不器用なやり方
俺には、どうしてコイツがこんな顔をしているのかが分からない。
でも、それは考えても詮なきことだ。
考えても仕方のないことは、行動を以って示すしかない。
いつだって、コイツには振り回されてきた。
ここらで一戦交えたところで、いまさら何が変わるわけでもない。
「いいぜ、相手になる。怪我をしても後悔するなよ?」
俺は迷いを振り払うように、模擬刀で空を斬る。
照らし返すは月光の明かり、何だかんだと色々あったが、こうやってコイツと剣を交わすのは初めてのことだ。不覚にも、心が踊る。
「……ありがとな」
ヴィンが何かを口にしたが、俺にはそれが聞き取れなかった。
今日は風が強いんだ。そんな小声で喋られても、俺には届かない。
「ヴィン、名乗り上げはどうする?」
「おまえはオレを殺す気か? オレは友人と剣を交わすだけだよ。そんなものは必要ない」
ヴィンはいつもの調子で皮肉ぶると、手に持った剣を構え直す。
いいね、その調子なら、俺も迷いなく剣を振るうことが出来そうだ。
「おまえさんたち、本気かい?」
横で見ていたアルゴも、俺たちが本気だと気付いたんだろう。
呆れ返ったように、大げさに溜息をついている。
「悪いな、アルゴ。審判役は頼んだぜ?」
しかし、ヴィンに悪びれた様子はない。このあたりは共に培った年月もあるんだろう。いまでこそ立場に違いはあるが、このふたりは騎士訓練施設で同期だと聞いた覚えがある。
「ちっ、損な役回りだぜ。俺だって、まだそのクソガキとはまともに闘ったことがないってのによ……」
「まあ、そう悲観するなよ。アルゴにだって訓練施設じゃあ、律と闘りあえる機会は山ほどあるだろう? 今日ぐらいは譲れ」
だが、だからといって、俺を軸に話をするのは止めろよ。
しかも、聞こえてきた言葉の大半が、物騒な言葉だ。
「訓練施設の私闘は、ライアスの旦那に止められてるんだよ。ちっ、まあ、今日のところはおまえの気持ちも汲んでやる。闘るんなら、さっさと始めやがれ」
「言われなくても……さあ、それじゃあ、律。そろそろ始めようか?」
眉間へとあわされた剣先が、俺の身体をチリチリと焼くように気を発してくる。
――いいね、昂ぶってきた。
「ヴィン、初手はおまえにくれてやる。――――さっさとかかってこい」
「大きく出たな。まあ、オレもおまえに勝てるとは思っていないが、あまり、――――舐めるなよっ!」
体勢を低くしたヴィンが、弾けるように俺の方へと飛んでくる。
――速い!
俺は突き出された一撃に合わせるように突きを放ち、刀身を交差させ、絡め取るようにその刃を持ち上げる。
「ぐっ!? なんだ、いまの技は?」
「『巻き取り』――本来なら、相手の剣を跳ね上げ、無手の状態にする技だ」
俺は鍔競り合いの体勢のまま、自分が放った技の名前を口にする。
しかし、さすがにあの速度の突きを放たれたら、刀身を持ち上げるので精一杯だ。
「珍妙な技だ。どこをどう力点にされたのかすら感じなかった。やはり、倭国の剣術は恐ろしいな」
「言ってろ。さあ、次はどうする?」
俺の挑発にヴィンは後方へと飛び、距離を取ろうとする。下がり際に横薙ぎを放ってくるあたり、コイツの慎重さが伺えるってものだ。
ヴィンの動きに淀みはない。体勢を立て直したあと、すぐさま次の攻撃に出てくる。
正面からの攻撃は分が悪いと判断したのか、今度は小刻みに跳躍を繰り返し、俺の側部から横凪ぎを狙いにくる。
――甘いな。
残念だが、その程度の陽動では俺の目はごまかせない。
しかし、剣戟に合わせ、刃を受け流そうとしたその時、俺の視界は砂塵によって遮られてしまう。
足払いによる目くらましか!?
生まれた隙は一瞬、然れども、戦闘においてはその一瞬が命とりになる。
「もらったぞ、律!」
だが、――それも甘い。
俺は側方から襲いかかってくる刃に己の剣を合わせ、ヴィンと体勢を入れ替えるように、その一撃を受け流す。すぐさま追撃をしようと試みたが、ヴィンの放った足蹴がそうはさせてくれない。ヴィンはまたしても俺から距離をとり、青眼へと剣を構え直している。
「律、おまえはデタラメだな。いまのも防ぐのかよ」
「あいにく、そういった手合いには慣れてるんだ。砂塵程度で俺の上手を取れると思うな」
ヴィンの声には、呆れとも称賛ともつかない感情が込められている。
その目からはまだ、欠片ほども闘志は失われていない。
――いいな、やっぱり俺には、こうやって剣を振るのが性にあっている。
「ふぅ、まさか、ここまで力の差があるとは……な!」
――今度は奇襲か!?
言葉も終わらないまま振るわれた剣戟を、俺は自身のそれで受け止める。
「なあ、律。フェリアから聞いたんだろ? 今回施行された、あの馬鹿みたいな法案を」
近すぎる距離で放たれた言葉は、焦りと怒りに苛まれているようにも聞こえる。
「ああ、もちろん聞いたさ。だかこうやって、おまえに話を聞きに来たんだ……よ!」
力技で押し返し、今度は俺の方から上段で斬りかかる。
「ぐっ!? ……それは嬉しい限りだな。友情とはかくも厚きものだ」
「ヴィン、今回の話、おまえには止めることが出来なかったのか? あれはどう考えても……」
「悲しいことに、ここまで自分に無力を感じたことはないよ。オレが知った時には、すでにこの法案は可決されていた! これはあきらかに、何者かによって裏工作がされていた証拠だ!」
互いに剣を振るい、鉄は悲鳴を上げ続けている。
それでも、ヴィンの言葉は止まらない。
「今回ばかりは、さすがのオレも我慢の限界だ。この国の馬鹿さ加減は重々知っていたし、理解もしていた。だからオレは目立たないように、波風を立てないように、水面下でそれを阻止し続けていた。だが……」
いままでの一撃とは違い、型もなく、技もない、力任せの一撃が振り下ろされてくる。
俺はそれを受け流すことなく、真っ向から受け止め、もう幾度目かの鍔競りの状態へと持ち込んでいく。
「この国は、ついに一線を超えてしまった。これでもう、後戻りは出来ない」
「何だよ、らしくないな。おまえが諦めてどうする? この国の未来を憂いてるんだろ?」
「勘違いするなよ、律。オレは諦めるなんて言葉、ひと言も口にした覚えはない。ただ、この国の馬鹿さ加減に心底呆れ返っただけだ」
刃の向こうで、ヴィンが唇を噛みしめているのがわかる。
それでも、その目は光を失っていない。
「ヴィン、おまえ、結局は俺に何が言いたい」
だから俺は、挑発気味にヴィンに問い掛ける。いままでは飄々とした態度を崩すことのなかったヴィンが、ここまでの醜態をさらしているんだ。どうせ、ロクでもない要件なのはわかっている。
「……律、ここから先は地獄だぞ。オレが言うのも何だが、いままでの『特務』とは比べ物にならないくらいの危険をともなう。それでもおまえは……」
「ふざけたことを口にするな。ヴィン、おまえは、あの時、俺が言ったことを忘れたのか? おまえは精々、俺をこき使えばいい。あんたの思想がいまだに腐っていないのなら、俺はおまえの剣であり続ける」
――例えそれが、暗部としての仕事だったとしても。
俺にはもう、ヴィンの言葉を待つしかない。言いたいことはすべて口にした。後は、コイツがどう……
「――――くっくっくっ――――あははははははっ……!」
「……あ!?」
突然笑い出したヴィンの姿に、俺もさすがに動揺せざるを得ない。
ヴィンは重ねていた剣すら解き、大仰に笑い声を上げ続けている。
――なんだ? トチ狂ったか?
「律、恥ずかしいことを口にするなよ。おまえはいつから役者になったんだ?」
「なに……!?」
「少しばかり気を紛らわそうかと剣を重ねてみたが、いやいや、これは思わない収穫があったな。律、おまえ、そんなにオレのことが好きなのか?」
「ぐっ……!?」
言い返す言葉が見つからない。まさか、さっきまでの台詞は全部……
「まあ、楽しめたから良しとしよう。さて、それじゃあ、真面目に作戦会議と洒落こもうか。律、今回もおまえの働きには期待してるぜ?」
無駄に爽やかな笑みを浮かべながら、ヴィンはそんなことをのたまう。
いくら上官とはいえ、俺にはコイツを殴る権利があると思う。




