ、今度はしてやったりと得意げに胸を張る。
どうやら、このお嬢様の中では『倭国』と『侍』が同一のものだと理解されているらしい。
本音を言えば、説明するのが面倒くさい。
それに、こんなことで衆目を集めるのも不本意だ。
(さて、どうしたものか……)
「ん。私に任せて」
困窮する俺を尻目に、カエラはそのお嬢様の前まで歩み寄ると、見たこともないような笑みを浮かべながら説得を試み始める。
「この人は『侍』じゃない。格好だけ真似して悦に浸っているただの変人さん。あなたが見間違えたのも無理はない、けど、残念ながら人違い」
「ちょっ、お前……」
とっさに否定の言葉を口にしようとした俺を、カエラは『ん。黙ってて』と小声で強く制してくる。それは確かにこの場限りの出任せかもしれないが、もう少し言いようってものがあると思う。現に、カエラの顔には薄らと悪戯めいたものまで浮かんでいる有様だ。
「……なるほど、ただの狼藉者じゃったか。これは呼び止めて失礼なことをしたのう」
お嬢様は自分の非を認めると、姿勢を正して頭を下げだした。
カエラはそんなお嬢様に頭を振りつつ、『気にしないでいい』といつもの様子で宥めている。
「しかし、これで振り出しに戻ってしまったわ。その風体を見た瞬間、てっきり『ヨウキ』殿の知り合いかと思ったのだが……」
落胆の表情を浮かべるお嬢様は、その場で大きな溜息をついている。
「ん。ごめん、力になれなくて……」
「いやいや、お主が気にすることはない。こちらこそ、見当違いで足止めをしてすまんかった。それでは、わらわはこれで……」
意外にもあっさりとお嬢様はそう言い、この場から踵を返してしまう。
「キヒヒッ、お嬢さま見―っけ!」
だが、突如として現れた人影が、その歩みに待ったをかけた。
「おお、こんな所におられたのですか……ずいぶん探しましたよ」
しかも、二人目まで――この二人の接近には俺ですら知覚が出来なかった。
一人は長身痩躯の片鎌槍を背負った女戦士で、もう一人は、これでもかというほどの重装を着込んだ、年若い優男だ。
(何者だ、こいつ等……ただの人さらいには見えないが……)
厄介事は御免だが、この状況を傍観していられるほど俺は出来た人間じゃない。
俺は巻き込まれることを承知で、お嬢様とそいつ等の間に立ち塞がる。
「む……、其方ら、もう、わらわのことを見つけ出したのか?」
しかし、それはどうやら俺の早とちりだったらしい。
お嬢様から発せられた言葉に一切の敵意が無かった
どうやら、この三人は元からの知り合いだったようだ。
「やれやれ……、そんなに妾のことが心配か?」
「当たり前で御座います、御身に何かあってからでは、我々は死んでも死にきれません」
「キヒヒッ、まあそう言うこと。残念ながら、嬢さんはここで強制送還なのさ」
しかも、会話の内容から察するに、このお嬢様はやはり、それなりの身分をお持ちのようだ。心配げに言葉をかける優男からは、一端の忠義すら感じ取れる。
「仕方がない。臣下にそこまで言われては、わらわもそれを無碍には出来ん」
「聞き分けがよくて助かります。それでこそ、将来この国を背負って立つ次期『王妃』というもの。さあ、護衛はこの私に……」
「キヒヒッ、エンヴィルったら、クロウが居なくなってから、ずいぶん過保護になっちゃって……」
「黙りなさい、ネヴィア。軽々しくクロウの話題を口にするのは関心せん」
「コラッ、お前たち喧嘩するでない! そんな調子だから、ネネもああやって口を噤んでしまうのじゃ」
「クフッ、ネネちゃんはクロウに似て頑固者だからねえ。――ああ、それはそうと、そこのお兄さん」
親しげに三人が話しているさなか、突然、長身痩躯の女戦士がこちらに向けて視線を投げてくる。
「さっきは格好良かったよ。うちの嬢さんを庇おうとするなんて……キヒヒッ、涎が出ちゃうじゃない」
「……さあ、何のことだか」
「キヒヒヒッ、そういう所も素敵だねえ」
「ネヴィア、あまりその者に絡むでない。お主たちも悪かったな、それではわらわたちは、これで失礼させてもらう」
お嬢様がそう言うと、三人は俺たちに背を向け、王城の方へと姿を消していった。
俺は、いまだ現実を受け入れることが出来ないまま、カエラの方へと顔を向ける。
「ん。凶運過ぎて言葉も出ない」
そう言ったカエラの顔が、げんなりしているように見えたのは、きっと俺の気のせいじゃない。
会話の内容から察するに、あのお嬢様がこの国の『姫様』にあたる人物で、あの戦士たちがリクセン軍が『上位三傑』の残った二人だ。
(リクセン国に来て一日目。どうやら俺の凶運も、いよいよ馬鹿に出来なくなってきたな……)




