排他主義
こいつがモフランの父親だと!?
驚愕に目を見開いているのは俺だけじゃない。
ニーアにいたっては驚きすぎて何度も二人の顔を見合わしている。
なぜなら……
「モフランか。貴様、そんなところで何をしている?」
この男から感じる覇気は、はっきりいってモフランとは比べ物にならいほど大きい。
戦士であるわけでもなく、騎士であるわけでもない。
おそらくまともに闘ったとしても俺が負けることはまずありえないだろう。
だが、気圧される。
こういう人種に心当たりがある。それは、
「王の資質だね」
昌運が俺の言葉を代弁するようにそう口にする。
ああ、間違いない。あれはそこらの上流階級が放てるような覇気じゃない。
この国でいえばララーナ王に匹敵するほどの覇気だ。
「パパ、ボクは騎士になるために……」
「私が聞いているのはそんな事ではない。モフラン、貴様、よもやそこの東洋人と知り合いではあるまいな?」
異常なほど鋭い眼光を受け、モフランの足が震えている。
「答えよ、モフラン。ここにいる下賤な輩は貴様の知り合いか?」
「いや、あの、彼等はボクの学友で……」
必死の形相で何とか言葉を紡ぎだそうとしているが、さすがのモフランも父親の前では形無しだ。
いつもの貴族然とした態度が、いまは一切見受けられない。
「ほう、このような愚物共が貴様の……」
ああ、わかりやすくて助かるよ。
この男が俺たちに向けている視線は終始一貫している。
これは明らかに、人を見下した人間がそれに向ける視線だ。
「パパ! いくら何でもその言いようは……」
「お久しぶりでございます、オブリル卿」
食い下がろうとしたモフランの言葉をフェリアが遮ぎる。
フェリアも貴族の一員、モフランの父親と面識があっても何らおかしなことじゃない。
「そなたはロータス家のご息女か。久しいな、綺麗になったものだ」
「光栄でございます、オブリル卿。オブリル卿も息災なようで……」
「堅苦しい挨拶はいらん。しかし、その様子を見るからに、そなたも騎士になろうと考えておるのか?」
「はい、私も国のために身を焦がし、多くの民を救う立場になれればと」
「誇り高き精神だ。それぞ貴族の誇り。オブリルに通ずる崇高な考え方だ」
二人の会話にはどこか高貴的なものを感じる。
あれが上流階級の嗜みってやつか? 俺にはとても真似できそうにないな。
それよりもそろそろ誰か状況を説明してくれないか?
「ねえねえ、そろそろこのオッサンども鬱陶しいんだけど」
以心伝心、さすがは姉妹弟子とでも言うべきか。
不満げな顔を隠そうともせず、昌運がそう言い放つ。
「なんだと?」
モフランの父親がフェリアから俺たちへと視線を移したとたん、衛兵たちが槍を構え直す。
訓練された良い動きだ。逃げる隙を潰し、槍先は各々しっかりと別方向に向けられている。
「パパ!」
モフランが声を荒げるも、父親の方にそれを止める気配はない。
「下がれ、モフラン。このような下郎はこの場で始末するに限る」
いや待て、そもそも、その前提がおかしい。
「おい、昌運。おまえ一体何をしたんだ?」
「うん? そりゃあ、ちょっとおイタの過ぎる阿呆どもを……」
「阿呆どもを?」
「懲らしめてやった」
ため息がこぼれ落ちる。
こいつ、この国に来て間もないっていうのに、どうしてそんな問題事を……
「詳しく話せ。それ如何では俺はお前を擁護できない」
「はあ!? 律、冗談は顔だけにしてよ。あたしは港で子供蹴り飛ばしてた阿呆をぶっ倒しただけだ」
「それじゃあ何でこんな事になってる」
「そんなこと、あたしが聞きたいぐらいだよ。憲兵だかなんだか知らないけど、人の事をいきなり罪人呼ばわりしやがって」
ヤバイな。昌運の口調が少しずつ粗暴になってる。
これはこいつが好戦的になる合図だ。
「ほう、下郎のくせに逆らおうと言うのか? 衛兵! そこの東洋人を引っ捕えよ!!!」
衛兵の持つ槍に力が込められる。
ちっ、こっちはまだ事情を飲み込めてないってのに!
「上等だよ」
「手加減しろよ、昌運!」
こうなればもう仕方がない! なるようになれ!
破れかぶれで俺が腰の刀を引き抜こうとしたその時、
「おい、場内で暴れてる馬鹿ってのは、またお前さん絡みかよ」
頭に手を置きながら悠々とした足取りでひとりの男がこちらに向かってくる。
「まったく、お前さんが来てから休む暇もねえな。おっと、ちょいと通らせてもらうぜ」
そいつは何の遠慮もなく衛兵たちをかき分け、俺たちの前まで足を進めてくる。
突然現れた闖入者に衛兵たちも道を譲らざるを得ない。
なぜならそいつは……
「よお、また派手にやってくれたなあ」
「……オッサン、来るならさっさと来い。ここはあんたの管理下なんだろ?」
その男の名前はアルゴ・クライン。
この訓練場を取り仕切る正騎士のひとりで、実質二番目の権力を持つ軍将校だ。
「かあっー! お前さん俺が暇してるとでも思ってんのか? わざわざこんな事に駆り出される俺の気持ちも考えてくれや」
そう言いながらアルゴは天を仰ぐ。
それは確かに迷惑をかけてるのはこっちの方だが、そもそも俺は巻き込まれただけだ。
オッサンのぼやきに取り合うつもりはない。
「アルゴ・クライン少将か。貴公はそこの罪人を庇おうというのか?」
「うん? おいおい、こりゃあまずい相手じゃねえか」
どうやらアルゴの奴、相手が誰だかも確認せずに突っ込んできたらしい。
いまになって顔が青ざめてきてやがる。
まあそのあたり、実にらしいといえばらしいがな。
「挨拶が遅れやした。オックス・モブリル卿、ご無沙汰しております」
「その様な挨拶はいい。それよりも貴公、これは一体どういうことだ?」
「いや、それが俺にもあんまり事情が飲み込めてなくてですね。訓練場で暴れてる輩がいるからってことしか……」
「なるほど。ならば話は早い。そこの東洋人は我が国の民をあろう事か海へ突き落とした重罪人だ。即刻、引っ捕えたまえ」
海へ突き落とした!?
俺が驚きの顔を見せると昌運は、
「だから言ったじゃん。阿呆をぶっ倒したって」
お前、ヤルにしてももっと穏便な方法があるだろ。
そんな派手なやり方すれば、それは衛兵に追われても仕方がない。
そうやって俺が内心で毒づいているあいだに、アルゴは衛兵たちから大体の事情を聞き終えたらしい。
こっちにまで聞こえるようなため息をつきながら状況の整理をし始める。
「あー、要はあれだろ? そこの嬢さんが港へつく。そこには不逞を働く馬鹿がいた。その輩を嬢さんが海を突き落とす。それを偶然通りがかったモブリル卿が発見した、と」
ああ? それじゃあ別に昌運にそこまでの落ち度は……
「いかに無法者とはいえ、この国の住人に違いはあるまい。それをどこぞの東洋人などに裁かれて黙って見ていられようか」
ああ、なるほど。
いまの台詞を聞いてようやく合点がいった。
この男も結局はそこに食いつくわけか。
出会った頃のモフランを思い出す。
『おいおい、見たかい君達? どうやら海の向こうの人種は会話のひとつも出来ないようだよ』
自国愛故の異国人の排他主義。
それが権力を持つとここまで大げさになってしまうのか。
「オブリル卿。どうかここは俺に任せて貰えませんかねえ。ここに並んでるのは腐っても俺の生徒だ。そいつらの知り合いが問題起こしたとあっちゃあ、俺の顔まで潰れちまう」
下手に出たアルゴの提案にオブリル卿は一時思案したものの、すぐさま首を縦に降る。
「よかろう。誇り高き軍の将校に任せておけば間違いも起こらんだろう。貴公の立場も理解出来るしな。……散れ!」
そう言ってオブリル卿が手を振ると、衛兵たちは一斉にその場から立ち去ってしまう。
権力ってのは恐ろしいものだ。
「ふむ。是非ともモフランにも貴公のような屈強な戦士になってもらいたいものだ」
「パ、パパそれは……」
「精々鍛え上げてみせますわ。これでも鬼教官の名前で通ってるもんで」
オブリル卿は「頼もしい限りだ」と言い残すと颯爽とその身をひるがえす。
「ああそうだ。貴公にも伝達がいっているとは思うが、あの件、重々考えておいてくれたまえ」
「ええ、そりゃあもちろん」
振り返りざまに掛けられた言葉に、アルゴは苦虫を噛み潰したかのような声でそう答える。
そして今度こそ、その場からオブリル卿は姿を消していった。