腐敗への抵抗
「とりあず話をまとめよう。ここから先は停滞も失敗も許される問題じゃない。最短で、かつ繊細に解決策を導き出す必要がある」
ヴィンの表情に陰りはない。
それは、いつも俺が見ていた傲岸不遜なそれと同様だ。
しかし――
「おい、律。まだ怒ってんのんかよ?」
俺の機嫌は言うまでもなく最悪だ。
何たって勝手に舞台に上げられて、好き放題に踊らされた気分なんだからな。
「いい加減、機嫌直せよ。そんな態度をとられちゃ息苦しくて話も出来ない」
「……誰のせいだと思ってんだ?」
「さあ、身に覚えの無い「ああ!?」ことも無い話みたいだな……」
こっちは死ぬほど小っ恥ずかしい目に合わされたんだ。
軽いノリで逃げようったって、そうはいかせないぞ。
「あー、ちょいといいかい? おまえさん達が漫談するのは構わねえが、そろそろ俺も暇で仕方がねえんだが……」
事の成り行きを見守っていたアルゴが、呆れた顔で俺たちのことを見ている。
オッサンはさっきまでの茶番を傍からずっと見ていたんだ。その気持ちを考えただけで、いたたまれなくなってしまう。
「律、おまえの気持ちも分からなくはないが、ひとまず、ここはアルゴの気持ちを汲んでやろう。オレだって反省しているし、ここからは真面目に話もする」
(真面目……ねえ……、どの口がそんなことを言うのか……)
「……まあいい、ここでおまえを問い詰めても何も出てこないだろうしな。それより、おまえの考えている策を聞かせろ。その内容次第では、さっきまでのことは不問にしてやる」
とは言いながらも、俺だって薄々気付いてはいるさ。
どれだけコイツがふざけた態度をとろうとしても、交わした剣の重さに偽りはなかった。
だが、コイツが何に悩み、何に苦しんでいたのかは、もう過去の話だ。コイツがそういう態度をとるのなら、俺はこれ以上、口出しをしようとは思わない。
「手厳しい奴だ。これでも悩んだっていうのに……、でも、まあ、覚悟は決まったよ。――時には茶番も必要だな」
ヴィンは溢れた笑みを隠そうともせず、俺の方へと視線を向けてくる。ヴィンと出会ってまだ日は浅いが、コイツは時々、こういった表情を見せる時がある。普段は飄々としているくせに、こんな時だけは、やけに子供っぽい顔をするから困る。
「良き仲間に出会えたことに感謝を。――さあ、今度こそ作戦会議の時間だ」
ヴィンの言葉に凄みが増す。
いい緊張感だ。これなら、ここまで時間をかけた甲斐もある。
(さあ、言ってみろよ? おまえが考えた打開策を……)
「この国が迷走しているのは事実だ。オレはいままで幾度となく、その道を正そうと暗躍してきたが、今回ばかりはどうしようもない。何せ、施行された法案を覆すなんて、いくら近衛の立場をもっても、すぐには対応できないからな」
「待てよ、その言い方じゃあ、時間さえあれば……」
「ああ、確約はできないが、オレには近衛として王族に接近する機会がある。その立場を利用すれば、法案を覆すことも可能だと考えている」
驚いたな。いくら近衛といっても、王族に直接意見をするなんて、そうそう許されるものじゃないはずだ。だがヴィンはいま、それが可能だと口にした。それは、こいつが王族の信頼を勝ち得ていることに他ならない。理想のためとはいえ、そこまで勝ち得るのに、どれだけの茨があったというのだろうか。
「……だが、今回に関してはさすがに時間が足りなさすぎる。それに、これはオレの知らないところで可決だ。下手な進言をすれば、オレ自身の立場まで危ういものとなってしまう」
ヴィンの立場を考えれば、それは妥当な判断だ。
だが、時間がないっていうのは……
「実はなぁ、この法案が可決した際に、もうひとつ決定したことがある。それは……次の進軍日程とその強襲地だ。決行はいまから三週間後、さらには、そこ駐屯している敵将校も洒落にならねえ奴ときている」
アルゴの補足に、俺とカエラは息を飲む。
ラグナラ要塞への進軍からは、まだ数日しか経ってない。勢い任せで進軍するのが間違いだとは言わないが、あまりにも早急すぎる。それに……
「オッサンがそこまで言う敵将校ってのは……」
「ああ、そうさ。次の相手は、おまえさんが闘ったあのクロウに並ぶ、リクセン軍が上位三傑のひとり、『理炎のネヴィア』、……こんな時には考えたくもねえような相手だよ」
リクセン軍が上位三傑、クロウ・クリエスト。何の因果か、俺のにとって初めての『特務』で出会い、ダンダラ関所攻略の際に俺やアルゴと一騎打ちを死合った相手だ。その強さは、この国で出会った武人の中でも三本の指に入る。おまけに上位三傑ともなれば、『魔鉱石』とかいうリクセン国特有の切り札まで持ち合わせている。いずれ闘うことになる相手とはいえ、あまりにも今回は時期が悪すぎる。
「オレの方からも補足しておくと、『理炎のネヴィア』は『焔のクロウ』に勝るとも劣らない怪物だ。並の兵士では幾ら束になっても敵わないと考えてくれ」
「まったく、やれやれだぜ。上の戦力分析には、お手上げ状態だ。どう考えても、お坊っちゃま連中のお守りしながらさばける相手じゃねえ」
アルゴが呆れるのもよく分かる。貴族の騎士見習いを特進させるということは、そいつ等が小部隊を率いる隊長格になることと同義だ。実戦もままならない人間にそんなことをさせれば、ララーナ軍の被害は甚大、最悪の場合は負け戦になることも覚悟しないといけない。
「ん。部隊編成でどうにか出来ない?」
カエラが問い掛けるも、ヴィンはあっさりと首を横に振り、その提案を却下してしまう。
「部隊の編成はオレの一存ではどうしようもない。そもそも、オレは王族が戦地に出向かない限り、戦場に出ることも許されていないんだ。せいぜいは、王族を通して忠言するのが精一杯なのさ」
「カエラはともかく、おまえさんは知ってるだろ? 軍隊の編成は、あの老いぼれ大将殿だ。あのカチコチ頭が、そう簡単に意見を通すわけもねえ」
俺の頭に浮かび上がったのは、軍法会議の際、もっとも大きな発言権を有していた老兵の姿だ。あの場はヴィンの奇策でなんとかなったが、ああいった手合いが自分の意見をそうそう曲げるとは考えられない。いや、それ以前に……
「待てよ……、まさか、そういうことなのか?」
俺の言葉に、ヴィンとアルゴが重々しく頷きを返してくる。
「今回施行された『貴族特進法案』、そして、次の作戦対象と作戦日時、このどちらにも、あの大将殿の息がかかっているのは間違いない」
(それは、つまり……)
「言っただろ? この国は迷走している。国防におけるこの国の最高権力者が、この国を破滅へと導こうとしているんだ――――オレからすれば、これは列記とした背信行為だよ」
ヴィンの隣では、アルゴも苦々しい顔を隠せないでいる。
そうか、……それでヴィンはあそこまで苦悩していたのか。自らの国を守る為の機構が、自らの国を壊滅に追い込むような真似をしている。
こいつの掲げる理想からすれば、それは許されざるものじゃない。
それこそ、老兵を暗殺してでも事態を納める必要があるはずだ。
「ヴィン、それなら俺が……」
「落ち着けよ、ことはそう簡単な話じゃない。あの老害を切り捨てたところで、今回の事案が覆るとは思えない」
「あのジジイが一枚噛んでるのは間違いねえが、それを唆したのは、間違いなく貴族の連中だ。野郎どもを全部相手にするのは、……さすがに賢いとは言えねえな」
いきり立つ俺を、二人が押しとどめる。
確かに、黒幕を始末しようにも対象者が多くなれば、それこそ次の火種になりかねない。そもそも今回の一件、おそらく火種は、貴族出身であるクラウスがラグナラ要塞で殺害されたことだろう。
(そう考えれば、俺の責任は重い……)
「おまえのせいじゃない、あれはあれで良かったんだよ。この国の腐敗はもう止まらない。オレも今回の件でそれは重々理解出来た。だから、おまえがそんな顔するな。ここからが、正念場なんだからな」
見っともない話だ。ここにきて結局、俺はヴィンの世話になるのか。
だが、巻き返すということに依存はない。
この国の未来は、俺たちの手で守る必要がある。
「……良い顔だ。その顔なら心おきなく、今回もおまえに『特務』を任せることが出来る」
満足気な顔を見せるヴィンに頷きを返す。
だが、ここから先は、おそらく俺にとっても茨の道になるだろう。
「カエラ、おまえは……」
「ん。私はあなたのパートナー。驚いたことは一杯あるけど、それだけは変わらない」
やれやれ、物好きな奴だ。ここから先は地獄かもしれないっていうのに……。
だが、こいつがそう言うなら、俺に断る理由はない。
(頼りにしてるぜ、パートナー……)
「さて、それじゃあ――――彩霞律、カエラ、ララーナ軍が近衛騎士、ヴィンセント・ロータスの名において、両名に『特務』を言い渡す。今回、おまえ達にやってほしいこと、それは、次の戦争において敗走を促し、勝利を手にすることだ」




