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ひとかけの名残と紫苑の刃  作者: 紫木
倭国からの来訪者
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61/111

合格

 深々と頭を下げる昌運の姿に、先程までの殺気や狂気は一切感じられない。

 いや、むしろ愛嬌のあるその姿は見る側によっては愛らしいとすら感じてしまうのかもしれない。

 まあ、俺から言わせればあざとすぎて吐き気をもよおす様な光景だがな。


「彩霞律。一から十まで説明しろとは言わないが、この件について納得の出来る回答は貰えるんだろうな」


 さすがは難癖に定評のあるフェリア。

 この状況を鑑みても俺に非があるような言い方をするあたり、こいつの性根は筋金入りだ。

 そもそも今回に関しては俺が説明をして欲しいくらいの気持ちだっていうのに。


「律、ここは胸を張って紹介するところだよ。ここにいるあたしが、お前にとってどれほど素晴らしい女なのかってことを」

「誤解を招くような言い方をするな。そんな艶っぽい話、あんたにはもっとも似合わな「殺すぞ?」」


 ブンっという風斬り音とともに放たれた貫手を、俺は間一髪の動作で避けきる。

 楽観的に考えても、今のを食らっていたら俺の声帯は二度と使い物にならなくなっていただろう。


「……阿呆か、おまえ」

「阿呆があたしを阿呆呼ばわりするな。どう考えてもおまえの方がはるかに阿呆だ」


 このあたりが実に狂犬らしい物言いだ。

 この女は感情に任せて暴威を振るいすぎる。


「はぁ」

「ため息!? 律、それはいくら何でも愛しの小桜様に対して無礼じゃないか? 即刻撤回を求める!!!」


 そしてご覧のとおり、激情家であるがゆえに、その愛とやらも人並外れた方向に伸びていく。

 二言目には『愛しの』『最愛の』と、数え上げればキリがないほどの妄執。

 こっちとしてはその愛はご遠慮願いたい類のものなんだがな。


「ねえ、あの人さっきまでリツに本気で斬りかかってたよね。しかも真剣で」

「うむ。田舎者と同意見なのは不本意だが、ボクも概ねその意見に賛同だ」


 ニーアとモフランがそう感じるのも無理はないし、それがあながち間違いってわけでもないから恐ろしい。


「だいたい律はだなあ……って、何なの君は?」

「おー、ひらひらのお着物です」


 いつの間に移動したのか、気付けば祈梨は昌運の足元に移動し、その目を爛々と輝かせている。

 どうやら昌運が着ている着物に興味があるみたいだが、あれは止めたほうが良さそうだ。

 うちの姫様はそこらでなかなかの人気を誇っているようだが、今回ばかりは相手が悪すぎる。

 狂犬相手に子供が手を出そうものなら、どうなるのかなんていうのは周知の事実だからな。


「おいっ、祈梨。そいつから……」

「ずいぶん可愛らしい子供(ガキ)ね。そんなにこの着物が気になる?」

「はい、とてもきれいなめしものだと思います。ぜひとも……ふぎゅっ!?」


 俺の静止の声も間に合わず、昌運は祈梨の頬を片手でつかみ、目の前に高さまで持ち上げてしまう。

  

「昌運! いますぐその手を離せ! さもないと……」

「そう粋がらないでよ、律。見たところ、この子供(ガキ)がお前をこの地に送り込んだ元凶なんだろ? あたしにも少しは知る権利があると思うんだ」


 ――こいつ! イカレた事を言いやがって。


「安心してよ。別に危害を加えようってわけじゃない。ただ、その存在をこの目でしっかりと確認したかっただけ、ほら」

「ぷぎゃっ!」


 昌運が手を離した瞬間、祈梨は地面に転がり落ち苦痛の声をもらしはじめる。

 それを見た瞬間、俺は昌運めがけて飛び出す。

  

 ――それは、看過できないやり方だ。


 ねじ上げる様に襟元を掴み上げ、強引にその身体を投げ飛ばしてやろうと試みるが、


「だから粋がるなって」


 逆襟を掴まれ、その場で反転するように地面に叩きつけられてしまう。

 しかもそればかりか、足蹴による追い打ちが凄まじい速さで俺の腹部に襲いかかってくる。


「がはっ!」


 二の腕に鈍い痛みが走りぬける。

 何とか間際で腕を挟み込めたから良かったようなものの、いまのはさすがに危なかった。

 まともに食らってたら骨の一本や二本はやられてたかもしれない。


「久しぶりの再開でじゃれあいたい気持ちもよくわかるよ? でもそれは後のお楽しみ」

「ぐっ、冗談言うなよ。誰がおまえ相手にじゃれつこうなんて……がっ!!!」


 俺は軽口を叩くまもなく、またしても足蹴をくらい、その場から弾き飛ばされてしまう。


「なあ子供(ガキ)。おまえはそこに転がる阿呆のことをどれだけ信用してる?」


 まさに蛇に睨まれた蛙状態。祈梨はその場から微動だにすることも出来ず、その場で硬直してしまっている。


「おまえは自分の罪を理解してる? あいつがこの国に来る羽目になったのも、あいつの姉が……」

「えいっ!!!」

「「「「蹴った!?」」」」


 奇しくも俺とフェリアたちの声が重なりあう。

 あの馬鹿姫! まさか昌運相手にそんな行動に出るなんて!

  

「これは、何のつもり?」

「いえ、お姉さんにうらみはありませんが、うちの律が蹴られていましたのでそのお返しです」

「へぇ」


 やはり昌運に下手な冗談は通用しない。

 あの目は獲物を狩る時の目だ。


「祈梨! 早くそこから……」

「あはははははっ! いいね、いいねそういうの! 愛がある! そこには愛があるよ! 自分がやられたことには見向きもしないで、大切な人の敵討ちを最優先する! それは大した愛だよ!」


 しかし俺の心配をよそに、昌運はそれ以上祈梨に詰め寄ることなく、その場で馬鹿笑いを始めだしてしまう。

 何だ? 何が起こった?


「あいですか。よくわかりませんが、これは律のかたきうちです」

「あはっ、いいよ、うん。子供(ガキ)だと思って馬鹿にしすぎちゃったみたい。ここまで肝が座ってるなら十分合格だよ」

「??? ほめられましたか?」

「ああ、褒めるよ、褒めたよ、おまえの事も全然愛せそう」


 正直な話。俺にはもうこの展開に付いていけそうもない。

 これだから狂犬は厄介なんだ。

 さっきまであれだけ鬼気迫る勢いで凄んでいた相手に、いまはもうこれ以上ないくらいに擦り寄っている。

 それに祈梨も祈梨で何を言ってるのか。恥ずかしい言葉を連呼しやがって。 

 もうやりたければ好きなだけやってろ阿呆ども。 


「ねえ、律。あれってもう大丈夫なのかな?」

「俺に聞くな」

「ふむ。祈梨嬢を叩き落とした時にはさすがに肝を冷やしたが、あれはあれで良かったということか?」

「だから、俺に聞くなって」


 心配性のニーアとフェリアからは次々に疑問の声がかけられるが、俺にはもうそれに応対する気力もない。

 訓練場に来てまだ間もないっていうのに、ごっそりと俺の体力は削られてるんだ。


「ふむ、しかし騒ぎが大きくなりすぎたようだね。どうだろう、ここはボクの意見に従って場所を移すというのはいかがかな?」

「ん。モフランの意見じゃないけど、その意見には賛成。ここは目立ちすぎる」

「ぐぬぬっ、カエラくん! 君はどうしていつもボクの発言に難癖ばかりを……」


 くだらない事で揉めているモフランとカエラは放っておくとしても、その意見にはおおむね賛成だ。

 いや、そもそももっと早く移動しておくべきだった。

 少し熱くなりすぎたな。


「おい、昌運。気が済んだなら場所を移すぞ。ここじゃああまりにも目立ちすぎる」


 昌運は祈梨の頬を引っ張って遊んでいたようだが、俺の言葉にはきっちりと返答してくれる。


「ああ、それにはあたしも賛成。この国はあまり治安も良くないみたいだしね。まったく、無礼な奴が多くて困っちゃたよ」

 

 聞き分けが良くて助かる。

 だが、――こいついま何か不穏な言葉を口にしなかったか?


「昌運、それはいったい……」

「見つけたぞー!!!」


 俺が昌運に事の次第を聞き出す間もなく、訓練場の入口からは衛兵たちが突入してきている光景が目に入る。

 ああ、あれはどう考えてもこっちに向かって来てるな。


「うん? 何、こいつら?」


 瞬く間に衛兵に囲まれた昌運は阿呆みたいに首を傾げているが、俺の口からはため息しか出てこない。

 そもそも、どうして俺まで囲まれてるんだ!?


「貴様が街で狼藉を働いたという東洋人か」


 衛兵の奥から、いかにも貴族然とした様相の男が出てくる。

 それと同時に衛兵たちは揃って頭を下げ、まるで畏怖するかのようにその男にかしずき始める。 

 ああ、こいつはまた厄介そうな奴が出てきたみたいだと俺が思ったのも束の間、モフランが口にした言葉で、それは一気に吹き飛ばされてしまう。


「パパ?」

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