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ひとかけの名残と紫苑の刃  作者: 紫木
反乱分子
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再始動

 翌日の朝、いつも通りに祈梨をたたき起こし、カモミールで朝食をとる。

 脇腹の傷は、まだ全快には程遠い状況だが、それでもこれ以上訓練を欠かすわけにはいかない。


「リツ。本当に大丈夫なの? あまり無理はしない方が良いよ」

「大丈夫だよ。この体でも、鍛えられる場所や知識は十分にある」


 隣に並んだニーアが心配そうな顔でこちらを見てくるが、やんわりとそれは受け流しておく。

 実際のところを話せば、きっとお前は俺を止めるだろう?

 でも、こんなところで休んでいる暇はないんだ。


 ニーアやフェリアから聞いた話によると、やはり先の戦争で傷を負った訓練生は少なくないらしい。

 だが、それが現実だ。

 弱い者は死に、強い者だけが生き残れる。

 俺はそれを誰よりも知っているからこそ、こんなところで立ち止まるわけにはいかない。


「まあ、リツがそう言うなら信用することにするよ。それに僕にだって、リツの考えていることが、少しわかる様な気がするしね」

「ああ? 何のことだ?」

「僕も強くなりたい。もっともっと強くならなくちゃいけない」


 そう口にしたニーアの表情は、どこか誇らしげにも見え、どこか憂いを帯びているようにも見える。

   

「何だよそれは。そんなこと、あたり前だろ」

「ははっ、確かにそうだね。これは騎士を目指すなら、あたり前のことだ。何をいまさらって感じだよ」


 無理に惚ける必要もないだろうに。

 多方、先の戦争で死を目の当たりにし過ぎてしまったんだろう。

 まあでも、それをここで口にするのは、あまりにも無粋すぎる。


「なあ、ニーア。お前の故郷にいるっていう姉さんは、元気にしてるのか?」

「えっ。うん、多分元気にしていると思うよ」

「そうか。それなら良い」

「どうしたの? いきなりそんなこと」

「いや、別に何でもないさ。ただ、お互い守るべき者の為に、いままで以上に頑張らないといけないなって、思っただけだよ」


 これは感傷だ。

 お前は、俺みたいに後悔することになるなよ。 


「本当に大丈夫? 何だか浮かない顔をしているみたいだけど」

「気にするな。久しぶりにアイツ等と顔を合わせることを考えると、それが少し億劫になっただけだ」

「ああ、Cクラスの人達は、みんな個性が強いもんね」

  

 そんな風に会話をしながら訓練施設に足を踏み入れると、何やら入り口付近に人だかりが出来ているのが確認できる。

 見たところ、どうやら掲示板のあたりにたむろっている様だが、いったい何が張り出されてるっていうんだ。


「おっと、当のご本人様のお出ましだぜ」

「これはこれは、傷の具合はもうよろしいのですか?」


 そう言って、入り口付近で立ちすくむ俺たちに声をかけてきたのは、悪童をそのまま絵に書いたような浅黒の男と、物腰丁寧で、いかにも知識が豊富そうな色白な男の二人組だった。

 この説明の内容からも十分に想像はできるとは思うが、いちおう補足しておくと、こいつ等は俺と同じCクラスの面々だ。

 というか、よく見たら、そもそも掲示板に群がってる連中のほどんどが、Cクラスの連中じゃないか。


「これはいったい何の騒ぎだ?」


 とりあえず状況を確認しよう。

 まあ、この光景を見るからに、なかなかロクなもんじゃあなさそうだけどな。  


「そいつは自分の目で確認しな。おいっ、お前ら。黒のサムライさんのお出ましだぜ」


 浅黒の号令とともに、連中がいそいそと掲示板までの道を開けていく。

 俺がニーアとともに掲示板の前まで足を運ぶと、そこにはカエラの姿があった。


「よぉ、カエラ。珍しいな、お前が掲示板に興味を持つなんて」


 挨拶がてらにそう言いながらも、俺は内心では関心していた。

 こいつは良くも悪くも、自分の姿勢を崩さない。

 そんな奴が、わざわざ朝っぱらからクラスメイトと共に掲示板の前に陣取っているなんて、これも先の戦争の効果か。


「ん」


 カエラは俺の言葉に取り合うこともなく、いつも通りの無表情で、掲示板に張り出されている一枚の洋紙を指差してくる。

 ああ、これが騒ぎの元凶ってわけだな。えーっと、なになに、、、


『騎士養成施設教務課より通達 以下の者は、先の戦争において致命的な軍規違反を犯したとの報告あり。故にその処罰は、都市部協会における一ヶ月の奉仕行動と、ここに宣告する。懲罰対象者 Cクラス所属 彩霞律』


◇◇◇◇◇


「おい、これはいったいどういうことだ?」


 件の張り紙を確認すると、俺は急ぎ足でライアスのいる執務室へと向かった。

 理由は極めて単純。この件に関する事の真相と真意を、目の前にいる二人から聞き出すためだ。


「お前さんよぉ。少しは遠慮ってもんをだなぁ」

「構いませんよアルゴ。あの張り紙を見れば、彩霞くんならここに来るだろうとは想定していました。まあ、思いのほか、早い到着でしたがね」


 ライアスはアルゴをなだめつつも、いつも通りの澄まし顔を向けてくる。

 何をふざけた事を、こっちは昨日の今日でイラついているんだ。


「建前や御託はうんざりだ。さっさと本題に入らせてもらう。いま現在、あの教会でいったい何が起こっている」


 俺の言葉に、微かだがアルゴの顔つきに変化が生まれる。

   

「『何が起こっている』というのは、いったいどの様なことを差して言っているのでしょうか。昨日の審議において、たしかに君は処罰を免れました。しかし、私たちには建前上、彩霞くんに罰を与えたという体裁が必要なだけです」


 ライアスの言っていることにも一理ある。

 俺が戦場で軍規違反を起こしたことは、少なからずここの訓練生にも知れ渡っているはずだ。

 これからの節度を守るためにも、大々的に罰を見せしめることが重要だとは理解も出来る。

    

 だが、これについてはそれだけが目的じゃないんだろう?

 

「俺は昨夜、ヴィンと共にカモミールへと足を運んだんだ。その場で、あいつは『シスター・ソフィー』という名に、過剰なほどの反応を示した。そして昨日の今日で掲示板に貼り出された罰則の内容。俺には、この二つが無関係だとは到底考えられない」


 きっぱりと俺がそう言い切ると、それを黙って聞いていたアルゴの表情が、怪訝なものに変わっていく。


「お前さん。そいつはマジか? ヴィンセントの野郎が、シスターの名前に反応を示しただと?」

「ああ。正確には、フェリアがシスターと旧知の仲だと知ってから、あきらかにヴィンの態度はおかしくなった」

「・・・なるほど。それなら、しょうがねえ話だ。しかし、妹思いもそこまでいくと重症だな」


 頭をかきながら半笑いでそんなことだけを口にされても、こっちには何一つ理解が出来ない。

 ヴィンの野郎が妹思いだと? それがどうして今までの話に関係するって言うんだ。  


「アルゴ。ヴィンセントにとって、彼女がどれだけ大切な存在なのかは、貴方も重々存じているはずです。まあ確かに、今回に関しては、いささか思慮に欠ける部分があったことは認めざるを得ませんが」


 ライアスはそう言うと、アルゴに目線で扉を塞ぐように指示を出す。

 このあたりのやり取りは、もう慣れたものだ。

 だから、こういった場合。これから聞かされる話が、大抵ロクでもないことだということも、十分承知している。


「彩霞くん。君はこの国が掲げる女神信仰の由来をご存知ですか?」

「ああ、それなら以前、教会で耳にしたことはある」

「それなら話は早い。ここ最近、軍部の中には、その女神信仰に傾倒する者達が、反乱を起こすのではないのかと、まことしやかに吹聴されているきらいがあるのです。だから彩霞くん、君にはその現状を踏まえ、偵察兼シスターの護衛として、教会内に常駐してもらいたく考えています」

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