お伽話よりも
「まったく、律は仕方のない人ですね。どうしてそんなにフラフラとするのでしょうか?」
「イノリたん、もっと言っちゃいな。本当、リッツは私たちの気持ちを考えないんだから!」
遠出するとなれば、さすがに此処への挨拶は欠かせない。
俺はカモミールへと赴き、リナに祈梨の面倒をお願いしている真っ最中なんだが……どうにも雲行きが怪しい。
「ええっと、とりあえず納得してくれると助かるんだが……」
「律はわたしの事を舐めすぎです。私のお利口さを理解させる必要がありますね」
祈梨が無造作に放った蹴りが、俺の脛へと叩きつけられる。
(こいつ、この所業のいったいどこに利口さが現れてるっていうんだ!?)
「あのねぇ、リッツ、もうすぐ戦争が始まるっていうのは知ってるよ? だからこそ、今は祈梨ちゃんと一緒にいてあげるべきなんじゃないの?」
「……それは分かっているんだが、どうしても今回ばかりは断れないんだ。それに、これはこの国を守る『騎士見習い』としても見過ごす事は出来ない」
「……お山の大将を捕獲する仕事が?」
「ああ、ずいぶん派手に暴れまわっているらしい。放っておけば、この街まで降りてきてもおかしくないようだ」
実は今回の『特務』にあたる為、俺は皆への説明をこういう風にでっち上げていた。
この国の東側に位置する街に、山から降りてきた『お山の大将』が現れた。
『お山の大将』は街の田畑を荒らすだけでなく、遂には住民たちにまで被害をもたらすようになっているらしい。その話を聞きつけた騎士団は事態を緊急性のあるものとみなし、討伐隊を派遣する事を決意する。しかし、戦を目前に控えている以上、正規の騎士をおいそれと割くわけにもいかない。そこで派遣される事になったのが、『騎士見習い』である俺とカエラというわけだ。
(まあ、半分以上が倭国に伝わるお伽話の一部なんだが……)
「うーん……でも、どうしてリッツとカエカエだけなの?」
訝しげな顔でリナが俺に問い掛けてくる。
「ああー、それはまあ、成り行きというか、何というか……」
「ん。それは信賞必罰。彼はアルゴ少将に不逞な態度をとり過ぎた」
「うわっ、カエカエいつのまに……」
浅はかだった俺のでっち上げ話を補完してくれたのは、いつの間にか俺の隣に並び立っていたカエラだった。
カエラは自分の存在を出来る限り消しながらここまで来たらしい。俺ですら、直前までその存在に気付く事が出来なかった。
「彼は普段から態度が悪すぎる。私はそれに巻き込まれただけ」
どうやらカエラの中では今回の遠征において、全てが俺の不徳の致すところだと組み上げられているようだ。
あながち全てが嘘だとは言わないが、それもそれでどうかと思う。
「ふぅーん、そっか、それなら納得もできるかなあ?」
だが、リナは俺のでっち上げたお伽話もどきよりも、カエラの話に信憑性を高く置いたようだ。
このあたり、普段から俺がどう思われているのかが良く分かる。
「リナ、あまりリツさんを困らせるものじゃありませんよ」
「姉さん、でも……」
ここでようやく仕事が一段落着いたのか、奥からおっとりとした表情でシェリが顔を出してくる。
「リツさん、祈梨ちゃんの事は心配しないで。私たちがきっちりと面倒を見させてもらうから」
「……面倒をかけるな、シェリ」
「もう、固い事は言いっこなしよ。でも、必ず無事に帰ってきてちょうだいね」
そうやって微笑むシェリの姿を見ていると、何故だか全てが見透かされているような気持ちになってしまう。
(本当に懐の深い人だ……)
「ああんもう! 勝手に二人で話を進めちゃって! 私だって別に本気でリッツの事を責めてる訳じゃ……」
「はいはい、リナは少し大人しくしていましょうね。――ほら、祈梨ちゃんもリツさんに挨拶をしておきなさい」
何だか分からんが、いきなり暴れだしたリナをシェリが慣れた手つきで押さえつけている。
まあ、ここはシェリの言葉に甘えて、この間に祈梨との挨拶も済まさせてもらおう。
「そういう訳で祈梨、また少しの間、留守にする。行儀良くしてるんだぞ?」
「何度も言わなくても大丈夫です。わたしはばつぐんに良い子ですから」
「そこはかとなく不安が残るが……まあいい、それじゃあ行ってくる」
「はい。たっしゃで過ごすのですよ、律」
束の間の別れに湿っぽくなる必要はない。
俺は祈梨の頭を撫でると、目線だけでカエラに合図を送る。
「ん。準備は万全」
「ああ。――それじゃあ、そろそろ行くとしよう」
そうして俺たちは意識を切り替え、カモミールから足早に表へと飛び出した。
「イノリたん、本当にいいの? リッツがいなくて寂しくない?」
「大丈夫です。わたしはそこまで子供じゃありません」
「ふふっ、イノリちゃんは偉いわね。……それじゃあ、リツさん無事が帰ってくるよう、ここで元気にお祈りしていましょうか」
「はい、でも――」
「うん?」
「狩人さんはお山の大将を倒して、幸せに暮らしたという話を聞いた事がありますから、律ならきっと元気に帰って来るに決まってます」
「ん。あれで良かった?」
用意された馬を撫でながら、カエラが小さく首を傾げてくる。
「別に今生の別れってわけじゃない。あれだけ言えば十分だ」
「……そう」
「カエラこそ、こんな事に付き合わせて悪いな。本来なら今頃は自分の修練に励んでいただろうに」
「ん。問題ない。何度も言わせないで、私はあなたのパートナー。吃驚はしたけど、自分の選択に悔いはない」
それだけを口にすると、カエラは身軽に馬へと飛び乗ってしまう。
「リクセン国の首都はここから馬で丸一日ほどの距離。しっかり掴まってて、道中は目一杯この馬に頑張ってもらう」
「頼もしい言葉だ。――それじゃあ、少しばかり長旅に出るとしようか」
「ん。あなたと二人なら観光気分も悪くないかも」
腹を蹴られた途端、馬は嘶きを上げ、その身を風へと同化させていく。
(さて、いよいよ敵国に侵入だ……)
正直、考えれば考えるほど無茶苦茶な『特務』だと思う。
こっちはまだ『貴族特進法案』のあれこれも片付いていないっていうのに、ライアスも良いように使ってくれるものだ。
(まさか、帰ってきた直後にまた牢屋に叩きこまれるなんて事はないだろうな……)
脳内にモフランの父親の顔が浮かび上がってくる。
あの男は危険だ。
その方向性がどうであれ、あいつは自分の思想を他人に押し付け、それを実行する権力まで持っている。
(やれやれ、俺が帰って来るまでの間、フェリア達に何事もなければいいんだが……)




