隠れた思惑
「はあー、まったく、肝を冷やしたぜ」
アルゴの表情には憔悴の色がありありと浮かびあがっていた。
それも無理ない。
貴族階級の、それも極めて特権階級に位置する人間に意見するなんて、この国で少しでも生活をしていれば無謀だと理解できる。
「オッサンには助けられてばっかりだな」
「へっ、気にすんな、クソガキ。テメー等、馬鹿どもの世話も俺の仕事のひとつなんだよ。そいでひとつ聞きたいんだが……」
労いの言葉に取り合うことなく、アルゴは視線をひとりの人物に向けなおす。
「この嬢さん……いや、この大剣使いはお前さんの知り合いかい?」
どうやらオッサンは一目見ただけで昌運がどれだけの使い手なのかを理解したみたいだ。
成り行きとはいえ場を引っ掻き回した最大の原因はコイツなんだ。
紹介ぐらいはしておくのが礼儀だろう。
「こいつは俺の「待って、律」」
俺の言葉を昌運が鋭く遮ぎる。
それとともに当たり前のように蹴りを放ってくるあたり、こいつの異常さを実感せざるをえない。
「ああ? なにしてんだ、おまえさん達?」
「気にしないでくれ。これはちょっとした挨拶みたいなもんだ、よ!」
怪訝な表情を浮かべるアルゴにそう言いつつも、俺は全力で昌運に向かって肘打ちを叩き込む。
もちろん、俺の攻撃がそう易易と当たるわけもないが、これも礼儀の一つだ。
「律。あんまりふざけてると本気で叩きのめすよ?」
「上等。かかってこいよ、このド阿呆が」
こうなればもう話も何もあったものじゃない。
倭国にいた頃から、大体いつもそうだった。いつだってこいつとまともに話し合えたことなんてない。
「あのふたりは、ああでもしなければ話もできんのか?」
「あははっ。僕もさすがにフォローできないかな」
睨み合う俺の昌運と姿を見て、フェリアとニーアが嘆息している。
勘違いするなよ。俺はこいつに巻き込まれているだけだ。
「おいおい、こいつぁ他の奴に聞いたほうが早そうだな。フェリア嬢ちゃん、説明頼めるか?」
「上官の命とあらば、喜んで賜ろう」
そうやってフェリアはおおよその経緯をアルゴに説明し始める。
その間も俺は昌運の攻撃を捌くので手一杯の状態だ。
「ていっ! っと、これでおしまい!!!」
闘いの最中に余計なことを考えれば命取りになる。
俺がフェリアへと意識を向けたその瞬間、昌運の放った膝蹴りがみぞおちに叩き込まれる。
「ぐはっ!!!」
息が止まり目の前が一瞬、暗転する。
「はあ、まったく、敵いもしないのに構って欲しがるからそうなるんだよ」
先手を打ったのはおまえの方だろ。
俺はそんな風に声無き声を上げるのが精一杯の状態だ。
「おいおい、マジかよ。何だぁ、ありゃあ?」
「アルゴ少将。さきほども説明したとおり、彼女は彩霞律の姉弟子にあたる人物だそうです。私も驚きはしましたが、あの強さはまさしく『侍』そのもの」
「それにしてもよぉ。あのクソガキがここまで一方的に蹂躙されるたぁ……」
「ええ、正直な話、私も動揺を隠しきれません。あの強さはいくら何でも異常だ」
どうやらあっちも話し合いは終わったようだな。
アルゴとフェリアがゆっくりと昌運に近寄っていくのが視界の端に映り込む。
「? あんたは……ああ、さっきのオッサンか」
「さすがは姉弟子だねぇ。綺麗な顔して口の悪さはクソガキとそっくりじゃねえか」
「ああ? あんた誰? っていうかあたしはあんたに用があったんだよ」
「んあ? いったい何を……っ!!!」
あいかわらず会話を成立させようともしない昌運は、その言葉を皮切りに背中の大剣を躊躇なく抜き去る。
それはまさに紙一重。アルゴはその大剣による一撃を、なんとか身をよじって躱しきる。
「……ふゅー、こいつぁ、どういった了見だ?」
軽口混じりにアルゴはそう口にするが、その額の汗は隠せない。
「なっ!? キサマいったい何のつもりだ!!!」
無論、フェリアはそれを黙って見過すような人間じゃない。
ここにきて初めて、フェリアが昌運に向けて声を荒げる。
「落ち着きなよ、フェリア嬢。そんな目くじら立てるようなヤリ方でもねえ」
しかし当のアルゴは余裕の表情でそう言ってのける。
まあ、それはそうだろうと思うが、俺にもひとつ分からないことがある。
それを確かめるためにもまずは……
「昌運、刀を納めろ。ここからは話し合いだ」
「はいはい。わかってるよ。こっちも当てが外れたみたいだしね」
痛む体に叱咤しながら俺はなんとか身体を起こす。
それにしても、こいつまた意味深なことを……
「さて、お前さん、どうして俺を試そうとした?」
「ああ、ごめんオッサン。また、あたしの勘違いだったみたいだ」
そうやって軽いノリで話はじめた二人の姿を見て、フェリアたちは揃いも揃って怪訝な表情を浮かべている。
まあ、無理もない。これは一定以上の力量を持つ人間にしか理解出来ない会話だからな。
昌運がアルゴに向けて放った一撃には、殺気はおろか敵意すら存在していなかった。
相手を斬るという感情がそこにあるのなら、それはあって然るべきものであり、それが無いのであればその一撃はただの遊戯に過ぎない。
簡単にいえば、アルゴの言うとおり、昌運は相手の力量を見極めたいがために、あの一撃を放ったんだ。
だが、俺が問題にしているのはその真意だ。
「昌運、おまえ、さっきからいったい何を隠してる」
思い返せば、こいつがフェリア達に放った一撃にも同じ様な節があった。
いまさらこいつの取る行動について、あれこれ考えを当てはめるつもりはないが、さすがに今回ばかりは追求する必要がある。
「隠すもなにも、律が気にするようなことじゃないんだけど――――まあいいや、直接聞いたほうが早いかも」
そう言って昌運は俺に向き直る。
なんだ? 俺に起因することか?
そんな風に俺が安易に構えていると……
「なあ、律。あんたいったい、どこで『無音』を覚えた?」
身体全体に痺れが走りぬける。
いや、正確には痺れたままの状態で、俺の身体はその場で縫い止められている。
――これは、本気の殺気だ。
今までのワルふざけとは一線を画すほどの圧力が、俺の身体に伸し掛ってくる。
「あんたが強くなる分には一向に構わない。むしろ、それは喜ばしいことだよ。でも、あんたが使った『無音』は雅流一仭の奥義に連なるほどの基礎技だ。何の手本もなく一朝一夕で身につくとは到底考えられない。言えよ、律、誰からその技を見取った?」
倭国におけるこいつには、それなりの知名度がある。『侍大将』、『大名御用達の剣職人』、『狂犬』……
数え上げればキリがないほどの異名の中、もっとも恐れられているのが、この『雅流一仭が免許皆伝』、剣聖小桜としての顔に他ならない。
だからこそ、俺には自分の置かれている立場が重々理解できている。
この選択を誤れば、その場で俺の命は消え去る。
「……流れの剣士だ。名前も素性も知らない、それでも生粋の剣士だった。俺では、太刀打ちできないほどの……」
脳裏に浮かぶのは、過去に相まみえた妖艶な女の姿。
カリズ河で邂逅して以来、あの女とは一度も顔を合わせていないが、それでも俺があの女を手本に『無音』を習得したのは間違いない。
「ふーん。なるほど、それじゃあ探すのは骨が折れそうだね。それにしてもやっぱりこの国に……」
後半は何を言っているのかよく聞き取れなかったが、ひとまず命の危険は去ったみたいだな。
さっきまでの気配が嘘のように消え去っている。
「おい、彩霞律。何がどうなっているのかは良く分からんが、そろそろを場所を変えたほうがいい。幸い、先ほどは上官殿のおかげで事無きを得たが……」
フェリアの視線の先には、遠巻きに俺たちを眺める訓練生たちの姿がある。
昌運と俺の立会い、貴族のお偉方の登場、さらにはアルゴの登場、と話題性には事欠かなかったからな。いや、そもそも最初に場所変えを提案してからこれで何回目になる?
「腰を下ろすのは俺も賛成だ。とにかく、ここはいったん……」
「ああー、ちょいと待て。何だか煙に巻かれた感じはするが、そいつはこの際、後でもいい。わりぃが、ちょいとおまえさんたちには用事がある」
出鼻を挫くようにアルゴの声に呼び止められる。
なんだ? また厄介ごとじゃないだろうな?
「あっと、用があるのはフェリア嬢とモフラン坊の二人だけだ」
その言葉にフェリアとモフランは顔を見合わせる。
どうやら呼び出された理由に心当たりは無いようだが……
「ふぅ、そういう事なら仕方あるまい。彩霞律、くれぐれもこれ以上の面倒事を起こすなよ。それと、そこの『狂犬』から、くれぐれも目を離すな」
「参ったなあ、上官直々にお声がけをいただけるなんて。ひょっとしたらボクに内密の「早く来い。ガキども」」
モフランは言葉の途中でアルゴから襟元を掴まれ、そのまま教官室の方へと引きづられていく。
最後まで自分らしさを誇示するのはお前の良いところだよ。ああ、今回ばかりは本当にそう思う。
「ん。大丈夫?」
「律、ひょっとしてその顔は、やるせないかんじでしょうか?」
「イノリちゃん、いまはそっとしておいてあげて」
残った面子はカエラ、祈梨、ニーア。
この三人なら俺の精神を削る取ることもないだろう。
「さあ、律。落ち着いて話ができるとこに行こ。あんたには聞きたいことが一杯あるんだから」
ただひとり、昌運を除けばな。




