刃に託す理
互いに口を開かないまま、俺はライアスと牢獄を後にする。
去り際に見たクロウの顔を忘れることは出来ないが、これも戦争の一端だ。
(望む望まないに関わらず、携われば周りの人間も巻き込むハメになる……)
それは俺たち戦士が一番望まないことで、真っ先に覚悟しないといけないことなのかもしれない。
俺は自分の生き方をいまさら変えるつもりはないが、ふと頭の中をよぎる祈梨の姿が、どうしても自分の中に迷いを生み出す。
「……軽蔑しましたか?」
夕日が反射して、そう言ったライアスの表情がよく見えない。
「私はこの戦争に勝つためなら、手段を選ぼうと思いません。個人的に彼のことは尊敬もしていますし、敬愛もしていますが、所詮は敵国の将校。自国の平和とそこで暮らす人々を守るためなら、私に選ぶ道は一つしかない」
実直と誇りを旨とする『騎士』とは思えない発言だな。
でも、この国の中枢が腐りきっている以上、背に腹は代えられない。
茨の道も邪の道も、己の信念を貫き通すためには避けて通れないってことなんだろう。
「ライアス、あんたはクロウの娘をどうするつもりなんだ?」
「今のところは特に何も……。ただ、その娘がクロウにとって弱点となっているのは間違いありません。あわよくば、今日の脅しでクロウが口を割ってくれれば話は早かったのですが……」
口惜しげにライアスは言うが、その様子じゃ、もともと期待してもいなかったんだろう。ライアスの視線は、すでに違う方向へと向かっている。
「彩霞くん、君も知ってのとおり、二週間後に控えた戦争でこの国の未来が決まってしまうかもしれない。私たちは自国から枷をはめられ、その上でこの国の未来を勝ち取る必要があるのです」
「……だからこそ、手段は選んでいられない」
「敵国の将校から情報を引き出せれば、私たちの天秤は大きく傾く。その為には、やはりクロウの娘を手中に収める他に道は残されていないのです」
まるで、血を吐いているかのような言い方だ。
分かっている。冷静沈着でありながらも、この男はいつだって人の道を外そうとはしなかった。
(泥を被るならお互いさまだ。いいぜ、それなら俺も、その道に付き合おう……)
「リクセンへはどうやって行けばいい? 悪いが、そこまでの地理感は持ち合わせていない」
「馬を用意します。道案内はカエラに任せておけば大丈夫でしょう。早駆けでおよそ、二日もあれば到着するかと……」
「時間が惜しいな、すぐにでも出立したほうが良さそうか……」
「では、すぐに手はずを整えましょう。カエラを迎えに寄越します」
俺はそこまで聞くとライアスに背を向け、街の方へと足を向ける。
「彩霞くん、どうかご武運を……」
それは死地へと赴く人間への挨拶だ。
俺はこんなところで死ぬつもりもないし、まだ何も成し得ていない。
(――とは言っても、さすがに今回ばかりは厄介が過ぎるか……)
ライアスと別れた俺は、脇目もふらず教会へと訪れていた。
その理由は、この教会に間借りしている昌運小桜と会うためだ。
「いい顔してるね? 危うく腰のモノを抜くところだったよ」
出会い頭に物騒な言葉をかけてくるあたり、あまり気を抜いてもいられない。こいつはクロウとはまた違った方向で戦闘狂のきらいがある。
さっさと要件を済まさせてもらおう。
「昌運、お前に頼んでいた俺の太刀、それを今すぐ渡して欲しい」
こいつがこの国を訪れたキッカケは、俺がこいつに刀の新調を頼んだからだ。
昨日はバタバタとしてそれどころじゃなっかたし、そこまで急ぐ必要も感じてはなかったんだが、今はそうも言ってはいられない。
敵国に潜入するとなれば、命なんて木の葉よりも吹き飛びやすい代物だ。
進んで戦闘行為をするつもりはないが、戦闘に巻き込まれる可能性は十分にある。折れた刀で挑もうものなら、俺もそれ相応の代償を払うことになるだろう。
「ふぅーん、何だか知らないけど、ずいぶん熱い視線を向けるじゃない? 状況はそこまで切羽詰まってるんだ?」
「悪いがお前と問答している時間はない。俺にはお前の作った刀が必要なんだ」
いささか生意気な物言いに聞こえるかもしれないが、昌運と俺の関係を考えれば、これも不自然なものじゃない。
姉弟子相手に遠慮も敬語も必要ない。
――語るなら刃で語り、彼我の差は刃を以って知らしめる。
これは雅流一仭を修めるにあたり、俺が最初に師匠から教わった言葉だ。
破門された身とはいえ、その精神はいまだ俺の中に根付いている。
「……お師匠様が聞いたら泣いて喜ぶかもね。律ったら、ずいぶんと男の顔をするようになったじゃない? でも、――それだけじゃまだ足りない。あたしはあんたの姉弟子として、あんたの姉の代わりとして、お前の覚悟を今一度試す必要がある」
昌運の口調が変わり、その目が『剣聖』としてのそれへと変化していく。
「問おう、お前の歩む道に正義はあるか?」
「否、俺の歩む道に正道はなく、ただ屍を積み上げるのみ」
「重ねて問おう、お前は自刃により殺し尽くした者に敬意を払うことが出来るか?」
「否、骸は所詮、骸。俺が殺した者たちに思うことはない」
「最後に問おう。刃の道に逝くのなら、お前は最後まで、己の刃を信じ抜くことが出来るか?」
「応! 俺は刃と共に歩み、刃を伴い道を開く!」
まるで師匠が目の前にいるようだ。
昌運から放たれた気勢は雅流一仭の理であり、俺たちの道標に他ならない。
――少しでも心に迷いがあるのなら、刃など握るべきじゃない。
「……熱い言葉だね。安心したよ、師匠の言葉は忘れてないんだ……」
「俺は破門された身だ。本当ならお前とこうして……」
「受け取りな、律!」
昌運は俺の言葉を遮ると、腰に下げていたひと振りの刀を投げ寄越してくる。
「初代、刀匠昌運が拵えたニ尺三寸の直刃の黒刀、銘は『紫桜』。これからは、そいつがあんたの相棒だ」
俺は渡された刀を鞘からそっと抜き出す。
黒き刀身は俺の意思を汲み取るかのように蠢き、柄巻きは手に吸い付くように俺と同化している。
「黒刀はあんたの闇だ。それはこの国に来たからといって、忘れていいものじゃない。いくら白を臨もうが、あんたの闇は決して色褪せない」
「……それは重々承知している。俺だって、過去を無かったことにするつもりはない」
(向き合う過去に恥はあれど、後悔するつもりなんてない。ましてや、それが消えるなんて……)
「忘れるなよ、律。異国へ流れたとはいえ、あたしがあんたの姉代わりであることに変わりはない。あんたが征くなら、あたしはその道を切り開くための刀を拵えよう。だから、こんなところで不様な死に体を見せてくれるな。あんたの未来には、あたしが必ず存在するんだ」
「……昌運」
「行きなよ。あんたの帰りぐらいは待っていてあげるよ」
そう言って笑う昌運の顔が、かつての姉と重なり合っていく。
――いつまで経っても、俺はこいつの弟分か……
俺は熱くなった胸を抑え、昌運に頭を下げる。
「この礼は必ず返す。……恩に着る、昌運」
「いいから行きなよ。侘しい台詞は聞きたくない」
俺は頭を上げると、一目散にその場を駆け出した。
これは今生の別れじゃない。
そう、自分に言い聞かせながら……
「ふぅ……、一丁前に男を見せやがって……。ごめんね、紫苑。あんたはきっと、あたしのことを許してはくれないだろうね……」
だから俺は、その後に昌運が口にした言葉を知ることはなかった。




