情愛
それには、さすがに開いた口が塞がらない。
「どこをどう間違えたらそうなる。前にも言ったが、俺たちのやってることは……」
「極秘中の極秘であり、他人を同行させるなど言語道断……と言うのじゃろう?」
「それが分かってるんなら……」
「少年、妾は大局を見よと言うておるのじゃ」
女は盃に酒を注ぎなおすと、それを一気にあおってしまう。
「主と義を弁えよ。手に入れるための手段を問わぬなら、それを全うしてこその義侠と成りえん。――そういう意味では、主らはまだまだ青臭い兵卒じゃて。――闇雲に情報を集めるだけで、主らの任務が全う出来るとでも思うておるのか」
「それは……」
「然らば迷いを捨て去れ。主の行く修羅道は、この程度の瑣末で揺らぐわけもなかろうよ」
女の視線は、いつの間にか初見の時のように研ぎ澄まされている。
(これじゃあ、まるで説教じゃないか……)
自分の不甲斐なさと未熟さは重々承知しているつもりだが、どうしてか、この女の言うことだけは否定しづらい。まるでそれが、当たり前のことのように自分の中に浸透してしまう。
「『ネネ』、それが目標の名前?」
気圧され、口をつぐんでしまった俺を見兼ねたのか、カエラが変わって、女に相対しはじめる。
「そうじゃよ。『ネネ・クリエスト』、それが主らの探し人の名前じゃ」
「ん。貴女とネネの関係は?」
「なに、奇縁により巡りあった程度よ」
「なら、どうして貴方が私達と同行を?」
「何だか詰問されているようで難儀じゃのう……先にも言ったが、妾もあの娘っ子の境遇には憂いておる。それだけで、妾が動くには十分な理由じゃ」
「ん。やっぱり聞き間違いじゃなかった」
カエラは真っ赤になった顔を隠そうともせず、さらに女に詰め寄っていく。
「助けるってなに? その娘はどういう状況? そもそも、私たちがその娘に危害を加えないなんていう確証は?」
(言っていることは正しいが、これは大分酔いが回ってるな……)
見たところ、無表情さに変わりはないが、鼻息も荒く目も真っ赤だ。
「ん。――答えて。そうじゃないと、私も貴女を信用できない」
女は「やれやれ」と言った感じで首を振ると、またしても盃を傾けはじめた。
どうでもいいが、どうやらカエラと違って相当なうわばみのようだ。
「やれやれ、憂い人を助けるのに理由を口にせよとは……まだまだ、少女も情緒を分かっておらんな。しかして、不毛な議論をこれ以上しても仕方あるまい。妾のネネを助けたいと願う理由、それは――そこの少年と同じじゃよ」
二人の視線がまったく同じ軌道で俺の方へと向けられる。
「……何だよ」
「親を知らぬという者は、往々にしてその大切さに敏感になるものよ。妾はネネを親父殿に会わしてやりたいだけじゃ。それ以外の理由はいっさい持たん」
そう口にした女の顔には、まるで全てを見通しているかのようなニュアンスが含まれていて、それがなおさら苛立たせてくれる。
「あんたが……俺の何を知ってる」
「何も知らんよ。少年が故郷で何を失い、何を求めてこの国に来たのかなど、妾の知るところではない。――ただ、これは主らよりも歳月を重ねた年長者としての勘じゃ。少年は戦を左右するほどの情報を得るよりも、きっと情愛にほだされる質じゃろうてのう」
盃をあおりながらも、女の目に酔いの色は見当たらない。
「ん。どういうこと? また私だけ理解の外」
「噛み砕いて言うてしまうとな。この少年は、『ネネを一時でも親父殿の傍にいさせてやりたい』と考えているだけなんじゃ。例え先に待つのが地獄であろうと、その方がネネにとっての幸せだと考えておる――そうじゃろ、少年?」
女の言葉に、俺は返す言葉を失った。
(どうして、コイツは……)
そんな事はデタラメだと、そんな感傷を抱くはずがないと、どうしても口にすることが出来ない。
『おまえ、名前は?』
『……祈梨です』
『そうか……じゃあ、少しのあいだ待っててくれ。すぐに身の振り方を……』
『……お兄さんの名前』
『ああ?』
『お兄さんの名前を聞いてません』
『俺か? 俺の名前は律だ』
『……そうですか。律……頭に叩き込んでおきます』
『おい、まさか俺を仇だとでも……』
『お姉さんが言ってました。これからはお兄さんがわたしの家族だそうです。だから死ぬまで守ってもらうのです』
『……!?』
『律がどこに行ってもついて行きます。家族だから……今度こそ、最後まで一緒にいるのです。それだけで、わたしは寂しくありませんから……』
俺はそうやって、自分の家族と約束をした。
俺はそうやって、祈梨の願いを実らせた。
だから、俺はこの話を最初に聞いた時、かつての祈梨の姿をクロウの娘と重ねて考えてしまった。
こんなこと、戦争では珍しくもなければ、横を向けばすぐにでも見つかるような話だ。
でも、この女の言っていることは間違いじゃない。
俺はクロウの娘が望むなら、『一目でも会わせてやりたい』とそう願って、この任務におもむいた。
――もちろん、その後の罪は、すべて自分が肩代わりするつもりで……
「……のう、少年。情愛に生き急ぐのも悪くはないが、それは些か危険をともなう道じゃ。妾はそれを気に入っておるが、大概の人間は理解を示そうとせんじゃろうて。現に、そこの少女も面食らってしもうておるわ」
顎で指された方向を見ると、確かにカエラの顔は驚愕に歪んでいた。
無理はない……まともに『特務』を遂行しようとしていたカエラからしてみれば、俺の考えは『裏切り』ととらえられても不思議じゃない。
ましてや、理由が理由だ。
これがほんの少しでも生産性のある考えを含んでいれば、ここまでカエラも驚きはしなかっただろう。
「ん。……聞きたいことがある」
カエラの目には、もう女の姿は映っていない。
ただじっと、俺に向けて視線を投げかけてきている。
「あなたは……あなたはクロウの娘を誘拐して、その後のことはどうするつもりだった?」
「……上官はクロウから情報を引き出すために、俺たちに『特務』を命じた。だが、もしもクロウの娘に危害を加えようと考えてるんなら、その時は……」
――俺はその娘を……
「ん。分かった、あなたの望みは理解した。――じゃあ、作戦会議に戻る」
「…………はあ!?」
「変な声出さないで。何をそんなに驚いてるの?」
小首を傾げるその様相は、もはや、いつもと何ら変わりはない。
「いや……カエラ、それでいいのか? 俺は自分の我侭で……」
「ん。仲間の願いを聞き入れるのに、理由は必要?」
「!?」
「これは、あなたがモフランに言ったこと。これは私にも適用される。だから、私はあなたと同じく行動する。それに――」
カエラはそこでタメをつくるように息を止めると、
「上の意向を無視するなんて、いまさら過ぎる。無茶無謀を押し通してこそ、あなたはここまでやって来た。そして今回も、私はそんなあなたの考えに賛同する。――ん。信頼してるよ、パートナー」
と言って、初めて見る笑顔を浮かべてきた。
(おまえ……)
しかし、俺がその笑顔に見蕩れていたのもつかの間、すぐさまカエラはいつもの無表情に戻り、今度は問い詰めるように身を乗り出してくる。
「でも、パートナーに隠し事するのは、これで最後。次にやったら……許さない」
その底冷えがする声に、俺はたまらず、乾いた笑い声をあげることしか出来なかった。
「さて、そろそろ青春ごっこはしまいかのう?」
仕切り直すかのように、女が口にする。
「若さとは良いものよう」と愚痴っぽくこぼしているのは、この際無視することにしておこう。
……小っ恥ずかしくて死ねる。
「ん。それじゃあ、意見をまとめる」
カエラはそう言うと、女の盃に酒を注ぎだした。
確かに、酔ってでもいなければ、この先の話は到底耐えられそうにない。
「先にも言うたが、妾はネネの居場所を知っておる。よって、主らは妾についてくるのじゃ」
「……こうなったらもう異論はないが、その居場所ってのは?」
「安心せい。ネネは街の南の屋敷に住んでおる。妾たちは、頃合を見計らって、ネネの身柄を確保すれば良いだけじゃ。――ほれ」
「……あんたを信用するのは癪に障るが、今回ばかりは仕方がない」
俺は手渡された盃をあおり、それを今度はカエラへと回す。
「ん。異論はない。仕方なし、これは『特務』の中でも異例の奇々怪々」
それが最後の一滴。カエラは盃を空にすると、意気揚々と立ち上がる。
(さあ、お仕事の時間だ……)




