二人の姉代わり
「ここです! ここで律は水遊びしてました!」
「ふーん。意外、律ってば思ったより子供っぽいことしてるんだ?」
「ん。初耳、詳細を希望」
女連中三人は花壇を囲み、和気あいあいと談笑している。
絵面だけを見れば、それは十分以上に魅力的な光景だと思う。
祈梨はまあ贔屓目に見てもそこそこの器量良しだし、昌運とカエラも背腰に下げた得物にさえ注目しなければ、十分映える容姿の持ち主だ。
「律が私をのけ者にしてたから、ざっぱあああんとしてやりました!」
「裏切り者には制裁ね。それは正解よ。祈梨っち、愛ってのは深ければ深いほど業が深くなるの」
「ん。言うこと聞かなかったら力づくしかない」
「なになに? マフラーっ娘もわかってるじゃない。そう、時にはキッツイお仕置きも必要なんだよねえ」
「そうですか。では、これからはもっとふんぱつして律にお仕置きしてみます」
だが、話している内容にはいささか疑問を感じ得ない。
こいつ等、揃いも揃って人のことを悪し様に言いやがって。
「ははっ、リツはやっぱり人気者だね」
勘弁してくれ。こんな形の人気者なら、まだ敵兵に囲まれた方が何倍もマシだ。
「で? 談笑中に申し訳ないのですが、そろそろ詳しい事情を説明願います」
そして俺の頭を悩ませる人物が、ここにはもう一人いる。
「彩霞さん。教会は遊び場ではありません。それはあなたにも重々説明したこと。納得のいく返答をお願いします」
「いや、シスター。別に俺はここを遊び場と思ってるわけじゃ……」
シスター・ソフィーから向けられる絶対零度の視線に耐えながらも、俺はなんとか言葉を搾りだす。
まずい! ゆっくり話ができる場所を探していたとはいえ、ここは明らかに選択を誤った。
そもそも昌運が「それなら律がお世話になってるとこに案内してよ。話なんてどこでだって出来るしね」なんてことを言いだしたのが原因だ。
じゃあそれならと馬鹿正直に教会を選んだ自分の浅慮さに愕然としてしまう。
「言い訳は無用。納得のいく説明を求めます」
「あの、シスター・ソフィー。リツも悪気があってこんなことしてるわけじゃ……」
持つべき者は頼れる級友だ。ニーアは俺とシスターの間に入って、仲介を試みようとしてくれる。
しかし、シスターの怒りはそんな心優しいニーアですら収めることはできない。
「ニーアさん、優しさは時に人を甘やかします。あなたは自分の級友が道を踏み外そうとしているのを、そのまま見過ごすような人間なのですか?」
「おい、シスター。誰がどこで道を踏みはず「彩霞さんは黙っていてください」」
「どうなのでしょうか? ニーアさん、あなたはご自分の級友をその程度だと見限るような精神の持ち主なのですか?」
「……いえ、出来ればその道を正すことこそが、自分の役目だと思っています」
「ならばその旧友が罪を犯したとしたら、あなたは罰を厳粛に与えることが出来ますか?」
「……いえ、ボクにはきっと裁くことは出来そうにありません」
「ニーアさん、顔を上げてください。あなたは心優しい御方です。友を思う気持ちに罪はありません。それは私にも十分伝わってきました。しかしだからこそ、私はこの不出来な弟をこのまま放置するわけにはいかないのです。あなたが友として裁けないのなら、――私が姉として裁く必要があるのです」
反論は無意味。
理詰めで責められたニーアも焦燥した表情で「ごめん、リツ。ボクには説得出来そうにないや。っていうか、姉ってなに?」と余計に話をこじらせるような言葉を口にする。
そういえばニーアには説明してなかったな。
俺は成り行き上、何故かシスターから弟扱いされることになっている。
正直な話、何がどうなってそうなったのかは俺にも理解できていないが、まあ、これといって断る理由も無かったし、祈梨もそれを喜んでいたからな。
特にこれといった問題には……
「姉……だと……?」
ならないと思っていた矢先にこれだ。
先ほどまで祈梨たちとはしゃぎ倒していたはずの昌運が、ガシッと俺の首に手を添えている。
「ねえ、律。何か不穏な言葉が聞こえた気がしたんだけど?」
ヤバイ、このまま握力を込められたら、窒息どころか先に首の骨が砕かれる。
「ちょっ、リツ!」
「……あなたは?」
慌てて駆け寄って来るニーアとは対照的に、シスターはじっと昌運のことを見つめている。
くそっ、こんなことならさっさと説明しておけば良かった。
「人に名前を尋ねる時は自分から……、ってまあいいや、あんまり揉め事ばっかり起こしても楽しくないしね。それに、どうせ許す気もないし」
昌運から感じるのは不気味なほど鋭い闘気。
こいつ、またトチ狂って……
「あたしの名前は昌運小桜。しかし、律も隅に置けないね。最愛の姉弟子がいるっていうのに、こんなところでも姉をつくってるなんて」
「姉弟子? ということは、あなたは彩霞さんとご同郷の……」
「うん、そうだよ。あんたがこの国でいったい何をどうやったのかは知らないけど、あたしは正真正銘、本物の律の姉替わりってわけ。――で、えーっと」
「ソフィー・グラネット。この国で女神教のシスターをさせて頂いております」
「そう、ならソフィー、あなた、何を思ってこの律の姉を名乗っているの? その返答遺憾では……」
「その前に、彩霞さんからその手を離したほうが宜しいのでは?」
しかし俺の心配をよそに、二人は視線をぶつけ合いながら不敵な笑みを浮かべている。
なんだ? 俺はてっきり、また昌運が暴れだすかと思っていたんだが、この展開は予想外だ。
それに……
「優しいね。でも、大丈夫だよ。律はこの程度で根を上げたりはしないから」
「そういう問題ではありません。強弱関係なく、そのように力任せにねじ伏せるのは、姉としてどうかと思っただけです」
「ふぅーん。――言うね」
「もちろん、いくら手が掛かるとはいえ、彩霞さんは私にとっての弟ですから」
「手が掛かるってところは、あたしも概ね同意見。律は無鉄砲でヤンチャな気質があるからねー」
「さすがですね。彩霞さんのことをよくご存知で。本当に、この人は少し目を離しただけで……」
何だか意気投合しているように見えるのは俺の気のせいか?
しかし、それが本当なら考えただけでもゾッとするような話だ。
武力では天地が逆さになっても敵わない昌運に、俺の言葉尻を捉えては嬉々として説教を繰り広げるシスター・ソフィー。
――これは、俺にとっての死地になりかねない。
しかし昌運にガッチリと首を掴まれている以上、身動きが取れないのも事実だ。
頼りになりそうなのは……
「このお花はなんていいますか?」
「ん。これはブルーベル、とっても綺麗に咲いている」
「ぶるーべるですか、ほお~」
祈梨とカエラは駄目だ。
何やら花壇に座り込んで、こっちには気付きもしていない。
それなら残っているのはニーアしかいない。
ニーアは縋るような俺の視線に気づき、――――そっと首を横に振る。
「何だ、意外と話のわかる人じゃない。律のことも色々知っているみたいだし」
「ええ、ある程度は聞き及んでいます。彼の境遇も、その在り方も」
「うんうん。これはあたしの早とちりだったかな、あんたがとんでもない姉なら、律のこと八つ裂きにするとこだったよ」
「それは少し過激な発言ですね。でも、私も小桜さんに見習うべきところはありそうです。――――小桜さん、本日の宿はお決まりで?」
「それがまだ決まってないんだよねー。かさ張る荷物は商人の爺に預けたままだし……」
「それならどうでしょうか? この教会には幸い空き室もありますし、つい先日までは彩霞さんもそこで寝泊りをしておりました。よろしければ……」
「本当!? それは助かるよ! やっぱり愛だよね、愛! あんたからは愛を感じるよ!」
その間にも二人はガッチリと握手を交わし、何やら恐ろしげなことを約束している。
それと同時にようやく解放された俺は、ある言葉の意味を理解した。
ああ、なるほど。
さっき昌運が言ってた「許す気がない」ってのは、シスターじゃなく俺のことだったのか。




