次策の皮切り
翌日の朝、正式に『貴族特進法案』の施行が発表された。
施設広場に集まれた俺たちは、壇上に立つライアス中将の言葉に揃って耳を傾けている。
「――――以上の法案が本日より適用されます。よって、Aクラス所属の訓練生には、今までとは違うカリキュラムが必要となることを肝に銘じてください」
無論、あらかじめ話を聞かされていたAクラスの貴族出身者たちから、異存の言葉が投げかけられることはない。中にはフェリアのように顔を歪めている奴もいるが、大半の連中は黙ってことの成り行きを見守るばかりだ。そして当然、その中にはモフランの姿もある。
「……教官。これはいったいどういうことなのでしょうか? これでは事実上、この訓練施設の意味自体が失われてします。承服出来兼ねる法案なのですが……」
「応よ! 足元見られんのは構わねえが、これはちょっと納得できねえな。ここは身分国籍問わず『騎士』になれるって触れ込みじゃなかったのか!?」
一方、平民出身者および異国から流れた来た連中の怒りは治まらない。軍隊における上官命令が絶対だとはいえ、さすがに今回ばかりは腹に据えかねたのだろう。ライアスの元には複数の訓練生が詰め寄りかけていた。
(って、あれは俺と同クラスの奴等じゃないか。やれやれ、血の気の多い奴等だ……)
ライアスはいきり立つ連中に冷静さを求めているが、あいつ等はそんな単純に話し合いで分かり合えるような連中じゃない。どいつもこいつもが祖国からワケありで放逐されたような異国民なんだ。俺だって、昨夜聞かされていなければ、あの場に乗り込んでいただろう。
「あなたがたの意見にも聞くべきところはあります。しかし、国家の軍事事情などといったものに私情を挟むわけにもいきません。あなたがたがこの法案に対して不服を抱き続けるというのなら、私もあなたがたを処分せざるを得ない」
ライアスの非情ともとれる言葉に、詰め寄った連中たちも言葉を失くしてしまっている。行くも退くも自由だが、逆らうのなら容赦はしない。国防の中枢を担う将校からそのような言葉を投げかけられれば、最早二の句も告げないのは当たり前のことだ。
しかし、その代償にライアスへの信頼感は地に落ちた。訓練生にとって鑑ともとれる上官が、部下からの信頼を著しく失ったしまったんだ。
――ここまでは筋書き通り、とはいえ、あまり見ていて気持ちのいいものでもないな。
今回、ヴィンから言い渡された『特務』をまっとうするには、ライアスは貴族関係者以外からの信頼を失う必要がある。これは大元である貴族、あるいは軍上層部の目を誤魔化すための必須項目だ。お偉方が内部背信者の存在を疑っている以上、誰かがこの役目をしなければ、これからの作戦に支障をきたしてしまう。
だからこそ、ライアスは昨夜、俺たちと共に行動をしていなかった。
歩む道を同じくしながらも、俺たちとライアスはまるで違う行動を取る必要がある。無駄に勘ぐられるような真似は避けないといけない。
(あいかわらず頭の切れる奴だ……)
「……これ以上の異論は?」
「オラオラ! とっとと隊列に戻れ! ここは遊び場じゃねえんだ、規律を乱すんなら、荷物まとめて出て行きな!」
騒ぎの収集をはかるため、ライアスの隣に陣取っていたアルゴが、大げさな手振りで訓練生たちを払いのける真似をする。上官からここまで強固に否定されれば、いくらヤンチャなあいつ等だって身を引かざるを得ない。だが、その顔には苦渋の色が有りありと浮かび上がっている。
(どうやら、予想通り、もうひと悶着ありそうな感じだな……」
内心で溜息をつく俺の肩を、カエラが二度三度と軽く叩いてくる。
「ん。大丈夫、きっと何とかなる」
「……ああ、それはそうだろうな……」
ヴィンの策謀に間違いはない。人心掌握から、未来予想までを含めて、最適な道筋を組み立ててくる。だからここから先もきっと、アイツの思惑通り話が進んでいくはずだ。
「それでは、次の連絡へと移ります。この度、我が国は新たに戦争を仕掛けることと相成りました。あなたがた騎士見習いには、もちろん此度の戦争に参加してもらうことになるでしょう」
広場には、動揺とも高揚ともとれる言葉が広がっていく。
何せ、ここにいる訓練生にとっては、およそ三ヶ月ぶりの戦争だ。訓練生という立場ではあれど、勲功を欲する人間も少なくはない。それを好機と見倣す者、はたまた冷静に戦況を分析する者、そのどちらもが、開戦の呼び声に震えを隠せずにいた。
「戦地については、後に国王から正式な発表がなされるはずです。よって、我々が考えるべきは、来るべき戦争までの間に、どれだけ強くなることができるか。その一点に凝縮されます。幸い、此度の戦争では、訓練生を主とした部隊に、一区画を任されることと相成りました」
動揺の声はさらに大きくなり、中には顔を真っ青している人間もいる。ライアスが話した言葉にはそれだけの衝撃があった。先の戦争において、もっとも戦陣を駆けることになったのは、異国民で編成された俺たちCクラスの訓練生だろう。しかし、その俺たちですら、この国が誇る『正騎士』がい並ぶ正規部隊に追随するような状態だったんだ。訓練生が単独で部隊を組み、単独で作戦に臨む、それが意味することは……
「教官殿、質問を願いたい」
案の定、生真面目なフェリアはライアスに向かって挙手している。
「私共訓練生は、日々研鑽を積んではいます。しかし、いくら何でも戦場の一区画を任されるとなっては荷が思い。これはあきらからに、常軌を逸した判断かと……」
普通に考えればそうなる。
『騎士』になるという目的を抱えている以上、俺たちが戦地へと出るのは最初から折り込み済みだ。しかし、それはあくまでも経験を積むことが目的であり、一区画を任され、その場を制圧するだなんて大業を果たすことじゃない。仮にそんなことを俺たちが成し得でもしてみようものなら、正規部隊の存在意義すら失われてしまう。
――だから、これはあきらかに悪手だ――
「フェリア・ロータス、君の言っていることは正しい。しかし、これは軍の上層部が決定事項として通達してきたものなのです。先にも言いましたが、軍隊において上官の命令は絶対です。不服があるのならば、この場を去りなさい。戦地で命令違反を犯す者ほど、扱いにくい人間もいません」
ライアスの奴、普段よりも三割増でスカした顔をしてやがる。しかも、命令違反の下りで俺の方を見たのは当てつけか? だが、あの石頭のフェリアがその程度の脅しで引き下げるとも思えない。ここは少し、力を貸しておくか。
「フェリア、今は退いとけ。話なら後からでも出来る」
「……彩霞律、キサマまでもがそのような戯言を……!」
「阿呆か、落ち着け。ここで騒いで何が変わる。昨夜の話を忘れたのか? おまえは、事を荒立てるような真似をするな」
俺の言葉にフェリアは顔を跳ね上げる。
その顔には、俺までをも疑っている感情がありありと浮かび上がっていた。
「キサマ、もしかしてこの一連の騒動……」
「いいから隊列に戻れ。話は後だ。……邪魔して悪かったな、ライアス教官殿。あんたの命令には、しっかりと従わせてもらうよ」
「そうですか。では、君も早く列に戻るように」
若干皮肉を込めたつもりだったんだが、ライアスは俺の言葉など何処吹く風と行った様子で受け流してしまった。アルゴのオッサンも、奥の方で笑いを噛み殺してやがる。
(あんた等、人のことを子供扱いしやがって……)
フエリアとは別に意味で頭が煮えたぎってきたが、ライアスはそれを意にも介さず、説明の続きをし始める。
「ともかく、これよりあなたがたには、次戦に向けての特殊訓練を受けていただくことになります。各々、心して訓練に望むように」
「おいこら、どうした? 教官がこう言ってんだ、返事!」
「「「!? ……了解!!!」」」」
「じゃあ、この場は解散! 詳しい話は、各々の担当から聞け!」
蜘蛛の子を散らすように、訓練たちは広場を後にしていく。
すれ違いざまに聞こえる声は、そのどれもが混乱した声ばかりだ。
(まったく、厄介な作戦を組んでくれたものだ……)




